岡崎城

まさに夏真っ盛りとなった先日の日曜、
愛知県岡崎市にある『岡崎公園』へ行ってみました。
この公園は『岡崎城』の城郭跡地に設けられたもので、
園の中心には、復元された天守閣を見ることもできます。
しかもこの地は、徳川家康生誕の地としても広く名を馳せており、
まさに、岡崎市の誇る、名所、旧跡の、
筆頭格といっていい場所ではないかと思います。

かねてから、この岡崎公園には、
ぜひとも行ってみたいと思っていたのですが、
岡崎市周辺には行くことはあるものの、
なかなか、園そのものに立ち寄る機会がなく、
家康没後400年になる今年、ようやく念願がかなうこととなりました。

飛騨高山に住んでいた頃は、
岡崎市ははるかな南でしたが、岐阜市に住んでいるいまでは、
それほど遠方というわけでもなく、国道23号、国道1号を、
うまく乗り継いで使えば、お昼前には着いてしまいます。

今回の出動車はヨメのプジョー。
なにしろ暑いので、エアコン完備のクルマで行くこととなりました。
(MINIで出掛けると、汗でドロドロになってしまいますので…)

プジョーでドライブ

岡崎公園に着いて、駐車場にクルマを入れようとしたのですが、
あいにく、場内は満車。
そのため、近くにある別の駐車場へと案内されました。

このあたりは、駐車場に恵まれているようで、
好天の日曜といえども、スムーズに駐車できました。

岡崎公園へ

駐車場から公園まで、歩いてほんの数分の距離ですが、
それでも、ジリジリと照りつける強い日差しに、
ちょっと閉口する思いです。

というわけで、日差しをうけつつも、公園内に無事到着。
園内はたいへんなにぎわいですが、歩く人も、ベンチなどに座る人も、
みんなスマホを見ているようで、どうやら、
ポケモンGOをやっているのではないかと思われます。

それにしても、ここまで多くの人が、一様に、頭を垂れ、
スマホの画面に眼を落としているのは、
ちょっと異様な光景のようにも思えました。

園内の売店のとなりには、
観光案内所があり、その手前に置かれた看板を見ると、
ガイドさんが園内を説明しながら回ってくれるとの告知があります。
しかも、ガイドさんは無料だそうですので、
さっそく、案内所に行って、ガイドさんをお願いすることにしました。

というわけで、まずは入口の大手門まで戻り、
そこから、解説がスタートとなりました。

復元された大手門

この大手門も、天守同様、後の時代の復元物だそうですが、
以前の大手門は、現在の位置よりも、さらにずっと東にあったとのことで、
城郭の広大さをいまさらながら思い知らされます。

若き家康の像

こちらは家康の像です。
家康像はふたつあり、直立状態の像はよく知られた晩年のもので、
こちらの馬上の像は、駿河の今川家より、
人質の身を解かれて三河に戻ってきたときのものだそうです。

徳川家康の幼少期を語るうえで、
人質生活を強いられたというエピソードは欠かせません。
当時の三河は、今川義元の保護領的な状態にあり、
そのような弱い立場ゆえ、家康は今川に人質に出されることとなります。
ところが、幼い家康は、その道中、尾張の織田に奪われるかたちで、
あろうことか、織田の人質となってしまいます。
その後、今川家と織田家との人質交換で、家康は今川に送られ、
当初の予定通り、今川の人質となるわけですが…。

家康が天下人になれたのは、この人質時代の経験があったからだ、
と、ガイドさんはおっしゃっておられました。
幼い家康は、今川の人質となっていた時期、
今川家に仕える禅僧であった太原雪斎 (たいげんせっさい) から、
さまざまな教育を受けたといいます。

太原雪斎といえば、
今川義元を『海道一の弓取り』に育て上げた人物でもあったかと思います。
であるならば、今川家は、幼い家康をかなり厚遇したのではないかと思います。
家康に、義元と同じ『元』の字を与え、元信と命名していることからも、
今川家は、人質とはいえ、家康をとても丁重に扱ったのではないでしょうか…。
苦労人として知られる家康ですが、幼い日の人質生活においては、
それほど劣悪な環境ではなかったのではないかと、
詳しい事情を知らない浅学な私は、単純にそう思ってしまいます。

本多平八郎忠勝

こちらは、徳川四天王のひとりである、本多平八郎忠勝のものです。
いさましい像ですが、この場に先日、大河ドラマ『真田丸』で、
本多忠勝を演じている、藤岡弘、さんがきていたそうです。
なんでも、この像をひとりでじっと見ていらっしゃったといいます。
ガイドさんは、感激のあまり、藤岡さんにお声をかけようとしたら、
NHKのスタッフに止められたといいます。
どうやら、番組のロケだったようです。

産湯の井戸

こちらは、家康が生まれたさいに、
産湯を汲み上げたと伝わる井戸です。
ここで、250余年にわたる徳川幕府を築く家康が、
生を受けたのかと思うと、なんとも感慨深い思いです。

空堀

こちらは城の周囲にある空堀です。当時から空堀だったそうですが、
いまでは堆積物のせいで少し浅くなっているそうで、以前はもっと深かったといいます。
ところどころ、石垣も見受けられますが、組み方には、
荒々しさを感じます。

美しい石垣

こちらの石垣は、時代としては、
慶長、元和、もしくはもっとあとの時代のものだということです。
石の組み方は、空堀のものと違ってとてもきれいです。

夫婦で記念撮影

また、ガイドさんには、ところどころ、私たちの写真も撮っていただきました。

ガイドさんには、30分コースということで、お願いをしていましたが、
気がつけば、30分を大きく超えていました。
炎天下のなかではありましたが、やはり、説明を聞きながら各所を回れるというのは、
たいへん有意義で、しかも、見過ごしてしまいがちな場所にも、
強い興味や関心を寄せることができました。

というわけで、夏の日差しを忘れるほど、熱中していましたが、
ヨメはといえば、フラフラで、いまにも倒れそうになっていました。

武将隊の演目

ちなみにこの日は、武将隊のみなさんが、イベントを行っており、
猛暑をものともせず、華麗な舞を見せてくれました。
でも、若いとはいえ、さすがにキツそうでした。

徳川館

その後は、園内にある徳川館という資料館へ。
この施設では、JAF割引が効きますので、会員証をお持ちの方は、
受付で提示することをお勧めします。

館内は、徳川家の成り立ちから、家康のエピソードなどを順を追って、
パネルや展示物を交えて、紹介しています。
ただ、展示そのものは、会場のスペースの問題もあるかと思いますが、
意外と淡白で、もう少し、詳しい説明があってもいいのかな、と、
思いました。

築山殿事件の顛末や、本能寺の変のあとの伊賀越えの詳細、など、
家康にまつわる有名なエピソードについて、より詳しく知りたいと思ったのですが、
それらは、わずかな文章で説明してあるだけで、
いささか、物足りなさを感じてしまいました。
(館内は撮影禁止ですので、写真はありません。すみません)

一方で、関ヶ原の戦いについては、
大規模なジオラマでの展示があり、こちらは、見応えがありました。
しかも、このジオラマは各部隊が電動仕掛けで登場するようになっており、
合戦の日の戦況を順を追って知ることができます。

が、であるならば、もう少し、大坂冬の陣、夏の陣などについても、
展示してほしかったです。
(もっとも、このとき、徳川方は、真田に手痛いめに合わされたわけですし、
 徳川にとって不名誉な記録は、あまり展示したくないのかもしれません)

騎馬武者になってみた

館内は撮影禁止と書きましたが、この体験コーナーだけは、撮影OKです。
というわけで、騎馬武者になってみました。
(チョーよわっちい騎馬武者です)
ほんとうは、騎馬の脇にあった兜をかぶってみたかったのですが、
兜には子供たちが鈴なりになっており、かぶることができませんでした。
残念です。

こうして、終日、岡崎公園を満喫してきました。
梅雨明けの夏本番の一日を、とても楽しく過ごすことができました。
ガイドさんにも感謝しております。

そしてこのあと、
岡崎市の「りぶら」というところに立ち寄ってみたのですが、
その模様は、また次回、ご紹介したいと思います。



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