岩村城

ここ中部地方もいよいよ梅雨に入ってしまいましたので、
今後は、このブログでもお出かけネタが少なくなりそうです。
もっとも、今年も、コロナ禍の影響や、ガソリンの高騰などで、
お出かけネタは、ひところと比べると少なくなっているのですが、
その傾向に拍車がかかりそうです。
しかも、いまのこの物価上昇には、ロシア制裁分が入っていないとのことなので、
秋以降は、ほんとうにたいへんな状況になりそうです。
日本円もどんどん安くなっていますし、今年の年末は、年が越せるか、
などと、思っているんじゃないかと思います。
と、そんなことばかり考えていても、暗くなるばかりですので、
今回は、荒天の中、岩村城に行ったときのことなどを、取り上げてみたいと思います。

岩村城は、ここ岐阜市からみると、ほぼ真東方向になります。
同じ県内とはいえ、車だとおよそ二時間強という距離感です。
今回の出動車はヨメのプジョーです。

駐車場がどこにあるのかよくわからなかったので、
グーグルマップに表示されていた、城址近くの駐車場に向かうことにしました。
ところが、この駐車場に行く道がかなり細く、しかも上り勾配もかなり急なので、
車で行くとなると、かなりビビります。
なので、車で登る前に、私が事前に道を偵察に走りました。
交通量は極めて少ないですが、すれ違いは完全に不可能な道なので、
もし、岩村城の駐車場に向かうのであれば、充分にご注意ください。
(こちらの駐車場より、ふもとの岩村歴史資料館の駐車場を利用したほうが、
とても広くて駐めやすいですし、町から城にあがる状態になりますので、
資料館の駐車場の利用をお勧めします)

駐車場

こちらが、細い坂道を登りきった先にある駐車場です。
まあまあ広いですね。
しかも、トイレを併設した休憩所なども完備しています。
道はひどいんですが、その割には、駐車場はかなり充実しているような気がします。
というのもこの駐車場、
本丸のそばの曲輪というか、出丸部分をそのまま利用するかたちになっています。

本丸跡を見上げる

そんなわけですので、この駐車場、本丸にとても近く、
見学の順路としては、本丸から下がって行くかたちになってしまいます。
その意味でも、ふもとの資料館駐車場に車を止めて、本丸にあがるほうが、
いいかと思います。

本丸跡

そしてこちらは本丸部分です。
行楽客の姿もちらほらとあり、けっこう賑わっていました。
お天気もいいのでとても気持ちよかったです。

信長の宿営地

天正十年、信長はこの城に入っている時、武田滅亡の報を受けたと言います。
なにしろ天正十年ですので、同年、信長は京の本能寺で横死します。
まさに絶頂からの転落という感じですね。

石垣

ちなみにこちらは城の石垣部分です。
とてもしっかりした石垣で、この姿が、マチュピチュの遺跡に似ているということで、
ここ岩村城は日本のマチュピチュなどと呼ばれたりもするそうです。

東洋のマチュピチュ

草や木々の緑が眩しいですね。

石垣を下から見る

下から見上げる石垣には、また違った趣があります。
まさに城塞といった雰囲気ですね。
しかも、各所で石垣は入り組んでいます。

森をゆく

その後はどんどん坂を下っていく感じです。
かなりの急坂で、けっこう距離もあります。
その途中にも、石垣を見ることができます。

石段の道

途中にはこうした石畳の道もありました。

こうして、ふもとまで降りて、いまさらながら、資料館の駐車場を発見。
次回、もしこの場所にくるのなら、こちらの駐車場を利用したいとおもいつつ、
さらに下って、城下町にまできてみました。

城下町に到着

古い家が立ち並んでいて、風情のあるたたずまいです。
ですが、人があまりいなくて、ちょっと寂しい感じだったかも。
このあと、飲み物の自販機を求めて、街をさまよいました。
街の景観を乱さないようにとの配慮なのか、なかなか自販機がなく、
苦労しました。

ふたたび登る

その後は、来た道を戻り、登城状態になったのですが、
下って来た坂道を登るのが、とてもきつくて、とてもしんどい思いをしました。
気温も高く、それもまた体力を消耗させたようです。
(ようするに、まあ、年なんでしょうね)

そのあと、駐車場に戻り、細い急坂を下って帰路に着いたのですが、
その道の途中に、農村景観日本一の展望台に行ける、との道案内が出ていました。
見ると、細い道が枝分かれしています。
この展望台には寄りたいと思っていましたので、急遽、
さらにまた、この枝分かれした細い山道に分け入ることとなりました。

すごい山道

こちらは急坂こそなかったですが、やはり、かなりの山道でした。
とはいえ、ショートカットだったようで、意外と早く、農村景観日本一展望台に、
到着することができました。

農村景観日本一看板

もっとも、この展望台には、駐車場がありません。
付近の道の路側帯が広くなっているので、そこに車を止めるしかありません。

展望隊への道

そこからさらに、斜面につけられた隘路を徒歩で登っていきます。

景観日本一

こちらが農村景観日本一展望台からの眺めです。
天気がいいので、気持ちも晴れ晴れとしますね。

というわけで、好天のなか、山の景色を満喫してきました。
これからは、狂乱のインフレがやってくるでしょうし、
こうしたドライブも、いよいよできなくなるかもしれません。
そういえば、今年のGWは『最後の宴』と呼ばれていたような……。
この先のことを考えると暗くなるばかりですが、せめていまのうちは、
明るくいきましょう。



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基本塗装終了後

五月もまもなく終わろうとしていますが、ここのところ、急に暑くなってきましたね。
今年は、物価大高騰の年となり、電気代もどんどん値上がりしています。
なのに、今年もまた、猛暑になるとの予報が出されていて、この先どうなるのかと、
ほんとうに不安になりますね。
ガソリンの高騰も、もう、とても激しいですし、こんな調子でいったら、
年を越せるのか、などと、ようやく半年が過ぎるところで、
年末のことを心配したりしています。

と、そんな話をしていても暗くなるばかりですので、
今回は、以前に取り上げた、タミヤ1/35スケールのIV号戦車のその後について、
ふたたびご紹介をしたいと思います。
(といっても、そんなに製作が進んでいるわけじゃないんですけどネ)
なにしろ、いつも超スローペースで作業していますので、進捗はほとんどありません。
とはいっても、基本塗装を終え、デカール貼り、部分的なチッピングまでは、なんとか、
到達しました。

まず、クレオスのサーフェイサーをエアブラシで全体に塗り、そのあとは、
同じクレオスのマホガニーを全体に塗りました。
昔は、こうした濃い色を下地に塗って、
そのうえから基本塗装をするということはしなかったのですが、
ここ最近の時流に合わせ、そうした、
濃い下地色からの立ち上げ塗装というものをしてみました。

前から

この方法では、どうしても、色の濁りやくすみが出ます。
こうした濁りやくすみが、戦車の重量感として表現される、ということなのでしょうが、
私の個人的な考えでは、下地がマホガニーでは、やはり、濃過ぎるような気がします。
もう少し薄い、アース系の色のほうが、
上層に塗るサンド系の基本色との相性がいい気がします。
次回は、そうした基本色の発色の冴えみたいなところも、計算して塗りたいと思います。

基本色は、指定通り、タミヤラッカーのライトブラウン(DAK1942〜)を塗りました。
タミヤはラッカー系塗料を出さないものだと思い込んでいましたが、いまはこうして、
タミヤ製のラッカーを使えるのですから、便利になったものだと思います。
ただ、このタミヤラッカーは、クレオスのうすめ液と共用はできないようなので、
そのあたりは、ちょっと注意が必要かもしれません。
(匂いも、同じラッカー系とはいえ、クレオスとタミヤでは、けっこう違う感じがします)
また、タミヤのラッカーは、つや消しがきれいに決まるようにも思います。

ここ最近は、模型雑誌の影響で、
カラーモデュレーションという塗装技法が流行っているようです。
面ごとにグラデーションをつけたりして色を変化させるというもので、
起源は、3DのUVマッピングあたりからきているのだそうです。
発想自体がとてもおもしろく、また、この技法を用いた素晴らしい作品も多数あります。
実際に日光による退色などがありますから、
戦車の上面と側面とで色が微妙に変えるというのは、理にかなっているかと思います。
ですが、よくよく考えてグラデーションをつけないと、
実物と乖離した、模型の世界だけに存在する、
リアルとは違うものになってしまうような気がします。

砲塔

というわけで、今回は、上面にあたるところを中心に、やや明度を上げていくことにしました。
そのうえで、上面部分に使う色に、バフを混ぜ、砂埃が被った表現も、
同時に狙ってみることにしました。

ただ、大きなグラデーションはつけない方向で作業しています。
ですので、今後のウエザリング次第では、効果が感じられなくなる可能性もありますが、
初めてのことゆえ、慎重に作業を進めていくことにします。

砲塔ナンバー

こうして、基本塗装がすんだ後、今度はデカール貼りを進めていきます。
私は、デカールを貼るさいには、完全に余白のニス部分を切り取ることにしています。
シルバリングを防ごうと思ったら、これが確実な方法だと思います。

もちろん、ニスを切り出すのはなかなかたいへんです。
ターレットナンバーの数字の曲線部分は、フリーハンドで
丁寧に切りださなければなりません。
ですが、やっておけば、あとあと、安心だと思います。

ニス部分がないと、デカールを貼りこむさいの位置決めもかなりたいへんです。
でも、シルバリングを引き起こす要素が完全にないと思うと、気が楽ですね。

砲塔ナンバーは、クラッペのある場所のうえに描かれてるので、
マークソフターが必要になります。
私も今回初めて使ってみたのですが、
いつ買ったのかわからないくらい古いソフターだったので、
思うようにデカールが軟化せず、苦労しました。

ですが、なんとか貼り終えました。
この写真ではまだ作業していませんが、
その後、デカールのうえからガイアのクリアーを吹き付け、
研ぎ出ししています。
F1モデルを作る動画などを参考に、このデカール研ぎ出しをしてみました。
もっとも、戦車モデルですので、F1モデルのような丁寧な研ぎ出しは不必要です。

砲塔

そのあとは、チッピングをやっています。
剥がすのではなく、書き加える方法で行なっています。
色が剥げたところを書き加えるのはおかしいのですが、剥がすよりも、
コントロールがしやすいように思いますので、爪楊枝をつかって行なっています。

もっとも、このチッピングは、あまりやりすぎないように、ということを、
いつも念頭に置いてやっています。
実写の写真を見ても、それほど塗装は剥げていませんから。

今後は、デカール処理をさらに進め、履帯、ワイヤー、マフラーを塗装し、
そのあと、ウエザリングカラーを使ったウエザリングに入っていきたいと思っています。

後ろから

ただ、私は、慎重に、しかもできるだけ時間をかけて行いたいと思っていますので、
完成は、まだ遥か先かなと思っています。
このキットにはとても品質の高いフィギュアが付属していますので、
ゆくゆくはジオラマにしたいとも思っています。


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フローリイ

さて、なにをいまさら感がありますが、
今回は、今月初めの連休のことについて、書いてみたいと思っています。
連休は、とりあえず母親の様子を見るために、四月の末から飛騨高山の実家に帰りました。
というわけで、どこかに旅行に行くこともなく、
そのまま、五月の五日まで実家で過ごしました。
とはいっても、五月三日だけは、日帰りですが、終日、出かけてみました。
なにしろこの日は終日好天に恵まれ、最高のお出かけ日和でした。
今回の行き先は、高山を起点にすることになりましたので、岐阜市からは生きづらい、
北陸能登半島方面をチョイスしてみました。
目的地は、十年以上に一度行ったことがある、
石川県羽咋郡志賀町の花のミュージアム『フローリィ』です。

いつもは寝坊して遅がけからのお出かけになってしまう私たちですが、
この日は珍しく早起きができましたので、かなり時間を有効に使うことができました。
いつもこうありたいものですが、なかなかできません。
今回も、下道をゆっくり走ってのドライブとなりました。
まず、国道41号線を北上して富山県へ向かいますが、富山市の市街地に入る直前で西に進み、
その後また北上して、国道8号線に出ます。
この国道8号線を金沢方面に向かって走り、高岡市で国道160号線に乗り換えて、
今度は氷見方面へ。途中、羽咋、という看板が見えたところで、左折して西へ。
能登半島を横断して、石川県の羽咋市へと入ります。

羽咋市に入ったら、国道249号線にスイッチし、能登半島の西側に沿って、
北へと向かいます。

晴天の羽咋市

こちらは、その国道249号線です。能登半島の西側に出ても、好天は変わらず、
ほんとうに気持ちよくドライブできました。
(ちなみに、今回の出動車はヨメのプジョーです)

見えてきた目的地

途中、道の駅に寄ったりと、のんびり北上を続けると、見えてきました。
花のミュージアムフローリィです。
以前きたときは、ヨメのテンサンラリーできましたね。ああなつかしい。

ところが、駐車場がいっぱい。なんと、入れません。
これは予期していませんでした。
まあ、連休ですから、当然のことなのでしょうが。

しかし、それほど待つことなく、駐車場に入ることができました。
フローリィの駐車場は、それほど広くないため、お客さんが少し増えるだけで、
満杯になってしまうようです。

フローリィ到着

こうして、ついにきました。フローリィ。
とても賑わっていましたが、人が密集しているということはなく、
ほどよい混み具合といった状態でした。

温室内

こちらは温室のなかです。
とてもよく晴れていたのですが、外に出ると少し肌寒く、この温室のなかも、
思ったほど暖かくはなかったので、上着を取りに車に戻りました。
十何年ぶりに、またこの場所に来ることができて、感無量です。

○ 花のミュージアム『フローリイ』の情報はコチラヘ。公式サイト ~

フローリイ内部

こちらは、フローリィの館内です。
この施設は、志賀原発のすぐそばにあり、原発の関連施設のように思えます。
とはいえ、原発のPR的なものは、なにひとつありません。
ただ、以前こちらのきたときには、近くにある原発PR施設アリス館志賀に行って、
フローリィの無料入場券をもらったのではないかと思います。

いまフローリィは入館無料ですが、当時は、アリス館に寄って入場券をもらわないと、
入場料金がかかったように思うのですが……。

日本海を望む

また、この施設は海のすぐそばにあるので、建物の前庭から、日本海を見ることもできます。
天気がいいので、海がキラキラしていますね。

ガーデン

建物の裏手には、大きな庭園があります。

小径を行く

一部はイングリッシュガーデンというのでしょうか……。
朽ちた場所の車輪が置いてあるなど、いい雰囲気になっていました。

プジョー

というわけで、たっぷりフローリィを楽しんだ後は、さらに北上してみます。
ところどころで、車を止め、海を眺めたりしました。

能登の海岸

こうして、日本一長いベンチに到着。
世界一だったかも……。
でも、ベンチに座っている人はいませんでした。
ここから海に下りることができるようになっていて、浜辺には、たくさんの人がいました。
天気がいいと、ただぼうっと海を眺めるだけでも楽しいものです。

その後は、ふたたび能登半島を横断。東の能登島方面に向かいます。
道の駅なかじまロマン峠で休憩して、その後は、能登島には向かわず、
田鶴浜方面へと向かい、七尾市へと入ります。

能登半島の東側

七尾から国道160号線に乗り換え、能登半島の東側に出て、そのまま南下しました。
こうしてふたたび氷見に向かい、国道8号線に入って、きた道を逆にトレースする形で、
飛騨高山の実家へと戻りました。

とにかく終日抜群の好天でしたので、まさに胸のすくドライブとなりました。
もっとも、この先は、ガソリンの高騰、小麦などの食料品の高騰など、
経済は悪くなるばかりかと思われます。
現時点でさえ、ガソリンの高騰はかなりのものなのに、今年の秋には、
ウクライナ情勢も受け、さらなる高騰の嵐となるとのことで、
好天に恵まれても、こうしたドライブはもういけなくなるのかも、と、思ったりしています。

でも、やっぱりお出かけは楽しいものです。
状況が許せば、また、こうして海を見に生きたいものですね。

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館内展示室

4月24日の日曜はあいにくの雨となってしまいました。
こんな日は、ドライブに出かけても、気持ちが晴れません。
というわけで、どこかの屋内施設に行ってみようということになり、
かねてから見学してみたいと思っていた、
岐阜県美濃加茂市にある工作機械メーカー「マザック」の博物館に行ってみました。

岐阜県美濃加茂市は、ここ岐阜市の東にある人口10万ほどの都市です。
マザックの本社は愛知県大口町にあるとのことですが、美濃加茂市の郊外には、
巨大な工場があり、旋盤やマシニングセンタ、レーザー加工機といった、
工作機械を生産しています。

もともと工作機械にも興味がありましたし、なにせ美濃加茂は距離的にも近く、
こんな雨の日を楽しく過ごすためには、こうした企業博物館は、絶好の施設です。

構造物はこれだけ

というわけで、ヨメのプジョーで走ること一時間弱、
ヤマザキマザック工作機械博物館に到着しました。
もっとも、広大な敷地は駐車場ばかりで、建物が見当たりません。
あるのは、ガラス製のピラミッド型建造物と、商談用の建物くらいです。
ですが、このピラミッド型の建物の地下に、広大な施設が入っています。
なんだかちょっと、ルーブル美術館っぽい感じがしないこともないですが……。

入り口で検温や手の消毒を済ませたあと、受付で入場料を支払い、
エレベーターで地下3階に降ります。
JAFの会員証があれば、一人100円割引となりますので、会員証をお持ちの方は、
提示するとお得になります。
館内は基本的にどこでも撮影オーケーですが、地下2階のみ、不可とのことでした。
施設はまだ新しく、とても清潔な感じがしました。

最初の部屋

エレベーターを降りると、順路に沿って、
工作機械について説明するパネルが展示してある部屋に、まず入ります。
そのあと、展示スペースへと移ります。

地下3階入り口部分

ここには、工作機械によって製造される製品のミニチュアが展示されていました。
なんと、ウクライナのICM製の1/24T型フォードが展示されていました。
現場にいた説明の担当者の方も、これ、ウクライナのプラモデルです、と、
おっしゃっていました。
ええ、もちろん、知ってますとも。

初期の旋盤

エントランスとも言えるこのミニチュアコーナーを抜けると、
工作機械の歴史を紹介するコーナーになります。
旋盤の原型となる工具の発明は、なんと、紀元前になります。
いくつかの木製のパーツを組み合わせ、それに紐をかけて引くことで、
回転力を与え、パーツを削るというものです。
もちろん、金属の加工などはできませんが、木の加工はこれでも可能なようですし、
原理としては、現在の旋盤と同じかと思います。
古代エジプトの壁画にも、こうした旋盤が描かれているとのことです。
人類の歴史とは、任意の形にモノを作るというところから、出発したともいえるようです。

以後、精密な金属加工が行えるようになると、工作機械も飛躍的な進歩を遂げ、
それがまた、さらに精密な金属加工を可能にするという状態になっていきます。
こうして、科学技術は、加速度的に進むことになるわけですね。

D51

館内でまず人目をひくのが、この蒸気機関車D51です。
昭和15年製造と言いますから、アジア・太平洋戦争のはじまる一年前、
ヨーロッパではすでに第二次世界大戦が始まっていた時代になります。
蒸気機関車を間近で見る機会は久しぶりだったのですが、思いのほか巨大で、
驚きます。

D51運転席

説明をしてくださるスタッフの方とともに機関車の運転席に乗り込みます。
機関車と後続の客車のブレーキ、線路に砂を落とすレバー、など、ひととおり、
運転の方法を教わりました。

機関車の速度はおおよそ時速80キロ程度だったと言います。
もちろん、走行中は常に後方の石炭車から石炭を炉にくべなくてはならないので、
給炭係はかなりの重労働だったと思われます。
なんにしても、このレトロ感はたまらないですね。
すべてのパーツは、昭和15年当時のものだそうです。
金色に見えるパーツは真鍮製で、少し赤みがかって見えるパイプ類は銅製です。
この機関車は汽笛を鳴らすこともできました。
運転席のクラッチペダルのようなペダルを踏むと、汽笛がなります。

往復型の工作機械

こちらは、バイト(金属を切除する硬質の金具)を、往復運動させることによって、
より高速の金属切除加工を可能としたフライス盤です。
ベルトが二種のプーリーの間を移動することで、逆回転を可能にしています。
写真ではモーターが後方についていますが、実際には、蒸気機関等の別の動力を、
ベルトを介して得て、作動するようになっています。
往復運動ができる機械は画期的発明だったそうです。

人力旋盤

こちらは、足踏み式の旋盤です。ミシンにも似たレトロな形状です。
プーリーが段付きになっているのは、速度を変速させるための機構です。

プーリー変速装置

こちらも、画面向かって左側にあるシルバーの段付きの円筒がプーリーです。
あっ、ところで、いまさらですが、
ヤマザキマザック工作機械博物館のサイトは、以下をご覧ください。

○ ヤマザキマザック工作機械博物館のサイトはコチラ。 ~

昔の工場風景

こちらは、昔の向上を再現したセットです。
複数の工作機械は、ひとつの動力源から、天井部分にあるプーリーとベルトを介して、
作動するようになっています。

歯車を作る旋盤

こちらは、ギアを製造するための特殊な旋盤です。
だんだんと、複雑な機械になっていきますね。

輸入工作機械

精密工作機械は、昭和に入っても輸入に頼っていました。
日本は戦前、戦中にかけて、多くの航空機、またエンジンなどを作りましたが、
それらは、こうした輸入工作機械によって製造されていたのです。
とくに航空機のエンジンを作るための海外製工作機械は、とても大切にされたそうです。
しかし、そうした状態では、経済をされたら、軍需産業はただちに立ち行かなくなります。
日本は、脆弱な工業体制のままで、対米英戦争に突入したことになりますね。

T型フォード

工作機械を使って作られた製品の代表格として、自動車は展示されていました。
こちらは大ヒット商品であるT型フォードです。
けっこう大きいな、という印象です。
見たところ、前輪にブレーキはないようで、前照灯も、電気ではなく、
ガス灯方式だったそうです。
前照灯を点けるためのガス発生装置が助手席のあたりにあるのですが、
カーバイトのような、ガスを発生させる鉱石を使っていたのではないかとのことでした。

手前にデファレンシャルギアが展示されていますが、
この当時のT型フォードには、デフは搭載されていなかったのではないか、とのことでした。
(一見すると、デフがあるように見えるのですが、
デフを搭載するには、ギアボックスが小さすぎるとのことでした)
でも、デフがないと、カーブを回るのがかなりたいへんな気がするのですが。

テキサン

また、飛行機も展示されていました。テキサンです。
たしか、映画トラ・トラ・トラで、零戦に仕立てられていた期待ですね。
キャノピーのあたりが、零戦に似ていなくもないのですが、零戦ほど、
美しくないような気もします。

時計用旋盤

こちらは時計用の旋盤などの工具です。
こういう工具なども見ているとおもしろいですね。

大型の工作機械

ちなみに、戦後になっても、工作機械は輸入が多かったようです。
とくに歯車を正確に研磨するような機械となると、海外製品の独擅場だったようです。
そんななか、日本製品も品質をどんどん上げ、ついには海外に輸出できるようなるまで、
成長しました。

大型の工作機械

こちらは最新の工作機械で作られた製品群です。
非常に複雑な形状を自動で製作できるまでになりました。

続いて順路に従って地下二階の展示室に上がります。
こちらは撮影禁止なので写真がありませんが、工場のラインを見ることができました。
また、工作機械を製造する過程のビデオ映像が上映されていました。

ヤマザキマザック工作機械館

こうして、ヤマザキマザック博物館を堪能してきました。
スタッフの方に、とても詳細な説明をいただきましたので、思いのほか、
時間がかかりましたが、そのぶん、とても勉強になりましたし、楽しかったです。

そのあと、近くのお菓子工場直売店に行き、ワッフルなどを買って帰ってきました。
終日雨の日曜でしたが、とても有意義に過ごすことができました。

今後も、企業博物館にぜひ行ってみたいと思います。


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オイル交換開始

またしても、ブログの更新が滞ってしまいましたが、
今回は久しぶりにMINIの話題を取り上げたいと思います。
先月(2022年3月)末、本格的な春を前に、MINIのオイル交換をしました。

といっても、コロナ禍になってから、MINIに乗ることが、
ほんとうに稀になってしまいました。
昨年秋の車検後は、路面に融雪剤を撒く冬に入ったということもあって、
さらに乗る機会がなくなり、以後、今年に入ってからも、
もう、まったくといっていいほど動かしていません。

ですので、まだまだオイルは綺麗な状態ですが、さすがにこのまま放置もできませんので、
グリスアップも含め、一気にオイル交換をやってしまうことにしました。
(きっとこの先は、ドライブに行く機会もあると思いますしね)

ちなみに、今回はオイルエレメントの交換もしなければなりません。
ところが、我が家にはもうエレメントの在庫がない……。
というわけで、近所にある外車系が得意な自動車整備工場に行き、
MINIのエレメントがないか尋ねたところ『置いてあるよ』とのことでしたので、
さっそく、そちらを手に入れました。

新しいオイルエレメント

こちらがそのオイルエレメントのパッケージです。
MINI SPARESと記されていますが、そういう名のメーカーがあるのでしょうか。

いままではルーカスやマーレoc21というドイツ製のエレメントを使っていましたが、
このエレメントを見るのは初めてです。
MINI専用のものらしいですが、どこの国の製品なのでしょうか。
ネットで調べてみるとイギリスにあるMINIのスペシャルショップが出てくるので、
made in UKなのかもしれません。
(UKは、United Kingdomの略です。ウクライナではありません)

いつものバルボリン20wー50

オイルはいつものバルボリンVR racing 20w-50鉱物系です。
このオイルはビバホームというホームセンターで売っているのですが、
大量に買う人がいるようで、ときに店頭在庫が極端に少なくなる時があります。
こんな硬いオイルは普通は使わないと思いますので、おそらく、
旧車系の人が大量購入するのではないかと思います。
今回も、予定数の入手ができなかったので、必要数を注文して手に入れました。
もう長年、このオイルばかりを使っています。

そしてあとはグリス。
以前はモリブデングリスを使っていましたが、MINI専門店のかたにお伺いしたところ、
モリブデングリスは水に弱いとのこと。
というわけで、いまではずっとリチウムグリスを使っています。

エンジン

というわけで、作業開始。
いつものように、まずエンジンをかけて暖気し、オイルを温めて流れやすくします。
そのあと、オイルパンとアンダーガードのあいだに、
キッチンペーパー、もしくは、新聞紙を丸めて突っ込んでおきます。
この作業を怠ると、アンダーガードの上の面に、抜いたオイルが落ちてしまい、
そこからオイルが四方に垂れるので、絶対にやっておかなければなりません。
この作業をするかしないかで、その後の作業の効率が、大きく左右されます。

そのあと、ボックスソケットを使ってドレンボルトを外します。
(これが固くていつも難儀するんですが)
廃オイルは、ホームセンターに売っている廃油パックに落とします。
まだきれいなオイルとはいっても、やはり色は黒くなっていました。
その黒く染まったオイルが、どっと排出されてきます。

以前のエレメントoc21

次いで、ラジエーターグリルを取り外し、オイルエレメントを交換します。
これも固くて難儀することがありますが、フィルターレンチを使って慎重に古いエレメントを外します。
手で回せる状態になったら、エレメントの周囲にポリ袋をあてがい、エレメントが下に落ちるまで、
回します。
こちらからも古いオイルが漏れてきますので、エレメントが外されたあとも、
そのまましばらくオイルが落ち切るのを待ちます。

その次の作業は、左側(助手席側)前輪のグリスアップです。
テンションロッドの付け根にジャッキを当てて車体を上げ、
タイヤを外して、三箇所のグリスニップルにグリスを注入します。
せっかくなので、スプレー式のブレーキクリーナーを使って、
ブレーキ周り(ローターやキャリパー)などを清掃しておきます。

こうした作業をしているうちに、古いオイルが抜けますので、新しいオイルを入れます。
バルボリンのオイルは、1クォート入りなので、5本使うと4.7リットルとなります。
MINIのオイル交換にはちょうどいい量です。
ただ、エレメントを交換すると4.7リットルよりさらにオイルが入りますので、
そのあたりも考慮しておかなくてはなりません。
MINIの専門書では、エレメント交換の際には、
オイルが5.2リットル入ると書いてあったかと思いますが、
私の経験から言うと、5.2まで入れると、
オイルレベルゲージの上のラインを超えるように思います。
ですので、とりあえず4.7を入れておいて、そのあとは、適度にエンジンをかけて時間を置き、
レベルゲージでチェックしつつ、足りないオイルを入れていくようにしています。

オイルが入ったら、車を動かし、右側の作業スペースを確保します。
なにしろ、ガレージはそこまで大きくないので、移動させないと、
右側(運転席側)のグリスアップができません。

左側と同じように、前輪を外し、三箇所のグリスニップルに注油。
そのあとは、後輪のラジアスアームに注油して、作業完了です。

ガレージ内のMINI

慣れた作業とはいえ、なにしろ素人ですし、作業場所も広くはないので、
結局、いつも、すべての作業を終えるのに、四時間くらいはかかってしまいます。
本当に疲れますが、作業後は、なんだかやりきった感がありますね。

というわけで、春から夏にかけての準備はこれで完了です。
天気のいい日は、どこかに出かけたいですね。


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