1Q84

いまさらながら、ようやく1Q84を読み終えました。
(もっとも、読み終えたのはちょっと前の話ですが…)

思えば、このハードカバーは、すでに七月から手元にあったわけですが、
今に至るまで、我が家の机の片隅に、ただひたすら置かれていました。

というのも、私は、結婚を機に読書量が減ってしまい、
(私が本を読むと、ヨメはいつもジャマしますし…)
なんと今年は、坂の上の雲と、この1Q84だけが、完読できただけです。
ちょっと情けない限りです。
読みたいと思う本は、たくさんあるんですが…。

さて、話は余談になりますが、
私がはじめて村上作品を読んだのは、あの大ベストセラーである「ノルウェイの森」です。
あのころ、私は名古屋に住んでいたのですが、
鮮やかな赤と緑のハードカバーが、市内のどの書店に行っても、
たくさん平積みになっており、そのビビットな装丁に、いやがうえにも目を奪われました。
そんな斬新な装丁もあってか、本書は、マスコミでも大きく取り上げられていて、
当時は、一種のトレンドアイテム的な扱われ方をしていたように思います。
地下鉄のなかで女の子が読んでいる本をふと目をやると、ブックカバーの下に、
鮮やかな赤(あるいは緑)を見かける、なんてことも、何度かありました。

そんなわけで、私も、この二冊を買い求めたわけですが、
その行動の動機は、多分にミーハー的なものだったといわざるを得ません。
読後、このノルウェイの森がいたく気に入った、というわけではなかったのですが、
作品の印象は、長く私のなかに残ることとなりました。
37歳の僕が、ジャンボジェットの機内で、
流れてきた「ノルウェイの森」のBGMを聞きながら、直子の横顔を思い出す冒頭の場面、
20年以上経たいまでも、印象深く憶えています。

このノルウェイの森との出会いをきっかけに、その後、村上作品に興味を持つようになり、
「羊を巡る冒険」と出会うことで、続けて読むようになりました。

1Q84中身

話を1Q84に戻しますが、アフターダークを読んでいない私にとって、
1Q84は海辺のカフカ以来の長編村上作品です。
あくまで個人的な感想ですが、いまひとつのめり込めませんでした。
理由はいろいろあるのでしょうが、村上寓話の既視感に、
もはや新鮮さを憶えなかったのかもしれません。
(ねじまき鳥クロニクルはとても没入できたのに…)

そして今回の1Q84ですが、最初、私は、この作品も、
いわゆる「僕」によって語られる物語だと思っていました。
しかし、本作は一人称で描かれておらず、まず、その点が驚かされました。
しかも、文体も、いつもより固く感じられたものです。

ただ、ストーリーの運び方は、カフカよりずっと洗練されているように思います。
冒頭からスリリングな展開で、読者を惹き込みます。
そして、交互に語られていく、何の接点も見いだせないふたつの物語が、
しだいにクロスしていきます。

エンターテインメントとしてもかなり面白く、
村上春樹は卓越したストーリーテラーでもあるのだと、再発見する思いでした。
しかも、それぞれの章のバトンタッチの仕方も巧みであり、
文章も、美しく洗練されていると思います。

この作品は実在する団体などがモデルとなっており、
現実味のある世界観の構築がなされていますが、村上春樹的エレメントも、
やがては随所に表れてきます。
リトルピープル、ドウタ、マザ…。
リアルな世界と思えたものが、いつしか、
ここではない別の世界に入り込んでいきます。

村上春樹は、これらエレメントに、意味付けはあえてしていません。
本文中の言葉を借りれば、
「説明しなければわからないということは、説明してもわからない」
ということなのでしょう。
が、読み側の思索は、さまざまに広がっていきます。

そも、リトルピープルとは何なのか…。
それは、人類誕生の時から存在していたと劇中では記されています。
彼らは、何らかの意図を持って、民衆のなかから「声を聴くもの」を選出し、
人の歴史に踵を合わせつつ、密かに活動しているように思えます。
リトルピープルの描写から察するに、彼らはどこかひょうきんで、
楽しげな雰囲気を持っていますが、その言動には、たえず恫喝が込められています。
そしてなにより、彼らの企みは、なにか薄暗いものがあり、不吉です。
が、劇中、彼らは悪と決めつけているわけではありません。

ひょっとすると、リトルピープルとは、
人類という種の「ドウタ」的なものなのかもしれません。
人とリトルピープルも、ドウタとマザと同じように、
表裏一体の関係にあるのではないでしょうか。

ただ、これは私の勝手な解釈で、読む人それぞれが、それぞれの考えを持つでしょう。
作者がそれを定義していない以上、そこは、読者が受け取る「空白」となっています。

作者自体は、エレメントの明確な定義付けは、
作品自体がかもす得体の知れない魅力を、狭めてしまうことになるでしょう。
読者は、個々のエレメントの意味付けではなく、村上的世界観のなかに、
ただ身を沈めるのが、この物語のいちばんの楽しみ方なのかもしれません。
短いワードで、エレメントの意味付けがなされれば、作品などいらないのですから。

さて、気になるのは、この物語が、これで完結なのかどうかです。
book2の最後、物語の一方の主人公である「天吾」は、
未来に光明を見いだすかのように思えます。
作品は、ここで締めくくられている、とも感じられます。
しかし、天吾が捜そうと心に決める「青豆」は、ほんとうに失われ損なわれたのか、
そしてまた、戎野先生や小松がどうなったのか、いっさいわかりません。

book1とbook2

1Q84 book1は、4月から6月までの物語…。
1Q84 book2は、7月から9月までの物語…。
願わくば、10月から12月を描いた、book3を、読みたいものです。






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││12/20 23:14│編集
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