国分寺節分祭

昨日の2月3日は「節分」でした。
というわけで、今年も、この節目の日に、
飛騨国分寺の節分行事「星祭」に、出掛けてみました。
もっとも、この話題は、毎年、同じ時期に書いているので、
もうすでに、ちょっと食傷気味かもしれませんが…。

星祭とは、立春以後の新しい一年を、
無病息災で暮らせるよう祈る、護摩焚き行事です。
もちろん、節分の豆まき行事も、その最後に行われています。

折しも、節分のこの日は、朝から雪がちらつくなど、あいにくのお天気。
午前10時頃になると、雪も止み、ときおり青空が覗くようになりましたが、
2月のこの時期、冷え込みはやはり厳しく感じられました。
(でも、昔なら、いま以上にもっと冷え込んだと思います)

そんななか、飛騨国分寺の大師堂では、朗々と般若心境の読経のが響き、
護摩を焚きながら、参加者の名を呼び上げて、厄除けの祈願が行われました。
炎と煙が上がるその模様は、なんとも荘厳で、じっと見つめていると、
身の引き締まる思いがするものです。

この行事は、一時間強ほどで終わり、そのあとは住職からのお話があり、
そして最後に、豆まきが行われます。
このときは、いままでの厳粛なムードが一転、
室内はワーキャーの大騒ぎになります。

撒かれる豆の中には、いつも、ほんの少数ながら、銀杏が入っており、
その銀杏をキャッチした人には、寅の絵が描かれた、
絵馬がもらえるということになっていいます。
その銀杏を、なんと、ヨメがキャッチ。
絵馬をいただくこととなりました。

じつは、亥年のときも、ヨメは絵馬をいただいたはず…。
銀杏はたった12個しか含まれていないといいますから、
これは、かなり幸運かもしれません。

冬の三重の塔

ちなみにこちらは、国分寺の三重の塔の光景。
一時は晴れ間がのぞいたとはいえ、天候はその後下り坂。
冷え込みはあいかわらず厳しいままで、
護摩炊きの行われた大師堂の中に至っては、じっとしているのがつらいほど、
寒さが身にしみました。
そんなこともあってか、三重の塔も、
鈍色の空のしたで、いつもより凛としてとして見えました。

冬枯れの大イチョウ

そしてこちらは、大イチョウです。
秋には鮮やかな紅葉を見せるこの木も、冬の時期は、
このような寂しげな姿になっています。
春が待ち遠しいですね。

国分寺の門

というわけで、無事、すべての行事を終え、
例年のように、お札をいただいて帰ってきました。
(古いお札はお清めをしていただきました)
そして、新しいお札を神棚にお祀りし、新しい年の無病息災を、
改めて祈りました。

いよかん

話は変わりますが、節分の前日の晩、
我が家の真下の部屋に住んでいる方から、いよかんをいただきました。
(この方たちとは、駐車場でよくお会いするのです)

しかも、とってもたくさんいただいてしまって、ほんとうに恐縮です。
ありがとうございました。

いよかん、いま、おいしくいただいています。





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公開セミナーパンフ

昨日の日曜(1月31日)、飛騨高山の市内にある高山市文化会館において、
NHKドラマ「坂の上の雲」に出演していらっしゃる、
藤本隆宏さんを招いて、公開セミナーが開かれました。

坂の上の雲とは、日露戦争を描いた司馬遼太郎の長編小説で、
昨年秋から、NHKにて、スペシャルドラマとして放映がなされています。
このブログでも、坂の上の雲については、何度か、取り上げています。

坂の上の雲の記事はコチラ。


郷土に残る日露戦争記念碑の記事はコチラ。


今回の公開セミナーは、ハガキによる抽選によって、
事前に入場者が決められるというシステムが採られていたのですが、
私の父親が、この抽選に、応募、当選したとのことで、二名分の入場権を得ていました。
(ひとつの応募当選で、ふたりぶんの入場が認められるらしいです)
というわけで、父親とふたりで、この催しに出掛けてみることにしました。

ちなみに藤本隆宏さんは、この坂の上の雲が、テレビドラマの初出演作になるとのことです。
ですので、いままで、テレビでは、藤本さんの姿をお見かけすることは、
ほとんどなかったかもしれません。
実際、私も、藤本さんの名前も顔も、坂の上の雲を見る以前は、まったく知りませんでした。
が、いまでは、この仕事を機に、さまざまなメディアで取り上げられるようになり、
各方面で、話題となっています。
(昨年末は、朝日新聞のニュース週刊誌アエラでも、藤本さんを取り上げています)

そんな藤本さんが、このドラマで演じる役は、
主人公である秋山真之の親友である、広瀬武夫中佐です。

広瀬武夫中佐は、日露戦争のさい、
遼東半島の旅順港に碇泊するロシア太平洋艦隊を無力化させるための、
いわゆる「旅順校港閉塞作戦」に参加しました。
この作戦は、港の狭い出入り口部分に、味方の乗る船をわざと自沈させ、
敵の船が港の外に出られないよう、出入り口を沈没船で塞いでしまおう、というものでした。

ですが、この作戦は危険きわまりなく、また脱出も困難で、結局は失敗に終わりました。
広瀬は、自らの乗る船を沈めて脱出するさい、
行方がわからなくなった部下を懸命に捜したといいますが、
そのとき、不幸にも敵弾を受け、武運つたなく戦死してします。
ですが、広瀬の振る舞いは美談として語られ、のちに、日本最初の軍神にもなりました。

この広瀬中佐は、幼少期の六年間、父親の仕事の都合で、飛騨高山に在住しています。
その事実も、以前、私のブログで取り上げています。

広瀬中佐の記事はコチラ。

というわけで、高山にゆかりのある広瀬中佐を演じたということで、
藤本さんが、この地で開かれるセミナーのメインゲストに選ばれた、ということのようです。

公開セミナー会場

公開セミナーは、まず、司会者の紹介を受けて、
制作サイドであるNHKのプロデューサーの方が登場し、
その後、ひとしきりして、藤本隆宏さんが舞台に姿を現しました。

藤本さんは、水泳の元オリンピック選手だったということで、
さすがに、筋骨たくましい大柄な人でした。

その後、司会者、プロデューサー、藤本さんの三人で、
坂の上の雲のメイキング映像などを見ながらトークする…、
と、そんなかたちで、会が進行していきます。
ですから、セミナーというよりも、トークショーといったほうが適当かもしれません。

藤本さんは、水泳選手を経験された後、
劇団四季に入り、以後、舞台俳優として活躍したといいます。
そんな藤本さんにとって、テレビドラマの収録は、カメラを前に演技をするという、
いままでにない経験だったそうで、主人公を勤めるモックンこと本木雅弘さんに、
さまざまなアドバイスを受けたそうです。

トーク中、藤本さんは、多弁ではなかったのですが、
生真面目な性格が、聞き手側であるこちらにも、よく伝わってきました。
このドラマにかける思い入れや、演技に対する真摯な姿勢なども、
ひしひしと感じられました。

それに、NHKが、坂の上の雲にかけている熱意も、強く感じられました。
なにしろ、わずかなシーンを撮るだけでも、海外にまでロケ地を求めているほどです。

今後の、坂の上の雲が、大いに楽しみです。
もちろん、このドラマだけでなく、の藤本さん個人の今後の活躍にも、
大いに期待しています。

ちなみに、この日は夫婦別行動。
うちのヨメは、私の母親と、高山市内の酒蔵巡りにいっていました。
そのさい、かたせ梨乃さんと斉藤恵子さんが、
旅番組らしきもののロケをしていたそうです。
さすが、観光地高山です。

ヨメの酒

こちらが、そのときに買ってきた酒だそうです。
いっしょに映っているおちょこは、酒蔵でもらったものだそうです。
このおちょこが、なかなかいいですネ。






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小里川ダムを見上げる

ひさしぶりに、まとまった積雪に見舞われた2010年1月…。
そんな状況下では、MINIでのお出掛けもままならなかったのですが、
ここ数日、気温は高めに推移し、ときには、雨の降る日さえあり、
雪も一段落となりました。

そして、先週末の日曜(24日)は、好天に恵まれることとなり、
この機に、MINIでドライブにでかけてみることにしました。

もっとも、MINIを本格的に動かすのは、去年のクリスマス・イブ以来で、まさに一ヶ月ぶり。
気温が高めの日があったといっても、やはり朝の冷え込みは厳しく、
そのせいか、バッテリーもちょっぴり弱り気味のようです。
セルの回る音も、こころなしか、弱々しく聞こえました。
(もちろん、エンジン始動にまったく問題はありませんでしたが…)

というわけで、いつもより長めの暖気をして、発車。
とりあえず、雪が多そうな北方面は避け、南に進路を取って進みます。

が、進み始めてすぐ、国道41号線における冬の難所のひとつである、
宮峠を超えることに。
この峠は、道幅こそ広いものの、急カーブ続きで、
雪の季節でなくとも事故が多く、そのせいもあってか、
融雪のための塩化カルシウムが、もう、いやというほど撒かれています。

昨年末、私のMINIは、ドア手前の錆を板金屋さんで修理してもらっていますが、
それでも、車体の各所にいまだ錆をかかえており、
このような道を通るのは避けたいところだったのですが。

対向車が巻き上げるしぶきが窓に付くと、そのあとは、
塩化カルシウムの白い斑点が残ります。

このブツブツの斑点を見ているだけで、もう、ブルーになってしまいます。

一ヶ月ぶりのMINI出動

ただ、エンジンは調子よく、問題もなく冬の道を走り抜けていきます。
やっぱり、ひさしぶりのドライブは、楽しいですネ。
しかも、南に向かうほど、あたりの雪はみるみるうちに少なくなり、
路面に神経を使うことなく走れるようになりました。

塩化カルシウムのあと

ちなみにこちらが、窓に付着した塩化カルシウムのあとです。
白いつぶつぶが、視界を遮っています。
はあ〜(ため息)

といいつつも、なんとか気を取り直して、岐阜県明智町方面へと向かってみます。
当初の目的地は、三年前に行った、日本大正村というところだったのですが、
途中で、道がわからなくなり、周辺をグルグルすることとなってしまいました。

そのとき、ちょっと楽しそうな道の駅を発見。
コンサートも開かれているようで、すごく賑やかです。
というわけで、さっそく、立ち寄ってみます。

日本一の水車

この道の駅は、おばあちゃん市/山岡というところで、
地元の野菜を販売する売店があるなど、なかなか、見どころも多かったです。

しかも、ここは、ダム湖の湖畔に建てられたいるために、景色もよく、
また、日本一と銘打たれた、巨大な水車も建っています。
画像だと、大きさがわかりづらいと思いますが、たしかに、
かなり大きなものでした。

道の駅・おばあちゃん市・山岡

この道の駅のすぐそばには、ダムがあり、そこは、なんと、
部分的ながら、内部が無料で一般に開放されているというのです。

というわけで、さっそく、ダム内部の見学に向かいます。

小里川ダム

このダムは、小里川(おりがわ)ダムというそうで、
規模としては、それほど大きなものではないのですが、
それでも、ダムの縁から下を見下ろすと、足がすくむ思いがします。

高所恐怖症の私は、なおさら怖いです。
(ヨメはいたって平気なんですが…)

そして、ダムの中央部分にある入口へ。

ダムの内部へ

ここから、エレベーターが下に向かって伸びています。
ほとんどの階は、素通り状態になっているのですが、ダムの中腹にある展望台がある階と、
最下部の階のみが、一般人の立ち入りを許されています。

というわけで、エレベーターに乗り、コンクリートの塊であるダムの内部へと降りてみます。
もう、ワクワク気分です。

まず、展望台のある階で、エレベーターを下りてみたのですが、、
そこは、無機質なコンクリートに囲まれた、通路となっていました。
通路の向こうにあるドアの向こうには、ガラス越しに、
機械室を垣間見えることができましたが、残念ながらドアは施錠されており、立ち入りは禁止。
というわけで、反対側の通路を通り、展望台へと向かってみます。

展望台より

こちらが、その展望台からの眺めです。

巨大なダムを構成するコンクリートの塊が、すぐ目の前に鎮座しています。
こんな視点から、ダムを見たことはいままでになく、
思わず、あたりの写真を撮りまくってしまいました。

そして、ふたたび、エレベーターまで戻り、今度は、最下部まで行ってみます。

ダム内の通路

こちらが、ダム最下部の通路です。もう、秘密基地に来たといった雰囲気で、
ワクワク気分も頂点に達します。

こんな場所にやってくると、昔読んだ、真保裕一の「ホワイトアウト」を、思い出します。
この通路の先に、AK47を持った「赤い月」のテロリストがいるのでは、などと、
いろいろ妄想してしまいます。
(なにしろ私は、妄想族ですから)

それにしても、このダムは新しいものなのか、どの通路も設備も、
真新しくきれいです。

発電機

いったん外に出て、発電機を収めた建物にも入ることができます。
(といっても、入れるのは小部屋のみですが)
ここから、眼下に発電機を眺めることができます。
ダムの大きさの割に、水車も、発電機も、けっこう小振りだと感じました。

そして、ダムの外の広場へ。
下から見上げるダムは、真っ青な空を背に、そそり立っていました。
なんだか、巨大な要塞のようです。

こうして、じっくりとダムを見学したあとは、
近くにある、日本一の狛犬を収めた八王子神社に行ってみることにしました。

日本一の狛犬

こちらがその狛犬。
どことなくユーモラスな表情で、微笑ましいです。

その後は、ショッピングセンターに立ち寄るなどして、帰路につきました。

帰りは9時近くとなってしまい、この日は、「龍馬伝」を見ることができませんでした。
来週土曜の再放送は、忘れず見なくては…。
(ちなみに、MINIは、下回りをすぐに洗車しました)






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多脚戦車in格納庫

本日発売の週刊アスキー増刊号(2010/2-13号)の、
特集記事トビライラストを、担当させていただきました。

記事は「最新CPU激安パソコン自作」というもので、
イラストは、格納庫で出撃を待つ二輌の多脚戦車といった、
ビジュアルになっています。

多脚戦車、というと、
アニメに登場する「タチコマ」というメカが、有名なようです。
といっても、私は、そのタチコマについて、詳しいことはよく知りません。
ただ、模型雑誌などで、ガレージキットの作例を見たことがありますし、
今回、編集部の方からも、このタチコマの画像を資料としていただきました。

とはいえ、このタチコマ、画像を見ると、どうにも丸い形状をしていて、
私にとって、好みのかたちとはいえません。
ですので、今回制作した多脚戦車は、私の好きな、角張ったものにしてみました。

もちろん、単に好みというだけでなく、現実の最新鋭戦車も、その多くが、
角張った多面体形状をしており、それらに見習うかたちにしたい、とも思った次第です。
(M1エイブラムスも、レオパルドも、角張っていますよネ)

アスキー増刊号誌面

戦車は、ちょっと旧型のヘビー級戦車(向かって左側)と、
新型のライト級戦車(向かって右側)の二種類があり、
それぞれに、CPUの名称がマーキングされています。

手前の軽戦車は、いままさに砲塔を搭載するところで、
この砲塔にも、マーキングが入っています。

それぞれの多脚戦車のデザインには、ちょっと悩みました。
脚や各部のパーツは、既存のモデリングデータを流用しましたが、
基本的なボディは、新規に作らねばならず、そのカタチを、
いかにカッコよくするか、ということに、あれこれ、
思いを巡らせなければなりませんでした。

ライト級多脚戦車

ライト級戦車のほうは、わりとすんなり、カタチが決まったのですが、
もう一方のヘビー級戦車は、なかなか、思うようなモノにならず、
苦慮しました。

結局、ドイツ軍のハノマークD型兵員輸送車の形状をヒントに、
全体のデザインを決定しました。
ただ、実際、作ってみると、旧式というよりも、
どちらかといえば、洗練されたメカのようになってしまいましたので、
リベットをつけるなどして、古くささを演出してみました。
(それでもまだ、不足かもしれません)

今回のモデリングも、いつものように、Shadeです。

さて、今日、実際に誌面に載ったイラストを見たわけですが、
こうして改めて印刷物を見ると、ちょっとメリハリが足らないようにも思います。
納品前に、トーンカーブで、もう少しコントラストをつけてやっても、
よかったかな、と、いま、反省しています。

アスキー増刊号表紙

最後に、本イラストのネットでの掲載許可をくださった編集部のKさま、
ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いいたします。





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デジタルイラスト

デジタルという手法を使って、手描きのラフな雰囲気と暖かさを持った、
メカニックのイラストを描くことができないか、と、
以前からずっと考えていましたが、そのための模索を、
いまようやく、時間をみつけながら、やっています。

最初に選んだモチーフはバイク。
しかも、現代風のモノではなく、ちょっとビンテージで、
エンジンが剥き出しになっているタイプを選んでみました。

というのも、描き込まれたさまざまなメカの集積が、
ビジュアル的に面白みを出すのではないかと思ったからです。
資料は、以前から撮りだめしているデジカメ画像のなかから、
適当なものを選んでみました。

デジタルなどというものがなかった時代、
イラストは、リキテックスやガッシュ、カラーインクを使って描いていました。
(なかでも、リキテックスはとても頻繁に使いました)
それぞれの画材に特徴があり、それをわきまえて使い分けることによって、
リアルさを追求してきました。

が、1990年代半ばから、徐々に制作環境がMacに移行すると、
いつしか、画材は引き出しの奥で眠るようになってしまいました。

というわけで、フォトショップというデジタル画材を使って、
絵の具的テイストを持つ、アナログな仕上がりになるよう、挑んでみました。

各所の塗り込みには、わざと塗りムラを作っています。
本来なら、カスタムブラシを作ったほうがいいのでしょうが、
うまく作る自信がなかったので、付属のブラシを使って仕上げていきました。

デジタルの強みは、なんといっても、やり直しがきくというところですね。
これは、手描きでは絶対にできないことです。
また、ブラシの描画モードを、スクリーンや覆い焼きにできるということも、
デジタルならではです。
手描きでは、筆を乗せるほど色が明るさを増していく、ということは、
有り得ません。
このスクリーンブラシは、ハイライト表現などで、威力を発します。
さらにキツいハイライト表現では、消しゴムツールを多用しました。

しかも、デジタル環境における作画は、絵の具も筆洗も梅皿も必要ありません。
机の上はキレイなままで作業できます。
(ある意味、あじけないことなのかも)

また、描画レイヤーを分けられる、という点も、
デジタルの恩恵といっていいですね。

描画レイヤーの一部を非表示に

こちらは、ボディ色を塗ったレイヤーだけを非表示にした状態。
こうすると、また、雰囲気が違って見えたりします。
(これはこれで、カッコいいかも…)

いままで、私の制作した2D作品といえば、医療イラストばかりでしたが、
今回のメカニックを作画するという作業は、とても楽しいものでした。

ただ、反省点もいっぱいです。
バイクの輪郭線は、手描きっぽさを出すために、
わざとヘゴヘゴと蛇行した線にしたのですが、
(0.3mmシャープペンシル書きしたものをスキャナで取り込みました)
ちょっとやりすぎだったかもしれません。

ただ、モチーフとしてビンテージバイクを選んだのは、正解だったと思います。
エンジンなど剥き出しのメカニックは、質感の違いもあって、
視覚的なおもしろさにあふれていると思います。

とにかく、今後も、試行錯誤を繰り返してみます。

ちなみにこのバイク、名称がわかりません。
モデルとなったのは、日本自動車博物館に展示されていたバイクで、
ネットなどで調べてみた限りでは、おそらく、アリエル社で制作された、
1950〜60年頃のレッドハンターではないかと思うのですが…。

また、資料画像にはバッテリーが装着されていなかったため、
そのとおりに描いてしまいました。
バイクのことはよくわからないので、バッテリーが装着された状態が
いまいちよくわからず、そのまま、作画してしまったわけです。

いつか、いい資料が手に入ったら、バッテリー、
装着させたいです。






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