三千院庭園

10月になってから、比較的おだやかな天候が続いているかと思います。
それにしても、気がつけばすでに今月も半ば過ぎ……。
なんだかあっという間という感じですね。
さて、そんなおだやかな秋の日に、京都の大原まで行ってみました。

行ってみたのは先週末の日曜です。
このときの出動車はヨメのプジョーでしたが、じつはそのまえの週にも、
MINIで京都大原方面まで行こうとしていました。
が、この日は、出発の時間がとても遅くなってしまい、結局、
琵琶湖西岸の朽木のあたりまで行けませんでした。

しかも、朽木で、信長の隠れ岩なる場所に行ってみようとしたのですが、
クルマを停められる場所をみつけられず、
(看板のある路肩は、段差が激しくて、MINIだと入れない気がしたので)
結局、素通りしてしまうことに…。

この信長の隠れ岩なるものですが……。
元亀元年、織田信長が、越前の朝倉氏討伐のため、敦賀の金ヶ崎城を攻めましたが、
そのさい、信長と同盟関係にあった近江浅井氏が朝倉方に寝返り、
朝倉軍とともに信長を包囲しようとしました。

優勢に戦いを進めていた信長でしたが、浅井の寝返りで形勢は逆転。
信長は同盟軍の徳川家康や自軍を取り残し、京へと逃げかえろうとします。
そのさい、浅井の支配地域を避け、琵琶湖西岸の急峻な山道を通ったといいます。

信長の隠れ岩とは、そのさいに、追っ手をかわすため、
信長が身を潜めた場所のようです。

朽木資料館

そのあと、朽木の資料館へと行ってみたのですが、
こちらはなんと、予約しないと開館してくれないそうです。
そんなことは当然ながら知りませんでしたので、建物のまえで、
途方に暮れてしまいました。

ただ、この資料館のある場所は、朽木陣屋跡と呼ばれる公園となっており、
お散歩するには、ちょうどよい場所になっていました。
(ちょっと草ぼうほうで荒れた感じでしたが)

朽木にて

とにもかくにも、MINIは琵琶湖東岸の道を軽快に走り抜け、
好天のなか、楽しいドライブになりましたが、さすがに、
この日は、京都まで足を延ばすことはできませんでした。

というわけでその次の週、今度はヨメのプジョーで、
再度、琵琶湖西岸を通って京都に至るルートを辿ってみることにしました。
この日は、前週の日曜ほどではありませんでしたが、まあまあのお天気で、
しかも、渋滞などにも出くわすことなく、すんなりと、
京都の大原に到着することができました。

三千院駐車場

なにしろ、大原といえば、三千院などの有名寺院があり、
もしかすると、駐車場にクルマを止めるのに、
かなり難儀するのではないかと思いましたが、
意外と簡単に、しかも三千院に最も近い場所に、駐車することができました。

というわけで、さっそく三千院に行ってみます。
私にとっては、人生初の三千院見学です。

坂道を登って

駐車場から三千院に行くには、この細い坂道を上へ上へと登っていきます。
観光客は多くいましたが、ひどく混み合うこともなく、すいすいと、
歩くことができました。
ただ、これからは紅葉シーズンとなるため、このような、
快適な状態ではなく、大きく混雑するのではないかと思います。

紅葉が本格的になったら、また、この地を訪れたいとは思いますが、
あまりに混雑するようなら、ちょっと難しいかも…。

三千院

こちらが、三千院の山門です。
というわけで、拝観料700円を払って、いざ、三千院見学です。
といっても、院内の撮影は許されておらず、庭園や、一部の許可ポイントしか、
撮影できませんでしたが‥。

外に出て

院内の見学を終えると、庭園を通り抜け、次は往生極楽院を参拝し、
ついで、わらべ地蔵を見にいきました。

わらべ地蔵

こちらがわらべ地蔵です。
かわいいお地蔵さんがいつくも並んでいました。
カメラ女子のみなさんが、競って写真を撮っていました。

庭園で撮影

それにしても、この苔むした感じの庭園は、心が落ち着きます。
いい雰囲気ですね。
(ちなみにこちらは、わらべ地蔵ではありません)

というわけで、三千院をあとにして、今度は、
寂光院まで歩いて行ってみることにしました。
来た道を戻ります。

2018_10_14h.jpg

とりあえず、三千院そばのお店で買ったお土産を、
駐車場に止めてあるプジョーに置き、ふたたび歩いて出発です。
この駐車場から寂光院までは、少しばかり距離がありますが、
充分に徒歩圏内です。

田舎らしい風景

このあたりは、ほんとうに田舎で、川の水もとてもきれいです。
空は少し雲がかかることもありましたが、しだいに晴れてきました。

入館料を払って

こちらが寂光院の入り口です。
石段がいい感じですね。拝観料は600円でした。

寂光院は、平清盛の娘で、高倉天皇の妃であった建礼門院徳子が、
源平合戦の後、隠棲した寺ということで知られています。
(建礼門院徳子といえば、大河ドラマ『平清盛』で、
二階堂ふみさんが演じられていたかと思います)

清盛の娘ということで、この世の絶頂を味わい、
しかし、源平合戦では、敗戦の憂き目にさらされ、入水して自害しようとしたものの、
不本意ながら源氏側に助けられ、子である安徳天皇を失い、
失意のなか京に連行され、ここ寂光院で晩年を暮らしたといいます。
この世の喜び、悲しみ、すべてを経験した女性と言われています。

こちらは、三千院よりもさらに観光客が少なく、そのぶん、
静かな雰囲気がより味わえました。

ちなみに、三千院は、平成12年に、何者かの放火により焼失したといいます。
私はその事実を知らずに、ここにきて初めて、本堂が再建されたものと知りました。
犯人はいまだ捕まっていないということですが、ずいぶんと罰当たりな、
かつ、歴史的遺物に対する冒涜行為をしたものです。
建礼門院徳子の像も、このとき、焼けてしまったといいます。
徳子も草葉の陰からさぞ悲しんだことでしょう。

南蛮灯篭

こちらは、南蛮灯篭と称される金属製の灯篭です。
立て札には伏見城から持って来たものだとか……。
伏見城といえば、関ヶ原合戦の前に、西軍に包囲され、
徳川方の重臣鳥居元忠の奮戦虚しく、落城した城ですね。

建礼門院徳子墓陵へ

こちらは、建礼門院徳子のお墓に通じる石段です。
しっかりとお参りをしてきました。

というわけで、秋の一日、京都大原を思いっきり堪能してきました。
できれば、また、このあたりを散策したいものです。
(でも、やっぱり、混雑する紅葉の時期は避けたほうがいいかも)



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