中佐平から高山を臨む

先週の土曜日(7日)、実家で飼っているシーズー犬「モモ」の散歩を兼ね、
城山公園に行ってきました。

この公園は、高山市の中心部にある小高い山にあり、
観光名所となっている上三之町のすぐ東に位置しています。
かつて、この地には、高山城があったといいますが、
その名残は、いまや「城山」という名前だけであり、城そのものは、
すでにもうありません。

私が子供の頃、この城山公園は、「探検する場所」でした。
この公園のある山一帯には、無数の細く急な遊歩道(というか、獣道)があり、
それらを縦横無尽に駆け回っていたものです。

そんな懐かしい遊び場である城山に、足を踏み入れてみました。

雪の残る城山遊歩道

今回、行ってみたのは、城山公園の裏手からです。
まず、城山公園(第一公園)の南に位置する日枝神社方面から、
山道を通って、城山第二公園に入ります。
行けるところまでMINIで乗り付けましたが、雪の少ない冬とはいえ、
さすがにこのあたりの道には雪があり、
しかも、道中、路面を横断する側溝状の溝があったりと、運転には冷や汗をかきました。

道は途中から車輛通行止めになっているので、
そこから先は、モモを連れて歩きます。
(モモははしゃぎます)

月見平

こちら月見平という展望台です。
このあたりは、位置的に東にあたり、
午後は日陰になっていることが多いらしく、そのために雪もまだ多く残っています。

遊歩道を歩き、城山第一公園へと回ると、雪は姿を消してしまいました。
このあと、中佐平という展望所に向かってみました。

広瀬中佐像

こちらが、中佐平にある、広瀬武夫中佐の像です。
前々回、このブログに、
日露戦争にまつわる郷土のモニュメントを、今後、紹介していきたい、
と、書きましたが、こちらが、そのひとつになります。

広瀬中佐は、日露戦争時、
旅順(中国の遼東半島の先にある港湾都市)の港を根城とするロシア太平洋艦隊を、
港のなかに閉じ込めるため、港の出入り口にあたる水深の浅い海に、
老朽艦を自沈させて港を塞いでしまう、いわゆる「閉塞作戦」を実施しました。

旅順港の出入り口となる部分は極めて狭く、数隻の船を沈めれば、
港のなかにいる戦艦のような巨艦は、外海に出られなくなります。

とはいえ、旅順には、港を守るロシアの砲台が多数あり、沈める予定の船を、
港の出入り口に持っていくだけでもたいへんな危険がともないます。

広瀬中佐について

中佐は、船を沈め脱出するさい、部下の杉野上等兵曹がいないことに気づき、
船内を汲まなく捜しました。が、見つからず、やむなく船を脱出しましたが、
そのさい、敵の砲弾の直撃を受け戦死します。

作戦そのものも失敗で、結局、
ロシア艦隊を港に閉じ込めてしまうことはできませんでしたが、
部下を必死に捜す中佐の姿は、たいへんな美談として日本国中に広まり、
「杉野は何処」と、歌にまで唄われました。
このような経緯で、広瀬中佐は、日本最初の「軍神」となりました。

広瀬中佐は、もともと大分県の出身ですが、
ここ飛騨高山に住んでいたこともあり、こうして、広瀬中佐の銅像が、
この城山公園の一角に設けられることとなったようです。
(地元では、この広瀬中佐を、その名から、
 高山市国府町広瀬の出身だと勘違いしている人もいるといいます)

司馬遼太郎の「坂の上の雲」が放映されれば、この銅像を見物に来る観光客も、
さぞかし、増えるのではないかと、私は思っています。

モモちゃん

そして最後に、こちらが、実家で飼っているモモです。
カメラを向けたのが気に入らないのか、ふてぶてしい表情です。

この日、モモは、雪中行軍したため、足下はドロドロ。
しかも、帰りのクルマの中で大暴れしました。




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