秋の高山祭

今週は、勢力の非常に強い台風が東海地方に上陸するとのことで、
私も、ヨメも、戦々恐々としていたのですが、台風の進路が予想より東にずれたため、
ここ飛騨高山では、大雨も強風もさほどなく、平穏無事に過ごすことができました。

当初、台風は、岐阜県北部を通過するとの予報も出ており、
もし、そんなことになれば、2004年の台風のように、当飛騨地方も、
被害を被るのでは、と、心配していたのですが、ここまで平穏だと、なんだか、
肩すかしを食らったようにも思えてしまいます。
(今回の台風で被害を受けた方には、たいへん申し訳ないのですが…)

さて、その強烈台風が過ぎ去ったあと、こちらでは、朝晩、グッと寒くなりました。
もう、ストーブが恋しいくらいです。
気がつくと、陽の落ちる時間も早くなり、秋の深まりを身を持って知るばかりです。

そんな折、秋の飛騨高山祭の日が、今年も、やってきました。
祭は、9日、10日で、9日の夜は、夜祭りが行われます。

当初は、この夜祭りに出掛けてみようかと思っていたのですが、
なにしろ、身にしみる冷え込みに気持ちが萎え、結局、10日の昼に、
出掛け見ることとなりました。

高山祭は、春(4月14?15日)と、秋(10月9?10日)があり、
それぞれ、祭の行われるエリアが異なります。
春の祭は、日枝神社の祭で、おおまかに大別すると、
市街地の南側が祭のエリアとなります。
秋の祭は、桜山八幡宮の祭で、こちらは、市街地の北側が当該地区となります。

今日の午後、市の中心部へと出掛けてみたのですが、
さほど、道路は渋滞しておらず、比較的、スムーズに走ることができました。
(シルバーウイークのほうが、はるかに道が混んでいました)
ですが、市の中心部へと行くほどに、しだいに、クルマと人が多くなってきました。

というわけで、クルマは市内にある実家の駐車場に置き、そこから先は歩いて向かいます。
予報では、天気は曇りとのことでしたが、空には青空も覗き始めました。

屋台曵き揃え

ほどなくして、祭の行われている桜山八幡宮へ到着。
ここでは、山車(地元では屋台と呼んでいますが)の曵き揃えが行われていました。
郷土愛の薄い私ですが、この屋台の絢爛豪華な姿を見るにつけ、誇らしい思いがします。

桜山八幡宮

桜山八幡宮の境内では、からくり人形の奉納が行われているとのことでしたが、
見物客があまりにも多く、さらなる人の流入を防ぐためか、通行止めになっており、
残念ながら、奉納行事を見ることができませんでした。

すごい人出

それにしても、このあたりは、すごい人出です。
身動きするのも、ちょっとつらいくらいです。
折しも、日が差し、人の多さもあってか、ちょっと暑いくらいでした。

古い町並み

というわけで、祭見物をそこそこにして、今度は、高山の古い町並みへ。
こちらも、やはり、かなりの人出です。

古い町並みは、春祭のエリアのため、今回の祭では、とりたてて、
イベントはないんですが、やはり、この場所は、
高山観光の目玉として、多くの観光客を集めているようです。

軍神広瀬中佐居住地跡

さて、クルマを止めた実家へ帰るその帰り道、
偶然にも、広瀬武夫中佐の居住地跡を示す石碑を発見しました。

広瀬中佐とは、
日露戦争時、旅順港閉塞作戦に参加して戦死した、日本軍人最初の「軍神」です。
司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」には、広瀬中佐についての詳しい記述が
数多くなされています。

広瀬中佐について書いた以前の記事はコチラ

広瀬中佐は高山市出身ではありませんが、勤める父親の転勤で、
幼少期をここ高山で過ごしていおり、坂の上の雲にも、そうした記述がされています。

石碑のあるこのあたりは、一本杉神社と呼ばれる神社の手前で、
私の子供の頃の遊び場でした。
おそらく私は、この石碑を、小さい頃から見ていたはずなのですが、
当時は、当然のことながらその意味にまったく気づかず、それどころか、
石碑の存在すら意識していませんでした。

いまになって、こうして、私の身近にあったはずの石碑を、
特別の感情を持って見直していることに、なんだか、不思議な思いがするばかりです。

機会があったら、この地で、広瀬武夫少年がどのように過ごしていたのか、
調べてみたいものです。





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コメント

高山祭りは晴れてよかったですね。
冷え込みにはまいって、今夜はストーブをたきました。

私は午前に祭り見物に行きました。
春の屋台は優美で、秋の屋台は個性的と勝手に思いました。
どうしても、自分の地域の方にひいきになります。
こういう気持ちがあるからお互いに張り合って豪華なお祭りになったのかもしれません。

広瀬中佐の居住地については、社会教育の歴史探索で勉強しました。
この石碑の前を通って買い物に行きます。いつも全く意識の外です。

ねさま│URL│10/11 22:00│編集

ねさまさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。今朝もちょっと寒いですネ。

祭の日(10日)、天気予報では曇りでしたが、晴れてよかったです。
屋台も、秋の日差しの中で、輝いているようでした。
もっとも、僕も、自分の地域のほうがひいきになるせいか、
春祭のほうが、好きです。

それから、広瀬中佐のことを、社会教育の歴史探索で勉強する、なんてことが、
あったんですか。
僕たちのときには、そうしたことは、まったくなかったように思います。
ただ、先生から、雑談として、広瀬中佐と、
広瀬中佐が戦死した旅順港閉塞作戦の話を聞いたことがあります。
(作戦そのものは失敗だったのに、先生の話では、広瀬中佐のおかげで、
 あたかも作戦が成功したかのような印象でしたが…)

ねさまさんは、この石碑の前をいつも通るんですか。
僕も、子供の頃は、この石碑の前あたりを、いつも通っていたはずです。
見慣れた町の一角を大人になってから見つめ直すのも、
また、楽しいものですネ。
KEN│URL│10/12 09:57│編集
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