新府城跡

以前にも少し書きましたが、ここ岐阜市に移り住んで以後、
クルマでの行動半径も大きく変わりしました。
飛騨高山に住んでいた頃は、遠くて行くことができなかった伊勢志摩にも、
いまでは、比較的手軽に行けるようになりましたし、
また、半日がかりで行っていた愛知県蒲郡市も、ぐっと近くなりました。
そんなわけで、今回は、さらにもっと足を伸ばして、
山梨県の甲府市や、そのすぐ南にある富士五湖方面へと、
行ってみることにしました。

本来であれば、私のMINIで行きたいところなのですが、
MINIはいまだ足回りからの異音という問題を解決できておらず、
結局、ヨメのプジョーでのドライブとなりました。

甲府市は、岐阜市から見るとほぼ真東の方角にあたるのですが、
その途中には、駒ヶ根や南アルプスなどの山岳地域を挟むため、
北か南のどちらかに、大きく迂回しなければなりません。
今回は、茅野市方面に迂回する、北回りコースを選んでみました。

まず、国道21号を東へと向かって走り、
岐阜県美濃加茂市、土岐市を通過して国道19号線に入り、
そのままさらに東へと進んで、隣の長野県へと入ります。
木曽福島を過ぎたあたりで19号線から国道361号線へと乗り換え、
権兵衛トンネルを抜けて伊那市へと向かいます。
その後、杖突街道を北上して茅野市へと入り、
茅野からは国道20号へ入って、南下して山梨へと入りました。
けっこうな大回りになりますが、それでも、静岡県側を通る南コースよりも、
こちらのコースのほうが、少しばかり距離を短縮できるようです。

甲府へ向かって

こうして、いつものように、そこかしこで休憩などを入れつつ、
景色を楽しみにながら下道を走ること6時間、ようやく山梨県に入りました。
このあたりは、初めて通る道ということもありますが、
富士山の裾野ということもあるのか、地形そのものが新鮮な印象で、
それだけでも気持ちは盛り上がります。

とくに驚くいたのは、ほどなくして道の左手に見えてきた、
巨大な壁のような断崖です。
断崖は道と平行して延々と続いており、その規模はかなり長大だと思われます。
この光景、どこかで見たことがあるような…、などと思っていたら、
NHK大河ドラマ『真田丸』の第一話に登場した、ある場面が、
ふと、脳裏に浮かんできました。
それは、平岳大扮する武田勝頼が、押し寄せる織田信長の軍勢から逃れるため、
築いたばかりの新府城に自ら火を放って落ち延びていくシーンです。
断崖のうえで燃え盛る新府城の姿は、この景色にとてもよく似ています。

このときの私には、新府という場所が、
現在のどこにあたるのかわからなかったのですが、
武田勝頼が城を築いたのであれば、甲斐の国のどこかに違いなく、
甲府の近辺ではないかとも思いました。

と、思う間もなく、道の横に『新府城跡』という看板が目に入りました。
まさにここは、あの『新府城』だったようです。
というわけで、この機を逃す手はないと思い、看板に従って、
細く急な坂道を昇ったのですが、昇り切ったところで広い道に出たものの、
その後、道標などはなく、どこが新府城なのかわかりません。

仕方なく国道20号に戻り、甲府を目指し走っていると、
ふたたび新府城跡と書かれた道案内の看板を見つけました。
しかも、さきほど見た看板よりもずっと大きなものです。
というわけで、ふたたび進路を変更し、新府城を目指してみました。

こうして、二度目のトライで新府城を発見。
近くの駐車場にクルマを止め、さっそく、新府城跡へと行ってみました。

新府城の石段

新府城跡へは、この長く急な石段を昇ることとなります。
ですが、すぐ脇につづら折れになっている測道があり、
階段を使わずとも昇れるようになっています。
ただ、どちらの道を選んでも、息が切れることに変わりはありません。

曲輪跡

周辺には、曲輪、土塁なども残されています。
大河ドラマの影響か、思いのほか見物客が来ており、
ちょっとびっくりしました。

新府城はいまはなく…

こちらが、新府城の跡です。
近江の小谷城に続き、大河ドラマに登場した場面に、ふたたび立ちました。
我ながら、かなりのミーハーと思わざるを得ません。
(もっとも、小谷城と違い、ここではロケは行われていませんが…)

もちろん、いまは、当時を偲ばせるものはなにもありませんが、
神社や石碑などがあり、かつて城が鎮座していたことを伺わせます。

巨大な石碑

こちらは、巨大な石碑です。
武田家の発祥から滅亡までを記してありました。

新府城が築城されたのは天正九年とのことですので、
武田家滅亡の前年ということになるかと思います。
そんなわけで、この城が機能していた期間は極めて短く、
しかも、自ら火を放って城を放棄しているため、
この城を巡っての華々しいドラマというものはないのかもしれませんが、
それでも、武田勝頼の居城ということで、感慨深いものもあります。

武田勝頼は新府城を放棄したあと、家臣の裏切りなどによって、
無念の自刃することになりますが、武田を滅亡へと追い込んだ織田信長も、
同じ天正十年に、京の本能寺で横死することとなるわけで、
なんとも運命の皮肉というほかない、というところでしょうか…。

というわけで、新府城をしっかりと見学して、
駐車場まで戻ってきました。

のぼり

すると、やっぱりここにもありました。
真田丸ののぼりです。
それにしてもこの日は、お天気がイマイチで、
ちょっと残念でした。

この日は甲府に泊まり、翌日は富士五湖へと行ってみましたが、
その模様は、また次回にご紹介したいと思います。




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