1Q84 book3

1Q84 book3を、ようやくながら、先日、読み終えました。
このbook3を読むために、再度、book1とbook2も読み直した次第です。

とはいえ、それはなかなか至難の業…。
今回も、読書する時間を確保するために、ヨメとバトルになってしまいました。
(また、book1から読み直すわけですから、モメることは避けられません)

本を読むということは、当然のことながら、
紙面に記されている文字をただ追うことではなく、
文章を媒体として、作品世界に深く入り込むことでもあります。
それは、極めて私的な作業です。

そのためには、一定の時間、意識を集中しなければならないのですが、
自分だけの静かな時間を持つことが、結婚して以後、かなり難しくなってしまいました。
やっぱり独身時代のように、きままにいかないです。トホホ。

と、そんな我が家の事情はさておいて、本題に…。

1Q84 book3のページを繰って、まず最初に驚かされるのは、
前二巻までは、単なる脇役でしかなかった牛河が、
物語の新たな語り部となっている、ということです。

それまで、その異様な姿こそ細かく描写されているものの、
人物像について、ほとんど語られることがなかった牛河が、
このbook3に至って、たしかな血と肉があてがわれ、
読み手は、彼の「人となり」に、深く接していくこととなります。

優秀な頭脳を持ちながらも、醜悪な外見ゆえ、
親兄弟からも、家族からも、社会からも、まるで受け入れてもらえなかった牛河…。
しかし彼は、そんな阻害された境遇のなかにあっても、誰を恨むこともなく、
ただ自らの力のみをたよりに、道を切り開いてきました。

ところが彼は、仕事でのつまずきをきっかけに、家や妻子まで失い、
さらなる社会の片隅へと追いやられてしまうのです。

薄暗い世界に身を置かなくてはならなくなっても、
牛河は、仕事に責任を持ち、プロとしての粘り強い働きを見せます。
頭脳明晰で、タフで、孤独をものともしない彼に、
読み手は、ある種の親近感や共感さえ抱くこととなります。

醜い姿によって、社会からキックアウトされた牛河は、
証人会の信者として生まれたことで、孤立した少女時代を送った青豆や、
父親によってNHKの集金に回らされ、憂鬱な少年時代を過ごした天吾と、
どこか相通じるものがあります。

こうした、社会との乖離を内に抱えた三人だからこそ、リトルピープルの跳梁跋扈する、
ふたつの月の浮かぶ世界へと運ばれてしまったのかもしれません。

物語は、このbook3において、この三人の視点によって描かれます。
互いを求め合う青豆と天吾と、ふたりを追う牛河の物語が、交互に織り成され、
終局に向けて、やがてひとつに収斂されていきます。

ついに完結

村上春樹の小説の魅力のひとつに、
現実からの遊離感とでもいうべきものがあると、私は考えています。
もっとも、今までの作品の多くは、
その遊離感を、主人公である「僕」の個人的視点に求める場合が多かったように思います。
ところが、この1Q84は、ひとつの完結した異世界に、主人公たちが入り込んでしまう、
という設定になっており、遊離感は、個人的な状態ではなく、
外部の世界に求められているかたちとなっています。

今回の物語の主人公は「井戸に潜る」というような奇行はしない、ごく普通の人たちです。
そして、物語の展開も三人称で語られるため、1Q84という疑似世界は、
ファンタジーではなく、切れば血が出るほどに、どこまでもリアルです。
読み手は、彼らの視点に沿うかたちで、1Q84という異界を体現していくこととなります。

1Q84の世界は、村上的なエレメントが散りばめられていますが、
その構築方法に私自身は既視感はほとんど感じず、とても新鮮な気持ちで、
物語のなかに入り込むことができました。
そのストーリーテリングも、文章も、緻密に練られたすばらしいものです。

誌面

三巻に及ぶこの長い物語の最後は、さきがけのリーダーが、
ほぼ不可能だと予測しつつも、最も望ましい姿だと称した結末へと導かれます。
20年の歳月を経て、高円寺の滑り台のうえで再開を果たす青豆と天吾のシーンは、
胸を熱くさせるものがあります。

ふたりは、まさに手に手を取って、1Q84年という異世界から出て行きます。
ですが、新たな世界もまた、ともすれば、1Q84年と地続きの世界なのかもしれません。
どの世界であれ、リトルピープルは人の営みと踵を接していて、
時と場所を捉えて、何らかの試みを実行しようとしているのかもしれません。

リトルピープルの真の目的は不明ですが、いずにしろ、
どれだけ世界を変えたところで、そこは、青豆の予測する通り、
脅威に満ちているのかもしれません。

方向を変える光が、さまざまな場所に影を落とすように、
善と悪とが目まぐるしく交互にその立場を入れ替え、
その危うい均衡が、かろうじて世界を正常値に保っている、
そのルールは、変わらないのかもしれません。

すべての世界は、平安とはほど遠いものなのです。

しかしどんな世界であれ、そこで青豆と天吾と「ちいさなもの」は、
たくましくいきていくのではないでしょうか…。






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