奈良国立博物館

今回も、前回に引き続き、雨の奈良旅行について、少し書いてみたいと思います。
二月堂から春日大社に向かう予定で、雨のなかを歩いていましたが、
さすがに、これ以上の徒歩行軍は困難と諦め、奈良国立博物館へと行ってみることにしました。
奈良県立博物館に行くのは、今回が初めてとなります。

まず最初に立ち寄ったのは、博物館の東側にある新館 (東新館、西新館) ですが、
どうやらこちらは、現時点では営業はしておらず、
地下の通路を使って、本館 (なら仏像館) へと行くことを勧められました。
この地下通路は、とても広く、しかも、ミュージアムショップや、
カフェも併設されるなど、かなり楽しめるスペースとなっています。
なにより、外の大雨を避けて移動できるだけでも、とてもありがたかったです。
(ただ、ちょっとカフェはお値段高めに設定されているようでした)

というわけで、奈良国立博物館本館の、なら仏像館へ。
こちらでチケットを買い、さっそく館内へと入ってみました。
それにしても、雨の日は、美術館、博物館見学に限りますね。

館内は、中央に大きな展示室があり、その部屋を囲むように、
展示室が配置されている感じです。
順路としては、向かって右の部屋から各部屋を回るようになっています。

展示された仏像の多くは、平安時代、鎌倉時代のものが多く、
主に、木造、鋳造による金銅仏などが展示されています。

仏像の造形が時代ごとに変遷する様子が見られたり、また、
ユーモラスなものや、筋肉の隆起や風の動きを表現したものなど、
とかく静謐な雰囲気のする仏像のなかで、躍動感にみちたものも多数ありました。
(ちなみに、撮影は禁止されていますので、写真はありません。すみません)

私事で恐縮ですが、これほど多くの仏像を、
いままで一度に目にする機会はなく、そのせいでしょうか、
今回、各仏像の顔の造形の違いが、際立って見えました。
私の印象として、仏像の顔というのは、どれもおだやかで思慮深げで、
その一方で、ともすれば無個性なイメージがあったのですが、
今回、仏像をひとつひとつ間近で見ることで、
その顔がまさに千差万別であることを再発見しました。
また、好きな顔、そうでない顔、といった、
好みも感じた次第です。

また、衣服の皺の表現に、時代による差異があったり、
素材による表現力の違いなども、つぶさに見て取ることができました。

とくに、鋳造製の金銅仏などは、極めて小粒なものが多くあるものの、
表現がユニークで、とても興味深かったです。
また、十二神将像も、力強く、極めて動的な造形で、
見ていて、楽しかったです。

○ 奈良国立博物館のサイトはコチラヘ ~

また、このなら仏像館には、中国の青銅器を展示した別室もあり、
こちらも、見応えのあるものとなっています。
なにしろ、これら青銅器は、時代がさらに古く、
それでいて、形状はしっかりと保たれており、
細かな彫刻などもはっきりと見ることができます。

古代中国がいかに先進的な技術を持っていたか、いまさらながら、
思い知らされる気がします。

こうして、なら仏像館を思いっきり堪能して、
ホテルへの帰路に着いたのですが、雨は小降りになったとはいえまだ降っており、
結局、またしても傘の出番となってしまいました。
今回もまた、奈良歩きの夢は絶たれてしまいました。残念です。

奈良の鹿

帰り際、奈良市内の公園を見ると、さびしく鹿が雨に濡れていました。
なんだかかわいそうな気がしました。

というわけで、ホテルまで戻ってきて、高架下駐車場に入れたMINIを見に行くと、
なんと、高架下で雨が当たらないはずなのに、雨漏りするところがあるらしく、
ちょうどMINIのところに、雨が落ちていました。
もっとも、MINIを駐車したさいには、この場所くらいしか空いておらず、
こちらに止めたのですが、どうやらここは、雨漏りポイントとして、
敬遠されていたのかもしれません。

というわけで、MINIをさっそく移動。
しかし、他にめぼしい場所も空いておらず、このあと、二回も移動することになりました。
(この場面の写真を撮っておけばよかったのですが、あいにく、
撮り忘れてしまいました)

奈良駅前

そして、いよいよ帰る日になって、朝のうちこそ雨が降っていたものの、
しだいにお天気は回復してきました。
ああ、なんということでしょう。
これも私の日頃の行いの悪さのせいでしょうか…。

この日は、とりあえず、奈良の町をふたたび散策。
カレーショップの看板を見つけたので、またしても、カレーを食べてみました。
今回は、奈良カレー三昧の旅でもあります。

カレーのランチ

こちらがそのカレーランチ。
けっこうなボリュームがありました。
お肉はとてもやわらかく、しかも、それほど激辛でもなく、
食べやすい感じでした。

その後は、奈良市の高の原というところに行き、
イオンショッピングモールで買い物をし、京都を迂回しつつ、
大津方面を経由するかたちで、帰ってきました。

帰りは晴天

なかなかのロングドライブでしたが、MINIは快調に走り抜けてくれました。
また、ドライブの最中は雨になることはなく、気持ちよく走ることができました。
本格的な酷暑のまえに、またどこかに行きたいものです。



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土砂降りの二月堂

またしても、長いあいだ、更新ができませんでしたが、
(ブログを書くのは、なんと、ほぼ1ヶ月ぶりです)
五月の大忙しもようやく一段落し、土日も仕事ということは、
いまのところは、なくなってきました。
というわけで、先週末、泊まりがけで、MINIに乗って奈良へと行ってきました。
今回の目的は、奈良国立博物館が所蔵する仏像を見学するのが、主な目的です。

なにしろ、MINIに乗るのも久しぶりです。
もっとも、これからの暑い季節には、冷房装置もなく、
また、オーバーヒートの危険がつきまとうMINIには、また乗れなくなるでしょうし、
いまのうちに、可能な限り、MINIを動かしておきたいものです。

ここ岐阜から奈良市へ向かうには、いろいろなルートがとれるのですが、
今回は、京都の街中を通るコースを選んでみました。
まず、ここ岐阜県から、国道21号線を西に走り、
天下分け目の合戦場である関ヶ原を抜けて、隣県の滋賀県へと入り、
米原から、琵琶湖湖岸に沿って伸びている『湖岸道路』を走ることにします。

湖岸道路は、琵琶湖東岸を走る国道8号線と、部分的に並行して伸びていますが、
8号線ほど混み合うこともなく、また、信号も少ないため、
比較的、走りやすい道路ではないかと思います。
なにより、場所によっては、青い湖面を横目に走ることができ、
格好のドライブコースです。

近江路をゆく

しかも、道中には道の駅なども点在しており、
また、湖岸沿いに駐車場もあるなど、休憩スポットにも恵まれています。

もっとも、そのまますんなりとドライブできるかというと、
一概にもそうとはいえず、草津のショッピングモール『イオンモール草津』が、
間近に迫ってくるあたりから、道はしだいに混んできます。
というわけで、このイオンモール草津の手前で、湖岸道路から逸れ、
今後は近江大橋を渡り、大津市へと入り、大津からは南に進路を変え、
国道1号線にスイッチします。
そのまま1号線を走って、京都の山科へと入ってみました。

京都突入

こちらが、MINIの車窓から見た京都の風景です。
できれば、この京都で、いろいろと観光していきたいところですが、
駐車場の場所がよくわからないことや、
(なにしろうちのMINIは、フラップ板が設置してある駐車場には入れませんから)
先を急ぎたいということもあり、京都観光は次回ということにして、
とりあえず、街中を走ります。

池田屋

こちらは、そのときたまたま通りかかった、池田屋です。
池田屋といえば、幕末に、
尊王攘夷にはやる志士たちを、新選組が急襲した、あの池田屋事件の池田屋です。
いまでは、居酒屋になっているんですね。
ここで、動乱の幕末期を駆け抜けた、攘夷派、佐幕派、それぞれの志士に思いを馳せ、
一献傾けたいものです。

京都を南進

それにしても、京都の道は、クルマでは走りづらいですね。
クルマの数はもちろん多いのですが、タクシーも多いですし、原付も多い。
そのうえ、路上駐車をしているクルマもことのほか多く、
みな、車線をまたがったようにして走ります。
やっぱり京都は、クルマで走るより、歩いて巡りたいものです。

というわけで、京都を通り過ぎて南進し、古都奈良を目指します。
当初、京都に入る道は渋滞するものと覚悟はしていたのですが、実際にはそれほどではなく、
逆に、渋滞を予想していなかった京都〜奈良のあいだを結ぶ国道24号線が、
あまりスムーズに走れませんでした。

ビエラ奈良

まあ、それでも、予定通りに奈良に到着し、駅前の高架下駐車場にMINIを入れました。
ながいあいだ、ドライブシャフトを原因とする異音に悩んできたMINIですが、
この部分を交換後は、トラブルもなく、快調に走り抜けてくれました。

翌日の天気予報は終日雨となっているのですが、この高架下駐車場であれば、
雨に濡れることことはないはずです。
(写真では、駐車場の端にMINIを止めていますが、
実際には、もっと中央寄りの場所に止めています)
なので、雨でも安心、などと、思っていたら、結果はそうではなかったのですが…。

三条通り

ホテルにチェックインをすませた時点でも、
まだ外は明るかったので、三条通りのあたりを散策してみました。
この通りはいつも賑わっていますし、今回も、ことのほか、
外国人観光客が多かったように思いもます。

そして翌日、いよいよ奈良の町へ徒歩で出かけます。
が、予報の通り、空はどんよりと曇っていて、まさに雨の予感がします。
まあ、梅雨時なので仕方がないところですが、とりあえず、朝のうちは、
雨に見舞われることもなく、出発できました。

興福寺

というわけで、まずは興福寺を見学。
とはいえ、こちらは以前に阿修羅像を見学に来たときに充分見て回っているので、
今回はさらりと通り過ぎてしまいました。

カレー

そのままあたりを散策しつつ、
東大寺の手前にある幡・イノウエという雑貨店兼カフェでお昼ご飯。
こちらでカレーランチをいただきました。

日替わりランチ

ヨメは日替わりランチでした。
カレーランチは、普通に食べるカレーとはちょっと違っていて、
ほのかな酸味と辛味があり、とてもおいしかったです。

が、このカフェでまったりと過ごすうちに雨が降り出し、
やがて、土砂降り状態となってきました。
こうなると、もう、なんだか外に出るのはおっくうになってしまいます。

それでもなんとか気を取り直して、外に出ると、
とりあえず、二月堂に向かってみることにしました。
(東大寺は前回に見学したので、今回はパスします)
当初の計画では、この二月堂から、春日大社まで歩くつもりでいました。

雨に濡れる石段

というわけで、どうにか二月堂到着。
なのに、やはりこの雨のせいか、人影はまばらです。
以前にこの二月堂に来た時も、土砂降りの雨で、今回もまた、
雨に祟られてしまいました。
なにしろひどい雨ですので、カメラを取り出しての撮影は、
ほんとうに一苦労です。
なので、今回は、写真も少なめとなってしまいました。
それにしても、かえすがえすも残念です。

二月堂を見上げる

まあ、雨に煙る奈良というのも、風情があっていいのですが、
実際に歩くとなると、それはもうたいへんです。

というわけで、その後も南に向かって歩いたのですが、
雨はひどくなりばかりで、もう、歩くどころの騒ぎではありません。
ジーンズもシャツもベタベタで、ヨメは履いている靴の中がビショビショだといいます。

というわけで、ここで徒歩行軍を断念。
奈良歩きができず、ほんとうにガッカリですね。
で、予定よりも早く、奈良国立博物館に向かうことにしました。
その時の模様はまた次回に、書きたいと思います。



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第一次大極殿

さて、奈良旅行の続きです。
東大寺見学のあとは、とりあえず、昼食をとり、興福寺へと行ってみることにしました。
が、一部の道が工事中だったり、はたまた鹿の糞を慎重によけながら歩いたりと、
なかなかすんなりとは行きませんでした。

などといいつつも、無事、興福寺へ到着。
この興福寺は、ただいま改修工事中で、しかも『阿修羅-天平乾漆群像展』は、
おりしもこの時期、前期展示と後期展示のちょうどあいだの時期にあたり、
見学することはできませんでした。
そんなわけで、なんだかちょっと拍子抜けしてしまいましたが、
こうなったら、できれば秋にでも、また、興福寺にきたいな、などと、
思ってしまいました。

そんなわけで、興福寺への参拝をあきらめることにして、
そのあとは、意を決して、唐招提寺まで、もしくは、平城宮跡まで、
歩いて行こうと思いました。
が、途中、奈良の目抜き通りである「三条通」をブラブラ歩いたりと、
思いのほか時間を使ってしまいました。
唐招提寺は、歩いて行くことは不可能、とはいえないものの、
その距離はやはりかなりあり、結局、JR奈良駅に着いたあたりで、
ヨメがギプアップ宣言しました。
私も、このあとの天気の急変が気になってしまい、
(なにしろ、その日の朝の天気予報では、急な雷雨に注意するようにとのことでした)
唐招提寺まで徒歩行軍することは、あきらめてしまいました。
七年前に行った金沢への旅行では、ただひたすらに歩いて街を見物したものですが、
あの頃に比べると、ちょっと年を取って、気力も足腰も弱くなったのかもしれません。

そのあと、元興寺にまで行ってみるものの、
すでに時間が遅く、拝観はできなくなっていました。

仕方なく、またしても三条通に戻り、
買い物をしたり、夕食をとったりして、その後はホテルへ。
翌日は奈良を発つ日でしたが、そのおりに、平城宮跡、唐招提寺を、
クルマで回ってみることにしました。

奈良の街

というわけで、翌日も、まあまあのお天気となりました。
ですが天気予報は、前日同様、急な雷雨の危険性を唱えており、
なんとも懸念が拭えません。
ですが、クルマでの移動であれば、不安定な空模様も、
あまり気にすることはないかと思います。

というわけで、ホテルをチェックアウトしてしばらく奈良市内を西に走り、
まずは平城宮跡へと行ってみることにしました。
こちらは、駐車場も無料で、なんとも観光客の懐にやさしい場所となっていました。

まず立ち寄ったのは、第一次大極殿院復元事業情報館、という、
新しく洗練された施設です。
こちらも入場料は無料で、しかも、案内のシルバーの方から、
とても丁寧な説明を受けることができます。

ここでは、大極殿という建物の詳細を、パネルや展示物を使って紹介しており、
その再建においては、可能な限り当時の技術を使ってなされたことも、
あわせて解説しています。

こうして、大極殿についてひとしきり知識を得たあとで、
実際にその建物に行ってみることにしました。

大極殿へと行ってみる

こちらがその大極殿です。
平城京の中心的建物ということもあり、非常に大きな建物となっています。
可能であれば、南にある朱雀門を通って、この大極殿に行ってみたかったのですが、
あいにく、朱雀門近くの駐車場はなくなってしまったとのことで、
このように、脇からのアプローチとなりました。

大極殿の内部は、外から受けた印象ほど広くはないように思いました。
それにしても、この大極殿の外観は、ほんとうに当時の姿を再現しているのでしょうか…。
そんな疑問を、近くにいた案内の方にぶつけてみると、
よくぞ聞いてくれました、といった具合に、とても詳しい説明をしてくれました。

大極殿の実際の姿は、やはり知るすべはなく、この再現された建物も、
想像の域を出ないとのことでした。
ですが、法隆寺金堂など、当時造られた建築物や、そこに使われている構造様式、
また、建築技術を、つぶさに研究し、再現されているとのことでした。

とはいえ、この建物は、歴史的な価値はなく、価値が認められているのは、
柱を建てた遺構が残る地面のみだそうです。

その遺構を守るため、また、免震装置を配置するために、大極殿の建物は、
推定される当時のものよりも、かさ上げして建てられているとのことでした。
建物は数百年から千年近くの耐用年数を誇るとのことでしたが、
最新設備である免震装置は、ゴムが使われているために、
70年ほどの耐用年数しかないとか……。
最新のハイテク装置は、いにしえの技術に比べ、なんとも寿命の短いもののようです。

朱雀門を臨む

また、この大極殿からは、遥か南の朱雀門を見ることができます。
途中には鉄道が走っていますが、この線路は、いずれは別の場所に移されるそうです。
平城京の完璧な再現のためには、たとえ鉄道路線であっても、
そのコースを変えてもらわなければならない、ということなのでしょう。

遺構博物館

そのあとは、遺構展示館へ。
こちらでは、大極殿では見ることができなかった、遺構の状態を知ることができます。
それにしても、国は平城宮跡の再建や遺構保存に、多大の予算をつぎ込んでいます。

東院庭園

そしてこちらは、東院庭園と呼ばれる建物と庭です。
こちらにも資料館があり、解説をしてくれる方がいました。

というわけで、このあともいろいろと平城宮跡を見物したかったのですが、
時間もすでにお昼をすぎていたため、とりあえず、この場を離れ、昼食をとって、
唐招提寺へと向かいました。

唐招提寺

こうしてようやく『天平の甍』として名を馳せる、唐招提寺へとやってきました。
私にとって、奈良でいちばん来てみたかった場所です。

この寺は、奈良時代、唐の僧である鑑真和上によって開かれ、
戒律を学ぶ日本の僧の修行場となりました。
鑑真は、何度も日本への渡航を試みるも、弟子の密告や、暴風雨にあうなど、
幾度となく失敗を重ねます。
ですが、数年に及ぶ試みの末、ついに、日本の地を踏むことになります。

時の帝から歓待を受けた鑑真は、以後、この日本で、仏の道を説き、
弟子の育成、民の救済に尽力します。

この鑑真の生涯については、
数年前、中村獅童主演によって、ドラマ化されているかと思います。

唐招提寺を見学

その鑑真が半生を過ごした唐招提寺は、
とても静かで、落ち着いた雰囲気に包まれていました。
撮影は禁止されているため、写真はありませんが、
金堂には、千手観音、薬師如来、盧遮那仏が鎮座しており、
形容しがたい凛とした空気に満たされていました。

およそ仏教徒には見えない欧米系の観光客も、
これらの仏像の前では、手を合わせていました。
その姿から感じる畏敬の念は、民族や人種を問わず、
誰もが、感じるものなのかもしれません。

鑑真廟へ

その後は、各所を巡り、最後に、鑑真を祀った廟に行ってみました。
この場所も、なにかしら、空気の違いのようなものを、
感じる場所でした。

というわけで、大いに奈良を満喫してきましたが、
まだまだ、見たい仏像や寺院があり、
できればまた、この地をゆっくりと訪れてみたい、と、いまも思うばかりです。
少なくとも、興福寺の阿修羅像は、ぜひとも見てみたい、と、思うのですが、
もし、次の奈良旅行を企画するさいは、お天気の安定した時期にしたいものです。



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東大寺南大門

天候がいまひとつ落ち着かないこの7月ですが、そんななか、思い切って、
古都奈良に、泊まりがけで行ってみることにしました。
私にとって、奈良といえば、中学校の修学旅行のさいに行ったきりで、
以後はまったく訪れたことはなく、いわば40年以上の時を経ての再訪となります。
とはいえ、中学の修学旅行のときの記憶は、いまではほとんどなく、
いわば、初めての奈良旅行といってもいいかもしれません。

飛騨高山に住んでいた頃は、奈良といえばかなりの遠方で、
おいそれと行けるところありませんでした。
ですが、ここ岐阜市に拠点を移してからは、奈良はさして遠方とはいえず、
下道を走ったとしても、三時間と少しで行くことができます。
なにしろ、三重県と奈良県とを結ぶ国道25号線は、
下道とはいえ、ほぼ、高速道路状態 (自動車専用道) となっており、
あまりにもスムーズに、奈良に入ることが出来てしまいました。

今回の出動車は、ヨメのプジョー。
MINIで行きたいのはやまやまだったのですが、なにしろ、
エアコンもなく、夏場のオーバーヒート対策に、
酷暑になればヒーターを多用するMINIでは、旅行はいささか無理があると判断し、
快適で、高速巡航に耐えるヨメ車でのドライブとなりました。

と…、そんなわけで、
出発はかなり遅めだったものの、当初の予定よりも早く奈良に到着。
とりあえず、市内や周辺をドライブし、その後は、
奈良の西の斑鳩町まで足を伸ばし、法隆寺へと行ってみることにしました。
世界最古の木造建築物である法隆寺は、さぞかし観光客でいっぱい、かと、
思っていたのですが、もっとも近いと思われる駐車場にも、
すんなりと入ることができ、しかも、付近を歩く人影もまばら。
時間が少し遅めだったということもあるのでしょうが、
休日にもかかわらず、観光客がこれほど少ないことに、非常に驚かされました。

まずは南大門を抜けて法隆寺へと向かいます。
この南大門は室町時代の建立とのことで、法隆寺の各寺院などと比べれば、
いささか新しいものなのかもしれません。

人気のない法隆寺

それにしても、あたりにはほとんど人影もなく、寂しい限りです。
ときおり、修学旅行生と思われる小集団と、外国人観光客を見かけるくらいです。
このあたりは、東大寺や春日大社、興福寺がある奈良市中心部からは距離があり、
観光という面からいえば、立地条件が少しばかりよろしくないのかもしれません。

というわけで、金堂を見学しようと思ったのですが、
拝観料が1,500円と高額なことにも、また驚きました。
貴重な文化財を維持、管理するためには、
このくらいの拝観料は妥当といえるでしょうが、
雲行きもなんだか怪しく、また、時間的に少し遅かったこともあり、
ヨメと相談して、今回は見学を断念。
奈良にはまたいくらでもこれると思いますので、次回、ゆっくりと、
見学させてもらうことにしました。

ただ、そのまま帰るのはあまりにもったいないので、
夢殿だけは見学していくことにしました。

夢殿

こちらがその夢殿の姿です。
あまりにも有名な建物であるため、こうして実物を間近にできることに、
また、はるか天平時代に建てられた建造物を、いま目にできることに、
素直に感動してしまいます。

その後、伝法堂、鐘楼などを見て回ったところで、空模様がいよいよ怪しく、
急いで南大門を出て、駐車場へと向かいました。
クルマに乗る頃には、ポツリポツリと雨粒が空から落ちてきました。
やはり、金堂見学は、今回は控えてよかったかもしれません。

その後は奈良市内に戻り、ホテルにチェックイン。
建物は新しいとはいえなかったのですが、清掃は行き届いており、
また、とても広いお部屋でうれしかったです。

広いホテル

なにしろトリプルのお部屋なので、広いのも当然かもしれません。
とはいえ、トリプルの部屋を指定したわけではないんですが、
この部屋がたまたま空いており、そちらに案内されたということだと思います。
しかも最上階の角部屋で、これもまた、ラッキーだったかもしれません。

その翌日は青空も覗くまあまあの空模様。
ですが、お天気については、急に雨が降ったりする可能性もあるとのことで、
なんとも、気がかりな予報がでていました。

頭塔

こちらは、ホテル駐車場に面した場所にある、頭塔という遺跡です。
ピラミット状になっていて、かなり古い時代の建造物なのかと思いましたが、
奈良時代のものだそうです。
こちらもじっくり見物したいところでしたが、まずは奈良市内へ、
というわけで、傘ももちつつ、徒歩で出掛けてみることにしました。

ホテルから一番近い名所は、春日大社になります。
そんなわけで、まずは一の鳥居をくぐり、参道を歩きます。

鹿に餌やり

途中、奈良名物の鹿をたくさん見かけました。
えさを与える人が、ホルンを吹いて鹿を集めていました。
その模様を眺めようと、あたりにはたくさんの観光客が詰めかけていました。

春日大社

その後は、春日大社を参拝し、その奥にある、
大小さまざまなお社にもお参りをさせていただくことにしました。

慶長の灯籠

こちらは、道中にあった灯籠です。
それぞれに元号が掘られているのですが、よく見ると、
天文、元亀、永禄、天正、慶長、などと記されています。
まさに戦国期まっただなかなのですが、このあたりの灯籠は、
ほとんどすべて、この時期のものでした。

時間の問題もあったので、すべてのお社を巡ることはできませんでしたが、
できうる限り、参拝はしたつもりです。

その後は大仏の納められた東大寺へ向かってみることにしました。
春日大社のあたりでも観光客は多かったのですが、東大寺に向かう道では、
さらに人の数も増え、にぎやかさが増していきました。

大仏は、たしか、源平合戦の前に、平清盛の軍勢が、多分に過失もあったのでしょうが、
焼失させてしまったかと思います。
(その報いだったのか、清盛はその後高熱に見舞われた、やがて死に至ったわけです)
以後、鎌倉時代に再建されたといいますが、
戦国期に起こった三好三人衆と松永久秀の乱によって、またしても焼失したといいます。
つまり、現在の大仏は、江戸時代に入って再建されたものということになるようです。

東大寺大仏殿

それにしても、大仏殿は、巨大な大仏を納めている建物ですから、
当然といえばそれまでですが、やはり、圧倒的な大きさがあります。
中学生のときにも、私は、この姿を見ているはずなのですが、
ほとんど、見覚えがありません。
まあ、当時は、大仏にも神社仏閣にも、
まったく興味がなかったからなのでしょうか…。

大仏を参拝

そして、大仏のお姿を見学。
圧倒的な大きさに、畏敬の念を感じます。
思わず、手を合わせてしまいます。

その後は、順路に沿って、大仏殿内部を見学し、
あの有名な柱くぐりの場所にも、やってきました。
そこでは、柱くぐりにチャレンジする人たちが、長い列を成していました。

というわけで、私もチャレンジ。
が、柱の穴は思いのほか小さく、そのせいか、
チャレンジするのは、子供ばかりのようにも見えます。

私は細いので、このくらいの穴なら、なんとか通り抜けられるだろうとは思うのですが、
それでも、ちょっと不安になってしまいました。
が、外国人男性が果敢にもチャレンジし、成功したところを見ると、
(とはいっても、その方も決して大柄ではなかったのですが)
なんとかなるだろうという思いもします。

そうしてしばらく列に沿って待つうち、やがて私の番に。
ヨメにカメラを預け、ギャラリーが見守るなか、
身を屈めて柱の穴に上半を入れたのですが。

柱くぐりに挑戦

やっぱり狭い…。かなり狭い。
しかも、両腕を最初に穴に入れておくべきだったかも…。
そんなことを思っても、もはや後の祭り。このまま先に進むしかありません。

ここで思い出されるのは、
村上春樹の最新小説『騎士団長殺し』の一場面です。
「あたしが犠牲を払い、諸君が試練を受けるのだ」と、騎士団長はいいました。
この柱くぐりは、騎士団長のいうところの試練かも、
などと勝手な妄想をしつつ、じわじわと穴のなかを進みます。
この狭い穴のなかで、私を励ましてくれたのは、
ドンナ・アンナでもなく、コミでもなく、ヨメと、周りにいるギャラリーでした。

せまくてパニック

というわけで、途中パニックになりつつも、無事通過。ホッとしました。
うしろから二重メタファーの触手に襲われることもありませんでした。

ですが、きっと、落ち着いて挑戦すれば、難なく通り抜けられたと思います。
ちなみに、ヨメは、近年の体重増加を理由に、この試練を断固固辞しました。

そんなわけで、この続きは、次回にまた書きたいと思います。



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イブ気分も増します

毎年、12月になると、クリスマスイブの過ごし方をどうしようか、
と、考えるのですが、今年は、仕事の都合で、
事前に予定をたてることができず、
さて、どうしたものかと思っていたのですが、
幸か不幸か、結果として時間に余裕ができてしまい、
急遽、どこかに行ってみようかということになりました。

もっとも、今年のクリスマスは、イブの前日の祭日を含めると、
三連休になるということで、どこもかしこも、混み合うことが予想されました。
どこかにでかけても、宿を確保するのはすでに難しいとも思えたのですが、
ヨメは外に出たくてウズウズしていますし、
私も、この時期を家で過ごすのは、もったいないように思えましたので、
とりあえず、見切り発車的に、出掛けてみることにしました。
出動車はヨメのプジョーです。
当初は目的地も定まらなかったのですが、連休中の天候が恵まれているという、
愛知県蒲郡市方面へと行ってみることにしました。

道は、クルマの数こそ多いものの、渋滞などもなく、
比較的スムーズに走ることができました。
こうして、走ることおよそ一時間半、当面の目的地である蒲郡市に到着。
しかし、やはりというべきか、ラグーナ蒲郡のあたりは、
かなり渋滞しており、駐車場に入るためのクルマが、長い列を成していました。

もともと辛抱強くない私たちは、クルマの列にうんざりしてしてしまい、
蒲郡の誇る遊興施設であるラグーナを、あっさりパスしてしまいました。
が、そうすると、他にいくところもないわけで、
とりあえずお昼ゴハンを食べ、またしても、さて、これからどうしよう、と、
作戦会議となってしまいました。

そこで、ヨメがスマホでいろいろ調べると、
静岡県の浜松市であれば、当日の宿も取れるというのです。
蒲郡市から浜松市へは、一般道を使っても、蒲郡市から一時間と少しで行けますし、
途中の国道1号線は、広く海沿いを走っており、
好天であれば、絶好のドライブコースです。

そんなわけで、なんとも行き当たりばったりな感じですが、
浜松市方面へと向かってみることにしました。

ちなみにこの日、前回モネの池にいったときと同じように、
またしても愛用のデジカメを家に忘れてきてしまい、大後悔!。
結局、また、スマホでの写真撮影となってしまいました。
ホントにアホです。

と、そんなことは忘れて、夕暮れのなか国道一号線を快適にドライブし、
(といっても、運転はヨメがしていましたが…)
いよいよ、浜松市へ到着…、かと思いきや、
その直前、かなりの渋滞にあってしまいました。
路上をノロノロと進むうちに、やがて日も暮れてしまい、イブの夜になってしまいました。
そういえば、以前も、浜松市に入ろうとして、渋滞にあったかと思います。
どうやら、この街に入るルートは、慢性的に渋滞しているようですね。

浜松市内のホテル

辛抱強く渋滞を乗り越え、ようやく予約したホテルに無事到着。
それにしても、こうしてホテルがとれたのは、まさに僥倖といってもいいかもしれまん。

ホテルからプレゼント

しかも、ホテルからクリスマスプレゼントもいただきました。
これにも大感激です。

浜松のイブ

チェックインをすませたあとは、浜松の街に繰り出してみました。
浜松の夜は初体験です。
イブの夜ということもあるのでしょうが、街はにぎやかで、
わが街岐阜市よりも、よほど活気がありました。
駅周辺をブラブラしたり、大型の家電量販店を覗いたりと、
とても楽しく過ごしました。

Xマスツリー2016

食事は、浜松の駅近くにあるメイワンというビル内の、
『とろろや』というところでとりました。
イブにとろろというのもヘンですが、なにしろもう年ですので、
健康志向に走ってしまいました。

とろろめし

麦ご飯にとろろ汁をかけていただくようになっています。
そこに、とろろの海老ネギ焼きをチョイスして、まさにとろろづくしにしてみました。
ヨメは六種の彩り膳を注文。
お酒も交えて、浜松の夜をチョー満喫です。
満喫しすぎて、おなかのことも考えず、さらにいろいろと注文してしまい、
食べ過ぎてしまいました。

家康くん

夜も更けてから、あたりを散歩。
街のそこかしこに、
来年の大河ドラマである『おんな城主 直虎』ののぼりや看板があり、
早くも、盛り上がっていました。

というわけで、当初はどうなることかと思った今年のイブでしたが、
とても楽しく過ごすことができました。

次の日も絶好の好天。
というわけで、ホテルからもほど近い、浜松城に行ってみることにしました。

浜松城は、徳川家康が18年の長きに渡って居城にした城であり、
武田信玄との戦である、いわゆる「三方原の戦い」は、
この浜松城時代に起こりました。

家康公像

こちらが浜松城のすぐしたにある、徳川家康像です。
それにしても、私は、今年、石田三成にまつわる場所を数多く訪れましたが、
こうして、家康のゆかりに場所にもきているわけで、
なんとも節操のない史蹟巡りをしているような気もします。

浜松城

こちらが浜松城の全景です。
それにしても、この日は、雲ひとつない好天で、
12月にしては思いのほか暖かく、途中で上着を脱ぐくらいでした。

城の入場料は200円とリーズナブルです。
しかも、場内には、解説をしてくれるガイドの方もいらっしゃって、
またしても、長々と話し込んでしまいました。
(ヨメはいつものことと、もうあきれています)

この城は、昭和33年に復元されたものだといいます。
そのさいに参考にされたのが、越前の丸岡城だったそうです。
現在の城の姿は、かつての姿を反映はしておらず、
考証的には、疑問の残るものだそうです。
歴史的な価値があるものは、野づら積みの石垣だけだそうです。

また、かつて存在した本丸は、
この場所から少し東にあたるところにあったそうで、
その建物も、どのような姿であったのかは、いまではわからないといいます。

城のなかの展示は、やはり、三方原の戦いにまつわるものが多く、
武田軍の進撃ルートや、戦いのさいの双方の陣形などが、解説されていました。
また、築山殿事件に関する展示などもあり、とても興味深く拝見させていただきました。
(三方原の戦いは、徳川が大敗を喫したものですが、それでも、
 有名な戦ということで、多くのスペースをさいて展示がなされていました)

結城秀康や、二代将軍になる徳川秀忠は、この浜松城で生まれたといいます。
ちなみに、徳川秀忠といえば、大河ドラマ『真田丸』で、星野源さんが演じていましたが、
ガイドの方と、星野源さんの話題で、ひとしきり、盛り上がってしまいました。
さすが、ヒラマサさん!。

馬上筒

城の二階にも展示品が多数ありました。
そのなかにあった銃のなかに、真田丸にも登場した、馬上筒がありました。
もう、興味津々です。

というわけで、またしてもミスマッチですが、
クリスマスの一日を、浜松城で思いっきり堪能してきました。
来年は、直虎の史蹟巡りをしたいなと思う次第です。



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