引揚記念公園

梅雨にはいったばかりなのに、どういうわけかお天気に恵まれた先日の日曜、
ヨメのプジョーで、京都府の舞鶴へと、ドライブがてら出掛けてみました。
本来であれば、MINIでお出かけをしたいところでしたが、
先日、コイン洗車場でMINIを高圧洗浄機で洗車したさい、
前面ヘッドライト下部の塗装が、一部、塗膜内に侵入した錆によってはがれてしまい、
いまはまだ、その補修がまだ終わらないため、今回はプジョーでのドライブとなりました。
(MINIの補修の詳細についても、できれば後日、このブログで取り上げたいと思っています)

もっともこの日、当初から舞鶴に向かうという計画はなく、
なんとなく、愛知県の蒲郡方面に行ってみようということになっていました。
が、朝のうちは、空にはどんよりと雲がたれ込めていて、
こんなお天気のもとであっては、海岸沿いの景色も、
あまり楽しめないのではないのか、という思いがあり、
急遽、目的地を変更した、というわけです。
(このために、けっこう時間をロスしてしまいました)

というわけで、南の国道23号線に向かっていたところを反転し、
国道21号線に戻って西に向かい、その後、関ヶ原で国道365号線へと入り、
琵琶湖の北端を目指します。
そこから国道8号線に入って、福井県の敦賀市へ。
敦賀市からは国道27号線に乗り換え、ひたすら南東方向へと進みます。

道中、どんよりと曇っていた空ですが、日本海側に出ると、
雲がしだいに取り払われ、敦賀に到着する頃には、すっきりとした青空が、
広がるようになりました。
この日の天気予報では、愛知県の豊橋市は曇りとなっており、
その予報が正しいとすれば、近隣の蒲郡市も、お天気はよくなかったかもしれません。
やはり、目的地を日本海側に変更したことは、天候という面からいえば、
正解だったかもしれません。

五湖の駅

そして途中立ち寄った道の駅『五湖の駅』で昼食。
お天気がよいせいか、行楽客でとても賑わっていました。

その後も国道27号線を京都府方面に向かって進み、
いよいよ、舞鶴へと入ります。
私にとっては、人生初の舞鶴訪問となりました。

その舞鶴と聞いて、私の頭に真っ先に頭に浮かぶのは、
かつて旧満州に取り残された棄民が引き揚げてきた場所だということです。
また、シベリア抑留者たちも、この地に引き揚げてきたかと思います。

私の母、また母方の祖母は、満州からの引揚者ですが、
日本に到着した港は、佐世保だったと聞いています。
ですが、この舞鶴にも、引揚者を身内に持つ者として、
なにか特別な感情とでもいうべきものがあります。

ですので、舞鶴の港には、とても強く行ってみたいと思いましたし、
そこには、なにかしらの記念碑のようなものがあるのでは、と、推察しました。

そんなわけで、あまり気乗りしないヨメを説き伏せて、舞鶴港に向かおうとしましたが、
その道中、引揚記念館という看板が目に入りました。
やはり、舞鶴には、引揚者にまつわる資料館的な施設があるようです。

引揚記念館

というわけで、さっそく、記念館に行ってみました。
駐車場には大型観光バスなどが入っており、思いのほか見物客がきているようでした。
こうした施設に関心や興味を持ってくださる方がいることは、
私にとっては、うれしいことでもあります。

○ 舞鶴引揚記念館のサイトはこちらです ~

施設は、近代的なとても立派なものでした。
折しも、シベリア抑留者たちの記録が、ユネスコの記憶遺産に登録されたこともあり、
より多くの人の関心を集めているようでもありました。

抑留者の送られた地域

施設内に入るとすぐ、満州やモンゴルを含む、
ロシア (旧ソ連) 全土の地図を写した、大きな絨毯があります。
そこには、シベリア抑留者たちが送られた、
収容所のある地域が記されています。

満州とは、中国の東北部を指す言葉ですが、
ここにはかつて『満州国』と呼ばれた国家がありました。

日露戦争後、ロシアが満州にもっていた鉄道権益と、
遼東半島の先端部が、租借地というかたちで、日本のものとなります。
日本政府は、この鉄道を半官半民の特殊会社『南満州鉄道株式会社』として、
満州経営の足がかりとします。
また、この鉄道沿線と、租借地である関東州 (遼東半島先端部) を守るため、
『関東軍』と呼称される、日本の出先軍隊が組織されます。

ところが、南満州鉄道株式会社の権益は、
満州に台頭してきた地方軍閥などによって、たびたび侵されることになり、
この事態に業を煮やした『関東軍』は、自ら南満州鉄道の線路を爆破し、
それを相手の仕業だと宣伝する、いわゆる謀略工作をもって、
一気に満州全土を支配することをもくろみます。

関東軍はまたたくまに満州を占領。
その後、清国の廃帝『溥儀』を擁立して、独立国家『満州国』を建国させるのです。
もっとも、この国は、日本の支配下で作られた、完全な傀儡国家でした。

日本政府は、資源の供給基地として、満州国を開拓する必要に迫られます。
そのため、日本各地の農村などから、広く人を集め、満州へと入植させます。
同時に、満州国防衛の要として、関東軍を大幅に増強させ、
北の大国ソ連への守りとして、総勢70万の大精鋭軍へと成長させます。

昭和20年、ソ連は日本との条約を一方的に破棄して満州に攻め込みました。
このときすでに関東軍は弱体化しており、ソ連軍の侵攻の前になすすべもなく、
満州全土にいた日本の入植者は、塗炭の苦しみを味わうこととなります。
この日本の民間人たちが、いわゆる満州棄民であり、
満州からの『引揚者』と呼ばれる人たちになります。

また、ソ連軍に武装解除された関東軍将兵らは、
日本がポツダム宣言を受諾し敗戦したあとも解放されることはなく、
逆に、シベリアなどのソ連領内に移送され、
そこで、過酷な重労働を、数年に渡って強いられることになります。
この人たちが『シベリア抑留者』と呼ばれることとなります。

軍隊手帳などの資料

舞鶴の引揚記念館は、
これら満州引揚者と、シベリア抑留者の資料展示に特化した施設です。
その展示品は (資料的価値の高いものは) それほど多くはないと思います。
というのも、シベリア抑留者たちは、日本に返されるさい、
筆記されたものを持ち帰ることを許されませんでした。
そのようなものを持っていれば、即刻スパイ扱いをされ、日本への帰国は遠のきます。

それでもなお、決死の覚悟で、木の皮に記した収容所での記録を、
持ち帰った例もあり、実際に展示もされていました。

ラーゲリの様子

館内のスタッフの方から説明を受けたところ、収容所内では、就寝のさい、
およそ二畳の広さに、六人が寝かせられたといいます。
また、冬場の水不足は深刻で、川から水を汲んできても、途中で凍ってしまったといいます。
それがために、極端に不衛生で、ノミ、シラミが発生し、
チフスなどの疫病が蔓延したといいます。

厳冬のラーゲリ

食事も粗末なうえに、森林伐採などの重労働を課せられ、ノルマが達成できなければ、
さらに食事を減らされるというペナルティがあったといいます。
まさに、生き地獄のような様相であったかもしれません。

引き揚げ船の模型

展示品のなかには、引き揚げ船に使われた船の模型も多数展示されていました。
また、撮影は不可でしたが、抑留者が実際にシベリアで描いたという、
水彩画もありました。
実際に現地で、ソ連側から筆や絵の具を支給されて描いたとのことで、
奇跡的に持ち帰ることができたといいます。
いわば、現場での生の情報であり、極めて貴重な資料だといえます。
しかも、描いたご本人は、いまも存命中とのことで、たいへん驚きました。

舞鶴のジオラマ

こうして、スタッフの方から詳しいご説明をそれぞれいただき、
各展示物をつぶさに見学させていただきました。
とても意義のある時間を過ごすことができました。

その後、施設近くにある、
引揚者たちが上陸したという桟橋 (復元物) に行ってみることしました。

望郷の地

こちらが、その桟橋からみた光景です。
晴天ということもありますが、まさに、息をのむほどの美しさです。
戦後間もない頃と、いま現在とでは、あたりの景観は大きく違うでしょうが、
満州から引き揚てきた人たちや、シベリア抑留者の人たちは、
この同じ光景を船上から見て、恋いこがれた祖国に帰ってきたことを実感し、
涙したことと思います。

同時に、この光景を見ることなく、無念にも、
大陸の曠野で、また厳寒のラーゲリで、命を失った方も数多くいたのです。
それを思うと、私も胸が熱くなりました。

また、引き揚げ記念館のスタッフの方から教えていただいたのですが、
我が岐阜県にも、満州棄民をとりあげた資料展示施設が作られたとのことです。
おそらくは、私が以前行った、長野県の満蒙開拓記念館の創設に、
影響を受けたということもあったかもしれません。

○ 満蒙開拓記念館訪問の記事はこちらです ~

長野県は、満州への移民がもっとも多かった県ですが、
我が岐阜県も、私の祖父母をはじめ、多くの人たちを満州に送り出しています。

帰宅後、ネットなどで調べたところによると、どうやら高鷲村に、
たかす開拓記念館という施設があるようです。
私にとって、祖父母の満州行きについては、いまだにわからないことが多く、
(祖父は岐阜県の焼石というところで、役場職員をしており、
 人を集めて満州に送るという、そのような役目をしていたらしいです)
もしかすると、何か資料があるかもしれません。

いずれにしても、この施設もぜひ訪ねてみたいと思っています。
その暁には、またこのブログで紹介したいと思います。



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