甲賀市でのMINI

今年の7月に、奈良へ小旅行に行ってきたと当ブログにも書きましたが、
おりしもこのとき、興福寺で行われている『阿修羅-天平乾漆群像展』は、
春と秋の展示期間のあいだの休会時期にあたっており、
残念ながら、阿修羅像を見ることができませんでした。

そんなわけで、リベンジ…というわけではないのですが、
今月のはじめに、阿修羅像を見学するために、
ふたたび、泊まりがけで奈良へと行ってきました。

前回はヨメのプジョーで奈良まで行きましたが、今回は、
私のMINIで奈良まで行ってみることにしました。
なにしろMINIは、オイル交換もしたばかりで、しかも、
夏の暑い時期はあまり乗ることもできなかったため、
MINIでの奈良行きは、いわば当然の成り行きといった感じでした。

ところが、9月末までさわやかな晴天に恵まれていたのに、
10月に入ってからは、ちょっとお天気が微妙な状態に…。
ですが、まあ、雨は降らないということで、予定通り、
ヨメとともにMINIに乗って出発しました。

今回、岐阜から奈良へ行くルートは、
前回とはまったく違うものにしてみました。
前回は三重県側から奈良県に至るルートを使いましたが、
今回は、まず国道21号線に乗って、西の滋賀県彦根市を目指し、
そこから国道306号線に乗り換えて南を目指してみました。
途中、国道307号線へと入り、信楽、滋賀県甲賀市を目指します。
その後も、そのまま国道307号線をひた走り、
京田辺市で国道24号線へとスイッチし、奈良市へと入る、というものです。

雲がちな空模様でしたが、やはり雨になることはなく、
しかも、道路も渋滞などはなく、比較的スムーズに奈良へと入ることができました。

奈良駅タイムズビエラ駐車場

ホテルには、宿泊客専用のタワーパーキングがあるのですが、
こちらにMINIを入れると、マフラーの触媒が床に接触しそうなので、
ホテルすぐそばの自走式駐車場を利用することにしました。
この駐車場は、高架化された駅のプラットホームの真下に作られており、
仮に雨になったとしても、クルマが濡れることはありません。
これは旧車乗りにとってはありがたいことです。

この日はすでに時間も夕方となっており、そのままホテルにチェックインし、
その後は、奈良の街をぶらぶらとしたりして、夕食をとることにしました。

そしていよいよ阿修羅像見学に出掛けるその日、天気は崩れ、
朝から本格的な雨になってしまいました。
これにはちょっとがっかりです。
まあ、MINIは雨に濡れていませんが…。

というわけで、気を取り直して、徒歩で出発。
いざ阿修羅見学へ、と、気持ちもはやるところですが、
まずは前回見ていなかった東大寺二月堂へと行ってみることにしました。

二月堂に向かうには、まず東大寺へと行き、そこから目指すのが、
一般的のルートかもしれません。
ですが、前回東大寺に行ったとき、
奈良名物の鹿たちが、そこかしこでフンをしていて、
それを避けて歩くことに難儀したため、今回は東大寺の裏(北側)を通って、
二月堂へと行ってみることにしました。

二月堂への道

雨といえども、休日の奈良は観光客がとてもたくさんいましたが、
このルートは、まったくといっていいほど人影もなく、それなのに、
写真のように美しく落ち着いた景観で、しかも、懸念した鹿のフンもなく、
こちらを選んで正解でした。

あいにくの空模様ですが、この景色に、雨は似合うように思います。

二月堂

そして二月堂に到着。
ここでも人影はまばらでしたが、しばらくすると、
大量の外国人観光客が入ってきました。

ここで、大和茶の茶粥をいただき、
(その茶粥の写真を撮り忘れてしまいました。残念です)
次に行ったのは正倉院です。

正倉院

こちらも、前回の奈良旅行では訪れることがなかった場所です。
ただ、この先へは行くことができませんでした。

いざ阿修羅像を見学に

というわけで、いよいよ、興福寺へと向かった見ることにしました。
さすがに、興福寺へ行くと、大勢の観光客がいました。
うえの写真では人がまばらに見えるかもしれませんが、実際には、
そんなことはなかったです。
なかでも、修学旅行生の姿を、多数見かけました。

興福寺仮講堂

そして、チケットを買って、興福寺仮講堂へ。
館内の撮影はもちろん許可されていませんので、
写真のご紹介ができるのは、この仮講堂の姿までです。
たいへん申し訳ありません。

仮講堂に足を踏み入れると、
赤みを帯びたスポットライトに照らされた、
二十体を超える仏像 (乾漆仏) と、向き合うこととなります。

まず、手前 (東側) に展示されているのが、金剛力士像です。
口を開けているこの像は、阿形(あぎょう)と呼ばれるそうです。
造形は極めてリアルで、大胸筋、三角筋、腹直筋などの、
各筋肉がはっきりと見て取れます。
それだけでなく、履いている袴状の衣類には、
強い風を示す流れるシワが表現されています。

中世から江戸時代に至る日本の絵画は、シンプルな線で対象を捉え、
ときにディフォルメも加えつつ描く、といったスタイルが多いように思いますが、
この金剛力士像は、正確に筋の隆起の描写がなされています。
憤怒の表情には、たしかに誇張的なディフォルメがありますが、
それらも、顔面の筋の動きに沿った理にかなったものとなっています。

荒々しさのなかに繊細さがあり、また、
長い時間を経てまとったのであろう体表の質感が、
像の重厚さをさらに増大させているようにも思います。
最初の展示物であるこの像で、すでに圧倒されてしまう思いでした。

次は舎利弗(しゃりほつ)像、富楼那(ふるな)像、羅睺羅(らごら)像といった、
釈迦の弟子たちの像が展示されています。
金剛力士像とは対照的に、どの像もみなおだやかな表情で、
しかも、少年のような若々しさも感じます。

その次は、畢婆迦羅(ひばから)像といった、
甲冑を身に着けているかのような像が展示されています。

さらに次は、展示物の中央となる巨大な阿弥陀如来像が鎮座しています。
両脇には梵天像、帝釈天像が配置されています。

阿修羅展リーフレット表面

その左隣に、今回の目的であった阿修羅像が置かれています。
阿修羅とは、インド神話に登場する戦いの神だそうで、
本来であれば、激しい怒りの表情をした三つの顔を持つものだそうです。
ですが、この阿修羅像は、おだやかで知的であり、
少年のような年若い顔となっています。
また、身体は細く繊細で、六つある腕に至っては、
戦いの神とはほど遠い華奢なものです。
表情は内省的で、それでいて、目には強い力が宿っているようです。
閉じた口は、ほんのわずかにゆがめられおり、
見ようによっては、微笑みのようにも、静かな怒りのようにも、
どちらにも受け取れるように思います

腕は二本を対にして同じ動作をとっており、
その不思議なフォルムは、万能感を放ち、
どれだけ眺めても見飽きないものでもあります。

この像は、いまから1300年も昔に作られてものだそうです。
興福寺は何度も火災に見舞われてきたといいますが、これらの仏像は、
内部が空洞となっているため、持ち運びが容易で、そのために、
焼失を免れてきたのだといいます。

人の命ははかないもので、寿命が延びた現在となっても、
100年も生きればたいへんな長寿でしょう。
ですが、阿修羅像は、1300年ものあいだ、この国の歴史とともに生き、
また、多くの人々の目に触れてきたのです。
そしていまから1000年の後にも、いまと変わらず、生きながらえていることでしょう。
仏像とは、永遠の命を持っているのではないか…。
そう思うと、なにかしら不思議な気持ちにもなりました。

阿修羅展リーフレット裏面

阿修羅の隣には、
五部浄(ごぶじょう)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)の各像があり、
さらにその隣には、
須菩提(すぼだい)、目犍連(もっけんれん)、迦旃延(かせんねん)といった、
釈迦の弟子たちの像が、配置してあります。

そして最後は、金剛力士像があります。こちらは口を閉じた、
吽形(うんぎょう)と呼ばれる像です。

しばしのあいだ、これらの像と向き合い、その造形美に酔いしれるとともに、
静謐で敬虔な心持ちにもなってきました。
奈良まで来た甲斐があったというものです。

興福寺到着

というわけで、このあとのことは、また次回、ご紹介したいと思います。



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