武田神社

アップするのがちょっと遅くなってしまいましたが、
前回の続きです。
富士五湖観光を終えたあとは、甲府市内の観光名所を、
いろいろと巡ってみることにしました。

3月の甲府旅行のさいには、
武田勝頼の居城であった新府城跡を見て回りましたが、
今回は信玄公の居館であった『躑躅ヶ崎館 - つつじがさきやかた』へと、
行ってみることにしました。
もちろん、躑躅ヶ崎館と呼ばれた建物はすでにないのですが、
かつての館跡は、武田神社という神社になっているとのことです。

武田神社は甲府駅の北にあり、まっすぐな坂道の突き当たりにあります。
この坂道は、傾斜こそ緩いものの、長く延々と続いており、
付近にお住まいの方は、自転車などを使う場合、
さぞかしたいへんだろうなあ、などと、思ってしまいました。
この道沿いには、かつて武田家家臣の屋敷があったとのことで、
そうした時代の名残が、少し感じられるようにも思いました。

坂を登り詰めるとT字路になっており、
目の前が武田神社、向かって右手には道路に面した駐車場があります。
が、すでに多くのクルマで埋まっているため、T字路を左折して、
案内看板に従い、武田神社専用駐車場に向かいました。

この日も暑かった…。

こちらがその駐車場 (第二駐車場) です。
入口に遮断機が取り付けられた、いわゆる有料駐車場ですが、
武田神社内で駐車券にスタンプを押してもらうと、無料になるそうです。
この駐車場はかなり広く、ここなら、土日でも楽々止められそうです。

予想外の賑わい

絶好の好天のなか、歩いて武田神社へと向かうと、
大型の観光バスが何台か神社のすぐ前に横付けされていました。
武田神社というのは、歴史好きな人しかこないマニアックな場所なのでは、
などと思っていたのですが、どうやら、
通常の観光ルートにも含まれる、ごくごく一般的な名所のようです。

躑躅ヶ崎館は、信玄の父親である信虎の時代に建造されたとのことで、
その後、晴信(信玄)、勝頼の時代まで、
甲斐国の領国経営の拠点として機能していたそうです。

館の周囲には堀が巡らされていますが、
堀の内側は木々が生い茂るばかりで、石垣のようなものは見受けられず、
そのためか、城のようないかつい印象はありません。

そして、堀に架けられた赤い橋を越えて、いよいよ武田神社へ…。
かつての躑躅が崎館の敷地内に足を踏み入れます。

大勢の参拝客

橋を渡ったところには、重厚な石段と石垣がありますが、
これらは、もしかすると、後の時代の建設かもしれません。
石段の脇には、孫氏の言葉を記した、
有名な軍旗が多数掲げられており、信玄ゆかりの地に来たという思いが、
いやがうえにも高まります。

こうして、武田神社にお参りをさせていただきました。
あたりは参拝客で賑やかです。
武田家は、勝頼の時代に織田信長に攻められ、滅ぼされてしまいますが、
いまでも、地元を含む多くの人たちから、慕われているようです。

宝物館

ちなみに、この神社の宝物殿には、
ホンモノの武田の軍旗が展示されているとのことで、
さっそく、見学に行ってみることにしました。

資料館の内部は撮影が禁止されているため、
ご紹介できる画像はないのですが、
この宝物殿には、風林火山の軍旗のほか、
川中島合戦時に上杉謙信の陣地から奪ったという上杉軍の軍旗や、
(毘沙門天の毘の字が大書されています)
信玄公直筆の書状や、有名な武田二十四将図、
信玄の母親である大井婦人が持っていたという小太刀などが展示されています。
もちろん、武具甲冑や太刀、火縄銃なども展示されています。

武者姿のコスプレをした男性が境内や宝物殿のなかを歩いており、
どうやら、この方にお願いをすれば、
展示品のガイドなどをしてくれるようです。
(休日には、こうしたガイドさんがいるようです)

その事実に気がついた時には、
すでに他の観光客の方がガイドをお願いしており、
私は、脇に立って説明にそっと聞き耳をたてていました。
次回、もし、武田神社を訪れることがあったら、そのときは、
ぜひとも、ガイドをお願いしたいものです。

また、この神社には、水が湧き出ているところがあり、
社務所には、水を入れるための専用のペットボトルが売られています。
湧き水はかつて茶の湯に使用されていたとのことで、
神社側でも、水汲みをお勧めしているようです。
そんなわけで、私たちもさっそくお水をいただいてきました。

○ 甲斐武田神社のサイトはコチラです

こうして、武田神社をひとしきり見学したあと、
今度は、甲斐善光寺に向かってみることにしました。

武田神社からは思いのほか近くで、
クルマで10分ほどでした。

甲斐善光寺

こちらは、武田神社に比べ、参拝客はまばらという感じで、
静かな印象でした。

本堂からは説明のテープが流されており、
それを聞くところによると、
ここ甲斐善光寺は、川中島合戦時に、戦火を避けるため、
信濃の善光寺から御本尊をこの地に移したことから始まったそうです。
その後、武田氏が滅ぼされると、御本尊は岐阜に移され、
信長が本能寺で討たれると、以後は各地を転々とします。

最終的に、御本尊は信濃の地に戻ることとなりますが、
以後も甲斐善光寺は地域の人々の信仰を集めたとのことです。

そうこうするうちにお昼を過ぎてしまい、
このあたりで、昼食をと思い、ヨメの提案で、うどん屋さんに行ってみました。

このうどん屋さん、たいへん繁盛していて、駐車場はほぼ満杯状態。
どうにか駐車できましたが、
店内は家族連れなど多くのお客さんで賑わっていました。

うどんは、この地方では広く知られているという
『吉田うどん』というものだそうですが、食べてみてちょっとびっくり。
麺がかなり固いのです。
しかも、つゆはかなりしょっぱいです。

地元ではたいへん人気があるようですが、
私たちのように、この固いうどんに馴染みのない者にとっては、
ときに、口に合わないということもあるかと思いますので、
注意してください。
(名古屋の味噌煮込みうどんも、お店によっては麺が固いですよね)

こうして、昼食を終えたあとは、甲府市内を少しMINIで走って見学しつつ、
帰路につきました。

帰りは、来た時と同じ道をたどりましたが、
茅野から杖突峠を通るルートではなく、いったん諏訪まで行き、
そこから、箕輪を経由して伊那に行くことにしました。

ただでさえ長い道程が、これでさらに長くなり、
厳しいロングドライブとなりましたが、MINIはキチンと走り抜いてくれました。

おみやげの一部

ちなみにこちらは今回の旅で自分たち用に買ってきたおみやげです。
小箱に入っているのは、黒玉という甲府のお菓子です。
この黒玉も、ワインも、ただいまおいしくいただいています。



コチラをクリックしてくださるとうれしく思います。
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