広重展

ここ飛騨高山にある「光記念館」という施設で、いま、
「広重名所江戸百景展」という企画展が行われています。

広重とは、東海道五十三次などの作品で、つとに有名な浮世絵師で、
今回の企画展は、彼が描いた江戸の風景画を展示したものです。

この企画展の会期は18日の日曜日まで…。
というわけで、今日、あわてて、会場へと行ってきました。

光記念館

こちらが、会場である光記念館。
とても立派で大規模、そして重厚な施設です。

この施設は、ミュージアムと銘打たれていますが、
美術館というより、巨大なモニュメント的建造物といったほうが、
いいのかもしれません。
広重の作品群は、この建物内の一室で、
静かに、そして厳かに、展示されていました。

会場に足を踏み入れ、居並ぶ作品群を丹念に見て行くと、
まず、それらの構図の妙味に、目を奪われます。
しかも、多くの作品が、景観を俯瞰するかたちで描かれています。

実際には、このような高い位置から、風景を見ることができないのでは、
と思われるものもあります。
ということは、広重は、
現実に目の当たりにした景色を見ながらデッサンを起こしたのではなく、
上空からの視点を想定しながら、筆を運んだのではないかと思われます。

なぜ、このような高い視点にこだわったのか…。
それは、一枚の画面のなかに、可能な限り多くの情報を
つめこもうとしたからなのかもしれません。

人々の生活や町並み、そして、遠景の田畑や川、
それらが遥かな山や空に向かって収斂するさまは、
見る側をぐいぐい引き込んで行きます。

また、少ない色と、繊細な輪郭線で描かれた光景は、
シンプルで、かつ洗練されており、現在のアニメにも、
どことなく、通じるものがあるように思います。

ゴッホは、広重らの浮世絵を模写したそうですが、
そうした試みは、絵画に対して、
西欧とはまったく別のアプローチをしていた日本文化に対する、
リスペクトだったのかもしれません。

というわけで、広重の世界にひたったひとときを過ごしてきました。

さて、次は何を見に行こうかな…。





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人体の不思議展チラシ

実物の人体標本を展示した「人体の不思議展」という展示会に、
先日の日曜、行ってきました。

この展示会は、公衆の面前に、人間の遺体を展示するため、
人権上、問題があるのではないか、という声も、一部でささやかれているようですが、
メディカルイラストレーションを継続して手掛けている私にとっては、
とても意義のある、貴重な展示会でもありました。

今回、会場に選ばれた場所は、富山市の市民プラザというところでした。

現地についたのは、お昼少し前だったのですが…。
なんと、予想以上の人出。
チケット売り場では、わずかながらではありましたが、行列ができていました。

で、会場に入ると、さらに人だかりが…。

私は、このような展示に、多数の来場者があるとは想定していなかったので、
ちょっと驚いてしまいました。
しかも、小さな子供を連れた家族、カップルなど、客層はバラエティーでした。
(あきらかに、恐いもの見たさ、という感覚で来場している人も、見受けられました)

まず最初に、筋肉が露出した状態の人体標本が、
居並ぶ来場者を、出迎えてくれました。
(残念ながら、場内は撮影禁止だったので、写真はありませんが…)

これら、会場に展示されている標本は、プラストミック標本と呼ばれるもので、
エポキシ樹脂などを使って、遺体に加工を行い、
常温のまま、長期保存できるといいます。

ホルマリン漬けにかわる、画期的な生体標本の保存法だそうです。

とはいえ、さすがに、実際の人体のリアルさは、損なわれていました。
しかも、この標本から、人体の重層的な筋肉構造を読み取ろうとするのは、
いささか、無理があります。
ネッターやヴォルフの人体解剖図のほうが、はるかに、明瞭でわかりやすい…。

つまり、たとえ、どんなにリアルな人体標本があろうとも、
メディカルイラストというものは、やはり、必要なんだなあ、と、改めて実感しまいました。

次いで、人間の筋肉をバラバラにした標本、四肢を切断した標本、
頭部を切開した標本などを見学しましたが、とりたてて、感慨はありませんでした。
(その間も、会場内の来客数は増えるばかり…)

ひとしきりして、少し離れた第二会場に向かうと、
こちらには、人体を数センチ間隔で輪切りに切断した標本がありました。

私は、人体を輪切りにした(横断面)の状態のイラストを、
過去に、数点、手掛けたことがあるため、
この標本には、それまでにない、強い興味を覚えました。

心臓内の肉柱、肺の内部を通る動脈や静脈、腸内のひだ、などなど、
イラストですでに何度も描いていたものが、こうして、現実として、
目の前にあることに、なんだか、いいようのない、不思議な感覚を覚えたのです。

この第二会場の展示物は、どれも興味深く、
時間を忘れて、見入るばかりでした。

それにしても、人間の身体は、じつにうまく作られています。
しかも、すべてが、とてもコンパクトに、ムダなく、納められています。

このようなは人体標本は、ときに、人に嫌悪感を抱かせるかもしれませんが、
神の造形とさえいえる人体の構造の精緻さを知れば、そんな感情は吹き飛んでしまい、
ただただ、驚嘆を覚えるばかりです。

こうして、じっくり、各標本を心ゆくまで観察してきました。

海

そして、そのあとは、ふらりと海にいってみたりして。

なんだか、気持も切り替わりますネ。

アート和傘

先日の土曜日、
JR岐阜駅アクティブGの「TAKUMIミュージアム」で開かれている、
アート和傘JAPAN展に行ってきました。
この催しは、岐阜県内で活躍する、
グラフィックデザイナーやイラストレーター、フォトグラファーなど、
総勢15人のアーティストたちが、
日本古来の和傘に、新たな息吹を吹き込んだ、非常に興味深いものです。

会場には、デザイナーの奔放なイマジネーションを受け止めた、
色とりどりの和傘が、大輪の花を咲かせていました。

その、どれもが、作り手の「情熱」と「その人らしさ」に溢れ、
思わず、ひとつひとつの作品に、引き込まれるように、見入ってしまいます。

また、四本の傘を一組にまとめた展示方法も、
美しくキマッていました。

会場も、また、ひとつの作品となっているかのようです。

私は、かねてから、
メディカルイラストの制作をさせていただいていますが、
同じメディカルイラストの制作に携わっていらっしゃる方々が、
このグループ展に、多数、参加しています。

今回は、みなさんの作品を拝見させていただき、
ほんとうに、有意義でした。

また、当グループ展のオープニングパーティーにも参加させていただき、
とても、楽しいひとときが過ごせました。
みなさま、ありがとうございました。
(会場の模様やパーティーの様子など、画像があればいいのですが、
 当日は、デジカメを持っていきませんでした。スミマセン)

それにしても、こうして、自らの作品を作り、
発表していくことの大切さを、今回も、ひしひしと感じました。

日々、仕事にかまけていると、
なかなか、自分自身の作品作りって、できないことだと思います。

岐阜県内のクリエイターのパワーとバイタリティーを、
大いに感じた一日でした。




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モンデウスのミニ

ここのところ、
いろいろとバタバタしていて、なかなか日記がアップできませんでした。
(書きたいコトはいろいろとあったわけですが…)

というわけで、ちょっと久しぶりの投稿です。

さてさて、先日の日曜、
私の住むマンションからクルマで十五分ほどの場所にある「道の駅」で、
地味ながら、ちょっと風変わりな展示会をやっているとの情報を得たので、
さっそく、MINIで行ってみました。
その道の駅というのは、山の上。スキー場のふもとにあります。
(昨年、私が結婚式を挙げたのも、このスキー場のふもとです)

で、肝心の展示内容ですが…。

会場の様子

日露戦争当時、私の住む村(現在は高山市ですが)の職員が、
無線電信によって戦況を傍受し、その内容を半紙に書き取って、村人に配布したといいます。
そうした配布物は、今もなお保存されており、今回、
パネル展示した、というのです。

日露戦争は百年以上前のことですが、こうした書面が、21世紀になった現在も、
多数、残されていることに、私は、正直、驚いてしまいました。

奉天会戦

まず、こちらは、日露戦争屈指の激戦であった、
「奉天会戦」-ほうてんかいせん-の戦況を記したペーパーです。

私のつたない知識によれば、
奉天方面を占領していたロシアの将軍クロパトキンは、
乃木希典大将麾下の第三軍が奉天に迫っているとの報に接し、
自ら兵を引いたといいます。
クロパトキンは、旅順要塞を攻略した乃木の第三軍をとても恐れていて、
決戦を避けたとみられています。
よって、日本軍は、奉天に入城することができ、なんとか勝利を収めたのですが、
この一連の戦闘で、日露双方ともに、甚大な損害を出したといいます。
とくに、日本側の戦死者数は、
長きに渡った旅順攻略戦に匹敵するほどだったといいます。

奉天会戦に関するメモは他にも多数あり、当時は、こんなド田舎に住む日本人でも、
リアルタイムで、詳しく正確な戦況を知っていたようです。
これは、驚くべきことだと思います。

日本海海戦の戦果

そしてこちらは、日本海海戦の大勝利を伝えるメモ。
紙面には、バルチック艦隊を構成する艦名までもが、キチンと入っています。

このメモを読んだ村人は、大戦果に狂喜乱舞したことでしょうね。

ちなみに、パネルにうっすらと映りこんでいる人影は、私とヨメさんです。

講和条約の締結

さらにこちらは、ポーツマス講和会議の内容を伝えるメモです。

1905年、ポーツマスの地で行われた、
小村寿太郎全権大使と、ロシア外相ウイッテとの息詰まる外交交渉の結果、
日本は、南満州鉄道の経営権や、樺太の南半分の割譲などを勝ち取りました。

余談ですが、ポーツマス講和会議に使われたテーブルは、
愛知県犬山市にある「明治村」というテーマパークに、
今も、保存されています。

こちらも、極めて地味な展示方法(旧帝国ホテルの建物の奥に、
ひっそりと置かれていました)でしたが、日本が列強国の仲間入りをはたした時の、
貴重な歴史的遺物です。
はじめてみた時は、ちょっと感慨深いものがありました。

そして、この展示を見た後は、ヨメのクルマに乗り換え、
酷道ドライブへとでかけました。

その模様はまた次回。



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人とクルマ-パンフ

さて、永平寺をあとにして、次に向かった先は、
福井県立歴史博物館です。
この施設で「昭和 - 人とクルマのオールディーズ」、という展示が行われおり、
せっかく福井まできたのだから、
それを見にいこう、ということになったのです。
しかも、永平寺から歴史博物館までは、クルマで二十分ほど。
かなり近いのです。

現地に到着したのは、四時を少し過ぎ。
閉会時間の五時まで、残り一時間もありませんでしたが、
展示そのものが小規模だったため、すべての展示品をくまなく見ることができました。

スバル360

さて、では、展示されたビンテージな車輛を、ご紹介します。
まず、こちらが、スバル360。
キレイにレストアされています。
後方に写っている黒塗りのクルマは、日野ルノーです。

ビンテージバイク

クルマだけではなく、ビンテージなバイクも展示されていました。
この枯れた色合いが、なんともいい味を出しています。

昭和の商店

また、この博物館には、今回の企画展とは別に、
常設展示となっているらしい、昭和の町並みの実物大ジオラマがありました。
こちらは、細部にまでこだわった力作です。

昭和の台所

郷愁を誘うたたずまいです。
しかも、各家は、室内まで再現されています。
家電品がなつかしい。

…と、なかなか楽しめました。
(ただ、せっかく写した写真の多くが、
 ブレていました。う〜ん、残念)


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