大垣城

猛暑が続いているこの夏ですが、
そんななか、岐阜県大垣市にある『大垣城』に行ってきました。
この城は、関ヶ原合戦の直前に、石田三成、大谷吉継ら西軍の諸将らが、
入城した、西軍の本拠地となった場所でもあります。
東軍の出方次第では、天下分け目の合戦は、
関ヶ原ではなく、この大垣城になっていたかもしれない、という、
なんとも戦国ロマンをかき立てる城でもあります。
この城は、我が家からはかなり近場なのですが、
いままで、行く機会がなく、お盆のこの時期、ちょっと立ち寄ってみようと、
今回は珍しく、ひとりで出掛けてみました。

大垣城は、大垣市の町中にありますが、付近には有料駐車場しかなく、
城の南東にある『奥の細道 松尾芭蕉結びの地記念館』という施設の、
すぐそばの駐車場にMINIを入れることにしました。
この駐車場は無料で、城からは少し離れるものの、大垣市を観光するには、
最適の場所といってもいいかと思います。

この日は8月14日、朝からジリジリとした陽射しが照りつけており、
MINIを出した午後2時半頃は、まさに、一日のうちで、
最も暑い時間帯でもありました。

今回は短いドライブとはいえ、エアコンのないMINIに乗るのはかなりつらく、
しかも、街中のドライブとなるため、信号での停止も多く、
水温計の上がり具合にも気を使いました。
そんなわけで、この熱気のなか、ヒーター全開でのドライブとなりました。

炎天下の中

こちらが、松尾芭蕉結びの地記念館そばの駐車場です。
MINIに乗っていたのは20分ほどでしたが、それでも、
もう汗でぐっしょりになりました。
ただ、MINIは、厳しい環境の中でも、快調に走ってくれました。
どんな季節でも、健気に走ってくれるMINIには、いつも感謝です。

ちなみに、この駐車場は、一般車両は無料ですが、
中型、大型車は、有料とのことです。

大垣市の川

すぐそばには、水門川という川が流れています。
この川は、水量はさほど多くはなさそうですが、
川の周囲は石垣で囲まれ、また、並木道もあり、
とてもいい雰囲気です。
川面には船も停泊しています。
このあたりをしばし見学したい思いでしたが、
それはひとまずあとにして、とにかく、城へと急ぐことにしました。

ほどなくして、城のある大垣公園に到着。
岡崎公園にいったときもそうでしたが、ここでも、どうやら、
ポケモンGOをやっている人を多数見かけました。

戸田氏鉄公像

こちらは、大垣藩藩主である戸田氏鉄 (とだうじかね) 公の銅像です。
戸田氏は、江戸幕府が発足した当初から、代々に渡って大垣藩主を勤め、
明治維新後の版籍奉還のときまで、ずっとその座を守ったといいます。

復元された天守

そしてこちらが、大垣城の天守です。
天守は、幕末、明治、大正、昭和の時代も維持され、
まさに街のシンボル的な存在であったといいます。
ですが、昭和20年7月末の大垣空襲により焼失してしまい、
現在の天守は、復元されたものです。
激動の時代をくぐり抜けてきた天守が、空襲によって焼失するとは、
なんとも残念としかいいようがありません。

この城は、2010年に改修工事が行なわれたらしく、
より昔の姿に忠実な外観になったとのことです。

城は有料で見学できますが、入場料はなんと100円。
復元天守とはいえ、すごくリーズナブルな価格設定ですね。
ちょっとうれしいです。

受付でたしかめたところ、城の内部は撮影してもよいとのことでした。
というわけで、今回もまた、あちこちにカメラを向けちゃいます。

居並ぶ具足

こちらは、威圧感もたっぷりに展示された具足類です。
どうやら、複製品などではなく、オリジナルの品のようです。

こうした展示品を交え、まずは関ヶ原の合戦の解説が、
壁面の展示バネルを使って行なわれていました。
パネルは複数に渡り、時系列に沿って順に事の顛末が記されています。

展示パネル

パネルの解説文は、公正な立場で記されていると思われますが、
なんとなく、石田三成寄りの立場で書かれているような気がしました。
秀吉の死後、徳川家康の専横ぶりには目にあまるものがあり、
これにたいし、義を通して立ち上がったのが三成、である、
と、そんな感じに、私には見受けられました。
(でも、まあ、実際、そのとおりなんでしょうが…)

杭瀬川の戦いジオラマ

また、関ヶ原の合戦の前哨戦として行なわれた、杭瀬川の戦いについて、
大ジオラマを交えた、詳しい展示がなされていました。
この戦いについて、私はほとんど何も知らなかったのですが、
こうした、西軍勝利の戦闘の様子を、詳しく解説しているところなども、
なんとなく、三成寄り、西軍寄りの展示のような機がしないでもないです。

二階は、藩主戸田氏の歴代の肖像画や、
江戸時代の大垣の街の様子や暮らしぶりなどを、展示してありました。

天守最上階

こちらは最上階です。おもいのほか狭いのですが、
さすがに眺めはよかったですね。

というわけで、大垣城をじっくりと見学してきました。

その後は、来た道を戻り、MINIを止めた駐車場へ。
ここでようやく、水門川の周辺を散歩してみました。

奥の細道むすびの地記念館

また、奥の細道結びの地記念館にも行き、喫茶スベースで、
しばし、まったりとお茶を飲んできました。

というわけで、じっくりと城や街を見学したのですが、
城のそばにあった郷土館は、時間の関係で、見学をあきらめてしまいました。
こちらも入場料が100円とのことで、近いうちにまた、
見学にいきたいなと思っています。

お疲れさまのMINI

暑いなか、MINIもお疲れさまでした。
もう少し涼しくなったら、今度は、遠出したいものです。




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コントラバス

さて、ちょっと間があいてしまいましたが、前回の続きです。
岡崎公園を堪能したあと、駐車場のそばにある『りぶら』という、
真新しい施設に、ちょっと立ち寄ってみることにしました。

岡崎公園を案内してくださったガイドさんから、
近隣にある「大樹寺」に行くことを進められ、
実際、私自身も行ってみたかったのですが、おもいのほか、
岡崎公園でゆっくりと過ごしてしまい、
大樹寺を見て回るには、いささか、時間的に遅くなってしまいました。

そんなわけで、大樹寺は次回のお楽しみということにしましたが、
まだ日は高く、このまま帰るには名残惜しいということで、
今回は、すぐ近くにある、
このりぶらという施設に、足を向けてみたという次第です。

りぶらというのは、岡崎市の図書館であり、同時に、
ホールや会議室などを備えた、多目的交流施設のようです。

りぶら全景

私たちがクルマと止めたこの駐車場は、
もともとは、このりぶらの駐車場だったようです。
岡崎公園の駐車場が満杯になると、りぶらの駐車場に案内するように、
なっているみたいです。
この場からは、りぶらがひときわ目立って見えます。

りぶらエントランス

こちらがりぶらのエントランスです。
曲線と直線を交え、より奥行きを感じさせる、モダンなデザインとなっています。
カフェやコンビニも入っているようで、写真では人の姿が少なく見えますが、
実際には、大勢の市民たちで賑わっていました。

中に入ってからも、その立派さ、モダンさには驚かされます。
広々としたエントランスホールからは、
ガラス張りになっている図書館の蔵書フロアを、一望のもとに見渡せます。
わが町岐阜市の市立図書館も、モダンな建築ですが、
このりぶらのほうが、ずっと規模が大きそうです。

しかも、この施設内には、
『内田修ジャズコレクション展示室』というスペースがあります。
岡崎市はジャズの振興にも力を入れているとのことですが、
この展示スペースは、そうした取り組みの一環なのかもしれません。
展示スペースは入場無料とのことで、ヨメともどもさっそく入ってみました。

私は、ほぼ毎日、ジャズを聴いていますが、
ジャズに関する知識は乏しく、内田修という人についても、
お恥ずかしい限りですが、まったく存じ上げません。
説明文によると、内田さんは、ジャズについて、とても造詣の深い方で、
なおかつ、日本のジャズ界の発展に大きく寄与した方だそうです。

ちなみに、このスペースは、無断で撮影ができません。
撮影をしたい場合は、受付にて、その旨を申し出て、
必要書類に名前等を記入する必要があります。
ですが、それさえ行えば、撮影許可票を受け取ることができます。
というわけで、許可証を首からぶら下げて、
もう、手当り次第にカメラを向けちゃいます。

視聴コーナー

こちらは、ジャズの視聴スペースです。
目の前にあるレコードジャケットの曲を、すべて聴くことができます。
もちろんさっそくトライ。
目の前にならぶLPレコードは、知らないものも多くありました。

ここでよかったのは、
ヒルトン・ルイスという奏者の「ピアノマン」というアルバム。
この人は知りませんでした。
あとは、ケニー・ドーハムもよかったです。
CD、欲しいです。

ジャズ雑誌の展示

また、ジャズ雑誌の展示や、コントラバス、ドラムなどの
楽器の展示などもありました。

レコードコンサート用フロア

こちらのスペースでは、毎日、レコードコンサートが行われているようです。
プログラム表もありました。
どうやら、レコードコンサートは一日に2回ほど行われるようですが、
この時間は、コンサートはやっていませんでした。
残念です。

それにしても、こんなスペースが、岐阜市図書館にもあったらと、
もう、ちょっと悔しい思いです。

クール・ストラッティン

レコードジャケットのディスプレイもありました。
左上にShoesと銘打たれていることから、おそらくは、
靴をモチーフにしたジャケットばかりを集めているようです。

このなかで、いちばんカッコいいのは、
ソニー・クラークのクールストラッティンですね。

古いレコード

古いジャズのレコードの展示もありました。
シンプルなジャケットが新鮮です。

大きなレコード

こちらは、大判のレコードということです。

というわけで、内田修ジャズコレクションをしっかり見学させていただきました。
今度は、レコードコンサートをやっているときに、また、
ぜひ、お邪魔したいものです。

そのあとは、
りぶら施設内をウロウロしてみました。

階下には、岡崎市の昭和の生活を展示したスペースもあり、
こちらもまた、見学してきました。
(撮影可能かどうか、わかりませんでしたので、写真はありません)

というわけで、岡崎公園を含め、
岡崎市で、とても有意義に過ごすことができました。
また、ぜひ、いってみたいです。



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岡崎城

まさに夏真っ盛りとなった先日の日曜、
愛知県岡崎市にある『岡崎公園』へ行ってみました。
この公園は『岡崎城』の城郭跡地に設けられたもので、
園の中心には、復元された天守閣を見ることもできます。
しかもこの地は、徳川家康生誕の地としても広く名を馳せており、
まさに、岡崎市の誇る、名所、旧跡の、
筆頭格といっていい場所ではないかと思います。

かねてから、この岡崎公園には、
ぜひとも行ってみたいと思っていたのですが、
岡崎市周辺には行くことはあるものの、
なかなか、園そのものに立ち寄る機会がなく、
家康没後400年になる今年、ようやく念願がかなうこととなりました。

飛騨高山に住んでいた頃は、
岡崎市ははるかな南でしたが、岐阜市に住んでいるいまでは、
それほど遠方というわけでもなく、国道23号、国道1号を、
うまく乗り継いで使えば、お昼前には着いてしまいます。

今回の出動車はヨメのプジョー。
なにしろ暑いので、エアコン完備のクルマで行くこととなりました。
(MINIで出掛けると、汗でドロドロになってしまいますので…)

プジョーでドライブ

岡崎公園に着いて、駐車場にクルマを入れようとしたのですが、
あいにく、場内は満車。
そのため、近くにある別の駐車場へと案内されました。

このあたりは、駐車場に恵まれているようで、
好天の日曜といえども、スムーズに駐車できました。

岡崎公園へ

駐車場から公園まで、歩いてほんの数分の距離ですが、
それでも、ジリジリと照りつける強い日差しに、
ちょっと閉口する思いです。

というわけで、日差しをうけつつも、公園内に無事到着。
園内はたいへんなにぎわいですが、歩く人も、ベンチなどに座る人も、
みんなスマホを見ているようで、どうやら、
ポケモンGOをやっているのではないかと思われます。

それにしても、ここまで多くの人が、一様に、頭を垂れ、
スマホの画面に眼を落としているのは、
ちょっと異様な光景のようにも思えました。

園内の売店のとなりには、
観光案内所があり、その手前に置かれた看板を見ると、
ガイドさんが園内を説明しながら回ってくれるとの告知があります。
しかも、ガイドさんは無料だそうですので、
さっそく、案内所に行って、ガイドさんをお願いすることにしました。

というわけで、まずは入口の大手門まで戻り、
そこから、解説がスタートとなりました。

復元された大手門

この大手門も、天守同様、後の時代の復元物だそうですが、
以前の大手門は、現在の位置よりも、さらにずっと東にあったとのことで、
城郭の広大さをいまさらながら思い知らされます。

若き家康の像

こちらは家康の像です。
家康像はふたつあり、直立状態の像はよく知られた晩年のもので、
こちらの馬上の像は、駿河の今川家より、
人質の身を解かれて三河に戻ってきたときのものだそうです。

徳川家康の幼少期を語るうえで、
人質生活を強いられたというエピソードは欠かせません。
当時の三河は、今川義元の保護領的な状態にあり、
そのような弱い立場ゆえ、家康は今川に人質に出されることとなります。
ところが、幼い家康は、その道中、尾張の織田に奪われるかたちで、
あろうことか、織田の人質となってしまいます。
その後、今川家と織田家との人質交換で、家康は今川に送られ、
当初の予定通り、今川の人質となるわけですが…。

家康が天下人になれたのは、この人質時代の経験があったからだ、
と、ガイドさんはおっしゃっておられました。
幼い家康は、今川の人質となっていた時期、
今川家に仕える禅僧であった太原雪斎 (たいげんせっさい) から、
さまざまな教育を受けたといいます。

太原雪斎といえば、
今川義元を『海道一の弓取り』に育て上げた人物でもあったかと思います。
であるならば、今川家は、幼い家康をかなり厚遇したのではないかと思います。
家康に、義元と同じ『元』の字を与え、元信と命名していることからも、
今川家は、人質とはいえ、家康をとても丁重に扱ったのではないでしょうか…。
苦労人として知られる家康ですが、幼い日の人質生活においては、
それほど劣悪な環境ではなかったのではないかと、
詳しい事情を知らない浅学な私は、単純にそう思ってしまいます。

本多平八郎忠勝

こちらは、徳川四天王のひとりである、本多平八郎忠勝のものです。
いさましい像ですが、この場に先日、大河ドラマ『真田丸』で、
本多忠勝を演じている、藤岡弘、さんがきていたそうです。
なんでも、この像をひとりでじっと見ていらっしゃったといいます。
ガイドさんは、感激のあまり、藤岡さんにお声をかけようとしたら、
NHKのスタッフに止められたといいます。
どうやら、番組のロケだったようです。

産湯の井戸

こちらは、家康が生まれたさいに、
産湯を汲み上げたと伝わる井戸です。
ここで、250余年にわたる徳川幕府を築く家康が、
生を受けたのかと思うと、なんとも感慨深い思いです。

空堀

こちらは城の周囲にある空堀です。当時から空堀だったそうですが、
いまでは堆積物のせいで少し浅くなっているそうで、以前はもっと深かったといいます。
ところどころ、石垣も見受けられますが、組み方には、
荒々しさを感じます。

美しい石垣

こちらの石垣は、時代としては、
慶長、元和、もしくはもっとあとの時代のものだということです。
石の組み方は、空堀のものと違ってとてもきれいです。

夫婦で記念撮影

また、ガイドさんには、ところどころ、私たちの写真も撮っていただきました。

ガイドさんには、30分コースということで、お願いをしていましたが、
気がつけば、30分を大きく超えていました。
炎天下のなかではありましたが、やはり、説明を聞きながら各所を回れるというのは、
たいへん有意義で、しかも、見過ごしてしまいがちな場所にも、
強い興味や関心を寄せることができました。

というわけで、夏の日差しを忘れるほど、熱中していましたが、
ヨメはといえば、フラフラで、いまにも倒れそうになっていました。

武将隊の演目

ちなみにこの日は、武将隊のみなさんが、イベントを行っており、
猛暑をものともせず、華麗な舞を見せてくれました。
でも、若いとはいえ、さすがにキツそうでした。

徳川館

その後は、園内にある徳川館という資料館へ。
この施設では、JAF割引が効きますので、会員証をお持ちの方は、
受付で提示することをお勧めします。

館内は、徳川家の成り立ちから、家康のエピソードなどを順を追って、
パネルや展示物を交えて、紹介しています。
ただ、展示そのものは、会場のスペースの問題もあるかと思いますが、
意外と淡白で、もう少し、詳しい説明があってもいいのかな、と、
思いました。

築山殿事件の顛末や、本能寺の変のあとの伊賀越えの詳細、など、
家康にまつわる有名なエピソードについて、より詳しく知りたいと思ったのですが、
それらは、わずかな文章で説明してあるだけで、
いささか、物足りなさを感じてしまいました。
(館内は撮影禁止ですので、写真はありません。すみません)

一方で、関ヶ原の戦いについては、
大規模なジオラマでの展示があり、こちらは、見応えがありました。
しかも、このジオラマは各部隊が電動仕掛けで登場するようになっており、
合戦の日の戦況を順を追って知ることができます。

が、であるならば、もう少し、大坂冬の陣、夏の陣などについても、
展示してほしかったです。
(もっとも、このとき、徳川方は、真田に手痛いめに合わされたわけですし、
 徳川にとって不名誉な記録は、あまり展示したくないのかもしれません)

騎馬武者になってみた

館内は撮影禁止と書きましたが、この体験コーナーだけは、撮影OKです。
というわけで、騎馬武者になってみました。
(チョーよわっちい騎馬武者です)
ほんとうは、騎馬の脇にあった兜をかぶってみたかったのですが、
兜には子供たちが鈴なりになっており、かぶることができませんでした。
残念です。

こうして、終日、岡崎公園を満喫してきました。
梅雨明けの夏本番の一日を、とても楽しく過ごすことができました。
ガイドさんにも感謝しております。

そしてこのあと、
岡崎市の「りぶら」というところに立ち寄ってみたのですが、
その模様は、また次回、ご紹介したいと思います。



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