ケイトが恐れるすべて表紙

さて、今回は久しぶりにブックレビューをアップしてみたいと思います。
取り上げるのは、ピーター・スワンソンの「ケイトが恐れるすべて」です。
本ブログでピーター・スワンソンを取り上げるのは、
アリスが語らないことは、そしてミランダを殺す、に続き、3回目となります。
そういえば、最近、だからダスティンは死んだ、が刊行されましたね。
こちらも、また近いうちに読んでみたいと思っています。
(それにしても、東京創元社の翻訳ミステリって、
文庫でも、ちょっとお値段が高めのように思うんですが……)

というわけで、本作も物語の舞台は、ボストンになります。
スワンソンは、このボストンを含む、ニューイングランド地方を、
私が知る限り、必ず物語の舞台にしています。
今回も、ボストンのシーン描写は巧みになされています。
作者にとって、思い入れのある土地なのでしょう。

紙面01

さて、本作のストーリーですが、
主人公はケイト・プリディーというイギリス人の若い女性です。
ロンドンに住むケイトは、ボストンに住む又従兄弟のコービン・デルから、
期間限定で、互いの住まいを交換しないか、との誘いを受けます。
コービンはおよそ半年間、ロンドンに出張することとなり、
ロンドンでの住まいを探しています。
また、ケイトは、ボストンでグラフィックデザインの勉強をすることを望んでいます。
事情があって、自宅に引き篭りがちなケイトは、自らを変える意味でも、
イギリスを離れ、ボストンでの暮らしをするべきだとも望んでもいました。
こうして、互いの住まいを交換する話は成立し、
ケイトはボストンのベリーストリート101番地にあるコービンのアパートメントに入ります。
時を同じくして、コービンは、ロンドンにあるケイトのアパートメントに向かいました。

ケイトが住むことになったコービンのアパートメントは、とても豪華でした。
建物はU字型で、中央にはイタリア風の中庭があり、ドアマンも常にいます。
しかも、コービンの部屋は、そのなかで最も広く、部屋数も多い豪華なものでした。

が、部屋へと案内されたその時、
ケイトは、隣の部屋のドアを激しくノックする自分と同じ年頃の若い女性がに気づきます。
彼女は、隣の3C号室に住む、オードリー・マーシャルという女性の、友人だそうです。
オードリーと連絡が取れなくなり、心配になって、部屋を訪ねたのだといいます。

その事実に、ケイトは、突然大きな不安を感じます。
オードリーは室内でひとり死んでいるのではないか……。
常に最悪の想像を巡らすケイトは、勝手にそう確信してしまいます。
ところが、翌日になると、、ケイトのその予想は、図らずも的中してしまいます。
オードリー・マーシャルは遺体で発見されたのです。

しかも、ケイトが住むことになったコービンの部屋からは、
オードリーの部屋の合鍵が発見されます。
どうやらコービンは、オードリーの部屋に通っていたらしい。
しかも、合鍵まで持っているということは、恋人といってもいい関係だったと思われます。
ところが、ロンドンのコービンに問い合わせると、
彼は、オードリーと面識があるとはいうものの、
関係があったことを、なぜか頑として認めません。

さらに、オードリーの部屋の真向かいの棟の住む、アランという青年が、
オードリーの部屋をずっと覗き見していたことも判明します。

オードリーを殺したのは、又従兄弟のコービンなのか、
それとも覗き見をしていたアランなのか。

過去に交際相手がストーカーと化し、監禁された経験があるケイトは、
さらなる激しい不安に掻き立てられます。
そんなケイトのもとに、オードリーのかつての恋人だったという、
ジャック・ルドヴィコなる赤髪の男が現れます。
この男は、オードリーとコービンが恋人同士であり、
コービンはオードリーを殺した後、ロンドンに向かったということを強く示唆します。

であれば、やはりコービンが犯人なのか……。
やがて、コービンの過去がつまびらかになると、そこには衝撃の事実があるのですが……。

ケイトが恐れるすべて裏表紙

物語は、そしてミランダと同様、複数の人物の視点から描かれ、
その書き分けは各章ごとになされています。
翻訳物の小説では、視点人物が、ときに章をまたがず変わってしまうこともあり、
読み手を混乱させることがあるのですが、そういったことは、
スワンソンの作品ではありません。
ですので、安心(?)して読めるかと思います。

○ ケイトが恐れるすべて ピーター・スワンソン。創元推理文庫サイト ~

また、物語のなかでの経過時間は1週間程度と極めて短いものとなっています。
(過去の回想場面は15年前から始まりますが)
同じシーンが、視点者を変えて語られ、事の真相が読者にわかる構成になっています。
最終的には、この視点人物の中に、
犯人が加わり、犯行の詳細が判明するようになっています。

私は、スワンソン作品の魅力は、女性の登場人物の造形にあると思っているのですが、
今回の物語の主人公、ケイトも、その人となりに惹かれます。
常に最悪の想像をし、しかも心のうちから響いてくる声に悩まされているケイト、
この物語は、基本的に、殺人事件の謎を追うストーリーですが、
同時に、激しいトラウマを抱えるケイトが、新たな自分を取り戻し、
再出発をするストーリーにもなっています。

紙面02

また、亡くなったオードリーについても、覗きをするアラン側からの彼女の描写や、
本人がつけていた日記などから、とてもうまく描写されていると感じました。

コービンのアパートメントの描写もとても丹念で、
まるで映画を見ているように、しっかりと情景が浮かんできます。
的確にシーンが思い浮かぶかどうかで、その作家が好きになるかどうかが、
決まるように思います。

スワンソンを読んだのはこれで三作目なのですが、
私としては、これがいちばん好きかもしれません。
なんといっても、ラストが……。

スワンソンは2014年デビューの作家ですので、まだそれほど作品が多くないのですが、
今後も、新刊が出たら、読んでみたいと思っています。


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天国でまた会おう

コロナ禍、そしてウクライナ侵攻後による急激な燃料費等の高騰もあって、
ここのところ、あまり長距離のお出かけができていません。
本ブログは「お出かけブログ」という傾向がとても強かったのですが、
昨年あたりから、お出かけにまつわる記事がすっかり少なくなってしまって、
自分としても、忸怩たる思いがあります。
さほど遠くなくても、どこかに気晴らしに出かけたいものですね。

というわけで、今回もまた、ブックレビューを行ってみたいと思います。
今回は、ピエール・ルメートルの「天国でまた会おう」を取り上げてみます。
ルメートルはその女アレックスに代表されるように、ミステリーを書く作家、
というイメージがありますが、この天国でまた会おう、は、ミステリーではなく、
第一次大戦の終戦間際から、終戦一年後までのあいだのフランスを舞台にした、
いわゆる「時代小説」になるのかな、と思います。
しかもこの文庫は、ハヤカワ書房から出版されています。

この「天国でまた会おう」は、続く、「炎の色」へとバトンタッチし、
「我らが痛みの鏡」で、完結となるそうで、
その意味では、三部作ということになるのでしょうか。
で、とりあえず今回は、天国でまた会おう(上下二巻)を、ご紹介したいと思います。

本編の主人公は、アルベール・マイヤールという若者と、
その戦友でずば抜けた画才を持つエドゥアール・ペリクールです。
また、アルベールの上官アンリ・ドルネー・プラデル中尉、エドゥアールの姉、マドレーヌ、
そしてエドゥアールの富裕な父、マルセル・ペリクールを軸に、
物語が展開する構造となっています。

天国で〜の中身

さて、そのお話は……。
物語は1918年秋から始まります。
この頃、第一次大戦はまもなく終わる、という噂が、
戦場のあちこちで囁かれるようになっていました。
そんな状況下では、兵士の士気は上がりません。
もうすぐ終戦なのに、ここで戦死しては元も子もないからです。
こちらのフランス軍も、向こうのドイツ軍も、そんな厭戦気分の中で、
たがいに動きを見せず、ひたすら時が過ぎるのを待っている感がありました。

ところが、敵陣を探るべく斥候に出たフランス兵を、ドイツ兵が射殺。
ここから猛烈な戦闘が始まります。
フランス軍将校のドルーネプラデル中尉は、味方の兵士たちに突撃を命じます。
兵士アルベール・マイヤールもこの突撃に加わりました。
が、マイヤールは、その最中、敵弾に斃れた味方斥候兵の遺体を発見します。
その遺体は背中を撃たれていました。
斥候兵を射殺したのは、ドイツ兵ではなく、味方のフランス兵だったのです。
プラデル中尉は、戦争が続いているうちに武勲をたてようと、
味方斥候兵を手にかけたのです。

この事実に気づいた途端、アルベールは、突進していたプラデル中尉に、
砲弾でできた穴に突き落とされます。この穴からは容易に出られません。
プラデルはその場をさり、その付近に榴弾砲が着弾。
大量の土砂が巻き上げられ、アルベールの落ちた穴は埋まってしまいます。
窒息寸前のアルベールを救ったのは、戦友のエドゥアールでした。
が、直後、さらに砲弾が着弾。エドゥアールは顔の下半分を失う大怪我を負います。

アルベールは、命の恩人であるエドゥアールを献身的に看病します。
が、エドゥアールは、二目と見られない顔になったせいか、家に帰ることを断固拒否します。
アルベールは一計を案じ、死亡したフランス兵と、友人エドゥアールの身分を交換、
エドゥアールを死んだものとし、戦死したラヴィエールの身分をエドゥアールに与えます。

ふたりは、戦後の混乱するフランス社会の中で、肩を寄せ合って生きていきますが、
生活は困窮、もう、どうにもならなくなってしまいます。

そんななか、顔を失ったエドゥアールは、
社会を震撼させある、一大詐欺計画を思いつくのですが……。

ハヤカワ文庫背表紙

物語は、このアルベールとエドゥアールを中心軸としつつ、
いけすかないペテン師プラデルの成功と破滅と、
息子に対して屈折した愛情を持つペリクールの物語、そして
プラデルの妻となったペリクールの娘、マドレーヌのストーリーとを、
交互に、重層的に語るかたちで進展していきます。
なので、ちょっと群像劇的な印象があるという感じでしょうか。

ストーリーは、ルメートルらしくとても面白く、また、
極端なビビリ屋のアルベール、エキセントリックなエドゥアール、のコンビが、
とてもユーモラスに描かれていて、読み手を飽きさせません。
このあたりは、ルメートルらしさが出ているかもしれません。

また、エドゥアールの顔の怪我がいかにひどいのか、その様子や、皮膚の色、
吐息の匂いまで描写してあり、こうしたどこか猟奇的な表現も、
ルメートルらしいのかな、と、ふと思ってしまいました。

余談ですが、顔を失った男が別人になりすます、というくだりを読んだ日本の読者のかたは、
おそらく、100パーセント、横溝正史の「犬神家の一族」を思い出すのではないでしょうか。
私も、読んでいて、思わず、「スケキヨかよ」とつぶやいてしまいました。

互いに深い愛情を抱きつつも、激しく憎み反発しあう、
マルセルとエドゥアールの父子関係についても、読ませどころかと思います。

○ ハヤカワ文庫「天国でまた会おう」の情報はコチラへ ~

ただ、この小説は視点人物がよく変わる構造となっています。
マルセルが視点人物となるシーンなどでは、
ときに、娘のマドレーヌが視点人物なったりします。
それがこの場面の妙味となっているのですが、えてしてこうした多視点人物の小説は、
内容が散漫になってしまうようにも思います。

また、ストーリーにおいても、
アルベールが作品全体の主人公となって物語が進行していく体裁をとりながら、
最後のクライマックスに、そのアルベールが絡まないかたちとなっていて、
これもまた、物語の散漫感を出してしまっているのかな、と思います。

日本の小説の多くは、三人称一視点形式となっていて、
視点人物が変わる場合は、章やチャプターを変えて語る場合が多いのではないかと思います。
このほうがはるかに読みやすいと思うのですが、海外の翻訳小説は、
ひとつのシーンで他視点になってしまうことが、比較的多いように思います。
こういう方法はあまり褒められたものではないような気がするのですが……。

などといろいろ書きましたが、ハヤカワで翻訳出版されるだけあって、
作品としてはとても面白いと思いました。
次作の炎の色は、エドゥアールの姉、マドレーヌが主人公となるようです。
こちらもまた、さっそく読んでみたいと思っています。

あっ、そのまえに、どこかにお出かけに行きたいです!。


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そしてミランダを殺す

年が明け早くも一ヶ月が過ぎようとしています。
光熱費の高騰や食料品の値上げ、連続同等の頻発など、
年始から明るい話がまったくありませんが、本ブログは、今年もマイペースで、
のんびり綴っていきたいと思っています。
というわけで、今回はここ最近多くなりつつある読書ネタをいきたいと思います。
取り上げるのは、創元推理文庫、ピーター・スワンソンの「そしてミランダを殺す」です。
昨年、スワンソンの「アリスが語らないことは」を取り上げてみましたが、
そしてミランダを殺す、は、そのアリスよりも前に書かれた作品です。
本作の出版は2018年だそうですが、スワンソンといえば、
この、そしてミランダを殺す、のほうが、アリス〜よりも有名ではないかと思います。

本作は、アリス~との共通点がとても多くあります。
まず物語の舞台として、アリスにも登場した『ケネウイック』がでてきます。
この街は、アメリカのニューイングランド地方にある小さな海沿いの街です。
(この街は架空で、実在はしないそうです)

アリス~では、このケネウイックの街の様子が、とても詳しく書かれていました。
ちょっとさみしげな雰囲気を持つ海辺の風景、空の色や海の光景、などが、
とてもリアルに、目に浮かぶように書かれています。
海沿いの遊歩道の描写は、とても印象的です。
また、現在と過去が交錯しつつ、物語が展開して行くところも、
アリス~とかなり似通っています。

創元推理文庫

さて、その物語ですが……。
ロンドン、ヒースロー空港のラウンジで、
テッド・セヴァーソンは、若い女性と知り合います。
若くして巨万の富を築いたテッドですが、このとき、心中は穏やかではありませんでした。
というのも、愛する妻ミランダの浮気を知ったからです。

デッドは、酔いも手伝ってか、たまたま知り合った女に、
妻が浮気していることを打ち明けます。
普段なら、他愛もない世間話で終わるところですが、
話を聞いた女は、テッドに深く同情し、浮気妻に復讐してはどうかと持ちかけます。

ふたりはともに同じ飛行機でアメリカへと帰りますが、
女は、テッドに、もしミランダに復讐するのであれば私は全面的に協力する、と、
宣言します。
もっとも、その復讐とは、妻を殺すことであり、完全な犯罪行為です。
が、女は、見知らぬテッドのために、危ない橋を渡るというのです。
女には、完全犯罪を行うだけの頭脳と度胸があるようです。
こうして彼女は、決心が固まったらまた会いましょう、とテッドに告げます。

結局、テッドは、リリーという名のその女と再会し、
妻ミランダを殺害する計画を立てていきます。
やがてテッドは、妻に復讐することよりも、リリーへと強く惹かれていきます。
ところが、予想もしなかった事態に、テッドは遭遇するのです……。

ミランダ〜ページ中身

空港で知り合った女に、妻の浮気を打ち明け、そのあと、
妻殺害の犯罪計画まで練るなんて、ずいぶん乱暴で陳腐な展開、とも思えますが、
そのあたりは、深く傷つき、捨て鉢な気持ちでいるテッドの心情を描写することで、
自然な展開に見せています。
妻への憎しみが募るほど、テッドは、リリーの凜とした姿勢に、
気高さのようなものを感じ、さらに惹かれていくのです。
そういうテッドの心情はよくわかります。

リリーは、細身で知的で美しい女です。
が、どこか心が壊れています。
彼女がどうしてそうなってしまったのかは、リリーが一人称になって語る過去のシーンで、
しだいに明かされていきます。

背表紙

こうして、物語は、テッド、リリー、ミランダ、
そしてキンボールという刑事の独白によって語られていきます。

物語の展開はゆっくりとしていますが、途中、思いもよらない展開があったりと
とても楽しめます。
男性読者であれば、リリーという魅惑的な女性について、あれこれと想像することでしょう。
こんな人に、ラウンジで声をかけられたとしたら……。
テッドでなくとも、もう完全にメロメロですよね。
こうした、謎めいた美女が登場するところが、スワンソン作品の大きな魅力だと思います。

○ そしてミランダを殺す。創元推理文庫の情報はコチラヘ ~

翻訳物の小説は、お値段がちょっと高めなのですが、
読んでみると、やっぱりおもしろいですね。
スワンソンは、ほんのつい最近、だからダスティンは死んだ、という新刊が、
創元推理文庫から発売されました。
こちらもまた、読んでみたいと思っています。
といっても、ケイトが恐れるすべて、を読むほうが先かな……。
そうそう、そういえば、劉慈欣の『三体O 球状閃電』も発売になっていますね。
こちらは、あの三体の前日譚らしいです。

『三体X 観想之空』も出ていますが、こちらは劉慈欣作ではないところが、
ちょっとひっかかって、いまだ読まずにいますが、『三体O』については
もう、ゲットしてしまいました。
(ハードカバーは高いので、以前もらった商品券を使って買いました)

物価高騰で使えるお金が目減りする中でも、
読みたい本はいっぱいあって、本当に困ってしまいますね。
せめて本だけは値上がりしませんように!。


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プロジェクト・ヘイルメアリー

ヨメがコロナに感染して、一週間余りが経過しましたが、
おかげさまで、ヨメの症状は、発熱を除き、さほど重い状態にはなっていません。
私も濃厚接触者ということで、おそらくは感染しているようはずですが、
発熱についてはまったくなく、顕著な体調不良はないままです。
そんな状態なので、わずかでも発熱があったら発熱外来に行く予定をしていたのですが、
そのきっかけもつかめないままとなっています。
もしかしたら、感染していない可能性も捨て切れません。
ただ、喉に違和感があるので、感染していないとはいいきれないような……。
私は三ヶ月前に、コロナ三回目のワクチン接種を受けていますが、
そのさいは、モデルナを受けました。
ファイザー製のワクチンを打った時は、なんの副作用もありませんでしたが、
モデルナを接種した時は、その翌日から重い副反応が出て、非常に辛い思いをしました。
ですが、いま思えば、この3回目モデルナが、効果を発揮しているのかもしれません。
いずれにしても、思うように外出もできませんので、
今回もまた、ブックレビューネタで、いってみたいと思います。
取り上げるのは、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』です。

早川ハードカバー

この本を最初に見かけたのは、岐阜市の丸善(マーサ21内)でした。
そのときから心惹かれていたのですが、三体の全巻読破でけっこう出費してしまったため、
ヘイル・メアリーは、読みたいと思いつつも、しばらく眺めるだけでした。
なにしろ、ハードカバーは高いですから
とはいえ、Amazonなどで、ヘイル・メアリーが高評価を受けているのを見ると、
やっぱり、読みたくなってしまいまして……。
というわけで、ついに先日、物欲に負けて、
プロジェクト・ヘイル・メアリー上下二巻を、ゲットしてしまいました。
(まだ未読ですが、ヘイルメアリーを買う前に、ピエール・ルメートルの
天国でまた会おう、も買っていますので、ここ最近の私は、
ハヤカワ書房に多大の貢献をしています)

アンディ・ウィアーは『火星の人』というSF小説で有名な作家です。
この作品は、マット・デイモン主演で映画化され、大きなヒットとなりました。
邦題は『オデッセイ』という名になってしまいましたが、
火星に残された宇宙飛行士のサバイバルを描いたこの作品を、
ご覧になった方も多いのではないかと思います。

今回のヘイル・メアリーも、この火星の人と同様、
宇宙船内にひとり生き残った主人公の、現在と過去を織り交ぜた物語となっていて、
そのあたりは、火星の人とちょっと似ている感じもあります。

ヘイルメアリー文面

その物語は……。
物語の主人公『ぼく』は、円筒形の部屋で目覚めます。
しかし、自分が誰か思い出せず、また室内には、ふたつの遺体があります。
死後、相当な時間が経過しているのか、遺体はすでにミイラ化していました。
主人公が目覚めた部屋の上には、同じ大きさの部屋があり、
なにかの研究室なのか、さまざまな実験用機材で埋め尽くされています。
やがて、断片的に主人公の記憶が蘇ってきます。

主人公はライランド・グレースという、中学校教師でした。
かつては学者でしたが、宇宙の生命体に関する論文を発表したのを最後に、
アカデミックの世界と縁を切り、教員として生きがいのある日々を過ごしています。
そんな彼の元に、ある日、四十代半ばと思しき女性がやってきます。
彼女は、グレースがかつて発表した論文に注目しており、
金星から回収した微生物の調査研究をグレースに要請します。

この微生物は、太陽から金星に伸びる赤外線帯に含まれていたものです。
この生物は赤外線を放射しており、その輝度が増すごとに太陽の光度が減少しているのです。
その現象は指数関数的に増えており、太陽はやがて10パーセントほど暗くなるというのです。
もし太陽がそれだけ暗くなれば、地球生物はことごとく死滅します。
グレースは、この微生物が太陽のエネルギーを質量に変えて蓄えていること、や
金星の二酸化炭素を使って増殖していることを、突き止めます。
しかも、地球近隣の恒星は、ことごとく、この微生物「アストロファージ」に感染し、
のきなみ、光度を減少させていることも判明します。
ところが、感染域の中心に位置する『くじら座タウ星』だけは、
どういうわけか、感染を免れている、らしいのです。

どうやら、グレースは、光量をダウンさせた太陽を救うために、
宇宙船に乗ってタウ星系の調査にやってきたらしいのです。
そしてグレースは、タウ星の調査を始めるのですが、
そこで、思いもよらない未曾有の事態に遭遇するのです。

ヘイルメアリー背表紙

このように、物語は、記憶を失ったぼくと、
回想というかたちで語られるぼくの過去との、ふたつの視点によって進行していきます。
(どちらも同じ人物ですが、2視点になっている感じです)

科学的な説明、宇宙船の構造の説明、などがとても丹念になされていて、
読んでいて、シーンがありありと浮かんできます。
小説ですが、まるでハリウッド映画を見ているような感じです。
サバイバルものでもあり、またバディものでもあって、とても楽しますし、
なによりも、物語の構成がとても見事です。
しかも、ストーリー展開のテンポがよく、おもしろさにグングン引き込まれていきます。
極上のエンターテインメントです。

○ プロジェクト・ヘイル・メアリー アンディ・ウィアー著 ハヤカワ書房 ~

ですが、主人公グレースの描写は、ちょっと軽いというか、一面的な気もします。
主人公は三十代の男ですが、そうであれば、一定の人生経験を持っていそうなものです。
ですが、グレースの、交友関係、恋愛観、人となり、については、
さほど書かれておらず、上下二巻の小説としては、物足りなく淡白な気もしました。
(こうした面においても、よくも悪くもハリウッド映画的な気がしました)

Amazonの広告のなかには「三体の次はコレ」みたいなキャッチコピーがありますが、
私としては、やっぱり、断然『三体』推しです。

ヘイルメアリー上下二巻

ちなみに、先日、本屋さんの店頭で『三体X』なるハードカバーを発見。
これは劉慈欣氏の手になるものではなく、別の作家が書いた、二次創作小説です。
そういえば、この二次小説の話は、三体の後書きにも書いてありましたね。

原作『三体 III 死神永世』で、語られることのなかった、
雲天明(ユン・ティエンミン)とアイAAの話なのだそうです。
これは気になる。
でも、劉慈欣作ではないってところが、けっこうひっかかりはするのですが、
やっぱり、強烈に読みたくなってしまいますよね。

でも『同志、少女よ敵を撃て』も、読みたいですし、かといってハードカバーは高いしで、
いろいろと悩ましいです。
(それにしても、みんなハヤカワですね……)

ただ、コロナの急拡大で、これからもお出かけの機会は遠のきそうですので、
本ブログでも、今後は、読書系の話題が多くなりそうな感じです。



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アリスが語らないことは

お盆を過ぎて、酷暑も少し一段落した感があります。
今年は梅雨明けが早かったものの、その後も、なにかとぐずついた天気が多く、
これでほんとうに梅雨明けしたのかと何度も思ったものです。
しかも、各地で、大雨の被害が続出し、驚きもしました。
なんだか、梅雨が八月までずれ込んだような印象です。

我が家では大雨の被害こそなかったものの、ついにというべきか、
ヨメがコロナになってしまい、その後は、なにかと不便な生活をしています。
いまのところ私には顕著な症状はないのですが、
夫婦ともに生活していますので、感染、罹患のリスクは非常に高いかと思います。
もし、発熱があるようだったら、速やかに発熱外来にいかなくてはと思っていますが、
いまのところは大丈夫なようで………。
今後も症状が出ないことを祈るばかりです。

そんなわけで、なかなか外に出るのもままなりませんので、今回もまた、
ブックレビューでしのぎたいと思います。
今回取り上げるのは、ピーター・スワンソンの「アリスが語らないことは」です。
この本、だいぶ前に読んだのですが、ブログネタに困っているということもあり、
急遽、取り上げることにしました。

ピーター・スワンソンはアメリカの作家だそうで、
まださほど作品が多くない作家のようです。
そしてミランダを殺す、という作品が有名なようですが、
私はこのアリスが語らないことは、を、最初に読むこととなりました。

創元文庫背表紙

さて、その物語ですが、
大学を卒業したばかりの若者「ハリー・アッカーソン」を視点人物とする現代と、
アル中の母と、継父とクラス「アリス・モス」を視点とする過去との、
ふたつの時間軸が同時進行する形で、進んでいきます。

大学生のハリーは、大学の卒業式を間近に控えたある日、
父が遺体となって発見されたと知らされます。
知らせてきたのは、父の再婚相手、アリスでした。
すぐさまハリーは、故郷であるアメリカ東海岸の小さな町「ケネウィック」に帰り、
悲しみに暮れる後妻、アリスと対面します。
ハリーの父ビルは、稀覯本を扱う書店を経営しており、
その2号店を、ここケネウィックに出していました。
ビルの最初の妻、すなわちハリーの母は、癌で他界。
その後、ビルは、十五歳年下のアリスと再婚し、ケネウィックに住んでいました。
ハリーから見て、アリスは十五歳年上です。
が、美しいアリスに、ハリーは否応もなく性的な妄想を抱いていきます。
そんなある日、家を訪ねてきた警察官が、父ビルの死因には不審な点があり、
他殺の可能性があるとハリーに告げるのです。

この物語と並行して、過去の物語も進んでいきます。
職場のボイラー爆発事故により多額の保証金を得たアリスの母イーディスは、
一人娘のアリスを連れ、アメリカ東海岸のケネウィックに引っ越してきます。
ある日は、イーディスは、娘のアリスに、ある男性を紹介します。
その男は、ジェイク・リクターという、ハンサムでリッチな銀行マンでした。
やがて、イーディスとジェイクは結婚するのですが、
アリスは次第に、継父のジェイクに心を惹かれていきます。
一方のジェイクも、アル中であるイーディスを見捨てることなく結婚生活を続けるのですが、
ジェイクの本当の狙いは、美少女のアリスでした。

アリスが語らないことは文面

物語の進展は非常にゆっくりとしています。
トリッキーな展開や、奇想天外なアイデア、唸るような綿密なプロット、などはありません。
ハラハラドキドキ、という要素もほとんどなく、物語は、静かに、淡々と進んでいきます。
そのかわり、ケネウィックという架空の町の描写が、とても念入りにされています。
本作を読んでいると、少し寂しげで、それでいて風光明媚な東海岸の町ケネウィックが、
ありありと目に浮かんできます。
私は、ケネウィックは実在の町かと思ったほどです。

本作のもう一つの魅力は、アリス・アッカーソン(アリス・モス)の描写です。
エロティックで、謎めいていて、まるでつかみどころない女性であるアリス。
父の再婚相手であるこの女性をまえにしたハリーの煩悶が、
現代の物語の中で、際立った描写となっています。

○ 東京創元社 アリスが語らないことは ピーター・スワンソン ~

過去に物語では、思春期のアリスの視点で描かれていて、
アリスが社会や世界、自分を取り巻く人間ををどう捉えているかが、
理解できるようになっています。

ハリーが感じるアリスの美しさと、
ジェイクの視点から見たアリスの美しさの差のようなものも、興味深いです。

創元文庫裏側

この作品はミステリーで、連続殺人を扱っていますが、
静かで淡々とした展開と、町の描写が魅力かなと思います。
読んでいると、ビルとアリスが住んでいた「グレイレディ」という屋敷が、
ありありと目に浮かんできます。
ただ、帯にあるような、とてつもない衝撃、という感じではないかなと思います。
(最近の本の帯は、やたらと大げさな表現が多いように思います)

以前に読んだ、ピエール・ルメートルの「監禁面接」のような、
痛烈な面白さはないのですが、この作家なりの魅力が溢れた作品なのかなと思います。
創元推理文庫はお値段がちょっと高めなのですが、今度は、
そしてミランダを殺す、を読んでみたいな思っています。
(読みたいものがいっぱいで、困ってしまいます)


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