
さて、前回に引き続き、
今回も、中国発の大作SF小説『三体』のネタを取り上げてみたいと思います。
完結編である『三体III 死神永生』は、前作の黒暗森林と同様、二巻構成となっており、
そのボリュームは、一巻だけで、最初の三体とほぼ同一なっています。
(つまり、死神永生は、最初の三体の倍のボリュームがあるということです)
三体は、本国で空前のヒットを記録した後、英語に翻訳され、
アメリカを含む英語圏でも大きな功績を残しました。
しかし、日本語版は、本国語版や英語版よりも、少々発売が遅くなってしまいました。
ですが、ようやく、三体の完結編を、日本語版で読むことができるようになりました。
まさに、感無量、という感じですね!。
出版までに時間がかかったぶん、翻訳は、日本の作家が書いたのではないかと思うほど、
とても読みやすい文体となっています。
あまりにも期待が高かったためか、
三体III 死神永生のページをめくると、なんだか読んでしまうのがもったいないような……、
この長い物語が終わってしまうのが、さみしいような、
そんな気持ちもなってしまいましたが、
一気に……、しかも愛おしむように、読み進めました。
今年、この先もさまざまな小説を読むかと思いますが、
この『三体III 死神永生』が、2021年のベストかなと、すでに思っています。
また、今回も、前作と同じように、物語の主人公が入れ替わります。
前作『三体II 黒暗森林』では、社会学者で面壁人である羅輯(ルオ・ジー)が主人公でしたが、
今回は、若き女性航空宇宙エンジニア、程心(チェン・シン)が、物語を担っていきます。
ハードカバーに付属している主人公一覧表を見た時、私は、程心という人物は男性なのかと、
思っていましたが、なんと、女性だったんですね。
日本人である私には、この程心という名が、女性らしい名なのかどうか、
わかりませんでした。
それにしても、三体を読み始めた当時は、登場人物の名前を覚えるのに、
ほんとうに、とても苦労しましたが、三体III 死神永生まで読み進めてくると、
かりに初登場の人物であっても、名前を覚えるのがずいぶんと楽になりましたね。

さて、今回のストーリーですが……。
前作『三体II 黒暗森林』では、抑止紀元まで時間が進みましたが、
今回は、いったん、危機紀元の最初の頃(危機紀元4年)まで、時間が遡ります。
この時期は、面壁計画が進められる最中にあたりますが、その裏で、
惑星防衛理事会は、直属の諜報組織PIAを結成し、階梯計画という極秘計画に着手しました。
この計画は、人間を載せた探査機を、三体艦隊に送り込む、というものです。
PIAに、航空宇宙技術の専門家としてリクルートされた、美貌の若きエンジニア、程心は、
画期的なアイデアを用いて、探査機の推進方法を編み出します。
ところが、宇宙帆船ともいえるこの探査機には、
人間の『脳』しか、搭載できないことが判明します。
程心は、学生時代の知り合いで、影の薄い無口な男『雲天明』を、搭載者に推薦します。
というのも、雲天民は、末期の肺癌患者で、余命いくばくもない身でした。
しかし、この天明は、程心を心密かに想っており、恒星を購入して、
程心に匿名でプレゼントしていたのです。
ところが、死亡後の天民の脳を載せた探査機は、予想外のトラブルに見舞われ、
本来のコースを逸脱し、宇宙をさまようこととなってしまいました。
程心は、その後、階梯計画の未来連絡員として、冬眠に入ります。
それからおよそ60年後、程心は目覚めます。
かつて雲天民からプレゼントされた恒星が高騰し、程心は予期せぬ大金持ちとなりました。
程心は、得た資金を元に、宇宙企業「星環」を設立し、未来世界で知り合った若い女性AAに、
経営を任せます。
この時代の地球は、羅輯が命がけで成し遂げた『抑止』により、
三体世界との、文化、および技術交流が進んでいました。
羅輯は、三体世界の座標を全宇宙に知らせる、重力波アンテナのスイッチを握っており、
三体世界も、羅輯がそのスイッチを握っている限り、
安易に人類に攻撃をしかけることはありませんでした。
羅輯は、地球、三体のふたつの文明の命運を担うものとして、執剣者(ソードホルダー)と、
呼ばれていました。
しかし、羅輯はすでに高齢で、人類は新たなソードホルダーを必要としていました。
その候補として名が挙がったのが、若き美貌のエンジニアで、
星環のオーナーでもある、程心でした。
程心のソードホルダー就任は、全世界の人から支持され、祝福されます。
が、程心がソードホルダーを引き受けた瞬間、三体世界が、人類に牙を剥きます。
程心は、三体世界を宇宙に晒す重力波アンテナのスイッチに手をかけるのですが……。
さて……、この先は、ネタバレを含みますので、
まだ『三体III 死神永生』を未読の方は、スルーしてくださるよう、お願いいたします。

最初の『三体』のラストで、人類の未来に絶望したナノマテリアル研究者『王淼』は、
史強に、イナゴの大軍を見せられ、虫けらの強さを痛感させられます。
三体世界から虫けらと侮られる人類ですが、王淼は、その虫けらの強さを見せてやる、
といった気概を抱き、物語は幕を閉じます。
そして、続く『三体II 黒暗森林』で、
面壁人羅輯は、暗黒森林仮説を発見し、見事に三体世界を交渉の場に引きずり出しました。
虫けらの気力と底意地、気概を、最後の土壇場で見せたわけです。
ところが、この『三体III 死神永生』は、羅輯の努力を水泡に帰す、失敗の物語です。
三体を抑止することにも失敗し、その後、人類の最後の希望であった『光速船』建造の夢も、
自ら絶ってしまい、最終的には、地球はおろか、太陽系すべてを失ってしまうのです。
人類は、艱難辛苦の時間を乗り越えて、最後には、三体世界と宥和する、
などと思っていたら、とんでもない、最悪の結末となってしまったわけです。
しかも、この失敗は、すべて、程心というひとりの若い女性の決断から導き出されました。
しかし、程心の決断には、つねに『愛と優しさ』がありました。
物語の最後、時間の外にある小宇宙に行った程心は、そこで数年を過ごすうち、
この宇宙では、数百億年にもわたる途方も無い時間が流れます。
もし、人類が、三体世界との戦いに勝利したとしても、
これほどの長い時間、文明を維持できたでしょうか……。
おそらく、仮に超高度な文明を築いたとしても、熾烈な恒星間戦争に巻き込まれ、
結局は、破滅したでしょう。
仮に生き延びたとしても、低次元空間に身をやつし、
果てしない喪失の時間を得るだけだったかもしれません。
数百億年という時間スケールになると、文明も、ひとつの生物種の栄枯盛衰も、
まばたきにも満たぬ時間なのかもしれません。
人間の短い一生も、星の一生も、大差ないのです。
そのなかで、程心は、太陽系の破滅という結果を招きはしましたが、
この宇宙に、愛と優しさがあることを、はっきりと残したのかもしれません。

物語としては、『三体II 黒暗森林』のほうが、一発逆転感があり、
しかも、ハッピーエンドで、読み手の溜飲が下がるという感じがします。
一方、『三体III 死神永生』は、重厚な読後感が、いつまでも残ります。

とにかく、エンターテインメント小説といっても、ただ『面白い』だけでは、
いけないんだなと思いました。
作品世界を貫くテーマがあってこそ、物語は生き、人の心に大きな痕跡を残すのだと思います。
とても長い物語で、しかも、ハードカバーを5冊も買わなくてはならにという、
お財布にも厳しいものになりましたが、
(もっとも、地域活性化クーポンのおかげで、実質半額で買えましたが)
その値段以上の価値があると思います。
今後の劉慈欣氏の作品に、大いに期待したいものです。
コチラをクリックしてくださるとうれしく思います。
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