フューリーリーフレット

当ブログでははじめてかもしれませんが、
今回は映画のレビューを少し書きたいと思います。
取り上げる映画は、ブラッド・ピット主演の『フューリー』です。

この映画は、
フューリー (激しい怒りという意味だそうです) と名付けられた戦車に乗る、
5人の搭乗員たちの戦いぶりを描いたものです。

物語は、霧のなかに微かに見える、破壊し尽くされた戦車の群れ、
といったシーンから始まります。
まるで戦車の墓場のようなこの場所に、フューリー号はじっと息を潜めています。
というのも、搭乗員のひとりである副操縦手が、激しい戦闘のために戦死し、
車体にもなんらかのダメージがあったのか、エンジンがかからないのです。
残された搭乗員たちは、悪態をつきながらも、懸命に修理を試みます。

フューリー号の車長はブラッド・ピット演じるドン・コリアー軍曹。
砲手はバイブル、装填手はクーンアス、操縦手はゴルド。
生き残った彼ら4人の搭乗員は、みな歴戦の古参戦車兵です。

なんとかフューリー号を修理し、前線基地に戻ったコリアーらは、
失った副操縦士のかわりとなる、新たな人員の補充を受けるのですが、
着任したのは、戦車への搭乗経験などまったくない、
タイピスト志望のノーマンという若い兵士でした。

仲間から手荒い歓迎を受けたノーマンは、
その後すぐに、フューリー号とともに出撃となるのですが、
行軍中にヒトラーユーゲントの少年兵を発見しつつも、機銃での射撃をためらい、
それがために、自軍に大きな損害を発生させてしまいます。
このノーマンの失態に激怒したコリアーは、
非情な手段を持って、ノーマンに戦場の厳しさを教えるのですが…。

リーフレット裏面

この映画の主役、フューリー号は、
第二次大戦当時、米軍の主力戦車となったM4シャーマンという戦車です。
そのなかでも、76ミリ砲搭載、水平渦巻きスプリングサスペンションを持つ、
M4A3E8というモデルで、数多くのバリエーションを持つシャーマン戦車としては、
後期の生産型に分類されるものです。

ただ、撮影においては、M4A3E8シャーマンの調達はできなかったようで、
エンジンが違うM4A2E8シャーマンを使ったといいます。
物語の舞台設定から考えれば、M4A2E8シャーマンでの撮影は、
厳密な意味でいえば、考証的に正しくはないはずですが、
双方のシャーマンには外観上の違いはほとんどなく、なんの違和感も感じません。

ボービントンのティーガー

また、この映画には、敵側のドイツ戦車として、
ティーガーI型戦車が登場するのですが、
こちらにいたっては、イギリスのボービントン戦車博物館に展示されている、
世界で唯一無二の、稼働する実車車輛が使われています。

私のような戦車マニアには、この事実はまさに超チョー感涙モノで、
まさに、この「動くティーガー」を見るために、
フューリーを見に行ったといっても、過言でありません。

ボービントンのティーガーは、1943年にチュニジアで捕獲されたもので、
ティーガーの現存個体としてはコンディションもよく、
とても貴重で、かつ有名なものです。
このティーガーは長い時間をかけてレストアされ、
2006年には稼働状態にまで漕ぎ着け、
その走行シーンなどは、Youtubuなどでも公開されています。

○ 走行するボービントンのティーガーI型戦車

走行シーンだけでも感涙モノなのに、今回、映画に登場するということで、
おそらく、私のような戦車マニアは、狂喜乱舞だったと思います。

もっとも、いままでにも、ティーガーが登場する映画はたくさんありました。
旧ソ連のプロパガンダ映画『ヨーロッパの解放』や、
クリント・イーストウッドの『戦略大作戦』、そして『ネレトバの戦い』、
近作では『プライベート・ライアン』にも登場していました。

ですが、上記の映画に出てくるティーガーはすべてレプリカ。
しかも、改造のベースとなっているのは旧ソ連のT34という戦車が多く、
どんなに作り込んでも、ティーガーの無骨で迫力あるフォルムとは
似ても似つかぬものになっていました。

が、今回のフューリーにはホンモノが出るということで、
その一点だけでも、この映画は、戦争映画の歴史に残る作品になると思います。

フューリーパンフレット

さて、戦車の話はこのくらいにして、映画としての評価はどうだったのか、
それを述べていきたいと思いますが、ここから先は、
少しネタバレも含みますので、これからフューリーを見に行こうとお考えの方は
読み飛ばしていただければと思います。

かつての戦争映画は、ナチスは悪であり、それらと対峙する米軍は正義であり、
ヤンキーたちはあくまでも陽気で明るく、市民にも開放者として愛される、
といったイメージで描かれることが多かったと思います。
ですが、最近の戦争映画では、こうした、善と悪とを単純に区分するような傾向は、
いささか薄くなってきたように思います。
バンド・オブ・ブラザーズのような作品では、
ドイツ兵を「残虐な憎まれ役」という視点で描くことはなく、
兵士という存在は、どちらの側に与していようと、
ただ命を賭してひたすらに任務を遂行する者として捉えています。
そこには、たとえ敵味方に別れて銃火を交えていたとしても、
兵士同士の不思議な連帯感のようなものが存在するかのように、
描かれていたように思います。

が、このフューリーではさらに踏み込んで、米軍兵士であっても、
戦場では無慈悲で残虐だということをあからさまに描いています。
ノーマンの教育のために、コリアー軍曹は、
家族の写真を出して命乞いをする丸腰のドイツ兵捕虜を、
ノーマンの腕をつかんで無理矢理射殺させます。
周囲の米兵たちは、冷笑を浮かべるだけで、だれもコリアーを止めません。
また、ナチス親衛隊だという理由で、
降伏後のドイツ将校を、いとも簡単に射殺してしまいます。

もちろんその一方で、戦闘に消極的だという理由で、
同胞を縛り首にするナチスの蛮行も描かれています。

とどのつまり、戦争というものは、
いざはじめてしまえば、大義も正当性もないまったくの狂気で、
良き軍隊、悪しき軍隊、といった区別は、どこにもない、ということなのでしょう。
戦場では、人が本来持つモラル感や良識など、
チリのように吹き飛ばされてしまうのかもしれません。

物語の途中、コリアー軍曹ら率いる戦車部隊は、ドイツのとある村を占領、
解放するのですが、この場面でも、コリアーらは解放者としては描かれていません。

この街で、コリアーらは、ドイツ人女性たちと食事をするシーンがあるのですが、
このシーンは意味深く、秀逸です。
街に居座り住民を恐怖で支配したナチス親衛隊は駆逐されても、
新たにやってきた米軍もまた、住民にはさらなる恐怖でしかなく、
女性たちは、荒々しいヤンキーたちに乱暴されるのではと怯えます。

この食事のシーンでは、
戦場と日常、狂気と平常、緊張と安堵、とが交錯しています。
途中、ゴルドが語る戦場での場面も、このシーンだからこそ生々しく響き、
また、ノーマンとドイツ人女性とのあいだに芽生えたほのかな恋愛感情も、
人間らしさの片鱗として際立って見えました。
監督も、このシーンを重要な場面と考えたのか、時間的にも、
かなり長いものとなっています。

その後、コリアーたちはドイツ軍部隊を足止めすべく、
防衛上の拠点とすべき村の十字路を目指して進撃しますが、
道の途中で、ティーガーの待ち伏せにあってしまいます。
コリアーら米軍戦車部隊は、1輛のティーガーのために、
4輛のシャーマンのうち3輛を失い、
残ったのはコリアーのフューリー号だけになってしまいます。
激闘の末になんとかティーガーを仕留めますが、
十字路に辿り着いたところで地雷を踏んでしまい、フューリーは行動不能に。
そこにドイツ軍部隊300人が進撃してくるのですが、
コリアーは、フューリー号を縦に、
たった5人でドイツ軍部隊を押しとどめようとします。

ただ、この展開は、ちょっと腑に落ちません。
コリアーは仲間の命を守る、といっていたはずで、
また、それゆえに、仲間からの信望も厚かったのに、
ここにきて、なぜ、みなを巻き添えにして、無謀なことをするのか。
多くの激戦をくぐり抜けてきたのに、なぜこの場で、そこまでして死に急ぐのか。
コリアーの人間性の破綻みたいなものを感じてしまいました。

しかも、フューリーは動くことができず、友軍歩兵の随伴もまったくありません。
そんなところにドイツ軍部隊300人が襲いかかったら、ひとたまりもないはずです。
しかもドイツ軍は、携行対戦車火器であるパンツァーファーストを所持しています。
動けない戦車など、格好の的のはずです。

しかも、その十字路が、そこまで重要な拠点なのかも、いまひとつ、
画面からは伝わってきませんでした。

映画なので、演出や作為性は必要だと思うのですが、
この部分は、コリアーの人格設定にも関わる部分なので、もう少し、
説得性を持たせてほしかったです。

キャスト

私がいままで見たなかで、高評価をしている戦争映画は、
プラトーン、Uボート、スターリングラードなどですが、
今回のフューリーは、
戦車メインの映画ということで、個人的には押したいところですが、
これらの名作の領域にまでは、残念ながら届かなかったかな、というのが、
私の率直な感想です。

また、映画の評価とは関係のない戦車マニアとしての意見ですが、
ティーガーとの戦車戦の場面も、もっとあってよかったと思っています。
(思いのほか、ティーガーのシーンは短かったです)
ただ、稼働する実車のティーガーは貴重で、しかもその扱いも
慎重にしなければならなかったでしょうし、
ハードな撮影はできなかったのかもしれませんが、カメラングルなど、
もう少し、工夫できなかったのかな、などと思ってしまいました。

というわけで、辛口なこともいろいろと書きましたが、
劇場まで足を運んでも、損をしない映画だと思います。
興味がおありの方は、ぜひ、大スクリーンで見ていただきたいと思います。

余談ですが、私が住む飛騨高山では映画館がなくなってしまい、
所用で岐阜にいったさいに、時間を作って、シネコンで見てきました。



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