ソッカの美術解剖学ノート

昨年末、名古屋で行われた忘年会のさいに、ゲートモールタワーの本屋さんで、
『ソッカの美術解剖学ノート』という本を見つけました。
この本については、昨年末よりも以前の段階で、
すでに、Amazonなどの書籍販売サイトで見かけていたのですが、
ここ岐阜市では、現物を目にする機会がまったくなく、
この年末のときになって、はじめて、店頭で目にすることができました。

で、まず驚くのが、その厚みです。
こうした大判の書籍では、過去にあまり例がないほど、厚みがあつく、
まるで箱のような感じです。
実際にページをめくると、その厚みと同様、ボリュームたるや、
すごいものなのですが、イラストのクオリティもとにかくすごい。

イラストは、解剖学的な図版をはじめ、コミカルタッチなものや、
また、リアルな描画など、多岐にわたっているのですが、
そのすべてに、しっかりと手が入れられており、ほんとうに、驚くぱかりです。
著者は、韓国の方がだといいますが、とにかく、掲載の作品群も、
また、解剖学の解説についても、これまで、見たことがないほどにくわしく、
わかりやすいものとなっていました。
(もちろんそのぶん、お値段もかなり張る書籍になっています)

というわけで、さっそくこれは買わなければ、と思ったのですが、
おりしも、忘年会に行く直前でしたので、このような大ボリュームの本を買うことができず、
今年に入ってから、amazonで購入することにしました。
(本屋さん、すみません……)

もっとも、購入したのは先月のことで、宅急便で受け取ったあとも、
忙しさにかまけて、amazonの段ボール箱を開けることもなく、
今日まで、塩漬け状態になっていました。
こんなことなら、今月、いろんなものをまとめて買えばよかったな、なんて、
思っています。

解剖学図もあり

解剖学図というと、医学書においては、ほぼすべて、正面図か、
もしくは、側面図となっています。
ですので、解剖学図は、実際の形状を立体的に把握することが、少し困難なときがあります。
しかし、この書籍においては、斜め横からの解剖図があり、
これだけでも、たいへん重宝します。
こうした図が書ける著者は、解剖学の知識と、たしかなデッサン力とを、
しっかりと併せ持っているということだと思います。

コミカルな表現もあり

こちらは、コミカルなイラストを用いた解説ページになります。
コミカルなイラストといえども、しっかりしたデッサン力に裏打ちされたもので、
極めてレベルの高いものです。
しかも、いままでの解剖学書にはない、とても親切でわかりやすい解説となっています。

描き方の指南もあり

同様の資料書籍に、アーティストのための美術解剖学、や、
スカルプターノための美術解剖学というものがあり、どちらも、
とてもよい資料で、私も、筋肉などの解剖図を描くとき、大いに参考にしたものですが、
本書ソッカの美術解剖学ノートは、コミカルタッチのイラストで、
骨や筋の役割や仕組みを解説しつつ、なおかつ、描き方まで指導してあり、
前出の二冊よりも、さらに詳しい内容となっています。
ここまで詳しい書籍は、なかなかお目にかかれるものではありません。

○ ソッカの美術解剖学ノート - オーム社~

しかも、著者のオリジナルイラスト作品も、随所で紹介されています。
そのクオリティもすごいのですが、しっかりと時間をかけて描かれた、すばらしいものです。
背景の細かなディテールまで精緻に描いてあり、注がれた情熱を、
ひしひしと感じることができます。

イラスト作品

7,000円を超えるという、お財布に厳しい高額な書籍ですが、
その価値は、充分にあると感じられます。
こうした本を手に取ることができるというだけで、なんだか、
特をしたような気持ちになってしまいます。

とはいえ、いま、私は、筋肉系のイラストを手がけておらず、
内臓系のものばかりとなっていますが、またいずれ、
この書籍が、大いに役立ってくれる日がくるかと思います。

また、訳文も、平易で読みやすい日本語となっており、
読み物としても、楽しめる内容となっています。

著者は、韓国の有名な漫画家であるとのことですが、
この方には、良書を世に送り出してくれたと、感謝するばかりです。



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オイル交換開始

今月は、さまざまな雑務に追われて、思うように外出することができませんでした。
そのため、ブログにアップできるような『お出かけネタ』はほとんどないまま……。
MINIも、出番がなく、いまだ冬眠状態にあるといった感じです。
寒さも和らいで、日々、春らしさが増してきたというのに、
これでは、なんだかちょっとさみしいですね。

もっとも、四月になったら、いままで乗れなかったぶんも含め、
思いっきり遠出してみたいな、なんて思っていますが、
そのためには、まず、MINIを快調に走らせるための準備をしなくてはなりません。
というわけで、この三月末の土曜に、
MINIのオイル交換と、グリスアップを行うことにしました。

ちなみに、MINIは、前回のオイル交換から、思いのほか走行距離が伸びておらず、
私がオイル交換の目安としている3,000キロには、いまも遠く及ばないのですが、
(以前は、この3,000キロという距離を、2ヶ月で走りきっていたのですが……)
前回のオイル交換が前年の八月末で、すでに半年を経過しているため、
距離の長短にかかわらず、交換することにしました。

三月最後の土曜、天候は雨で、お出かけにはとても不向き。
ですが、オイル交換には、ちょうどいい日だったかもしれません。
ただ、ガレージ内はとても手狭で、グリスアップを左右ともに行うには、
いったんクルマをガレージの外から出さなければなりません。
ですが、そうすると、大事なMINIを雨に当ててしまうので、
とりあえず今回は、左側 (助手席側) だけを、グリスアップすることにして、
右側はまた後日、作業することにしました。

というわけで、お昼に、ビバホームでオイルを購入。
オイルは、いつものバルボリンVR-Racing 20W-50です。
MINIにはやはり鉱物系オイルを使いたいですし、粘度も高いほうが安心です。
それにしても、こんな硬いオイルを在庫してくれているビバホームさんって、
素敵ですね。

バルボリン20W-50

というわけ、さっそく作業を開始しました。
まずはドレンボルトを外すところからはじめますが……。
いつものごとく、ドレンボルトがとても硬い。
このボルトの締め付けについては、あまり大きな力を加えないよう、
配慮していうつもりなのですが、それでも、外す時には、
ほとんどの場合、難儀します。

まあ、なんだかんだいいつつも、ドレンボルトを外し、
車体下部に置いた廃油パックに、エンジンオイルを落とします。

ちなみにうちのMINIの場合、このさいに、
アンダーガードの上面 (オイルパンに向いた側) に、廃油がたまるという傾向があります。
以前乗っていた赤のMINIでは、そんなことはなかったので、アンダーガードが、
わずかに右に寄っているのかもしれません。

ですので、ドレンボルトを抜いてしまう前に、かならず、
オイルパンとアンダーガードのあいだに、
キッチンペーパーを丸めて突っ込んでおく必要があります。
これをやるか、やらないかで、作業の効率やその後の後始末に、とても大きな差が出ます。

これをやらないと、アンダーガードのうえに溜まったオイルが、
四方から下に落ち、とても汚いことになってしまいます。
(そのために新聞紙を床に敷くのですが、かなり広範囲に敷かなければならなくなります)
最初にオイルパンとアンダーガードとのあいだにキッチンペーパーを突っ込んでおくと、
こうした不測の事態は未然に防ぐことができ、余計な手間をかけずにすみます。
これからも、オイル交換の際には、気をつけておきたいです。

写真を撮っておきたかったんですが、なにせ、手はオイルでドロドロ。
というわけで、カメラを手にするのがためらわれ、写真は撮れませんでした。
すみません。

オイルエレメント

今回はオイルエレメントの交換もしますので、ラジエーターグリルも外してしまいます。
ワンタッチグリルボタンはつけていないので、グリルと、サイドのモールを外すために、
多くのビスを外すことになります。
それにしても、モールの取り付けは木ネジみたいなネジが使われているのですが、
そのアバウトさは、工業製品とはまるで思えないものです。
(ビスを締め付けすぎるとバカになってしまうので、適度に緩めに締めておきます)

フィルターレンチ

そしてオイルエレメントを外すのですが、ここでもまたとても難儀することに。
フィルターレンチを使うのですが、なにしろ手が入りにくいですし、
レンチがあちこちにぶつかるので、大きく回転させることもできません。
しかも、レンチがエレメントをナメてしまって、本当になかなか外せません。
その後も悪戦苦闘して、なんとか、やっとで外すことができました。

オイルエレメントは素手で締め付けてあるだけなのですが、外す時は、
ほんとうにたいへんです。
もっと締め付けを弱くすればいいのかもしれませんが、以前、
締め付けが弱くて、エレメントとブラケットの隙間からオイルが漏れてきたことがあるので、
弱いままの締め付けもちょっと怖くてできません。

エレメント装着

まあ、悪戦苦闘したとはいえ、無事外せたのですから、まあ、今回も、
素手でしっかり締め付けておくことにしました。

グリスガン

せっかくの機会ですので、グリスアップも一部行っておきます。
もっとも、走行距離が少ないので、それほど神経質にグリスアップする必要は、
ないのかもしれませんが、やっぱりやっておかないと気が済まないので、
とりあえず、作業にかかります。

ホイルを外して

グリスアップはタイヤを外さなくてもできますが、タイヤを外したほうが、
グリスの入り具合などを目視できますし、作業性も上がりますので、
面倒なのですが、やはりタイヤは外すことにします。

タイヤを外すと、ブーツとか、普段見られないところも、チェックできますね。

というわけで、さっそく、アッパーサポートアームなどに、
グリスガンでグリスを注入していきます。
車体をジャッキアップしての作業はなかなかにしんどくて、しかも、
グリスガンの先端がきちんとニップルに密接していなくて、
グリスがきちんと入らなかったりと、いろいいろと難儀します。
が、なんとか作業を終えました。

その後、規定量のオイルを入れ、エンジンを始動してみます。
まったく問題なく、普通にエンジンがかかりますね。
そして、ふたたびエンジンを切り、十分ほど時間をおいて、
オイルレベルゲージでオイル量を確認しておきます。

エンジン

というわけで、車体右側のグリスアップはまだ未完了ですが、
とりあえず、この日予定していた作業は終えることができました。

雨の土曜

近いうちに、車体右側のグリスアップをやってしまいたいところです。



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MINICM0. TB0 TOP▲
ポスター用イラスト

さて、気がつけば三月も半ばを過ぎてしまいました。
すでに2019年が始まって、3ヶ月近くも経過したことになるんですね。
ついこのまえ、年が明けたと思ったのに、いやはや、
なんとも月日の経つのは早いものです。
ちなみに私は、ここのところは、仕事ではない諸事情でちょっとバタバタしており、
そのせいで、いよいよ春になってきたというのに、お出かけすることもなく、
休日もずっと、ほぼ家に引きこもっています。
ですが、暖かくて過ごしやすい時期になってきたので、近いうちに、
MINIで出掛けられたらいいな、なんて、思っています。

もっとも、そのまえに、MINIはオイル交換しないといけませんし、
今年は、昨年の猛暑の影響なのか、花粉の飛散がすごいそうで、
そのあたりも、ちょっと注意しないと、いけないのかもしれません。
(ちなみに私は、花粉症ではありません)

というわけで、今回は、ひさしぶりにイラストネタをアップしたいと思います。
なにしろ、掲載のご許可をいただけたということで、今回は、
デンソーさんのポスターについて、少しご紹介したいと思います。
(もっと早い時期にご紹介をしたかったのですが、バタバタしているうちに、
いまになってしまいました。すみません)

こちらはデンソーさんで行われている社内コンテストの募集告知のポスターになります。
卵をイメージしたメカを、ということで、このようなかたちになりました。

当初は、クールな未来系メカでいくのか、歯車やパイプが密集するレトロなメカでいくのか、
そのあたりについては、定まっていませんでした。
ですので、双方のイメージをまずは鉛筆スケッチで起こして、
確認をとりつつ、作業をすすめるかたちにしました。

ラフ案01

こちらが初期の鉛筆スケッチ案です。
3DCGといえども、最初の鉛筆スケッチは避けて通れないという感じです。
自分でオリジナル作品を作るときであっても、鉛筆のスケッチは、
やはり必要なんですよね。
制作環境がデジタル化されても、直接、手からダイレクトに描く、
ということは、必要なのだと思います。

ラフ案02

それにしても、こういうレトロ系メカも、機構が剥き出しで、
ビジュアル的に面白みがありますよね。
今度、もし時間があったら、オリジナル作品として、作ってみたいものです。

ラフ案03

レトロメカの一方で、近未来的な卵型のメカという案も、描いてみました。
今回のコンテストは、夢卵(ムーラン)というタイトルがついていますので、
卵型というのは、どうしても入れておきたい案とのことで、こうしたものも、
作画することとなりました。
さらにもう一案、卵型のメカがあったのですが、こちらの案に決定しました。
ですが、さらに、みなさまのご意見やご要望を聞き、再度、この案を発展させる形で、
ラフを起こしてみました。

最終ラフ案

というわけで、基本のデザインが決定したところで、
それをベースに、さらに先方さまのご要望を聞き、新たなラフを起こしました。
このラフが、最終的な決定稿となりました。

その後は、モデリングがスタートするわけですが、
今回も、Shade3Dにて、制作していきます。
いつものように、ポリゴンモデルを使って作っていくわけですが……。

以前は、一定程度、自由曲面で形状を作って、それをポリゴンに変換して、
形状を固めていくという感じだったんですが、ここのところは、
いきなりポリゴンでモデリングしていくというやり方になっています。
ただ、その方法だと、なにもShadeを使う理由ってないんですよね。
とはいえ、ここのところ、ほんとうに、自由曲面を使うということが、
なくなってしまいました。

メカ単体

というわけで、モデリングが完了し、いざレンダリングをと思ったのですが。
IBLレンダリングにすると、面のエッジ部分に、不正な影が出てしまいました。
通常のレイトレ、パストレなら、そんな影は出ないんですが。
かといって、IBLのレンダリング品質は欲しいですし、この問題は、
ほんとうに悩ましいものでした。
(というより、私が、Shadeの特性を知らなさすぎるのかもしれませんが)

仕方がないので、とりあえず、後の画像処理でなんとかしようと思ったのですが、
なんと、この直後、Macが不調に陥り、なんともならない状態に。
( Macの予期せぬ不調は、ほんとうに恐ろしいです)
デジタル環境での制作って、こういうことがあるので、いろいろと気を揉みます。
(アナログ手法だと、そんなことはないんですが)

そんな、なんだかんだと問題があったのですが、なんとか無事に、
納品を果たすことができました。
ほんとうに、ほっとしました。
ですが、制作中に予期せぬことが連発したため、各所で、
ああしたかったとか、こうしたかったとか、そのような、心残りが、
できてしまったことも否めません。

印刷物

B全ポスターの他にも、さまざまな媒体で使っていただきました。
活用していただけることは、うれしいことです。

いずれにしても、このような、架空メカのイラストを仕上げるのは、
最初のスケッチの段階から、とても楽しいものでした。
また、こうしたお仕事をいただけたらと、思ってしまいます。



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美濃金山城

前回、岐阜県東濃地方にある山城『苗木城』に行ったことを紹介しましたが、
今回も、同じ岐阜県東濃地方にある山城について、少し書いてみたいと思います。
2回目の今回、行ってみた城は、美濃金山城という山城です。
この城は、信長に仕えた『森長可』の居城で、現在の岐阜県可児市に、
その跡が残っているといいます。
おりしもいま、これら山城で、スタンプラリーをやっており、先日行った苗木城で、
スタンプラリー用の用紙をもらってきたので、今回、
新たなスタンプを入手するためにも、この美濃金山城に行ってみることにしました。

もっとも、とてもアップが遅い当ブログですので、じつは、
美濃金山城に行ったのは、一週間以上前の、今月17日のことになります。
(なかなか迅速なアップができず、反省しています。すみません)
この日は、天候もよく、前回の苗木城同様、最高のお出かけ日和となりました。
目指す美濃金山城は、ここ岐阜市からは、方向としては、
苗木城とほぼ同じ、東になります。

ただ、距離としては、苗木城よりもずっと近く、
まさに、ちょっとお出かけ……、近場へのドライブという感じでした。
もっとも、出発が昼過ぎと遅かったので、
このあたりが、ちょうどよかった、といえるかもしれません。

ところが、道がよくわからず、結局、いくらか大回りをすることとなってしまい、
予定していた時間よりも、少し多めにかかってしまいました。
同じ岐阜県といえども、美濃金山城がある可児市のあたりは、地理がよくわからず、
なんだか無駄に走ってしまったようです。

交流館

と、いろいろありましたが、無事、美濃金山城の周辺地域へと到着。
まず最初に行ってみたのは、可児市観光交流館です。
こちらには、無料で入ることができます。

具足がいっぱい

室内には、具足を身につけた武将の姿が……。
大きな施設ではないですが、なかには、お客さんも多数いました。

この施設の隣には、可児市戦国山城ミュージアムという施設があります。
こちらは、入場料が必要となります。
というわけで、こちらにもさっそく入ってみることにしました。

たいへんお恥ずかしい話で恐縮ですが、美濃金山城というのは、
信長に仕えた、あの森長可の居城だったんですね。ぜんぜん知りませんでした。
森長可といえばビッグネームですよね。
信長に仕えた、というだけでなく、小牧長久手の戦いでは、
秀吉に与し、最後には、討ち取られたのではなかったかと思います。
たしか、大河ドラマ『真田丸』でも、本能寺の変のあと、
滝川一益などと同様、信濃で足止めされてしまう、森長可の姿が、
描かれていたように思います。

美濃金山城ジオラマ

ちなみにこちらが、館内にある美濃金山城のジオラマ模型です。
苗木城の資料館にも同様のものがありましたが、やっぱり、ジオラマは、
みていて楽しいですね。
というか、ジオラマ、作りたい……。

森蘭丸具足

そして、こちらが、信長に近習として仕えた美少年、森蘭丸の具足です。
この兜とか、みたことがあるんですが、森蘭丸のものだとは、
いままで、知りませんでした。ああ、不勉強。

そのほかにも、この施設には、鉄道にまつわる展示などもされていました。
歴史マニアだけでなく、鉄道マニアも楽しめる施設かと思います。

というわけで、ひととおり施設を見学したあと、いよいよ、
美濃金山城に登城してみることにしました。

絶好の好天

まず、金山城登山客のための駐車場に、プジョーを移動させ、そこから、
歩いて向かうことにしましたが、このとき、どうせ、道を歩けば、
案内看板などがあって、城の場所はわかるだろう、
と、たかをくくり、ガイドマップをクルマのなかに置いて行くことにしました。
そしてまずは、案内板にしたがって、米蔵跡へと進みます。

年貢米を収めた蔵跡

こちらがその米蔵跡です。
城があった当時、ここには、年貢米が保管されていたといいます。
残る石垣はかなり立派で、米蔵はとても規模の大きなものだったと推察できます。
また、この場所は、明治から戦後の時期まで、製氷池として使われていたそうです。
そのことからも、この場所は、意外と低温だったようです。

さみしい看板

そして、米蔵を過ぎると、このうらじろの径という看板が現れるのですが……。
あるのはこの看板のみで、どこにも、天守跡、とか、
美濃金山城、といった表記がありません。
しかも、なんだかさみしい雰囲気ですし、さっきまで戦国山城ミュージアムにいた、
ほかのお客さんの姿も見えず、あたりには、だれもいません。

この道でほんとうにあっているのか、不安になりましたが、
ガイドマップはクルマのなかに置いてきてしまいましたし、とりあえず、
このうらじろの径を、登ってみることにしました。

山道へ

まあ、道自体は、適度な幅もあり、それほど通行に支障のあるものではありません。
ただ、あたりは鬱蒼とした森の中で、なんとなく薄暗く、しかも、
看板はなく、登るにつれ、不安感が増してきました。
でも、気を取り直して進みます。
ところが、歩けども歩けども、なかなか着きません。
これならば、もっと山城然としていた、苗木城のほうが、はるかに登城が楽です。

やっとで看板が

そうこうするうちに、やっと、森の中の広場のような場所に行き当たりました。
ここで道が分かれており、ようやくにして、金山城跡という表記に行き当たりました。

階段状の道

その矢印看板の先は、延々と伸びる階段状の道のようです。
でも、間違いない道だと思うと、士気も上がり、木材を組んだ道を登り始めたのですが……。

これが、行けども行けども着きません。
もう、どこまで登るんだろう、という感じです。
ヨメは無口になり、どんどん遅れ気味になっていきます。
それでも、ひたすらに登り続けました。
ちなみにこの道は、途中あった看板によると、杉ヶ洞搦手道というそうです。

やっと到着

こうして、ようやくにして、金山城跡に着きました。
ほんとうにここまで長かった。
石垣は、苗木城にあった美しい石組みではありませんが、このほうが、
戦国の山城の気分がでますよね。

抜群の眺め

しかも、この場所からの眺めは最高です。
こうした、下界の景色を楽しむことができるのも、山城の醍醐味です。

美濃金山城は、天文六年に、斎藤道三の猶子であった、
斎藤正義という人物の名で、築城されたといいます。
(もっと古いものでは、と思っていました)

ちなみに、この場所には、見物客の姿がちらほらとあります。
とはいえ、うらじろの径から、杉ヶ洞搦手道では、人影は全くありませんでした。
いったいどういうことだろう、と思ったら……。

なんと、杉ヶ洞搦手道のちょうど反対側にも登山道があり、
そのすぐしたには、なんと、駐車場があるではないですか!。
ということは、こちらが、美濃金山城の、正式な登山ルートだったようです。

うらじろの径は、その名の通り、うらの道だったんですね。
それにしても、長くて苦しい道でした。
(でも、関ヶ原の松尾山登山道よりはマシですよ)

日露戦争戦没者の碑

ちなみに、駐車場に降りる道は、日露戦争の戦没者を祀る碑があったりしました。
なぜ、この場所に建てたんでしょうか。
いずれにしても、城とは別に、これも興味深いです。

破城の痕跡

また、こちらは、破城の痕跡と呼ばれる部分だということです。
一度築いた城を、故意に破壊して、新しい城が築かれることを防ぐことを、
破城というそうですが、こちらが、その破城のあった石垣のようです。

石垣自体は、野面積みのもので、こちらも、戦国時代のものではないかと、
思います。

こうして、いろいろありましたが、美濃金山城を満喫してきました。
山城は、ハイキング気分も味わえ、なかなかに楽しいものですね。



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苗木城

すでにもう、十日もまえのことになってしまいますが、
三連休の真ん中の日曜となった今月の10日、
岐阜県東濃地方にある『苗木城』へと行ってきました。
この城は、ネットなどの情報によると、
日本の山城ランキングで、1位になった、とのことで、
それならば、というわけで、今回、ちょっと足を運んでみることにしました。

もっとも、ここ岐阜市に拠点を移す前から、苗木城のあるあたりには、
過去に何度も行っており、苗木城への案内看板も、幾度となく見ているのですが、
そのときは、別の目的地があったということもあってか、
足を運んでみようと思うことがなく、今回、ついに決行と相成りました。

ここ岐阜市から、苗木城に向かうには、まず、国道21号をひたすら東に走り、
土岐市に入ったところで、今度は国道19号線に乗り換えて、さらに東へと向かいます。
中津川市に入ったところで、今度は、国道257号線に入り、北へと進路をとります。
木曽川を越えてしばらく走ると、道路の端に、苗木城への案内看板がでてきます。

今回の出動車は、ヨメのプジョーですが、
同じ岐阜県内ですので、距離もさほどではなく、
しかも、空は快晴で、気持ちのいいスムーズなドライブでした。

ただ、苗木城の駐車場に向かう道が、途中ちょっと狭く、
また駐車場手前の勾配もなかなかにきつく、けっこう難儀しました。
もし、MINIで来ていたら、車体下部を擦ったかも、と、怖気付きもしました。

プジョーでおでかけ

というわけで、なんとか無事に現地到着。
駐車場は、すでに満杯に近い状態でした。
おりしもこのとき、城へと向かう具足を身につけた人たちを発見!!。
どうやら今日は、なにかお祭りのような、イベントがあるのかしれません。

というわけで、さっそく、苗木城を目指して歩いてみることにしました。
私は、苗木城については、恥ずかしながら、まったく知識がないのですが、
このあたりは、天正の初期のころは、
織田と武田との最前線という状態ではなかったのでしょうか……。

山城の勇姿

というわけで、最初のビュースポットから、苗木城を見てみます。
もう、鉄壁の城塞という感じですね。しかも、石垣の保存状態もすばらしい。
山城ランキング1位というのも、大いにうなずける気がします。

苗木城への道

山城というからには、行くのもたいへんかと思われますが、
駐車場からは、さほど歩かずとも行くことができます。
難攻不落の城のわりには、楽に行くことができる、というのも、
なんともお手軽でいいですね。
実際、多くの見物客の方で、賑わってもいました。

○ ぎふの旅ガイド / 観光スポット 苗木城跡

実際に城のふもとに立つと、山城の雰囲気もありつつ、
なんだか、マチュピチュのような気配もあって、
ワクワク感が、さらに高まってきます。

天守への道

そして、いよいよ天守があったという山の頂へと登ります。
こちらがその道ですが、十分な道幅もあり、登城の難易度は高くありません。
ただ、なにぶんにも、山城ですから、場所によっては、
滑落、落下の危険性のあるところも、散見されます。
手すりなどの無粋なものは、極力排してあるようですので、
お出かけの際には、足元にくれぐれもご注意ください。

曲輪

道の途中からは、下方にある曲輪を見ることができます。
こうした曲輪はそこかしこにあり、礎石を見ることもできます。
土木機械のない時代、こうした山の上に、建築物を作ることは、
極めて大変な作業だったと思われます。

もう少しで天守

道はつづら折れになっており、登るにつれ、
なんだか、天へと向かっているような気持ちになります。
この城は、もともとあった巨石など、自然の地形を巧みに取り入れて、
作られたもののようです。
巨石は、いまもこうして残っており、おそらくは、
元亀天正の昔も、このままの姿だったのではと思われます。

すばらしい眺め

というわけで、頂上につくと、それはもう、胸のすくような眺めです。
天気もいいので、ほんとうに、すばらしい景観でした。
もう、最高です!。

最初に駐車場で見かけた、具足に身を固めた武将の方たちも、
ちょうどこの場所に集結していました。

天守部分にある櫓状構造物

天守のあった場所には、櫓のような格子状の木造建造物が設置されていました。
墨俣一夜城のような、ありもしないお城を復元するより、
このほうが、はるかに好感が持てますね。

ここで、観光ボランティアと思われる人に訊いてみたのですが、
武将の人たちは、趣味で武具を作って着用して楽しんでいる方たちとのことで、
とりたてて、この場でお祭りをやっているとか、そういうわけではなさそうでした。

というわけで、折を見て、武将の方のひとりに、声をかけてみました。
その方も、同じ岐阜県の方で、身につけている冑などは、
すべて手作りをしているということでした。
(清洲城にある信長の冑をもとに、自ら手作りしたといいます)

材料はアルミなどを用い、また、鎖帷子なども、すべて、手作りしたとのことで、
そのクオリティの高さに、たいへん驚いてしまいました。
近くでまじまじと見ても、破綻がありません。
こういう出で立ちで城にくると、また、気持ちも盛り上がるでしょうね。

記念撮影

というわけで、お話をうかがったあとに、記念撮影もしてもらいました。
(ほかにも、いろいろと撮影させていただきました。ありがとうございました)

マチュピチュのよう

こちらは、大矢倉という、三階建の矢倉のあとだそうです。
石垣の積み方がとても美しい。
戦国時代の石垣の積み方は、野面積みが一般的かと思いますので、
このような、精緻できれいな積み方ではなかったのではないかと思います。
もっと後の時代の、江戸時代に入ってから積まれたものかもしれません。
江戸時代、この地には、一万石ほどの苗木藩という小藩があったといいます。

というわけで、苗木城をさんざん歩いて散策し、満喫した後は、
ふもとにある、苗木遠山資料館に行ってみました。
JAF会員証を見せると、入館料を割引してもらえます。

資料館にある模型

こちらには、苗木城のかつての姿を偲ぶ、ジオラマが展示されています。
いま、歩いてきた城を、ジオラマで見るのは、とても興味深いです。
ああ、あのあたりは、昔、こうなっていたのか、と、身をもって知ることができます。
それにしても、山城って、楽しいですね。

というわけで、丸一日、苗木城を堪能してきました。
おりしもいま、山城スタンプラリーが行われているとのことで、
この翌週、今度は、美濃金山城に行ってきたのですが、その時の模様は、
また、次回、当ブログで、ご紹介したいと思います。
(ですので、今月は、山城特集みたいな感じになるかと思います)



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