越前でのプジョー

いっこうに終息の気配を見せない新型コロナウイルスですが、
いよいよ、地球的な規模で大きな広がりを見せるようになってきました。
ヨーロッパでもアメリカでも、外出が大きく制限されるなど、
市民生活にも、さまざまな不都合が生じているようです。
日本においては、検査が充分になされているとはいえないようですが、
まだ、西欧各国ほどの深刻な状況には、少なくとも目に見える範囲では、
陥っていないように思います。
それでも、事態がここまでくると、もはや、
オリンピックの通常開催は、やはり難しいのではないでしょうか。

さて、そんな話はさておき、すでに二週間以上もまえのことになりますが、
今月のはじめに、越前方面にプチ旅行に行ってきました。
福井県を旅行先に選んだのは、まだ、コロナウイルスの感染者が確認されていないことや、
また、たまたま、旅行日程としたその期間、お天気に恵まれそうだったからです。
加えて、この時期、ホテルがとても安くとれるという事情もありました。

ここ岐阜市から、越前方面に向かうコースはいくつかありますが、
今回は、いったん西隣の滋賀県に入り、そこから、琵琶湖を横目に北上して敦賀市に入り、
あとは、海沿いの国道205号線をひた走ってみることにしました。
海を眺められる絶好のドライブコースでもあり、途中にはしおかぜラインという、
眺めのいい場所もあります。
出動車はヨメのプジョーです。
こうして、およそ四時間ほどドライブして、宿をとった三国市に入りました。

ホテルセンチュリオン

こちらがそのホテルです。
センチュリオンという名で、街中から少し離れた、
『テクノポート福井総合公園』という海浜施設のなかにあります。
この旅行の時点で、福井県は、コロナウイルスの感染者が、
出ていないと発表されていたかと思いますが、それでも、
ホテルはガラガラといっていい状態です。

おそらく、こうした状態が続けば、ホテルの経営はかなり苦しくなるのではないでしょうか。
私の故郷、飛騨高山も、いままで、インバウンドによって潤ってきました。
高山駅前にはいま、たくさんのホテルが新設され、駅舎も建て直されました。
しかし、観光客は激減しています。
いま、大勢の人が集まることは忌避されていますが、それでも、
多人数との接触を避けるなどの防衛措置はとりつつ、無理のない範囲で旅行などをするのは、
やっぱり、アリなのではないかと、思ってしまいました。

イルミネーション3

ホテルでは、夜になると、イルミネーションをしていました。
お客さんは少ないのですが、それでも、
こうやって色とりどりの明かりを煌々と灯してくれると、
やっぱり、とてもうれしい気持ちになります。

イルミネーション1

というわけで、イルミネーションの庭を、散歩したりしました。
また、人数は少ないのですが、それでも、家族連れの姿をちらほらと見かけました。
なにしろ、学校が休校になっていますからね。

ホテル内図書館

こちらは、ホテル内にあるキッズ用図書室です。
もっとも、壁面の十字架があしらわれているところを見ると、どうやらこの部屋は、
結婚式会場たったのかもしれません。

ホテルのなかには、このほかにも、レストラン、バー、ゲームコーナー、
卓球ルーム、カラオケルーム、温水プール(冬季閉鎖中でしたが)、大浴場、などがあり、
また、すぐ隣には、
セグウェイの試乗や動物と触れ合えるアミューズメントスペースも併設されていて、
家族連れにはなにかと好都合ではないかと思います。

そして翌日は……。朝から雨でした。うう~ん、なんともついていませんね。
ですが、この日、予報では、午後から晴れるということになっていました。
その予報があたることを祈りつつ、とりあえず、福井市方面に出かけてみることに。
が、とにかく、人との接触を避けたいということで、
食事などは、お店ではとらず、公園にいったりしてとることにしました。

その後はふたたび海辺へ。
今回の旅行ではとにかく、車で日本海に面した各所を巡ってみるということにしました。

呼鳥門

こちらは呼鳥門というところです。
岩が橋のようになっているのですが、福井から石川にかけて、
こうした岩が露出した場所が多く、日本海らしい独特の景観が楽しめます。
(石川県の巌門も、同様の地形、景観ですね)

付近の看板によると、この呼鳥門の上部は、内陸にかけて、棚田があるとのことです。
というわけで、さっそく見に行ってみることにしました。

山道へ

ところが、道に迷ったり、しかも、ものすごい坂道になったりと、けっこうたいへん。
しかも、とても道がとても狭かったりします。
なにしろ、海と急峻な山が隣接している地域ですからね。
そういえば、以前、MINIでこの地にきたとき、あまりの急坂におののいたことがありました。

越前海

でも、坂道を登りきると、そこには胸のすくような絶景が広がっていました。

眼下に見えるトンネル

しかも、眼下には、さきほどいった呼鳥門が見えたりします。
たしかに、このあたりは平地がなく、住むのも、田畑を作るのも、
苦労しそうな土地ですね。

棚田

というわけで、紆余曲折ありましたが、ようやく棚田に到着。
ここは梨子ケ平千枚田というらしいです。
ひとつひとつの田がとても細かく、細く作られています。

空が晴れて

そうこうするうちに、だんだんとお天気がよくなってきました。
しかも、空はみるみる腫れて、やがては、雲ひとつない大快晴になりました。
海も、浜辺の家々も、陽光を受けてキラキラと輝いています。
すごくきもちいいですね。まさに絶好のドライブ日和です。

きらめく海

その後、海辺の景観をたっぷり堪能して、前日泊まったホテルへと帰ってきました。
が、この日は、前日よりもさらにガラガラ状態に。
そのため、ホテルのカラオケルームを利用してみました。

テクノポート

翌日は朝から青空が広がるいいお天気。
ホテルをチェックアウトしたあと、すぐ近くのテクノポートに散歩に行ってみました。
ここは広い競技場やスタジアム、パターゴルフ場があり、各企業の工場なども含めた、
大きな海浜リゾート施設となっているようです。
一帯には4車線化された道路が伸び、交通の便も極めてよくなっています。

絶好の好天

その後、前日と同じように、海辺をドライブしつつ、帰路の着きました。
が、まっすぐ帰らず、琵琶湖方面によってみることにしました。

白髭神社

こちらは琵琶湖畔にある白髭神社です。
かねてから参拝にきたかったのですが、ようやくこの日、念願が叶いました。
人気のスポットなのか、駐車場はいっぱいで、若者で賑わっていました。

海に立つ鳥居

この神社は、厳島神社のように、水中から立ち上がった鳥居があります。
もっとも、この鳥居を眺めるためには、道路を渡らなくてはならないのですが、
道路を渡ることは固く禁じられており、警察官が出て道ゆく人に注意をしていました。

道路を渡るためにはかなり遠くにある横断歩道まで行かなくてはならないようですが、
ほとんどの参拝客は、無視して道路を渡ってしまっていました。
ただ、この状況だと、渡りたくなるのも、無理はないかなとも思ってしまいました。

その後は大津まで行き、琵琶湖を東に渡り、草津、彦根を経由して岐阜市に帰ってきました。
コロナウイルス蔓延によって、なにかと自粛が先行する世の中ですが、
どこにも行かないというわけにはいかないものです。
これからも、人混みは避けつつも、こうしたお出かけをしたいものです。



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モザイクタイルミュージアムを側面から

新型コロナウイルスの脅威が間近に迫っていることもあって、
ここのところ、人の多いところに出かけることに、ちょっとためらいを感じてしまいます。
とはいっても、天気のいい休日に家でじっとしているのは、なんとももったいないです。
そんなわけで、先々週の日曜 (9日)、
岐阜県多治見市にある『モザイクタイルミュージアム』という施設に行ってみました。
ここならば、それほどひどく混雑しているわけでもなさそうですし、
かといって、人気がなく寂しいという感じでもないようです。
同じ岐阜県内ゆえ、距離的にもさほど遠くありません。
ふだんなら、家から近すぎて、ちょっと物足りなく感じるのですが、
遠出をするとスタッドレスタイヤをひどく消耗してしまう今の時期は、
近場を選んでおいたほうがよさそうです。
県内にあるモザイクタイルミュージアムは、そんな冬場のお出かけのスポットとして、
最適かもしれません。

岐阜県多治見市といえば、日本一暑い街として、全国に名を馳せています。
今年も御多分に洩れず猛暑になるでしょうから、おそらく、夏場になれば、
一度や二度は、マスコミで取り上げられるのではないかと思います。
そんな多治見の観光スポットといえば、虎渓山永保寺、と、多治見修道院くらいでしょうか。
観光できる場所が多い街とはいえないようです。
ですが、四年前、多治見市の笠原町(旧土岐郡笠原町)というところに、
モザイクタイルを展示した博物館が造られ、
地域の新たな観光名所となっているというのです。

○ モザイクタイルミュージアムの情報はコチラヘどうぞ ~

なにしろ、建物のデザインが、とても目を引きます。
この建物を見るだけでも、ちょっと行ってみる価値がありそうな気がしてしまいます。
しかも、先にも述べましたように、このモザイクタイルミュージアムは比較的近場。
ここ岐阜市からは車で一時間半くらい走れば行くことができます。
お出かけにはいつも片道二時間以上のドライブをしていた私達からすると、
このくらいの所要時間であれば、かなりの近場といっていい感じです。
というわけで、絶好の好天に恵まれたこの日、いつものように遅がけに出かけました。

プジョーに乗って

今回もまた、出動者はヨメのプジョーです。
駐車場は思いのほか混んでいて、やっと駐められたという感じでした。

モザイクタイルミュージアム外観

そして、建物を間近に臨むことに……。
山の稜線のような曲線を描くこの建物は、やはりとても印象的です。

公民館

ミュージアムは、多治見市笠原町公民館に隣接しています。
駐車場はこの公民館と共用になっているようで、そのため、
公民館でイベントなどがあると、駐車はかなりしづらくなるようです。
この日も公民館でなんらかの催しがあったようで、車が止めづらかったようです。

入り口

建物の玄関は、すり鉢状になったいちばん下の部分にあります。
建物の規模に比べて、入口も、窓も、極めて小さく、このアンバランスな状態が、
デザイン上のおもしろさともなっています。

玄関を入ると、まずは受付があり、その向かって左手には、
タイルをメインに扱ったショップがあります。
このショップだけの利用であれば、料金はかかりません。
(ですが、ショップ利用の場合でも、受付だけはしておかなくてはなりません)
当初はショップだけの利用といって建物内に入り、のちに、上階を見学したい、
ということになっても、受付では対応してくれますので、
まずはショップを見学してみるのが、よいかと思います。
実際、私たちも、当初は、ショップ見学ということで無料入場し、そのあと、
入場料を支払って、上階に行ってみました。

階段を登って

見学の順路は、まず最上階に行き、そのあと、順に下の階へ下がって行くかたちになります。
こちらは、最上階に行く階段です。
仄暗い照明で、ピラミッドの通路を思わせるような雰囲気になっています。

切り取られた空

最上階 (4階) はワンフロアのみの広い部屋で、空を丸く切り取った開口部があります。
最初、この開口部にはガラスが嵌まっているのかと思いましたが、
そうしたものはなく、完全に穴状態になっていました。
天気がよかったので、青空が見えて、気持ちよかったです。

モザイク壁画

また、ここには、さまざまなモザイク画が展示されていました。
なんとなく、銭湯みたいな感じで、懐かしい雰囲気ですね。

3階展示室

続いて三階を見学です。
こちらのフロアでは、タイルの製造方法などの展示がありました。
また『世界のモザイク 今』という、企画展も行われていました。
この企画展は、海外の作家の作品も多数展示した、見応えのあるものでした。

なつかしいガラスケース

また、タイルを多用した懐かしいショーケースの展示もありました。
実際に使われていたものだそうで、私などは、子供の頃を思い出してしまいます。

二階展示室

こちらは二階展示室です。
とはいっても、こちらは、単なる企業ショールームで、
展示品と呼べるようなものはまったくありません。
ここは無料ゾーンでもいいのではないかと、ふと思ってしまいました。

とはいいつつも、モザイクタイルミュージアムを、思いっきり堪能してきました。
とにかく、建物のデザインがユニークで、それだけでも見応えがあります。
また、岐阜や名古屋に住んでいる方にとっては、
日帰りのお出かけスポットとして、ちょうどいい場所だと思います。

こうして、帰路についたのですが、あまりに天気がいいので、
そのまま家に帰るのはなんだかもったいないということになり、
ちょっとだけ寄り道してみることにしました。

絶好の好天

こちらは、河川環境楽園という公園です。
写真で見ると人がぜんぜんいないように見えますが、こちらは公園の最奥エリアなので、
人が少ないだけで、実際には、家族づれなど、かなりの人でありました。
(でも、時節柄、人混みは避けたいので、この最奥エリアにきてしまいました)

河川環境楽園

それにしても、雲ひとつない絶好の好天。
こんな日は、もっと遠くに出かけてもいいのかも、などと、
思ってしまいました。
(でも、どこかに行くとしても、やっぱり、人混みは避けたいですが……)


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明智城への道

今年の大河ドラマは『明智光秀』が主人公ということで、
光秀ゆかりの地が多数ある我が岐阜県は、放送がはじまるまえから、
さまざまなPR活動を展開しています。
市内のアーケードには、明智家の桔梗紋や、織田木瓜、二頭波頭などが、
垂れ幕として掲げられ、また、無数の小冊子、チラシなども発行しています。
ドラマは、出演女優の不祥事などで、開始が二週間も遅れるという、
前代未聞の事態になってしまいましたが、視聴率のほうは、好調だとも聞いています。
(まあ、前年のいだてんが極めて低かったので、高く感じるだけなのかもしれませんが)

そんな県下の光秀ブームにあやかって、私たちも、先々週の日曜(1月26日)、
明智光秀も居城したという可児市の明智長山城跡に行ってきました。
この城址は、麒麟が来る第一話の終わりの、旧跡案内でも取り上げられていました。

明智長山城も、犬山城同様、岐阜市からはさほど遠くなく、
一時間と少しで到着できました。
岐阜市のあたりは、西に走れば彦根城をはじめ、長浜城、小谷城址、などがあり、
また市内には岐阜城があり、東に行けば、今回の明智長山城をはじめ、美濃金山城、
岩村城があるという、まさに城に恵まれたところです。
(岩村城には、まだいったことはないんですが……)

曇り予報のはずが好天に

というわけで、明智長山城のための無料駐車場に車を止めます。
この駐車場、明智長山城からはちょっと離れていますが、城のあるあたりは、
閑静な住宅街になっていますので、かならずここか、もしくは、
花フェスタ記念公園駐車場に車を止めるようにしていただきたいです。
城の近くの路上に車を止めると、近隣住民の迷惑になりますので……。

いざ登城

そして歩くこと十分弱。城の入り口に到達しました。
(もっとも、この道は、城の大手門側ではなく、裏手になるようです)
この日の天気予報は曇りだったのですが、青空が見える行楽日和となりました。

記念の碑

明智長山城の築城は、1300年代の半ばごろだったようです。
応仁の乱よりも100年以上もまえですね。
城は200年以上も存続したそうですが、斎藤道三と斎藤義竜とのあいだでおきた、
長良川合戦の後、義龍軍の攻撃を受け、落城したといいます。
(明智勢は道三側に与したためです)
この落城後、光秀は、越前に逃れたかと思います。
(たしか、国盗り物語ではそういう展開になっていたんじゃないかと思います)

じつは大にぎわいです

大河の影響のおかげで、城址はかなりの賑わい。
写真ではあまり人が多く写っていないように見えるかと思いますが、
実際には、非常に多くの観光客が訪れていました。
テレビの影響ってすごいですね。やっぱり……。

本丸跡

こちらは、本丸跡だそうです。
山城というほど、険しい山のうえにあるわけではないので、
城巡りは比較的、容易にできるかと思います。
そのぶん、長時間の山歩きを覚悟していると、ちょっと拍子抜けするかもしれません

高低差が激しい

とはいうものの、各曲輪への行き来には、谷を登ったり降りたりしなくてはなりません。
こちらは、そのための道ですが、高低差が結構あります。

古い石垣跡

その道すがら、古い石垣跡を発見。
これは、光秀や、光秀の叔父の光安の時代の遺構なのでしょうか。
そう思うと、ちょっとワクワクするんですが。
そのあと、いったん下山し、今度は、大手門側から、再度、登城してみることにしました。

大手門

こちらが、城の大手門です。
路面は石畳城になっていて、とてもきれいに整備されています。
ただ、登るには、ちょっと息が切れるかも。
(ヨメはハアハアゼエゼエいっていました)
夫婦共々、もういい年ですしネ。

郭跡

こうしてふたたび登城。
今度は、さきほどは行くことのなかった、別の曲輪などを見て回りました。

そのあと、またふたたび下山。
城を出ると、今度は、近隣にある『天龍寺』という、
曹洞宗のお寺へといってみました。

明智光秀の位牌がある寺

こちらには、明智光秀公像、また、とても大きな位牌があります。
また、寺の裏手側には、明智家代々の墓があります。
この墓が、苔むしたとても古い雰囲気で、独特の印象があるのですが、
カメラのレンズを向けるのが、なんとなく不謹慎な気がしてためらわれてしまいました。
ですので、写真がありません。すみません。

光秀ゆかりの地

その後は、そのまま東に歩き、
花フェスタ記念公園の脇を通る県道381号線に出て南進。
最初に車を止めた駐車場まで戻ってきました。
ぐるっと一周したようなかたちになります。

花フェスタ記念公園には、大河ドラマ館が設置されているとのこですが、
今回は時間がなくなってしまったので、今度もし、機会があれば、
いってみたいです。

というわけで、二回連続でお城の話題を続けてしまいましたが、
これからもまた、県内の城巡りをしてみたいと思っています。


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犬山城

1月半ばの三連休最終日。
ヨメの車で、愛知県の犬山まで、ドライブがてら行ってみたのですが、
予想以上の混雑のため、空いてる駐車場をうまく見つけ出すことができず、
やむなく、そのまま帰ってきてしまいました。
(前回の投稿記事でも、この話を少し書きましたが)
でも、やっぱり、犬山にいってみたい……。
というわけで、その翌週にあたる19日の日曜、再度、犬山行きにチャレンジしてみました。
今回は、そのときの模様を、写真を交えつつ、ご紹介したいと思います。

犬山は、現存十二天守である『犬山城』がある街で、
ここ岐阜市から、さほど遠くはありません。
ですが、私が岐阜市に拠点を移して以後、すでに数年経つにもかかわらず、
いままで、犬山に行く機会が一度もありませんでした。
(あまりに近場過ぎて、スルーしてしまっていたって感じでしょうか)

というわけで、今回は、あらかじめ車を止められそうな駐車場のアタリを、
つけておいてから出かけてみました。
そのおかげで、現地で時間を浪費することなく、難なく駐車できました。
よかった、よかった。
しかも、お天気も、晴天とまでは行かないまでも、
まあまあの好天で、気温もさほど低くなく、ちょうどいい具合でした。
(なにしろ今年は、昨年末に引き続き、暖冬傾向が続いていますから)

私は、子供の時に、両親に連れられ、この犬山城にきたことがあるはずなのですが、
当時は、当然のことながら、お城にはまったく興味がなく、なんの記憶もありません。
城の周辺を眺めても、城下町を見ても、まったくなにも思い出せません。
ですので、とても新鮮な気持ちで犬山観光することができました。

いざ登城

こちらは、城にあがる道の手前にある、稲荷神社です。
当初は、この神社を通って行かないと、城に行けないのかと思ったのですが、
どうもそうではないようですね。
でも、せっかくですので、きちんとお参りさせていただきました。

道を登る

そして、城への道を上がります。
この日は、三連休などではなく、ごく普通の日曜だったのですが、
それでも、見物客の人たちは、かなり多いように見受けられました。

料金はひとり550円です。
大河ドラマ館より安いです。
同じお金を使うなら、犬山城のほうが断然いいかも!。
なにしろ、本物のお城ですし……。

天守閣

そしてついに、国宝犬山城の天守閣前に到着。
いつか来ようと思いつつもなかなか犬山行きがかなわったわけですが、
ここにようやく念願達成です。感激です。

この城は、天文六年に信長の叔父に当たる織田信康が築城したと言います。
天文六年といえば、甲斐の武田晴信が、父信虎を駿河に追放して、
実権を握った年ではなかったかと思います。
その後、城主は織田信清に変わりますが、信清は、信長とは対立したため、
城攻めに逢い、以後、池田恒興が城主になったといいます。

信長が本能寺の変で横死すると、今度は、信長の家臣であった羽柴秀吉が台頭します。
そんな秀吉を快く思わなかった織田信長の三男、織田信雄が、
徳川家康とタッグを組み、秀吉と対決します。
これが世に言う『小牧長久手の戦い』となるのですが、
犬山城は、この戦いにおいて、秀吉側の陣となりました。
天正の昔の、しかも戦を経た城が、いまもこうして残っていることに、
ちょっと感動してしまいます。
(城の外観は、小牧長久手の戦いの当時と、違うのかもしれませんが)

内部の石垣

というわけで、さっそく城の中にはいってみます。
こちらは、はいってすぐのところにある石垣です。
これも当時のものなのでしょうか……。

彦根城などの現存十二天守はどれもそうなのでしょうが、とにかく、
城は階段の傾斜が急で、手すりを掴んでないとかなり危険。
しかも、入場者が多いので、転んだりしようものなら、将棋倒しになりそうです。
というわけで、一歩一歩、慎重に登ります。

それにしても、この古い建物に、こんなに観光客が入っても、大丈夫なのでしょうか。
補強工事とか、してあるのかな。

最上階到着

各階を見物するのはあとまわしにして、まずは、最上階へといってみました。
ここは、それほど広くはありません。
まあ、天守閣って、飾りみたいなものですしね。

小牧山城が見える

外に出ると、街の風景が一望できます。
この先には、小牧山城と思われる小山が見えました。
当時も、こんな感じで、家康が陣とした城が見えたんでしょうね。
(すみません。この写真だとちょっとわかりにくいですね)

美しい風景

反対側に回ると、木曽川が一望できます。
犬山城は、この木曽川を自然の堀として活用し、背後の防御を図っています。
まさに天然の要害といったところでしょうか。

この城は、大坂夏の陣のあと、元和になってから、
家康の重臣である成瀬政成が入場し、以後、世代交代を繰り返しながら、
明治期まで城主を勤めます。
ごく最近まで、この城は、成瀬家の個人所有でもあったそうです。

城郭

というわけで、城をたっぷりと堪能してきました。

空堀

また、城の外には、こうした空堀と思われる遺構もありますので、
周辺散策もしっかりしておきたいものです。

城下のにぎわい

そのあとは、犬山の城下町へと足を運んでみました。
このあたりは、とにかく、たいへんな賑わいです。
犬山の街って、こんなに賑やかなところだったんでしょうか……。
あまりの観光客の多さに、びっくりです。

古い邸宅

こちらは、街中にある古い家です。
旧磯部家住宅というそうで、無料で見学できます。
邸内にいた案内の方によると、この家屋が建てられたのは、幕末の慶應らしいです。
大政奉還のほんの少し前くらいなのでしょうか。
こういう建物がタダで見ることができるのが、なんともふとっぱらというか、
ありがたいです。

こうして、思う存分、犬山を満喫してきました。
次回、また機会があれば、ぜひいってみたいです。


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岐阜大仏1

早いもので、年が明けてすでに半月以上が経ってしまいました。
年末年始は、実家のある飛騨高山に帰省したりしていましたが、驚くことに、
雪国であるはずの高山でも、まったく雪を見ることがまったくありませんでした。
日陰に残るわずかな雪さえも見当たらないのです。まったくの積雪ゼロ。
まあ、雪がないということは、当然のことながら、
雪かきの手間もなく、車の運転などもいたって楽なのですが、
白く染まっていない冬の飛騨は、かなり珍しく、なんだか不気味に思ってしまいます。
ということは、今年も猛暑、そして巨大台風の到来があるのでしょうか……。
年明けの直後ながら、戦々恐々としてしまいます。

また今年も、ヨメさんの実家にお邪魔させてもらったりと、
いつものように、正月は、慌ただしくしつつも、とくに何事もないまま過ごしました。
考えてみれば、ここのところ、あまりよくない年ばかりが続いていましたから、
今年こそは、少しは良い年になればいいなと思っています。

さて、正月も過ぎた三連休の最終日、久しぶりに出かけてみることにしました。
とはいえ、行った先は近場。
かねてから行きたいと思っていた愛知県の犬山市の犬山城に行ってみることにしました。
というわけで、ヨメといっしょに出かけてみたのですが、
いざ、犬山に到着してみると、好天の三連休最終日とあってか、街中は大混雑。
結局、クルマでグルグルと駐車場を探し回っただけで、帰ってきてしまいました。

でも、せっかくのお休みですので、このまま帰宅というのも、なんだかもったいないです。
なので、犬山よりさらにググッと近場の、岐阜市内の『岐阜公園』に、
ちょっと行ってみることにしました。
ところが、この岐阜公園もまた大混雑。駐車場に入るための車が、長蛇の列を成していました。
折しも、岐阜公園内には、今年の大河ドラマ『麒麟がくる』の衣装などを展示した、
大河ドラマ館がオープンしたとこのことで、思いのほか、園内は賑わっているようです。
(麒麟がくる、の主人公、明智光秀は、美濃の出身ということで、ご当地である岐阜県は、
いろいろと盛り上がっているようです)

もともと辛抱強くない私たちは、またしても半ば『諦めモード』に入ってしまいましたが、
もはや駐車場へと続く長い車列から脱出もできず、結局、そのままノロノロと進むことに……。
やっとの思いで駐車場に入っても、まったく空きが見当たりません。
というわけで、もう帰ろうかとしたそのとき、どうにか運良く駐車できたので、
当初の予定通り、公園まで歩いて行ってみることにしました。

もっとも、車を止めることができたその頃は、混雑もピークを過ぎたようで、
駐車場へ入る車列も、すっかりなくなっていました。
なんだか無駄な時間を過ごしたみたいで、がっかりです。
しかも、お天気が少しづつ微妙になってきて、上空には雲が張り出してきてしまいました。
これもまた残念なのですが、気を取り直して、公園まで歩くことにしました。

岐阜市歴史博物館

こちらは、岐阜公園内にある岐阜市歴史博物館です。
話題の大河ドラマ館は、この建物の二階にあるとのことでした。
もっとも私は、大河ドラマ館というのは、番組PRのための施設であるため、
無料で入れるものかと思っていたのですが、なんと、入場料が600円がかかるんですね。
知りませんでした。

いずれにしても、大河ドラマ館は今年中やっているということなので、
見学はパスして、またいずれ、したいと思います。

光秀横丁

ちなみに、この歴史博物館のあるあたりは、いま、大河ドラマにちなんで、
光秀横丁などと呼ばれているそうで、おみやげ物屋や、
フードコート的な店が並んでいました。

というわけで、岐阜公園からさらに足を伸ばして、少し周辺を歩いてみることにしました。

常在寺

そしてこちらは、公園の近くにある日蓮正宗のお寺『常在寺』です。
このお寺は、斎藤道三にゆかりのある寺として、
歴史マニアの方たちには、広く知られているのではないかと思います。
なにしろ、ここ常在寺は、司馬遼太郎の『国取り物語』のなかでも、
京で油売りをしていた松浪庄九郎が、美濃にきて最初に訪ねるお寺として登場しています。

京の妙覚寺で、智慧随一の法連房と呼ばれた松浪庄九郎は、
いつかは国主になりたい、という野望を持って還俗します。
その国盗りの標的に選んだのが、豊穣な美濃国でした。
油商人として成功を納めた庄九郎は、同じ妙覚寺の学僧だった常在寺の日護上人を訪ね、
美濃守護職の実弟である土岐頼芸に取り入るべく、日護上人の計らいで、
頼芸の家臣、長井氏に渡りをつけてもらうのです。

この常在寺には、有名な斎藤道三の肖像画もあるそうですし、
おそらくは今年の大河でも、登場するのではないでしょうか。

そんなわけで、常在寺をじっくり見学したかったのですが、その機会はまた次回に譲るとして、
今度は、常在寺のすぐ北にある正法寺という寺に行ってみることにしました。
この寺には、岐阜大仏と呼ばれる巨大な仏堂があるそうです。

正方寺正面

こちらがその正法寺です。
建立は江戸時代の中期から後期ということで、前出の常在寺に比べると、
はるかに新しいお寺かと思いますが、見た目の雰囲気は、とても古色蒼然としていました。
(今度は、大規模な修復の必要があるように見受けられます)
入場料は一人200円と極めてリーズナブルです。

岐阜大仏2

そして屋内に足を踏み入れると、すぐさま、
目のまえにそびえる大仏様と対面することになります。
大仏は頭部から胸部にかけて、金箔を貼ってあるようで、
明かりとりの窓から射し込む陽光を受けて輝いていました。

岐阜大仏3

写真ではわからないかと思いますが、思いのほか巨大で、ちょっと驚きます。
(なにしろ、寺の外観がさほど大きく感じなかったので、なかにはいってびっくりです)
お顔も少し独特な印象があり、なんだかやさしい雰囲気です。

思えば、大仏を見学するのはこれで三回目。
まずは奈良東大寺の大仏を見学し、また、石川県にある越前大仏も見学しました。
(あっ、そういえば、これほど大きなものではありませんでしたが、富山県高岡市にある、
高岡大仏も見に行きましたっけ……)

寺のなかに入った当初は、周囲にほとんど人がいなかったのですが、
そのうちに、見学のお客さんがどんどん入ってきました。
岐阜市内の観光スポットは、あまり多いとはいえないと思うのですが、
ここ岐阜大仏は、そのなかの貴重なひとつかもしれません。

2020_01_13i.jpg

その後はふたたび岐阜公園に戻り、駐車場まで歩いて帰ることに……。
まだ日は高かったのですが、公園内はすでに人もまばらとなっていて、さみしい雰囲気でした。
次回は大河ドラマ館の見学もさることながら、岐阜城に登りたいです。

満蒙開拓青少年義勇軍の碑

ちなみに、岐阜公園内には、満蒙開拓青少年義勇軍の碑がいくつも残されています。
満州への開拓移民を最も多く送り出したのは、長野県とのことですが、
ここ岐阜からも、青少年義勇軍をはじめ、多数の県民を、満州の地に送り出したようです。
これらの碑についても、今後、調べて思っています。


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