坂折棚田全景

たいへん遅くなりましたが、みなさま、明けましておめでとうございます。
昨年は、震災や原発事故など、明るいニュースの乏しい年でしたが、
新しくはじまる2012年が、誰にとっても、よい年であるよう、
心から願っています。

さて、今年最初の記事は、ドライブネタから…。
一月に入り、やはりというべきか、連日、雪に見舞われ、
クルマを出すには不向きな空模様、道路事情となってしまいましたが、
機械というものは、人間の身体と同じように、
適度に動かさないと、調子も悪くなってしまうといいます。
というわけで、ひさしぶりに、MINIで遠出してみることにしました。

といっても、北に向かうのは、さすがに気が引けるので、
雪の少ない南へ行くことを念頭に、目的地を決めました。
今回の目的地は、岐阜県恵那市にある、坂折という地区です。
この坂折には、美しい棚田があるとのことで、
聞くところによると「日本の棚田百選」にも、選ばれているそうです。

じつは、昨年の春、愛知県豊根村に向かった際、この棚田のある地区を、
チラリと掠め通っており、次回、機会があれば、
ぜひまたきてみたい、と、思っていたのです。

というわけで、ひさしぶりにMINIを出動させました。
MINIでのドライブは、昨年の11月に、
虎渓山永保時に行って以来で、なんと、じつに二ヶ月ぶり。
しかも、昨年11月に車検を受けたあと、初ドライブとなります。

冬の宮峠

こちらは、飛騨高山市街地の南にある、宮峠です。
路面が凍結する冬場は、通行するのに神経を使う道ですが、
この日は、周囲こそ雪で覆われているものの、路面に雪はなく、
また、凍結も見られなかったため、比較的容易に、走ることができました。
(それでも、油断はできませんから、ゆっくりと慎重に走ります)

快適な道

そのまま南下を続け、下呂温泉、加子母村、を経由し、
とりあえず、恵那市方面を目指して走ります。
天候は晴天。しかも道も空いていて、スイスイと気持ちよくドライブできました。

とはいえ、道順がいまひとつわかりません。
迷いつつも、結果オーライということで、気ままに走ったのですが、
意外にも、大きく道に迷うような事態には陥らず、
スムーズにドライブできました。

湖畔にて

こちらは、途中で立ち寄った湖です。
太陽の光が湖面に反射して、とてもきれいでした。
私が住んでいる地域では、
どこもかしこも雪で白く塗り込められていますが、
同じ岐阜県でも、さすがにこのあたりには雪はなく、
とてもうらやましく思えてしまいます。
(なにしろ、雪掻きは重労働ですから)

坂折到着

こうして、路上の案内看板をたよりに走り続け、
いよいよ、恵那市坂折地区に到着しました。

棚田を臨む

こちらが、その棚田の光景です。
緩やかな山の斜面に、石垣で囲まれた田が、階段状に連なっています。
斜面には陽があたり、冬とはいえ、暖かみを感じる光景となっていますが…。

日陰は別世界

が、日陰側を見ると、その表情は一変。
なんだか、もう、同じ場所とは思えないほどです。
いたるところに雪が残っていて、なんとも寒々しい光景です。
陽の当たるところと、そうでないところとでは、
もう、別世界といってもいいくらいです。

棚田を眺め下ろす。

このあたりは、観光地化されておらず、
土産物屋の類いはなく、眺めはいたって素朴です。
道も細く、大きな駐車場もなく、ただ棚田とともに暮らす集落があるのみです。
でも、そこが、この地区の大きな魅力かもしれません。

茶色一食の光景

ただ、棚田を見物するには、今の季節は不向きです。
とにかく、田も、土手も、一面茶色になっているだけですから。
できれば、次回は、田植えや稲刈りの時期にきたいものです。

もっとも、さらにもっと雪があれば、
もっと風情のある、冬の棚田の眺めが楽しめるのかもしれませんが…。

さて、坂折棚田を満喫したあとは、
岐阜県加茂郡八百津町というところに向かってみました。
こちらには、第二次大戦中、リトアニアで、
多くのユダヤ人の命を救ったといわれている、
元外交官「杉原千畝」の功績を記念した、杉原千畝記念館があります。

その記念館に向かう途中、旧八百津発電所資料館という看板を発見。
急遽、そちらに向かってみることにしました。

旧八百津発電所資料館

こちらが、その旧八百津町発電所資料館の建物です。
おそらく、明治期に建てられた建物を、
そのまま、資料館として転用しているのでしょう。
重厚で威厳を感じる建物です。

が、このときすでに時刻は4時半を回っており、すでに、
資料館の営業時間は過ぎていました。
残念です。

発電所施設

こちらは、その資料館のすぐそばにある、発電所施設の一部です。
資料館同様、こちらもかなり年季の入った建物で、見応えがあります。
明治期の技術、建築遺産のひとつといってもいいのではないでしょうか。

次いで、今度こそ、杉原千畝記念館へと向かってみることにしました。
もっとも、こちらもすでに開館時間をすぎており、中には入れずじまい。
まあ、次回、もっと時間に余裕をもってくるしかなさそうです。

この記念館の向かいには、人道の丘公園という公園があり、
一帯は広く整備されています。

人道の丘公園

誰もいない公園の、水のない噴水。
静寂の中で、ひっそりと身を潜めているようでした。
こうした光景を見ていると、心が落ち着くような気がします。

満蒙開拓団碑文

また、すぐ近くには、満蒙開拓団の石碑がありました。
八百津町には、どうやらかつて、久田見村という村があったようで、
その村の人たちの多くが、戦前、国策に従って満州へと渡ったようです。
碑文に記された久田見開拓団の所在地を見ると、
牡丹江省寧安県とありますから、おそらくは、牡丹江の近郊なのでしょう。
(なかにし礼の小説「赤い月」の舞台は、牡丹江でした)

そうであるのならば、この開拓団の人たちは、ソ連軍侵攻後、
塗炭の苦しみを体験したのではないかと思います。

それにしても、碑文の最後には、平成八年と記載されており、
この慰霊碑ができたのは、比較的、最近のことだということがわかります。
そのことに、少し驚かされました。
杉原千畝記念館

そして、ここで日没。
晴天のなか、とても楽しく充実したドライブでした。
久しぶりに乗ったMINIも、すこぶる快調でした。

次回も、また、どこか遠くに行きたいものです。




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