傷だらけのカミーユ

前々々回、本ブログで、
フランス人作家ピエール・ルメートルの「その女アレックス」を取り上げましたが、
今回は、その次作である「傷だらけのカミーユ」のご紹介をしたいと思います。
この傷だらけのカミーユは、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの第3作目で、
完結編的な作品となります。

もっとも、読んだのはすでに2ヶ月以上も前のことなので、
記憶をたよりに、ご紹介することとなります。
とはいえ、こんなこともあろうかと、読後に「読書メモ」がつけてあるので、
なんとか、本作品の魅力を、うまくお伝えすることはできるかな、などと思っています。

この傷だらけのカミーユは、いまも申し上げたように、
前作「その女アレックス」のあとの作品になりますが、時系列でいうと、
本作の前に、4作目となる中編「我が母なるロージー」が入るという順番になるようです。

なので、最後の4作目が、順番としては、本作の「前」の出来事、ということになります。
ただ、我が母なるロージーを飛ばして、アレックスのあとに本作を読んでも、
まったく違和感はありません。
(ちなみに、我が母なるロージーもすでに読みましたが、
中編ということもあってか、物語にちょっと物足りなさも感じてしまいました)

あらすじ

さて、本作も、とてもどぎついシーンから始まります。
カミーユの恋人、アンヌ・フォレスティエが、
パリのショッピングアーケード「パサージュモニエ」で、
強盗団に襲われるというところから、物語がスタートします。

強盗団は二人組み、外部の通りからパサージュモニエへと通じる公衆トイレで、
犯行の準備を整えています。そこに、運悪くアンヌがトイレに入ります。
図らずも目出し帽で顔を隠す前の犯人と鉢合わせしてしまったアンヌは、
強盗のひとりから、銃床で激しく顔を殴られます。
恋人アンヌが襲われたことを知ったカミーユは、
かつての上司であり友人でもあるル・グエンや、
現在の上司であるミシャール女史を半ば騙し、捜査の担当を勝ち取ります。

犯人はモスバーグ500というショットガンを使っており、
この銃を使った凶悪な犯行は、過去にも起きていました。
その犯人はヴァンサン・アフネルといい、同年一月に、
一日に4件もの連続強盗を起こしていました。
アフネル一味は捕まっておらず、どうやら、またしても凶悪強盗事件を起こしたようです。
しかし、今回は、アンヌと出くわすという、アフネルにとっても予期しない事態が発生した、
というわけです。
すぐさま鑑識がアンヌに面会し、アフネルの写真を見せ、犯人はこの男か、と問います。
案の定、アンヌはアフネルを「犯人」と証言し、
今回の事件も、アフネルの犯行と断定されました。
さらに、アフネルと行動をともにしていたもうひとりの犯人は、
セルビア系のラヴィッチという男だということも判明します。

カミーユは、残忍な犯人により、妻イレーヌを殺されており、
今回、またしても、恋人アンヌが犯罪の犠牲者になったことで、
いつも以上に焦り、いきり立っていました。
そんなカミーユが次に取った行動は、パリ市内に住むセルビア系住民の一斉手入れでした。
このあまりに強引な捜査は、上司ミシャール女史や、予審判事のペレイラを、
半ばだますようにして行われたものでした。
ミシャールは激怒しますが、カミーユの暴走は止まりません。

一方、隠れ家を追われたラヴィッチは、
警察の目を逃れ、慣れ親しんだ隠れ家に落ち延びます。
そんなラヴィッチを「謎の男」が、待ち伏せしていました。

本文

その女アレックスでは、冒頭、若く美しいアレックスが、男に誘拐され、
ヴァンの後部に押し込められるところから始まります。
アジトに連れて行かれたアレックスは、裸にされ、小箱に押し込められ、
緩慢ではあっても耐え難い拷問を受けます。
本作も、冒頭、アンヌの顔が殴られる描写がかなり長く書かれています。

読み手は、その女アレックスと同様、もうやめて、といいたくなりますが、
犯人の暴力はおさまりません。
作者のピエール・ルメートルは女性に恨みでもあるのか、と思うほど、
このヴェルーヴェンシリーズでは、女性に対する暴力が、徹底的に描かれています。
もう、読むのがイヤになってしまうのですが、この先どうなるのかが気になって、
本を閉じることなど、もう、できません。
こうなるともう、完全にルメートルの術中にはまっているということですね。

しかも、ストーリーの構造も、中盤から大きく変質します。
読者は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部同様、作者に騙されることとなります。
なのに展開には不自然さや強引さを感じません。
いやはや、さすがで、ほんとうによくできています。
やっぱり、海外翻訳ミステリーはすごいなあ、と、あらためて感じてしまいました。
こうした着想をどうやって得るのか、ご本人に訊いてみたい気持ちでいっぱいになります。

ヴェルーヴェン警部シリーズ

ルメートルは、
悲しみのイレーヌ、その女アレックス、傷だらけのカミーユ、我が母なるロージー、
の4作で、ヴェルーヴェン警部シリーズは完結したといっているらしいです。
ということは、もう、カミーユには会えないということで、これはほんとうに残念です。
なにしろ、本作を読み終えると、この先カミーユはどうやって生きていくのか、と、
とても心配になってしまうからです。

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ルメートルの作品は、ヴェルーヴェンシリーズ以外にも、
死のドレスを花婿に、や、監禁面接、
また、第一次大戦から第二次大戦までのあいだを題材にした、
天国でまた会おう、という三部作の時代小説があるとか……。

今度は、こちらも、ちょっと読んでみたいなあ、と思っています。

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その女アレックス

さて、悲しみのイレーヌの続編にあたる「その女アレックス」を、
先々週 (くらいだったでしょうか?) 、読了いたしました。

もともと私は、この「その女アレックス」のみを読むつもりだったのですが、
Amazonのレビューに、
この小説はカミーユ・ヴェルーヴェン警部の登場するシリーズものであるため、
本作を正しく楽しむためには、前作「悲しみのイレーヌ」から目を通したほうがいい、
と書かれていました。
というわけで、イレーヌを読み終えたいま、
いよいよ本命の「その女アレックス」のページを開くことなった、という次第です。

もっとも、邦訳の順番は「その女アレックス」が先だそうで、
となると、多くの方が、二作目から先に読んでしまう、
という状況になったのではないでしょうか。

たしかに、この「~アレックス」から読んでも、充分楽しめると思いますが、
当然のことながら、二作目である本作には、一作目のオチが出てきてしまうんですよね。
ですので、この「ヴェルーヴェン警部シリーズ」を読んでみたいとお思いの方は、
Amazonのレビューの通り、ぜひとも、悲しみのイレーヌから、
手に取っていただきたいと思っています。
そのほうが、その女アレックスを、目一杯楽しめますから。

じつは、三作目にあたる「傷らだけのカミーユ」も、先週、読了したのですが、
そちらについては、また、次回以降に、当ブログでご紹介したいと思います。

というわけで、その女アレックスのサワリを少し……。

本文

この物語は、一作目の「悲しみのイレーヌ」から、
一年以上の時間が経過したところから始まります。
無事、職場復帰を果たしたヴェルーヴェン警部は、新たな難事件に挑むことになります。
それは、誘拐です。
パリのファルギール通りを歩いていた若い女性が、ヴァンで乗りつけた男にいきなり殴られ、
荷台に押し込められたというのです。
ヴァンはそのまま夜のパリに消え、行方知れずとなります。
急報を受けたヴェルーヴェンは、部下のルイと共に、
すぐさま捜査に乗り出しますが、犯人はおろか、被害者が誰なのかが特定できません。
目撃者から事情を訊いても、被害者が「美人だった」ということしかわからず、
また、被害者の友人知人も、彼女がいなくなったことに気づかないのか、
誰一人警察に連絡してこないのです。

一方、誘拐された女性「アレックス」は、巨大な廃墟の一室に連れ込まれていました。
さらに、犯人から、裸になるよう強要され、
身動きすらままならない狭い木箱に押し込められてしまいます。
犯人は単独犯です。体格のいい五十代の男ですが、アレックスにとって、
見知った人物ではありませんでした。
男はアレックスを入れた木箱をロープで吊り上げるのですが、
それだけでなにをするわけでもありません。
男は、アレックスが緩慢な死を迎えるところを見ることが目的なのだといいます。

食糧もなく、また不自然な姿勢をとり続けているせいで、
アレックスは発狂しそうになり、その後はしだいに弱っていきます。
やがて、木箱を吊るすロープの上に、巨大なネズミたちが現れます。
ネズミはアレックスに対して、執拗な威嚇を繰り返すようになります。

一方、ヴェルーヴェンは、走り去ったヴァンの映像を手掛かりに持ち主を特定します。
ヴァンの所有者は『トラリユー』といい、
再開発地区の廃病院に管理人として住み込んでいることがわかりました。
ヴェルーヴェンは、件の廃病院を包囲するのですが……。

文庫の背 裏側

今回も、前作の「悲しみのイレーヌ」同様、冒頭からキツい展開です。
しかも、描写が綿密で、ハラハラすると同時に、しっかりと映像が目に浮かんできます。
若い女性が誘拐され、ひどい目に遭わされるのですから、
もう、早く助けてあげて、と思いつつ読み進めることになります。
ですが、助けはきません。
狭い木箱に閉じ込められたアレックスの、肉体的、精神的苦痛が綿密に書かれていて、
はっきりいって、もう、読むのがイヤになってしまいます。
なのに、次々にページを繰ってしまい、読むのがやめられないという感じです。

おそらく、読者は、被害者の救出を願いつつ、先を読み進めることになるでしょう。
ですが、その先は、その被害者に対して、別の感情を持つことになります。
そして終盤には、またさらに違った感情を被害者アレックスに抱くに至ります。

読み手は、著者ピエール・ルメートルの導くままに、感情を揺さぶられてしまいます。
ほんとうによくできている。
読み応えもたっぷりです。
また、一作目の悲しみのイレーヌで、
ヴェルーヴェン以下主要なキャラクターに接しているので、
即座に物語に没入できます。

新帯のもの

ほかにも、いろいろと書きたいことがいっぱいあるのですが、
ネタバレになってしまうので、このへんで。

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それにしても、海外翻訳もののミステリーって、本当によくできていますよね。
ぜひ、一読をお勧めいたします。
(ただ、やはり一作目から読むことをお勧めいたします)


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悲しみのイレーヌ表紙

先日、カルコス(地元の書店)の文庫コーナーで、
平積みにされている「その女アレックス」というミステリ小説を見つけました。
巻かれた帯には「週刊文春ミステリ第1位」という文字が、大きく躍っています。
そのときは、買おうかどうしようか大いに迷ったのですが、
結局、買わないまま帰宅してしまいました。

ですが、その後もずっと、この小説が気になってしまい、Amazonで検索してみました。
すると「その女アレックス」は、三部作の二作目にあたるとのこと。
レビューによると、本作から読んでしまうと、一作目のオチがわかってしまうそうです。

というわけで、先日、同じカルコスで、
三部作の第一作となる「悲しみのイレーヌ」という文庫を買ってきました。
この悲しみのイレーヌから、その女アレックス、傷だらけのカミーユ、と続くそうです。
一連の作品は、フランスのミステリ作家、ピエール・ルメートルという作家が書いたもので、
カミーユ・ヴェルーヴェンというフランス司法警察警部を主人公にしたものらしいです。
(三部作はすべてこのヴェルーヴェン警部が主人公となるようです)

というわけで、今回は、この悲しみのイレーヌのレビューを少し書いてみたいです。
(ちなみに、不勉強な私は、ルメートルという作家を、このとき初めて知りました)

裏側

時は2003年4月……。
パリ警視庁の警部、カミーユ・ヴェルーヴェンは、部下であるルイから電話を受けます。
ルイは、パリ北西部の郊外「グルブヴォア」で、
陰惨な殺人事件があったと、上司であるカミーユに報告します。
現場は、グルブヴォア再開発地区にある、とあるロフトの中。
そこには、若い女性らしき死体が転がっていました。
しかも、その状況は壮絶極まるもので、壁には一面の血痕と、
切り落とされた首があり、腹を切り裂かれた胴体がありました。
しかも、被害者は、ふたりいたことがすぐに判明します。

カミーユ・ヴェルーヴェン警部は48歳。
パリ警視庁の古株で、敏腕との評判も高く、周囲からも一目置かれています。
とはいえ、母親が重度のニコチン依存症であったせいか、
カミーユの成長は途中で止まってしまい、大人になった今でも、
身長が145センチしかありません。
障害があるわけではありませんが、
身体的に大きなハンディキャップを背負っているともいえる人物です。

さっそくカミーユは、ロフトの改装を手がけた不動産開発企業のオフィスを訪ねます。
すると、社長は、件のロフトは「エナル」という男に貸したのだと言います。
一方、犯行現場の血まみれの壁には、指紋があったことが判明します。
ところが、この指紋は、自然についたものではなく、スタンプされたもので、
どうやら、犯人の署名的行為であるとの説が出ます。

カミーユは、この指紋を含め、ロフトに残された遺留品に着目し捜査をはじめますが、
犯人の周到さに阻まれ、確たる手がかりをつかめません。
そうこうするうちに、過去にも、同様の事件があったことが判明します。
その事件は、パリ郊外のトランブレで発生しており、被害者は今回と同じ娼婦でした。
しかも、被害者の口は、両耳まで切り裂かれ、
そのうえ、首を切断されるというおぞましいものでした。
未解決のこの事件も、犯行現場には指紋スタンプがあったのです。

カミーユは事件を追っていくのですが、捜査情報がマスコミに漏れ、
苦戦を強いられていきます……。

装丁画

この小説は、キャラクターの立て方がとても上手です。
まず、主役のカミーユ・ヴェルーヴェン警部ですが、前述したように、
身長が145センチしかありません。
低い身長ゆえの生活の描写がそこかしこに散りばめられています。
同時に、カミーユと母との関係、母と父の関係、についても触れられ、
この小さいが明敏な中年男性の生い立ちと家庭環境や特技が順に語られていきます。
さらに、部下のルイ、アルマン、マレヴァル、
といったカミーユ率いる班の面々の容貌や人となりについても、
抜かりなく説明が加えられていきます。
どのキャラクターもディフォルメが効いていて、
読み手の頭に、しっかりとイメージが作られます。

本文

また、海外の翻訳小説というと、物語の視点人物が複数で、
頻繁に変わっていく、ということがよくありますが、
本作は、視点人物が、カミーユ・ヴェルーヴェンで、ほぼ統一されており、
(もっとも、途中で視点人物が変わってしまうところがあるのですが)
そのあたりが、非常に読みやすくなっています。
いわゆる三人称一視点形式ですので、ふだん、海外翻訳ものの小説を読まない人でも、
すんなりと物語世界に入れると思います。

なにより、キャラクターがうまく立ててありますので、
そのあたりでも、入りやすいと思います。

しかし、この作品でなによりも驚いたのは構成です。
本書は、第一章、第二章、エピローグから成っていますが、
第一章がほとんどで、第二章はわずかです。
そしてなにより驚くのは、第一章の終盤で、
これは小説だったのか!、と判明するところです。

なにをいってるんだ、とお思いでしょうが、この意味は本作を読めばわかります。
なるほど、と思わず唸ってしまいました。
こういう構成って、新鮮です。
(私がしらないだけで、同様の構造の小説はほかにもあるのかもしれませんが)

ただ、この邦題はちょっといただないかも。
この題名は、あきらかに終盤の展開を示唆しています。
三部作なので、題名も統一感のようなものが欲しかったのかもしれませんが、
もうちょっと、ほかに題名はなかったものかと思ってしまいます。

○ ピエール・ルメートル「悲しみのイレーヌ」の情報はコチラ。文春文庫サイト ~

私は、本作を読んだ後、夜、眠れなくなってしまいました。
それでも、次作のその女アレックスを買ってきてしまいました。
(じつは、もう、読んでしまいました)
今月は、このあとも、ヴェルーヴェン警部に付き合うことになりそうです。



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三体III 死神永生1

さて、前回に引き続き、
今回も、中国発の大作SF小説『三体』のネタを取り上げてみたいと思います。
完結編である『三体III 死神永生』は、前作の黒暗森林と同様、二巻構成となっており、
そのボリュームは、一巻だけで、最初の三体とほぼ同一なっています。
(つまり、死神永生は、最初の三体の倍のボリュームがあるということです)

三体は、本国で空前のヒットを記録した後、英語に翻訳され、
アメリカを含む英語圏でも大きな功績を残しました。
しかし、日本語版は、本国語版や英語版よりも、少々発売が遅くなってしまいました。
ですが、ようやく、三体の完結編を、日本語版で読むことができるようになりました。
まさに、感無量、という感じですね!。
出版までに時間がかかったぶん、翻訳は、日本の作家が書いたのではないかと思うほど、
とても読みやすい文体となっています。

あまりにも期待が高かったためか、
三体III 死神永生のページをめくると、なんだか読んでしまうのがもったいないような……、
この長い物語が終わってしまうのが、さみしいような、
そんな気持ちもなってしまいましたが、
一気に……、しかも愛おしむように、読み進めました。

今年、この先もさまざまな小説を読むかと思いますが、
この『三体III 死神永生』が、2021年のベストかなと、すでに思っています。

また、今回も、前作と同じように、物語の主人公が入れ替わります。
前作『三体II 黒暗森林』では、社会学者で面壁人である羅輯(ルオ・ジー)が主人公でしたが、
今回は、若き女性航空宇宙エンジニア、程心(チェン・シン)が、物語を担っていきます。
ハードカバーに付属している主人公一覧表を見た時、私は、程心という人物は男性なのかと、
思っていましたが、なんと、女性だったんですね。
日本人である私には、この程心という名が、女性らしい名なのかどうか、
わかりませんでした。

それにしても、三体を読み始めた当時は、登場人物の名前を覚えるのに、
ほんとうに、とても苦労しましたが、三体III 死神永生まで読み進めてくると、
かりに初登場の人物であっても、名前を覚えるのがずいぶんと楽になりましたね。

三体III 死神永生2

さて、今回のストーリーですが……。
前作『三体II 黒暗森林』では、抑止紀元まで時間が進みましたが、
今回は、いったん、危機紀元の最初の頃(危機紀元4年)まで、時間が遡ります。
この時期は、面壁計画が進められる最中にあたりますが、その裏で、
惑星防衛理事会は、直属の諜報組織PIAを結成し、階梯計画という極秘計画に着手しました。
この計画は、人間を載せた探査機を、三体艦隊に送り込む、というものです。
PIAに、航空宇宙技術の専門家としてリクルートされた、美貌の若きエンジニア、程心は、
画期的なアイデアを用いて、探査機の推進方法を編み出します。
ところが、宇宙帆船ともいえるこの探査機には、
人間の『脳』しか、搭載できないことが判明します。
程心は、学生時代の知り合いで、影の薄い無口な男『雲天明』を、搭載者に推薦します。
というのも、雲天民は、末期の肺癌患者で、余命いくばくもない身でした。
しかし、この天明は、程心を心密かに想っており、恒星を購入して、
程心に匿名でプレゼントしていたのです。
ところが、死亡後の天民の脳を載せた探査機は、予想外のトラブルに見舞われ、
本来のコースを逸脱し、宇宙をさまようこととなってしまいました。
程心は、その後、階梯計画の未来連絡員として、冬眠に入ります。

それからおよそ60年後、程心は目覚めます。
かつて雲天民からプレゼントされた恒星が高騰し、程心は予期せぬ大金持ちとなりました。
程心は、得た資金を元に、宇宙企業「星環」を設立し、未来世界で知り合った若い女性AAに、
経営を任せます。
この時代の地球は、羅輯が命がけで成し遂げた『抑止』により、
三体世界との、文化、および技術交流が進んでいました。
羅輯は、三体世界の座標を全宇宙に知らせる、重力波アンテナのスイッチを握っており、
三体世界も、羅輯がそのスイッチを握っている限り、
安易に人類に攻撃をしかけることはありませんでした。
羅輯は、地球、三体のふたつの文明の命運を担うものとして、執剣者(ソードホルダー)と、
呼ばれていました。
しかし、羅輯はすでに高齢で、人類は新たなソードホルダーを必要としていました。
その候補として名が挙がったのが、若き美貌のエンジニアで、
星環のオーナーでもある、程心でした。
程心のソードホルダー就任は、全世界の人から支持され、祝福されます。

が、程心がソードホルダーを引き受けた瞬間、三体世界が、人類に牙を剥きます。
程心は、三体世界を宇宙に晒す重力波アンテナのスイッチに手をかけるのですが……。

さて……、この先は、ネタバレを含みますので、
まだ『三体III 死神永生』を未読の方は、スルーしてくださるよう、お願いいたします。

三体III 死神永生4

最初の『三体』のラストで、人類の未来に絶望したナノマテリアル研究者『王淼』は、
史強に、イナゴの大軍を見せられ、虫けらの強さを痛感させられます。
三体世界から虫けらと侮られる人類ですが、王淼は、その虫けらの強さを見せてやる、
といった気概を抱き、物語は幕を閉じます。

そして、続く『三体II 黒暗森林』で、
面壁人羅輯は、暗黒森林仮説を発見し、見事に三体世界を交渉の場に引きずり出しました。
虫けらの気力と底意地、気概を、最後の土壇場で見せたわけです。

ところが、この『三体III 死神永生』は、羅輯の努力を水泡に帰す、失敗の物語です。
三体を抑止することにも失敗し、その後、人類の最後の希望であった『光速船』建造の夢も、
自ら絶ってしまい、最終的には、地球はおろか、太陽系すべてを失ってしまうのです。

人類は、艱難辛苦の時間を乗り越えて、最後には、三体世界と宥和する、
などと思っていたら、とんでもない、最悪の結末となってしまったわけです。
しかも、この失敗は、すべて、程心というひとりの若い女性の決断から導き出されました。

しかし、程心の決断には、つねに『愛と優しさ』がありました。

物語の最後、時間の外にある小宇宙に行った程心は、そこで数年を過ごすうち、
この宇宙では、数百億年にもわたる途方も無い時間が流れます。

もし、人類が、三体世界との戦いに勝利したとしても、
これほどの長い時間、文明を維持できたでしょうか……。
おそらく、仮に超高度な文明を築いたとしても、熾烈な恒星間戦争に巻き込まれ、
結局は、破滅したでしょう。
仮に生き延びたとしても、低次元空間に身をやつし、
果てしない喪失の時間を得るだけだったかもしれません。
数百億年という時間スケールになると、文明も、ひとつの生物種の栄枯盛衰も、
まばたきにも満たぬ時間なのかもしれません。
人間の短い一生も、星の一生も、大差ないのです。

そのなかで、程心は、太陽系の破滅という結果を招きはしましたが、
この宇宙に、愛と優しさがあることを、はっきりと残したのかもしれません。

三体II 黒暗森林3

物語としては、『三体II 黒暗森林』のほうが、一発逆転感があり、
しかも、ハッピーエンドで、読み手の溜飲が下がるという感じがします。
一方、『三体III 死神永生』は、重厚な読後感が、いつまでも残ります。

三体III 死神永生5

とにかく、エンターテインメント小説といっても、ただ『面白い』だけでは、
いけないんだなと思いました。
作品世界を貫くテーマがあってこそ、物語は生き、人の心に大きな痕跡を残すのだと思います。

とても長い物語で、しかも、ハードカバーを5冊も買わなくてはならにという、
お財布にも厳しいものになりましたが、
(もっとも、地域活性化クーポンのおかげで、実質半額で買えましたが)
その値段以上の価値があると思います。

今後の劉慈欣氏の作品に、大いに期待したいものです。


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三体II 黒暗森林1

今回は、三月末に当ブログにて紹介した、中国発大河SF小説『三体』の、
二巻目『三体II 黒暗森林 上下』を取り上げたいと思います。
また、完結編の『三体III 死神永世 上下』も、つい先日、読了しましたので、
こちらもまた、次回以降にご紹介したいと思ってます。

さて、前作の『三体』では、主人公はナノマテリアル研究者の王淼(ワン・ミャオ)と、
元紅岸基地スタッフの葉文傑でしたが『三体II 黒暗森林』では、主人公が交代します。
新たな物語の主人公は、若き社会学者の羅輯(ルオ・ジー)です。

もっとも、この羅輯は、王淼のような真面目な研究者ではなく、
どこか刹那的で、しかも、プレイボーイという設定になっています。
また、羅輯は、葉文潔の娘、楊冬(ヤン・ドン)の同級生となっています。

物語は、楊冬の命日に当たる日、墓石の前で偶然会うこととなった、
羅輯と、葉文潔の対話場面から始まります。

ここで葉分潔は、宇宙社会学の公理を、娘のクラスメートだった羅輯に語ります。
それは、以下のふたつでした……。
1)生存は文明の第一欲求である。
2)文明はたえず成長し拡張するが、宇宙の物質の総量は一定である。
同時に、以上の公理から宇宙社会の基本的な青写真を描くために、
必要な概念があるといいます。
それが、猜疑連鎖と技術爆発だといいます。

葉文傑が語るこの言葉は、今回の物語の極めて重要な『鍵』となります。
(この場面は、本編前のプロローグ的な扱いで紹介されます)

三体II 黒暗森林5

そして、本編へ……。
人類は三体文明が放った地球侵略艦隊の到来に備えなければなりません。
しかし、地球には素粒子サイズのAI『智子/ソフォン』が放たれており、
すべての情報が三体に漏れてしまいます。
しかも、智子は、量子ゆらぎ効果を利用して、光速にとらわれない、
リアルタイム通信が可能となっています。
すなわち、人類が立てる『対三体作戦』は、すべて敵側に筒抜けになってしまうのです。

三体II 黒暗森林4

しかし、人類にはひとつだけアドバンテージがあります。
個人が巡らせる思考は、三体人には読めません。
人間が頭の中で考えたことを、三体人は知る術がないのです。
そのため、人類は、面壁人なる特定の人物を選び、その人物に、
対三体作戦のすべてを委ねることにしたのです。
こうして『面壁計画 - ウォールフェイサープロジェクト』が立ち上げられることとなりました。

人類は、高名な人物四名を『面壁人 - ウォールフェイサー』に選びます。
そのひとりに、元アメリカ国防長官である『フレデリック・タイラー』が選出され、
次いで、ベネズエラの大統領『マニュエル・レイ・ディアス』、
AIの設計技師で政治家でもある『ビル・ハインズ』が選ばれました。
そして、最後に選ばれたのが、無名の社会学者『羅輯』でした。

四人は、いうまでもなく、自らが考案した『対三体作戦』を明かす必要はありません。
しかも、地球上のあらゆるリソースを自由に使えます。
面壁人は、自らが編み出した作戦計画に基づいて、さまざまな動きを見せますが、
そのなかで、ひとり羅輯だけは、心の中で作り出した『理想の恋人』を求めるのです。

前作『三体』では、人列コンピューター、陽子の二次元展開によるAI化、といった、
SFアイデアが炸裂しまくっていましたが、今回も、前作に劣らず、
前出のウォールフェイサー、そして、ウォールブレイカー、といった、
珠玉のアイデア満載です。造語からしてセンスが良くて面白いですね。
なによりすごいのは、
題名にも転用されている『暗黒森林仮説/ブラックフォレストセオリー』です。
これはエンリコ・フェルミの『フェルミのパラドックス』に対する、
龍慈欣さん独自の回答なのでしょう。
(それにしても、よくこんなアイデアを考えたものだと思います)

三体II 黒暗森林2

しかも、上下二巻の長い物語なのに、まったくダレない。
時代をスキップしていくあたりも軽快感があって、読み手を引き込んでしまいます。
羅輯が、自ら生み出した理想の恋人の幻と、ドライブに出かけるくだりは、
なんとなく、村上春樹を思い起こさせます。
(ただ、タイラーが立てた作戦計画は希望的観測に基づくもので成功しそうにありませんが)

○ ちなみに、三体 (第一巻) の記事はコチラへ ~

三体を読んだ時、次はいったいどうなるんだろう、と、思いましたが、
まさに『こう来たか!』という感じで、意外感がありつつも、期待通りの、
まさに出色の出来です。

なにより驚くのは、前作『三体』が、
いかにも「このあと続きます」という終わり方だったのに対し、
今回の『三体II 黒暗森林』は、物語として、きちんと完結しています。
しかも、心温まる場面で幕を閉じます。

この『三体II 黒暗森林』を読むと、もう、これでいいんじゃない?、などと、
ちょっと思ってしまいました。

もっとも、残された謎はあります。
その最たるものは、地球からさった宇宙戦艦『藍色空間』と『青銅時代』です。
この二隻の艦は『三体III 死神永世 上下』で、重要なファクターとなります。

三体II 黒暗森林6

とにかく、値段以上の価値がある、ほんとうに面白い小説です。
SFが好きな方も、そうでない方も、ぜひ、手に取っていただけたらと思っています。


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