ハヤカワepi文庫

ここ二ヶ月ほど、コロナ渦でお出かけもままなりませんでしたが、
ようやく、我が岐阜県の緊急事態宣言は、今月15日をもって解除となりました。
ここのところ、県下での新たな感染者の確認はされておらず、
それゆえに、解除という判断になったらしいですが、
まだまだ、油断はできないのかなと、思っています。
そうはいっても、やはり解除というと、気持ち的には、なんだか楽になりますよね。
これからは、人混みなどは避けつつも、少しは、出かけたりできるようになるかなあ、
などと、思っています。
まあ、そんなわけですので、今回も、お出かけやドライブに関するネタはなく、
前回に引き続き、本ネタをやってみたいと思います。
(コロナが続くと、もともとお出かけ記事がメインだった当ブログが、
プラモと読書のブログになってしまいそうで、それもちょっと心配しています)

今回は、ハヤカワepi文庫から、ディストピア系小説を二冊、取り上げたいと思います。
一冊目は、コーマック・マッカーシーという作家の『ザ・ロード』という作品で、
もうひとつは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』です。
一九八四年は、非常に有名な小説ですが、私は、この歳になるまで読んだことがなく、
(ですから、なにをいまさらって感じなのですが……)
この二〇二〇年になって、はじめて完読しました。

epi文庫の黒い背表紙

ハヤカワ文庫というと、海外翻訳物のSF小説、冒険小説、ミステリー小説ばかりが、
思い浮かぶのですが、このepi文庫というのは、海外の文学作品を、
専門に扱うレーベルだそうです。
epi文庫は2001年より始まったそうですが、じつは、私、いままで知りませんでした。
(ちなみにSF好きの私としては、ハヤカワ文庫には、若い頃、ほんとうにお世話になりました)

ザ・ロード

まず、『ザ・ロード』についてですが、
こちらは、荒廃した世界をさまよう父と子の物語です。
この小説、文体がちょっと特殊で、ごく一部を除き、句読点がありません。
なのに、翻訳小説の常で、センテンスはとても長く、もう、最初は読みにくくて……。
読んではつっかえ、読んではつっかえ、また読み直して、なんてことを繰り返していました。
この作品は、翻訳小説なので、原文の特徴を句読点を省く形で表現しているのだと思いますが、
ならば原文ではいったいどういう状態になっているんだろうと、そのあたりに、
ちょっと興味をひかれました。
(といっても、いずれにしろ、私には、原文、読めませんけど)

とはいえ、しだいに、この句読点がないセンテンスの長い文体に慣れてくると、
さほど、読みにくさを感じなくなってきます。

また会話には、鉤括弧がありません。
描写と会話は完全に切り離れていて、会話のなかに描写が入ることもありません。
一定のリズムを持って、描写と会話が繰り返され、物語が進行していきます。

文面

物語は、先にも述べましたが、文明が崩壊し荒廃した世界を旅する親子のお話です。
しかし、いったいなにが起きて、世界がこのような有様になったのかは書かれていません。
隕石の衝突といった未曾有の自然災害なのか、核戦争のような人災なのか、
そのあたりについての描写は省かれています。
ただ、もはや青空は臨めず、空は常に灰色で、陽光も弱々しい灰色であること、
なんらかの高熱が発生したらしいこと、
大量の灰が降り注いでおり、世界が寒冷化に向かっているらしいこと、
人口が激減し、国家も社会も消滅していること、などがわかるだけです。
主人公である父にも、その子供も、名前は明かされず、
ただ『彼』『少年』と表現されるだけです。

ふたりは、まだいくらかは温暖であろう南を目指してひたすら旅をします。
そして、死んだ街や、黒く焼けた森、灰に覆われた大地をつぶさに見ていきます。
その描写は極めて丹念でありながら、どこか乾いた感があって、
幻想的な美しさや、妙な憧れすら感じます。
自分も灰色の世界を旅しているような気持ちになります。

○ ハヤカワepi文庫『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー著 ~

静寂が支配するこの世界ですが、じつはたいへんな脅威が潜んでいます。
それは、彼ら親子と同様『生き残った人間たち』です。
生き残った人たちのあいだには、協調も協力も相互扶助もありません。
すでに食糧生産が断たれたこの世界では、わずかな食料の奪い合いはもちろん、
人間同士の共食いさえ横行しているのです。

そんな世界にあって、父は息子を懸命に守ろうとします。
そのため、ときには、非道徳的で暴力的な手段に訴えなくてはならないことも多々あります。
しかし少年は、その考えには沿えません。
少年は他者の存在に怯えつつも、関わる相手の救済を父に求めます。
助けたい、食べ物を与えたい、いっしょに連れて行きたい……。
純粋な少年の願いは切ないです。
こうして親子は、強い愛情とともに軋轢を抱えつつ、旅をしていきます。

が、やがて、行先にも希望がないことがわかってきます。
苦労して行き着いた先の海もまた灰色で、暖かさはなく、
父の体力は次第に衰え、激しい咳に見舞われていきます。

すでに人の時代は終わったのであり、
親子の旅は、消えた火の余熱のようなものでしかないのかもしれません。
あらゆる文明の痕跡はすべて灰に覆われてなくなり、人もやがて死に絶える……。
この親子の愛は、そんな真夜中に向かう薄暗がりの中に灯る、
ささやかな輝きのようなものです。

物語の最後は涙を禁じ得ないものです。
ネタバレになるので、多くは申せませんが、
しかし、希望を感じさせるラストとなっています。
すぐれた小説ですので、もし、興味を感じた方がいらっしゃいましたら、
ご一読をお勧めいたします。

epi文庫背面

というわけで、次に、ジョージ・オーウェルの一九八四年について、
続けて書こうかと思っていましたが、
さすがに、ザ・ロードの紹介だけで、ちょっと長くなっちゃいましたので、
一九八四年については、また次回、詳しく書きたいと思います。

それにしても、梅雨入りの前に、どこかに出かけたいものです。


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