東大寺南大門

天候がいまひとつ落ち着かないこの7月ですが、そんななか、思い切って、
古都奈良に、泊まりがけで行ってみることにしました。
私にとって、奈良といえば、中学校の修学旅行のさいに行ったきりで、
以後はまったく訪れたことはなく、いわば40年以上の時を経ての再訪となります。
とはいえ、中学の修学旅行のときの記憶は、いまではほとんどなく、
いわば、初めての奈良旅行といってもいいかもしれません。

飛騨高山に住んでいた頃は、奈良といえばかなりの遠方で、
おいそれと行けるところありませんでした。
ですが、ここ岐阜市に拠点を移してからは、奈良はさして遠方とはいえず、
下道を走ったとしても、三時間と少しで行くことができます。
なにしろ、三重県と奈良県とを結ぶ国道25号線は、
下道とはいえ、ほぼ、高速道路状態 (自動車専用道) となっており、
あまりにもスムーズに、奈良に入ることが出来てしまいました。

今回の出動車は、ヨメのプジョー。
MINIで行きたいのはやまやまだったのですが、なにしろ、
エアコンもなく、夏場のオーバーヒート対策に、
酷暑になればヒーターを多用するMINIでは、旅行はいささか無理があると判断し、
快適で、高速巡航に耐えるヨメ車でのドライブとなりました。

と…、そんなわけで、
出発はかなり遅めだったものの、当初の予定よりも早く奈良に到着。
とりあえず、市内や周辺をドライブし、その後は、
奈良の西の斑鳩町まで足を伸ばし、法隆寺へと行ってみることにしました。
世界最古の木造建築物である法隆寺は、さぞかし観光客でいっぱい、かと、
思っていたのですが、もっとも近いと思われる駐車場にも、
すんなりと入ることができ、しかも、付近を歩く人影もまばら。
時間が少し遅めだったということもあるのでしょうが、
休日にもかかわらず、観光客がこれほど少ないことに、非常に驚かされました。

まずは南大門を抜けて法隆寺へと向かいます。
この南大門は室町時代の建立とのことで、法隆寺の各寺院などと比べれば、
いささか新しいものなのかもしれません。

人気のない法隆寺

それにしても、あたりにはほとんど人影もなく、寂しい限りです。
ときおり、修学旅行生と思われる小集団と、外国人観光客を見かけるくらいです。
このあたりは、東大寺や春日大社、興福寺がある奈良市中心部からは距離があり、
観光という面からいえば、立地条件が少しばかりよろしくないのかもしれません。

というわけで、金堂を見学しようと思ったのですが、
拝観料が1,500円と高額なことにも、また驚きました。
貴重な文化財を維持、管理するためには、
このくらいの拝観料は妥当といえるでしょうが、
雲行きもなんだか怪しく、また、時間的に少し遅かったこともあり、
ヨメと相談して、今回は見学を断念。
奈良にはまたいくらでもこれると思いますので、次回、ゆっくりと、
見学させてもらうことにしました。

ただ、そのまま帰るのはあまりにもったいないので、
夢殿だけは見学していくことにしました。

夢殿

こちらがその夢殿の姿です。
あまりにも有名な建物であるため、こうして実物を間近にできることに、
また、はるか天平時代に建てられた建造物を、いま目にできることに、
素直に感動してしまいます。

その後、伝法堂、鐘楼などを見て回ったところで、空模様がいよいよ怪しく、
急いで南大門を出て、駐車場へと向かいました。
クルマに乗る頃には、ポツリポツリと雨粒が空から落ちてきました。
やはり、金堂見学は、今回は控えてよかったかもしれません。

その後は奈良市内に戻り、ホテルにチェックイン。
建物は新しいとはいえなかったのですが、清掃は行き届いており、
また、とても広いお部屋でうれしかったです。

広いホテル

なにしろトリプルのお部屋なので、広いのも当然かもしれません。
とはいえ、トリプルの部屋を指定したわけではないんですが、
この部屋がたまたま空いており、そちらに案内されたということだと思います。
しかも最上階の角部屋で、これもまた、ラッキーだったかもしれません。

その翌日は青空も覗くまあまあの空模様。
ですが、お天気については、急に雨が降ったりする可能性もあるとのことで、
なんとも、気がかりな予報がでていました。

頭塔

こちらは、ホテル駐車場に面した場所にある、頭塔という遺跡です。
ピラミット状になっていて、かなり古い時代の建造物なのかと思いましたが、
奈良時代のものだそうです。
こちらもじっくり見物したいところでしたが、まずは奈良市内へ、
というわけで、傘ももちつつ、徒歩で出掛けてみることにしました。

ホテルから一番近い名所は、春日大社になります。
そんなわけで、まずは一の鳥居をくぐり、参道を歩きます。

鹿に餌やり

途中、奈良名物の鹿をたくさん見かけました。
えさを与える人が、ホルンを吹いて鹿を集めていました。
その模様を眺めようと、あたりにはたくさんの観光客が詰めかけていました。

春日大社

その後は、春日大社を参拝し、その奥にある、
大小さまざまなお社にもお参りをさせていただくことにしました。

慶長の灯籠

こちらは、道中にあった灯籠です。
それぞれに元号が掘られているのですが、よく見ると、
天文、元亀、永禄、天正、慶長、などと記されています。
まさに戦国期まっただなかなのですが、このあたりの灯籠は、
ほとんどすべて、この時期のものでした。

時間の問題もあったので、すべてのお社を巡ることはできませんでしたが、
できうる限り、参拝はしたつもりです。

その後は大仏の納められた東大寺へ向かってみることにしました。
春日大社のあたりでも観光客は多かったのですが、東大寺に向かう道では、
さらに人の数も増え、にぎやかさが増していきました。

大仏は、たしか、源平合戦の前に、平清盛の軍勢が、多分に過失もあったのでしょうが、
焼失させてしまったかと思います。
(その報いだったのか、清盛はその後高熱に見舞われた、やがて死に至ったわけです)
以後、鎌倉時代に再建されたといいますが、
戦国期に起こった三好三人衆と松永久秀の乱によって、またしても焼失したといいます。
つまり、現在の大仏は、江戸時代に入って再建されたものということになるようです。

東大寺大仏殿

それにしても、大仏殿は、巨大な大仏を納めている建物ですから、
当然といえばそれまでですが、やはり、圧倒的な大きさがあります。
中学生のときにも、私は、この姿を見ているはずなのですが、
ほとんど、見覚えがありません。
まあ、当時は、大仏にも神社仏閣にも、
まったく興味がなかったからなのでしょうか…。

大仏を参拝

そして、大仏のお姿を見学。
圧倒的な大きさに、畏敬の念を感じます。
思わず、手を合わせてしまいます。

その後は、順路に沿って、大仏殿内部を見学し、
あの有名な柱くぐりの場所にも、やってきました。
そこでは、柱くぐりにチャレンジする人たちが、長い列を成していました。

というわけで、私もチャレンジ。
が、柱の穴は思いのほか小さく、そのせいか、
チャレンジするのは、子供ばかりのようにも見えます。

私は細いので、このくらいの穴なら、なんとか通り抜けられるだろうとは思うのですが、
それでも、ちょっと不安になってしまいました。
が、外国人男性が果敢にもチャレンジし、成功したところを見ると、
(とはいっても、その方も決して大柄ではなかったのですが)
なんとかなるだろうという思いもします。

そうしてしばらく列に沿って待つうち、やがて私の番に。
ヨメにカメラを預け、ギャラリーが見守るなか、
身を屈めて柱の穴に上半を入れたのですが。

柱くぐりに挑戦

やっぱり狭い…。かなり狭い。
しかも、両腕を最初に穴に入れておくべきだったかも…。
そんなことを思っても、もはや後の祭り。このまま先に進むしかありません。

ここで思い出されるのは、
村上春樹の最新小説『騎士団長殺し』の一場面です。
「あたしが犠牲を払い、諸君が試練を受けるのだ」と、騎士団長はいいました。
この柱くぐりは、騎士団長のいうところの試練かも、
などと勝手な妄想をしつつ、じわじわと穴のなかを進みます。
この狭い穴のなかで、私を励ましてくれたのは、
ドンナ・アンナでもなく、コミでもなく、ヨメと、周りにいるギャラリーでした。

せまくてパニック

というわけで、途中パニックになりつつも、無事通過。ホッとしました。
うしろから二重メタファーの触手に襲われることもありませんでした。

ですが、きっと、落ち着いて挑戦すれば、難なく通り抜けられたと思います。
ちなみに、ヨメは、近年の体重増加を理由に、この試練を断固固辞しました。

そんなわけで、この続きは、次回にまた書きたいと思います。



コチラをクリックしてくださるとうれしく思います。
FC2 Blog Ranking

関連記事
  
コメント
コメントする












 管理者にだけ表示を許可する?

トラックバック
トラックバックURL
→http://nobayashi.blog66.fc2.com/tb.php/563-26b19112
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)