文芸祭表彰式の模様

私の住む岐阜県には、小説、随筆、詞、短歌、狂俳、俳句、川柳など、
文芸作品を県の内外から広く募集する『岐阜県文芸祭』という公募があります。
すでに24回を数えるというこの公募は、
北海道や大分といった遠方からも作品が寄せられているそうで
また、応募者の年代も、小学生から九十を過ぎたご高齢の方まで、
幅広くいらっしゃるといいます。

今回、私も、この岐阜県文芸祭の小説部門に、
はじめて、作品を応募してみたのですが、
その作品が『文芸大賞』をいただくこととなりました。
文芸大賞という賞は、本公募においての最高賞となっており、
新参者ながら、いきなりこのような栄誉を受けることができ、
たいへんうれしく思っております。

作品の募集は、昨年の9月末にあり、
結果の発表は同年の年末にすでにありましたが、
表彰式は、今年の2月27日に、岐阜県のふれあい福寿会館という、
岐阜県の公共施設で行なわれました。

この公募に作品を送るきっかけは、
なんといっても、飛騨高山からここ岐阜市への事務所移転だったのですが、
本公募の募集要項は、毎年、道の駅などに多数置いてあり、
かねてから、その存在自体は知っていました。
ですが、実際の応募にはなかなか繋がらず、
今回、ようやくにして、作品を送ってみたという次第です。

ふれあい福寿会館というのは、
岐阜市の南を東西に走る国道21号線のほど近くにあり、
市内では有数の高層建築に入ると思います。

ふれあい福寿会館

こちらがそのふれあい福寿会館です。
表彰式は午後一時からということでしたが、時間には余裕をみて出掛けました。
会場に向かう人たちなのでしょうか、
建物手前の大階段を上がっていく人を、少なからず見かけましたが、
案の定、受付は多くの人で賑わっていました。

会場にはすでに人がいっぱい

こちらが、会場の3F大会議室です。
すでに席は多くが埋まっていて、なんとも華やいだ雰囲気です。
ほどなくして式がはじまり、県職員の方や来賓の方の挨拶などのあと、
賞状の授与式となりました。

トップバッターとして

受賞のトップバッターは私ということで、いささか緊張しつつも、
つつがなく賞状をお受けすることができました。

受賞後にパチリ

こうして、ひととおり式が終わると、
次は、各部門に別れて、審査を勤められた方々と実際にお会いして、
作品について論じる『講評会』が行なわれます。
この講評会にはそれぞれ個室が用意されており、受賞者の方々、
また、関係者の方々は、それぞれの部屋へと入ってきました。

私は、先にも申し上げたように「小説」部門に応募をしているため、
ひとつうえの階に用意された、専用の小会議室へと行ってみました。
じつは、この講評会に出席することが、
私にとっては、なによりの楽しみでもありました。

小説部門は、原稿用紙60枚が規定となっており、
ある程度、長文の作品が寄せられる部門です。
私にとって、原稿用紙60枚は「あまりに少なすぎる規定」ですが、
ほかの方にとっては、長過ぎるものらしく、小説部門の応募者は、
他部門と違って、人数がぐっと少なくなります。
(他部門の講評会では、入場者が席に座れないほどだったといいます)
応募総数は3,000を越えるそうですが、小説の総数は30ということで、
小説部門の会場には、審査員の方々や、私、そして私のヨメを含め、
全部で8名でした。

ここでおよそ一時間半、審査についてのお話や、
講評などをお伺いし、また、意見交換などもさせていただきました。
ここ岐阜に来て以降、私は、自分の書いた文章について、
感想や意見を聞く機会はまったくなく、私にとっては、
たいへん貴重で有意義な時間でした。

作品集

ちなみに、大賞をとることができた私の作品ですが、
戦後の満州からの引き上げと、振り込め詐欺に題材を求めた、
短編小説となります。
ジャンルとしては、推理 / エンターテインメントの部類に入ると思いますが、
社会的な問題を取り上げており、また、メッセージ性も盛り込んだつもりです。

今回の執筆にあたっては、昨年、訪れた、
長野県阿智村の『満蒙開拓平和記念館』で聞いた、
満州棄民となった方の証言や、また、図らずも知ることとなった、
私の祖母の満州での体験などが、大きなヒントとなりました。

また、今回の資料調べで、ヨメのご親戚の方が、
満蒙開拓青少年義勇軍に入隊しており、
終戦から引き上げまでの経緯を手記に残していることも知り、
いうまでもなく、この手記も資料とさせていただきました。

賞状

物語を文章という『カタチ』にする作業は、
私にとって、じつに十数年ぶりで、
長きに渡って、研鑽を積まなかったがために、文章力、表現力は落ち、
また、着想やストーリーを得るアンテナはすっかり錆び付き、
当初は、小説などとても書けない、などとも思っていました。

しかも、原稿用紙60枚という規定にはおおいに苦しみ、
構成やエピソードの取捨選択に難儀しました。
(可能であれば、せめて100枚は書きたかったところです)

いずれにしても、このような経緯を経て、
なんとかひとつの文章に仕上げましたが、
今回、それが評価をされたことは、私にとって、自信にもなりましたし、
また、書くという行為に対する、
さらなる意欲を持つことができたようにも思います。

作品集は一部600円で販売もされているそうなので、
もし、興味がおありの方がいらっしゃいましたら、
岐阜県教育文化財団に、お問い合わせをいただければと思います。
(下記のリンクに連絡先が記してあります)

○ 第24回岐阜県文芸祭 作品集などについての問い合わせはコチラ

講評会のさいには、できれば、他の入賞者の方々とも、
意見交換や、創作についての苦労話などをお伺いしたかったのですが、
それが思うようにできず、ちょっと残念でした。

最後になりましたが、今回、ご審査をいただきました、
Hさま、Kさま、また、主宰者のみなさま、ありがとうございました。
この場を借りて、厚く御礼申し上げます。



コチラをクリックしてくださるとうれしく思います。
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