組み付け状態

一年ほど前でしょうか、テレビのニュースなどで、
3Dプリンターの将来性や問題点を、よく取り上げていたように思いますが、
ここ最近は、そのような話題に接することも、あまりなくなったように思います。
つまりそれだけ、3Dプリンターが社会に浸透した、ということかもしれません。
とはいえ、私にとっては、Shade 3Dで3DCGの製作などをしつつも、
3Dプリンターについて、身近には感じられることは、まったくありませんでした。

というのも、私自身は、3Dでの製作物というのは、
レンダリングして「絵」にするものであり、それを実際に形状化させる、
ということについては、あまり大きな関心がなかったのです。
加えて、雑誌などで、実際に3Dプリントされた物体を見ると、
積層跡がくっきりとついた、とても美しいといえるようなものではなく、
それでいて、3Dプリンター自体も、プリントサービスも、ともに高価なイメージがあり、
こうした、決して品質の高くないものに、お金を出すのは,
あまり適切ではないと考えてもいました。

ですが、先日、DMM.makeさんのサイトで、
3Dデータをアップロードするだけで、比較的安価で、3Dプリントして宅配してくれる、
というサービスがあることを知り、俄然、3Dプリント、3Dプリンター、に、
興味を覚えるようになりました。

○ DMM.make 3Dプリントサービスはコチラ ~

しかも、DMM.makeさんのサイトでは、詳細な3D造形の解説ページがあり、
そのなかには、Shade3Dを使ってのデータの作り方、エクスポートの仕方が、
動画で紹介されています。
(もちろん、Shadeの以外の3Dソフトの使い方も紹介されています)
これらの動画を参考にすれば、だれでも3Dデータが作れることになります。

折しも、私がただいま製作しているプラモデルで、
一部のパーツに、ちょっとした不満があり、
もし可能であればオリジナルのパーツを作りたいな、と、
まさに思っているところでした。
DMMの3Dプリントは、もしかすると、
そんな要求に応えてくれるかもしれない、と、いやがうえにも期待は高まりました。

エレールのファーガソン

こちらがその件のプラモデルです。
フランスのエレールというメーカーが、今年になって発売した、
『ファーガソン TE-20』という、農耕用トラクターの1/24スケールのキットです。
農耕用トラクターというのは、クルマや、戦車、飛行機のように、
人気が見込めないためか、いままで、あまりプラキット化されることがなかったのですが、
こうしたマイナーなモノが好きな私には、まさに、待ちに待った商品でもありました。

なにしろ、トラクターはエンジンが剥き出し!。
メカニカルな面白さにあふれています。
しかも、このファーガソンTE-20は、ビンテージな農耕用トラクターだけに、
レトロなデザインも魅力です。

というわけで、発売されるや否や、
すぐに模型ショップ『タムタム』に行って買ってきたのですが、
キットに付属していたタイヤは、当然のことなのでしょうが、
軟質樹脂 (可塑剤を加えてやわらかくしたプラスチック) 製となっていました。

海外製のプラモデルに使われている軟質樹脂には、苦い思い出があります。
イタリアのプラモデルメーカーである『イタレリ』社が発売していた、
ドイツ軍の軍用トラック『オペル・ブリッツ』も、
今回と同様の軟質樹脂製タイヤがセットされていましたが
この軟質樹脂は、長い時間が経過すると、プラスチックを溶かしてしまう、
まさに『くせ者』でした。
そんなわけで、私が作ったオペル・ブリッツは、
製作数年後には、タイヤがプラスチック製のホイールを溶かしてしまい、
見るも無惨な状態になってしまったのです。

もちろん、すべての軟質樹脂がプラを溶かすわけではないですし、
いまでは、メーカー側もトラブル回避の配慮しているはずです。
なので、それほど神経質になることはないのかもしれませんが、それでもやはり、
キット付属の軟質樹脂製タイヤを使うことには、気が引けてしまいます。

しかも、エレール製のファーガソンのタイヤは、形状自体もいまひとつよくありません。
ですので、このタイヤを、Shade3Dでモデリングし、
3Dプリントしたらどうか、と、思うようになりました。

Shade画面

というわけで、さっそくモデリングしてみます。
モデリングの方法は、もちろん、ポリゴンモデリングで、
サブディブジョンサーフェイスを使って形状作成していきました。
が、ここで、3Dプリント用に作るモデリングデータというのは、
いままで作っていたデータと製作上、いろいろと留意点が違うことに気がつきます。

まず、サイズや寸法に気をつけること。
なにしろ既存のプラモデルのパーツに組み付けるのですから、
きちんと寸法に気を配っておかなくてはなりません。

また、四つのタイヤを、
ひとつのモデリングデータ (ポリゴンメッシュ) にしてしまうことも必要です。
すなわち、ランナーでひとつに結んでしまうのです。
これで、たとえ複数パーツからなるモデリングデータでも、1パーツ、ということになります。

このとき、ランナーに、ヘッドライトのパーツも付け加えてみました。
(キット付属のライトは、開口されていないため、モデリングして付け加えました)

当初は、タイヤも含め、ホイルも一体でモデリングしていたのですが、
3Dプリント料金が高くなるため、この方法はやめました。

こうして、モデリングが完了すると、それをより細かなポリゴンに分割し、
3Dプリンタ用に適した保存形式であるSTL形式にして、エクスポートします。

それをDMM.makeのサイトにアップロードします。
そうすると、実際にプリント可能かどうか、エラーがないかどうか、等を、
チェックしてくれます。
もし問題がなければ、その旨のメールが届きます。

DMMサイト

というわけで、見事問題ナシ。
3Dプリントに移るわけですが、そのさいに、プリントされる材質を、
選ぶことができます。

そこで愕然。プリントされる材質によって、ものすごく値段が違います。
金属材質でのプリントは高くてもある程度理解できますが、
当初予定していたアクリルでのプリントも、7,000円を超えるものとなっており、
(これでは、ファーガソンのキットよりも高くついてしまいます)
結局、最も安いナイロンで出力してもらうことにしました。

ただ、ナイロンは、表面がざらざらになるとのことなので、
ナイロン(磨き)を選択し、プリント注文をしたのですが…。

ここでトラブル。ナイロン(磨き)を選択すると、パーツの厚みが足りない、
ということで、DMMからプリントを強制キャンセルされました。

というわけで、少しばかりデータを修正し、
材質を、磨きのないただのナイロンに選び直しました。
そうすると、DMMから、無事、プリントOKのお知らせが届きました。
はじめての3Dプリント、やっぱりすんなりとはいきませんね。
そして待つことおよそ5日。宅急便で3Dプリントされた現物が届きました。
はたして、うまくプリントされたのか、もう、ドキドキです。

届いたパーツ

これがその3Dプリントされた、1/20ファーガソンTE-20の前後輪タイヤセットです。
Shade3Dというアプリケーションのなかでしか存在しなかったものが…、
モニター画面のなかでしか見られなかったものが、
実際に手に取れる状態になったことは、驚きであり、感動でもあります。
すごい!、すごいぞ3Dプリンターって感じです。

パターンもしっかりと

ナイロンで3Dプリントされたものは、
陶器のようにカッチカチに硬いと聞いていたのですが、
実際にプリントされたものを手に取ると、
陶器のような雰囲気は感じられず、また軽いものでした。
ただ、たしかに、柔らかさや軟質感はまったくありません。

3Dプリンターでの再現度の問題もあったので、
タイヤ自体の細かなディティール (メーカーロゴ刻印) などは、
すべてオミットしています。

キットのホイルに嵌めてみる

後輪の内径は、少し寸法を小さめにしたため、
(キット付属のプラ製ホイルと、タイヤとのあいだに、
 不自然な隙間を出したくなかったためです)
嵌め合わせは、とてもタイトになってしまいました。

というわけで、タイヤの内径を少し削ったのですが、
このナイロンという材質というのは、
サンドペーパーによる研磨が極めてしづらく、けっこう苦労しました。
そんなわけで、ホイルのほうも少しペーパーでならしつつ、何度も借り組みを繰り返し、
ようやく、うまく収まるように調整しました。

3Dプリントのタイヤ

これが、3Dプリントタイヤと、キット付属のホイルと組んだ状態です。
キット付属の軟質樹脂製後輪タイヤより、新造した3Dプリンタ品のほうが、
断然かっこいい、と、自分としては思っています。

ただ、当初懸念した、表面のざらざら感や、
3Dプリンターならではの積層跡は、どうしても入ってしまいます。

今後は、このうえにサーフェイサーを吹き付けてペーパーがけするなどして、
この積層跡を消さなくてはなりません。
もっとも、表面のざらざら感については、タイヤという質感を再現するのであれば、
それほど悪い影響を与えていないようです。

それにしても、このナイロン (ポリアミド) という素材に、
サーフェイサーを吹き付けても、だいじょうぶなのでしょうか…。
ちょっと心配なところです。

ナイロンで出力

前輪については、
過度のタイトさはなく、それでいて、ぴったりとホイルに嵌まりました。

申し遅れましたが、このエレールのファーガソンのキット、
タイヤの材質や形状に不安や不満はあるものの、キットそのものの出来は、
とてもいいものです。

まあ、組み立て説明書に間違いがあったり、
前輪が最大車幅状態でしか組めなかったりと、ときどき、
おやっ?、と思うこともありますが、パーツの合いもカチッと決まりますし、
ペダル類まで細かく細かくしてありますし、
多少の欠点はあっても、途中で気にならなくなるほど、すばらしいものです。

ディティールアップ

しかも、手を加えるところも満載。
とくにエンジンのプラグコードなどは、ぜひともディテールアップしたいところですし、
こういうユーザー側で自由にいじれる部分が残っていることも、
このキットのよいところという感じがします。

フロントビュー

それにしても、トラクターってかっこいいですネ。
今後は、少し古びたようにウェザリングして、
ゆくゆくは農場ジオラマにしたいと思っています。
こうした農機や重機が、今後もキット化されることを、切に望みます。

ちなみに、今回3Dプリントしたパーツは、
DMM.makeのクリエイターズマーケットで、販売することにしました。

マイショップ画面

こちらが、私の販売サイトです。
なにしろ3Dプリントを始めたばかりなので、商品が、
このタイヤセットのみなのですが、
今後もできれば、こうした、プラモデル製作のアシストパーツを、
3Dプリント用データとして作っていき、販売していければ、と思っています。

○ DMM.make 『noba-ken Model』サイトページ ~

まだ商品が、このタイヤセットひとつしかないため、なんとも、
寂しい限りなのですが、今後は、できれば、
もっと商品を増やしていきたいな、などと、夢見ています。

今回はトラクターのタイヤでしたが、1/35ドラゴンワゴンのタイヤとか、
はたまた、M4シャーマンのライトガードセットなんて、できたらいいな、
と、思っています。



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補修後のMINI

五月の終わりの日曜日、MINIで、四つの県を一日で巡るという、
大ロングドライブを敢行したと、当ブログでも紹介しましたが、
そのあと、コイン洗車場で洗車をしたさい、高圧洗浄機の圧力で、
ヘッドライトしたの塗装が、わずかな面積でしたが、
吹き飛んでしまう、ということが起きました。

もともと、塗膜のしたで、錆が進行して塗装を浮かせていて、
高圧の水を浴びることで、浮いた塗膜そのものが飛んでしまった、
ということのようです。
でなければ、いくら高圧とはいえ、水があたった程度で、
塗膜が飛ぶなんてことは、ありえまえん。

このときは、ちょっとショックで、なんともため息ばかりだったのですが、
このまま見て見ぬ振りをするわけにもいかず、
かといって、板金に持ち込むほどのことでもないように思い、
いろいろ考えた末、まずは自力で補修してみることにしました。

まあ、古いクルマですし、飛騨高山に住んでいた頃は、
路上に融雪剤を撒く冬の時期にもMINIを走らせてもいたわけですから、
こうした問題がでてくるのも、やむを得ないことかもしれません。

それにしても、最大の問題は、
この塗膜のしたの錆が、どれくらい進行しているかです。
問題の箇所は、ヘッドライトのすぐしたの、
ちょうど鉄板と鉄板が組み合わされた段差状になっているところです。
こういう接合箇所から発祥している錆は、
経験上、ちょっとやっかいだという思いもあります。
悪くすると、鉄板に穴が空いていたり、
接合箇所からクサリが発生していることも考えられます。

いずれにしても、錆の程度を見定めなければなりませんし、
一刻も早く、手当をしなければなりません。
そのためには、必要な道具や補修剤を準備する必要があります。
というわけで、まずは、錆を落とすためのサンドペーパーから揃えることにしました。
当初は、タミヤ模型から発売されている、
模型製作用のサンドペーパー「フィニッシングペーパー』を使う予定でした。
というのも、フィニッシングペーパーは安価で、
しかも、ひとつの袋のなかに、番目の違うものが複数入っていますし、
わざわざ買いにいかなくとも、部屋のあちらこちらにストックしてあります。
が、フィニッシングペーパーには、目詰まり防止ための、白い粉末状のものが塗布してあり、
それが、磨いた箇所に残って悪い影響を与えないかと、ちょっと心配でもあります。

いずれにしても、補習用のケミカル剤などを買わなくてはいけないので、
自動車用品量販店に行ってみたのですが、そこで、
クルマの補習用として、番目の違うサンドペーパーのセットがあるのを知り、
それがとても安価だったので、こちらを買って使うことにしました。
そして、錆を除去するためのクリーム、錆を防錆皮膜に置き換えるケミカル剤、など、
おもいつくものを買っておきました。

塗装の剥がれ部分

そしてこちらが、問題のMINIの塗装剥離箇所です。
この写真は、塗膜剥離直後に撮影したものなので、
患部の面積もごくごく小さいのですが、
実際には、塗膜のしたでもっと大きな広がりをもって進行しており、
それらを全部はがして、錆を露出させるところから、はじめなければなりません。

というわけで、浮いている塗装の隙間に、
マイナスドライバーを突っ込んでは塗膜を起こして取り去り、
錆の全貌を暴きにかかります。

この箇所のほかにも、ちょっと心配なところもありますが、
とりあえず、指で触っても塗装の浮きが感じられないところは、
ひとまず、そのままにしておくことにします。
(それらも全部やるとなると、素人では手に負えない板金作業になってしまいますから)

暴いてみると、けっこう大きな面積になってしまいました。
しかも、ホントに一面茶色のサビサビ、ガサガサの状態になっており、
衝撃を受けましたが、鉄板と鉄板の接合面はしっかりとしており、
また、穴やクサリもなく、ほんとうにホッとしました。
穴があいてしまうと、やっかいですからネ。
(ちなみに、錆を露出させたこの状態の写真を撮り忘れてしまいました)

浮いた塗装をすべて剥がす

まずは、もっとも粗目の150番目のサンドペーパーでサビを落とし、
そのあとは、320番のペーパーで、より慎重に磨いていきます。
この作業を繰り返すことで、茶色の錆が取り払われ、
鈍い銀色の、鉄の地金が見えるようになります。
できれば、ワイヤーブラシを使ってしっかり磨きたいところでもありますが、
そんなことをすると、ダメージのない塗膜部分をも傷つけてしまいそうです。
ですので、歯ブラシなどを代用品として使いつつ、やさしく丹念に錆をとります。

補修用ケミカル用品

次に、99工房のサビとりクリームを、説明書に従って厚く塗り、
10分ほど時間をおいてから、キッチンペーパーで拭いてサビを取り除いていきます。
この行程を、およそ三回繰り返しました。

というわけで、すっかり錆は落ち、地金がきれいに顔を出しました。
ですが、こうして地金を出しても、ひょっとしたら、
微小なサビがまだ残っているかもしれません。
ですので、そうした小サビを封じ込めるために、
赤サビを防錆皮膜に換える、転換剤を使うことにします。

転換剤を塗る前に、表面を脱脂します。
本来であれば、脱脂用のシリコンオフスプレーを使うところですが、
いくら錆をすべて露出させたとはいえ、それほど大きな面積ではないですから、
シリコンオフシートという製品を使って、表面を脱脂することにしました。

脱脂用ケミカル用品とサンドパーパー

こちらが、そのシリコンオフシートです。
ウエットティッシュ状になっており、狭い面積ならば、これで充分かな、と、
思っています。

そしてシリコンオフシートを二回使い、脱脂し、よく乾燥させてから、
防錆転換剤を慎重に塗っていきます。
とくに、地金が露出している箇所と、塗装された部分との境目部分に、
塗り残しが生じないよう、慎重に塗っていきます。
20分ほどの時間をおいてから、もう一度、転換剤を塗布します。

オイル等点検

この20分ほどの間に、エンジンオイルの残量をチェックしたり、
ドアやボンネット、トランクといった、各所のウェザーストリップに、
ラバープロテクタントを塗布したりと、思いつくままに、
あちこち、手入れしてみました。
そうこうするうちに、20分など、あっという間に経ってしまいました。

地金は無事

20分ほどで、防錆転換剤を塗ったところは、
説明書通り、黒い皮膜を形成してくれます。
こうして黒く変色してくれると、
なんだか、効果を発揮してくれているような、そんな気にもなります。
このあと、二時間半ほどしっかり乾燥させ、その次にサーフェイサーを塗る作業に入ります。

サーフェイサーは、手持ちのものを使うということで、模型用を使うことにします。
グレーのサーフェイサーが見当たらなかったので、
クレオスの白いサーフェイサーを使い、まずは錆部分を真っ白に塗りました。
(この真っ白の状態も、撮影するのを忘れてしまいました。すみません)

その後、同じクレオスの模型用ラッカー系塗料で、ボディ色を作ります。
プラモデル用なので、クルマの補修に使っても、
耐久性という点で、不安があるかもしれませんが、
ラッカー系は塗膜が強く、また、すでに各色を豊富に揃えているので、
コイツを使うのが、私にとって、最良の選択かと思っています。

じつは私は、名古屋に住んでいた当時、
写真修正を行うレタッチスタジオに勤めていたことがあります。
その作業は、写真とまったく同じ色を絵の具を混ぜて作り、
それを、エアブラシを使って、写真に直接吹き付けて修正する、というものでした。
ですので、塗料などで特定の微妙な色調を作ることには、
比較的、慣れているといってもいいかもしれません。

補修に使用した色

私のMINIのボディ色は白に近いベージュですが、この色は、
ホワイトと、サンディブラウンと、軍艦色(2)を、
適度に混合させれば、できるのでは、と、感じました。
というわけで、それらを皿にとり、混ぜ合わせて、状態を見ます。

そして塗り付け。
塗り付けたところがボディより明るいと、ちょっと目立ちます。
逆に、ちょっと暗いほうが、馴染んで見えると思います。
そんなわけで、少し暗めに調色し、丹念に塗り付けていきます。

補修完了

色的には、自分としてはかなりいい線になったかと思います。
少なくともパッと見には、補修したことがわかりません。

これで、ほぼ補修は終了ですが、このあと、
10日間ほどの時間を置き、乾燥、定着をさせ、
その後、再度脱脂をしてから、
クリンビューが発売しているコーティング剤『イオンコート』を、
丁寧に二回、かけてみました。

当初は、2000番のような細目のペーパーで補修部分を研ぎ出し、
さらにコンパウンドをかける予定でいたのですが、
試験的に2000番ペーパーをかけたら、ちょっと色が変わってしまいましたので、
そのままなにもせず、イオンコートを塗布することにしました。

なにぶんにも素人仕事ですので、どの程度の耐久性があるか、
また、錆がしっかり取り除けているか、わからないところもあります。
加えて、プラモデル用の塗料 (クレオスのラッカー系塗料) が、
どの程度、持ちこたえてくれるか、
そのあたりも、心もとない感じがしますが、とりあえず、
できることはやった、という感はあります。

ちなみに、クレオスのラッカー系塗料の耐久性ですが、
以前、飛び石で傷がついたところにも、これらを使って、
タッチアップしたことがあります。
それらは、いまも塗膜を保っていますので、
たとえプラモデル用といえども、一定の程度の耐久性はあるものと思っています。

クルマのボディを自力で修復したい方や、錆に悩む旧車オーナーの方にとって、
本投稿記事が、少しでも参考になれば、さいわいです。



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MINICM0. TB0 TOP▲
引揚記念公園

梅雨にはいったばかりなのに、どういうわけかお天気に恵まれた先日の日曜、
ヨメのプジョーで、京都府の舞鶴へと、ドライブがてら出掛けてみました。
本来であれば、MINIでお出かけをしたいところでしたが、
先日、コイン洗車場でMINIを高圧洗浄機で洗車したさい、
前面ヘッドライト下部の塗装が、一部、塗膜内に侵入した錆によってはがれてしまい、
いまはまだ、その補修がまだ終わらないため、今回はプジョーでのドライブとなりました。
(MINIの補修の詳細についても、できれば後日、このブログで取り上げたいと思っています)

もっともこの日、当初から舞鶴に向かうという計画はなく、
なんとなく、愛知県の蒲郡方面に行ってみようということになっていました。
が、朝のうちは、空にはどんよりと雲がたれ込めていて、
こんなお天気のもとであっては、海岸沿いの景色も、
あまり楽しめないのではないのか、という思いがあり、
急遽、目的地を変更した、というわけです。
(このために、けっこう時間をロスしてしまいました)

というわけで、南の国道23号線に向かっていたところを反転し、
国道21号線に戻って西に向かい、その後、関ヶ原で国道365号線へと入り、
琵琶湖の北端を目指します。
そこから国道8号線に入って、福井県の敦賀市へ。
敦賀市からは国道27号線に乗り換え、ひたすら南東方向へと進みます。

道中、どんよりと曇っていた空ですが、日本海側に出ると、
雲がしだいに取り払われ、敦賀に到着する頃には、すっきりとした青空が、
広がるようになりました。
この日の天気予報では、愛知県の豊橋市は曇りとなっており、
その予報が正しいとすれば、近隣の蒲郡市も、お天気はよくなかったかもしれません。
やはり、目的地を日本海側に変更したことは、天候という面からいえば、
正解だったかもしれません。

五湖の駅

そして途中立ち寄った道の駅『五湖の駅』で昼食。
お天気がよいせいか、行楽客でとても賑わっていました。

その後も国道27号線を京都府方面に向かって進み、
いよいよ、舞鶴へと入ります。
私にとっては、人生初の舞鶴訪問となりました。

その舞鶴と聞いて、私の頭に真っ先に頭に浮かぶのは、
かつて旧満州に取り残された棄民が引き揚げてきた場所だということです。
また、シベリア抑留者たちも、この地に引き揚げてきたかと思います。

私の母、また母方の祖母は、満州からの引揚者ですが、
日本に到着した港は、佐世保だったと聞いています。
ですが、この舞鶴にも、引揚者を身内に持つ者として、
なにか特別な感情とでもいうべきものがあります。

ですので、舞鶴の港には、とても強く行ってみたいと思いましたし、
そこには、なにかしらの記念碑のようなものがあるのでは、と、推察しました。

そんなわけで、あまり気乗りしないヨメを説き伏せて、舞鶴港に向かおうとしましたが、
その道中、引揚記念館という看板が目に入りました。
やはり、舞鶴には、引揚者にまつわる資料館的な施設があるようです。

引揚記念館

というわけで、さっそく、記念館に行ってみました。
駐車場には大型観光バスなどが入っており、思いのほか見物客がきているようでした。
こうした施設に関心や興味を持ってくださる方がいることは、
私にとっては、うれしいことでもあります。

○ 舞鶴引揚記念館のサイトはこちらです ~

施設は、近代的なとても立派なものでした。
折しも、シベリア抑留者たちの記録が、ユネスコの記憶遺産に登録されたこともあり、
より多くの人の関心を集めているようでもありました。

抑留者の送られた地域

施設内に入るとすぐ、満州やモンゴルを含む、
ロシア (旧ソ連) 全土の地図を写した、大きな絨毯があります。
そこには、シベリア抑留者たちが送られた、
収容所のある地域が記されています。

満州とは、中国の東北部を指す言葉ですが、
ここにはかつて『満州国』と呼ばれた国家がありました。

日露戦争後、ロシアが満州にもっていた鉄道権益と、
遼東半島の先端部が、租借地というかたちで、日本のものとなります。
日本政府は、この鉄道を半官半民の特殊会社『南満州鉄道株式会社』として、
満州経営の足がかりとします。
また、この鉄道沿線と、租借地である関東州 (遼東半島先端部) を守るため、
『関東軍』と呼称される、日本の出先軍隊が組織されます。

ところが、南満州鉄道株式会社の権益は、
満州に台頭してきた地方軍閥などによって、たびたび侵されることになり、
この事態に業を煮やした『関東軍』は、自ら南満州鉄道の線路を爆破し、
それを相手の仕業だと宣伝する、いわゆる謀略工作をもって、
一気に満州全土を支配することをもくろみます。

関東軍はまたたくまに満州を占領。
その後、清国の廃帝『溥儀』を擁立して、独立国家『満州国』を建国させるのです。
もっとも、この国は、日本の支配下で作られた、完全な傀儡国家でした。

日本政府は、資源の供給基地として、満州国を開拓する必要に迫られます。
そのため、日本各地の農村などから、広く人を集め、満州へと入植させます。
同時に、満州国防衛の要として、関東軍を大幅に増強させ、
北の大国ソ連への守りとして、総勢70万の大精鋭軍へと成長させます。

昭和20年、ソ連は日本との条約を一方的に破棄して満州に攻め込みました。
このときすでに関東軍は弱体化しており、ソ連軍の侵攻の前になすすべもなく、
満州全土にいた日本の入植者は、塗炭の苦しみを味わうこととなります。
この日本の民間人たちが、いわゆる満州棄民であり、
満州からの『引揚者』と呼ばれる人たちになります。

また、ソ連軍に武装解除された関東軍将兵らは、
日本がポツダム宣言を受諾し敗戦したあとも解放されることはなく、
逆に、シベリアなどのソ連領内に移送され、
そこで、過酷な重労働を、数年に渡って強いられることになります。
この人たちが『シベリア抑留者』と呼ばれることとなります。

軍隊手帳などの資料

舞鶴の引揚記念館は、
これら満州引揚者と、シベリア抑留者の資料展示に特化した施設です。
その展示品は (資料的価値の高いものは) それほど多くはないと思います。
というのも、シベリア抑留者たちは、日本に返されるさい、
筆記されたものを持ち帰ることを許されませんでした。
そのようなものを持っていれば、即刻スパイ扱いをされ、日本への帰国は遠のきます。

それでもなお、決死の覚悟で、木の皮に記した収容所での記録を、
持ち帰った例もあり、実際に展示もされていました。

ラーゲリの様子

館内のスタッフの方から説明を受けたところ、収容所内では、就寝のさい、
およそ二畳の広さに、六人が寝かせられたといいます。
また、冬場の水不足は深刻で、川から水を汲んできても、途中で凍ってしまったといいます。
それがために、極端に不衛生で、ノミ、シラミが発生し、
チフスなどの疫病が蔓延したといいます。

厳冬のラーゲリ

食事も粗末なうえに、森林伐採などの重労働を課せられ、ノルマが達成できなければ、
さらに食事を減らされるというペナルティがあったといいます。
まさに、生き地獄のような様相であったかもしれません。

引き揚げ船の模型

展示品のなかには、引き揚げ船に使われた船の模型も多数展示されていました。
また、撮影は不可でしたが、抑留者が実際にシベリアで描いたという、
水彩画もありました。
実際に現地で、ソ連側から筆や絵の具を支給されて描いたとのことで、
奇跡的に持ち帰ることができたといいます。
いわば、現場での生の情報であり、極めて貴重な資料だといえます。
しかも、描いたご本人は、いまも存命中とのことで、たいへん驚きました。

舞鶴のジオラマ

こうして、スタッフの方から詳しいご説明をそれぞれいただき、
各展示物をつぶさに見学させていただきました。
とても意義のある時間を過ごすことができました。

その後、施設近くにある、
引揚者たちが上陸したという桟橋 (復元物) に行ってみることしました。

望郷の地

こちらが、その桟橋からみた光景です。
晴天ということもありますが、まさに、息をのむほどの美しさです。
戦後間もない頃と、いま現在とでは、あたりの景観は大きく違うでしょうが、
満州から引き揚てきた人たちや、シベリア抑留者の人たちは、
この同じ光景を船上から見て、恋いこがれた祖国に帰ってきたことを実感し、
涙したことと思います。

同時に、この光景を見ることなく、無念にも、
大陸の曠野で、また厳寒のラーゲリで、命を失った方も数多くいたのです。
それを思うと、私も胸が熱くなりました。

また、引き揚げ記念館のスタッフの方から教えていただいたのですが、
我が岐阜県にも、満州棄民をとりあげた資料展示施設が作られたとのことです。
おそらくは、私が以前行った、長野県の満蒙開拓記念館の創設に、
影響を受けたということもあったかもしれません。

○ 満蒙開拓記念館訪問の記事はこちらです ~

長野県は、満州への移民がもっとも多かった県ですが、
我が岐阜県も、私の祖父母をはじめ、多くの人たちを満州に送り出しています。

帰宅後、ネットなどで調べたところによると、どうやら高鷲村に、
たかす開拓記念館という施設があるようです。
私にとって、祖父母の満州行きについては、いまだにわからないことが多く、
(祖父は岐阜県の焼石というところで、役場職員をしており、
 人を集めて満州に送るという、そのような役目をしていたらしいです)
もしかすると、何か資料があるかもしれません。

いずれにしても、この施設もぜひ訪ねてみたいと思っています。
その暁には、またこのブログで紹介したいと思います。



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馬籠のMINI

GW最終日に、MINIで琵琶湖一周を行いましたが、その後は、
週末となると毎回、MINIで出掛けることとなりました。
お天気に恵まれたことと、きちんと日曜を休みにできたことが、その理由ですが、
夏を前にしたさわやかな陽気のなか、MINIでドライブするのは、ほんとうに、
楽しいものです。
とはいえ、今月6月は、いよいよ梅雨に入ることになるでしょうし、
これからの季節は、MINIでのお出かけも、少し頻度が下がるかもしれません。

じつは、今日6月4日も、MINIでのおでかけに最適な、
さわやかな天候なのですが、私もヨメも、それぞれ所用や仕事があって、
今日のお出かけはありませんでした。
ちょっと…、いや、かなり残念です。

いずれにしろ、ここ岐阜市に拠点を移してからは、
MINIでのお出かけがいささか減ってしまい、
(オドメーターの距離数がその事実を如実に物語っています)
そんなこともあって、先月は寸暇を惜しんで、
ひたすらにドライブに勤しんだという感じでした。

琵琶湖一周の翌週に出掛けたのは、長野県の馬籠宿です。
いまでは、長野県ではなく岐阜県に編入されてしまいましたが、
やっぱり、いまでもこの場所は木曽路だという思いがします。
本来は、馬籠の北にある、妻籠宿へと行ってみる予定だったのですが、
到着の時間が思いのほか遅くなってしまい、そのため、
有料駐車場にMINIを入れるのはちょっともったいないかなと思い、
無料の駐車場がある馬籠に、急遽目標を変更することにしました。

馬籠の様子

こちらがその馬籠の風景です。
石畳の坂道の両側に古い家々が並び、風情あるたたずまいとなっています。
もっとも、以前にも何度かこの地にはきているので、
あまり新鮮味は感じませんでした。
次回は、ぜひ、当初の目標であった妻籠に行ってみたいものです。

豊川稲荷

その翌週は、MINIで愛知県豊川市にある、豊川稲荷に行ってみました。
こちらも、以前に何度か訪れているので、
馬籠同様、新鮮な感じはなかったのですが、久しぶりに来てみると、
前回と印象が違っているところが多々あり、戸惑うこともありました。

天文時代の山門

豊川稲荷自体の建立年数はいまひとつよくわからなかったのですが、
この山門は、天文の初期に建てられたものだそうで、
おそらく、敷地内の建造物のなかでは、最も古いのではないかと思います。
なんでも今川義元が寄進したとのとこで、
そうなると、今川義元が玄広恵深との権力闘争に勝った、
いわゆる「花倉の乱」の、すぐあとくらいに、
寄進されたのかもしれませんね。

国道1号沿い道の駅

このときは国道1号線を通りましたが、そのさいには、
道の駅にも寄ったりしました。
国道1号というと、あまり道の駅がないような印象があるのですが、
こんな立派なところがあるんですね。

その翌週の土曜は、所用で実家のある飛騨高山に帰ったのですが、
このさいも、MINIで行ってみました。
そしてそのままさらに北へ足を伸ばして、富山市内まで行き、
お世話になっているMINI専門店にも、顔を出したりしてきました。

富山駅

こちらは富山市の駅です。
新幹線が開通したということで、とても立派できれいな駅舎になっていました。
以前、高山に住んでいた頃は、買い物などで比較的よくきていた富山ですが、
いまはそうそうくることもできず、今回、富山市を走りながら、まわりの風景を見ていると
とても懐かしい思いがしました。

こうしてその日は、高山の実家に一泊し、翌日は岐阜市に戻ることとなるわけですが、
帰路はちょっと大回りなコースをとってみることにしました。

そのコースというのは、
前日同様ふたたび北の富山市へと行き、そこから、
南西に向かって石川県の金沢市に入り、そこで国道8号線に乗り換えて南下。
福井市、鯖江市を経由して、滋賀県へと入って、
長浜市、米原市をかすめて国道21号線に乗り換え、
岐阜県へと戻るというものです。
使う道は、すべて下道です。

意味のない大回りですが、MINIで一日がかりの長距離ドライブをしてみたかったので、
一日で4つの県をまたぐこのコースに挑戦してみました。

MINIのオドメーター

出発して間もなく、MINIのオドメーターが、77,777キロになりました。
この写真を撮りたいがために、
交通量のほとんどない横道にそれたりして、うまく距離を調整しました。
このオドメーター、じつは一周してゼロに戻っていますので、
実際には、177,777なのですが、ミニには10万単位のオドメーターがありませんので、
ちょうどキリ番に見えるわけです。
(前回の77,777は気づかないまま過ぎてしまいました)
考えてみれば、あと少しで、二回目のオドメーター一周となるわけで、
ここのところ、MINIでのドライブの頻度が少なくなったとはいえ、
我ながら、ずいぶん長い距離をMINIに走ってきたものだと思ったりします。

プジョーのオドメーター

オドメーターの話題がでたところで、もうひとつ。
ヨメのプジョー208も、先日、走行100,000キロを達成しました。

山之村で撮影

このプジョーが我が家にやってきたのは、2013年の春のことでしたので、
かなり短い期間で、大台に乗ったという感じです。
夫婦ともども、よく走っています。

ちなみにこちらの写真は、GW中に撮影したものなのですが、
まるでカタログの写真みたいです。
毎年、ボディコーティングに出したりしてますので、
いまでも、新車の輝き(というとちょっと大げさですが)が、保たれています。

さて、話を4県巡りドライブに戻します。
道のりのことを思うと、途中でどこかに立ち寄って遊んでいる時間はありません。
ほぼ、ただひたすら走るのみです。
それでも、行った先の雰囲気は味わいたいということで、
渋滞覚悟で、わざわざ金沢の香林坊界隈を通ったりしてみました。
新幹線開通後の金沢には、はじめてきましたが、
やはり、交通の便がよくなったせいなのでしょうか、
以前よりもずっと人の数が多かったです。
とくに、ひがし茶屋街のあたりはたいへんなにぎわいで、
交通整理の方が何人にいらっしゃるほどでした。

金沢エムザ

というわけで、走り抜けただけなのですが、金沢の街を満喫。
が、その後、道に迷ってしまい、細い住宅街の道を迷走することに。
スマホのマップなどに頼ると、道や方角のカンが鈍るので、
そのまま適当に走って、道を探りました。

そんなこともあって、目当ての国道8号線に出たのは、
当初の予定より、ずっと南に下がってからでした。

道の駅こまつ木場潟

こちらは、途中立ち寄った道の駅です。
道の駅こまつ木場潟とかいう名前だったかと思います。
天気もよく、とても賑わっていました。

国道8号

その後もただひたすらに走りますが、このあたりの国道8号線は、信号も少なく、
斜線も多く、ほんとうに快適な道でした。

独身だった頃の十数年前、
ひとりで同じコースをMINIでドライブしたことがありましたが、
その頃は、これほどまでに道は整備されていなかったように思います。

道の途中には、那谷寺や永平寺など、
立ち寄りたいところがいろいろありましたが、
今回は涙を飲んで、通過してしました。

そして敦賀を抜け、滋賀県に入り、琵琶湖を眺めつつ、
木之本、長浜へと入ります。
このあたりで、日の長い一日の日没となりました。

年のせいか、私は、夜道の運転が苦手になりつつあるため、
最短で岐阜県に入れる国道365には入らず、
比較的明るいと思われる国道21号へと入り、そのまま東に進み、
岐阜県へと入りました。
ほんとうに長い長いドライブでした。
でも、MINIは、今回も快調に走り抜けてくれました。
いつもがんばって走ってくれて、ありがとう〜!。

洗車を終えて

国道8号線を走っているさい、敦賀のあたりで、
道は海沿いになってしまったため、少しばかり潮風を受けてしまいました。
その程度ですので、それほど神経質にならなくてもいいのかもしれませんが、
数日後、洗車場に行って、MINIを洗ってきました。
(なにしろ、きれいに見えても、あちこちさびていますので)

というわけで、先月はまさにMINIでのお出かけに明け暮れた、という感じでした。
ただ、いよいよ梅雨に入りますので、これから先は、
MINIでのおでかけも少し減るかもしれません。

梅雨明けにはパッとMINIで出掛けたい思いですが、
エアコンがないどころか、
オーバーヒート回避のためヒーターをつけざるを得ないので、
おでかけはきびしいものとなりそうです。

それでも、やっぱり走りにいきたいですネ。



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琵琶湖のMINI

ちょっとあいだが空いてしまって「なにをいまさら…」という感もありますが、
前回、予告をさせていただきましたので、2017GWについての話題を、
最後にもうひとつだけ、取り上げたいと思います。
連休最終日となった七日の日曜日、今度はMINIで出掛けてみるとにしました。
前日の土曜は、いまひとつすっきりしない空模様でしたが、
その翌日の日曜は、とてもすがすがしい青空が広がることとなりました。
というわけで、この連休中は乗ることがなかったMINIで、
連休最後の日を、ドライブで締めくくることにしました。

行く先は、岐阜県のお隣の滋賀県。
今回は琵琶湖をぐるりと一周してみようということになりました。
まず、岐阜市から西に向かい、あの『関ヶ原』を超え、滋賀県に入ります。
その後は、小谷城跡をかすめつつ、北へと向かい、長浜市、木之本、などを過ぎ、
琵琶湖の北端へと行ってみました。

このあたりにはすでに何度か来ていますが、そのたびに、
福井県敦賀市方面目と向かってしまい、琵琶湖の西側へと行ったことはありません。
というわけで、今回は、初の琵琶湖西岸を目指して、国道303号線へと、
入ってみました。

マキノ追坂

その後すぐに、国道160号線に乗り換えて南下。
高島市方面へと向かってみます。
こちらは、その国道160号線沿いにあった、道の駅マキノ追坂峠ということころです。
なにしろ、初めて通る道ですので、この道の駅も、初めて立ち寄ります。
好天の連休ということもあり、あたりは、家族連れやバイクの群れなどで、
たいへん混雑していました。

絶好の好天

そしてそのまま国道160号線を南下し、途中から湖岸道路へと入ってみました。
この湖岸道路は、湖を見つつ走ることができ、また、ときには、
美しい並木道もあったりと、とてもいいドライブコースです。
しかも、連休中にもかかわらず、渋滞もなく、そのうえ信号もとても少なく、
スムーズに走ることができました。

琵琶湖西岸

なにしろ、湖の間際を走る道のため、ときどき、
あちらこちらにMINIを止めて、周囲を散策したりました。
MINIで海辺に行くと、ボディに悪いんじゃないかと、いろいろと気を揉むこともありますが、
琵琶湖は淡水ですから、そんな心配もなく、気兼ねなく水辺のそばに駐車できます。
(たとえMINIで海辺に行っても、そのあとすぐ洗車すれば問題はないのかもしれませんが)

鴨川勝野園地

こちらは、鴨川勝野園地というところです。
お天気がいいので、眺めもさらにすばらしいです。
芝生で昼寝する人、家族でボール遊びをする人などがいて
連休最後の貴重な一日を、みな、思い思いに満喫しているようでした。

白髭神社鳥居

こちらは道路沿いにある『白鬚神社』という神社の鳥居です。
なんと、厳島神社のように、鳥居が水面から顔を出していました。
琵琶湖にはこのようなところがあるんですね。
まったく知りませんでした。

せっかくの機会ですので、神社に立ち寄りたいのはやまやまだったのですが、
駐車場が道の反対側だったことと、反対車線がけっこう混んでいたこともあり、
今回はそのまま通り過ぎてしまいました。
ですが、機会があればぜひ、この神社に参拝にきたいものです。

こうして、とても気持ちよくドライブしてきたのですが、
やはりというべきか、大津市に至るつれて道が混み始め、
また、信号も増えてきました。
このあたりまで南下してくると、もはや道沿いに湖を見ることはできず、
ちょっと残念な感じでした。

それにしても、大津って、予想以上に都会ですね。
とてもにぎやかで、大きなビルも林立していて、びっくりしました。
(大津にお住まいのみなさま、すみません)
たしか、この大津では、明治期に、ロシアから訪問中の皇帝ニコライ二世が、
警備に当たっていた警官、津田三蔵に切り付けられるという、
いわゆる『大津事件』があったかと思います。
今回は、白鬚神社同様、大津市もスルーしてしまいましたが、
いつか機会があれば、大津事件の現場にも、行ってみたいと思いました。

琵琶湖を渡る

その後も南へ向かって走り、琵琶湖南端に到着。
石山というあたりで、琵琶湖を横断する橋を渡りました。

このあたりにくると、ふたたびクルマの数は減り始め、
気持ちよくドライブすることができました。

琵琶湖東岸へ

こうして、琵琶湖東側に出ると、今度は湖岸道路を北上。
近江八幡、彦根方面を目指します。

このあたりもとても気持ちよく走ることができ、
湖岸のあちらこちらでは、バーベキューをする家族連れなどを、
多く見かけました。
この天候なら、バーベキューなどの屋外レジャーも、
さぞかし楽しいかと思います。

というわけで、彦根に到着したのですが、その後も
調子に乗ってMINIを北に走らせ、長浜方面で行ってみました。
長浜からは国道8号線に乗り換え、今度は南下して彦根方面にふたたび引き返し、
彦根の手前の米原で国道21号線にスイッチし、帰路につきました。

当初は、琵琶湖一周にはかなりの時間がかかるものと思い、
あるいは、途中で引き返すこともあるかもしれないと考えていたのですが、
思いのほか早く、スムーズに一周することができました。
MINIも快調で、とても楽しいドライブとなりました。

MINIは小さい

次回は、このドライブコースを逆に回ってみたいなとも思っています。



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