街とその不確かな壁 表紙

この「街とその不確かな壁」を購入したのは、今年の五月……。
たしか、ゴールデンウイークの最中だったように思います。
そのときは、この本のことがなにかと話題になっていましたから、
書店には、手書きポップを配した専用のコーナーが設けられ、
それこそ山のように、うずたかく積み上げられていました。
こういう演出をされると、買うこちらの気持ちも、
なんだか、盛り上がってきますよね。

そんなわけで、すぐにでも読みたかったのですが、いろいろとバタバタしていて……。
それになんだかすぐ読んでしまうのがもったいないというか、
そんな気もしてしまい、そのまま、机のうえに「積ん読」状態にしていました。
が、晩秋というか、今年もあと一ヶ月ほどしかないいまになって、
ようやく、その頁を開いてみた、という次第です。
(なにをいまさらって感じなのかもしれませんが……)

本作は、騎士団長殺しから六年を経て出版された村上春樹の最新長編小説です。
装丁は、黒を基調としたいて、版画風のイラストが、
小説の世界観とうまくマッチしていて、とてもかっこいいですね。
厚みがあるため、重量感もあるのですが、お値段もそのぶん張ります。
(三千円近いですね……)

さて、で、肝心の物語ですが……。

扉部分

17歳の『僕』は、一つ年下の16歳の『きみ』と恋に落ちます。
高校のエッセイコンテストの表彰式で知り合ったふたりは、
文通を続けるうち、互いの街を訪ね合うようになります。

ふたりきりでいるとき、彼女は、彼にある『街』の話をします。
彼女によれば、いまここにいる自分は、本当の自分の影に過ぎないのだというのです。
そして、本当の自分は、その壁に囲まれた街にある図書館で働いているのだと……。
ふたりは、一夏のあいだ、この街について深く語り合い、
そのディティールを詳細に作り上げていきます。
が、そのあと、彼が手紙を書いても、彼女からの返事はこなくなってしまいます。
思い余って彼女の家を訪ねると、玄関には違う名前の表札が出ています。
彼女は、忽然と消えてしまったのです。

そして、もう一方の物語の語り部である『私』は、
高い壁に囲まれた街に住んでいます。
彼は、針のない時計台がある広場そばの図書館で
たったひとり「夢読み」という仕事に就いています。
夢読みは、毎夜、図書館の書庫に保管された『古い夢』を読むのです。
そして、その図書館には、ひとりの少女が働いています。
ずっと昔、恋に落ちた、あの16歳の、あの「きみ」です。
が、彼女は、彼のことをまったく覚えていませんでした。
しかし彼女は、薪ストーブで湯を沸かして薬草茶を作るなど、
彼の夢読みの仕事をサポートします。

深夜、夢読みの仕事が終わると、彼は、いつも決まって、彼女を家まで送っていきます。
こうしてふたりで川沿いの道を歩くことが、
彼にとって、長い間求めていた、至福の時間でした。

が、彼は、この街を出て行く決心をします。
街に入るさい、彼は自分の影と引き剥がされたのですが、
その影が、街を出ることを、彼に強く勧めたのです。
彼と影は、ともに街を出るため、川の水がたまった場所に潜り、
外の世界に出ようと試みます。
ところが、いざ脱出となったその時、彼は、街を出ることを拒絶します。
ところが、気がつくと、彼は街の外に出てしまうのです。

ページ面

……と、このように、物語は、過去と現在、現実と非現実が、入り乱れています。
さらにこのあとは、生者と死者とが入り乱れるようになります。
これぞまさしく村上ワールド、という感じです。

17歳の『僕』のパートでは、瑞々しい描写に心を奪われます。
川を歩く僕ときみのシーンは、その光景がありありと目に浮かんできます。
ふたりが、ひと夏をかけて、街のディティールを詳細に作り上げていくあたりは、
若いがゆえのういういしさのようなものが感じられて、読み手側も、強く没入していきます。

また、45歳になった『私』のパートでは、私を取り巻くさまざまな人物が登場し、
それらのキャラクター造形が読み手を引き込んでいきます。
なかでも、前図書館長の「子易さん」には、読み手側も、深い愛情を感じるかと思います。

さらに、コーヒーショップの女主人、イエローサブマリンの少年といった人々が加わり、
物語をさらにあらぬ方向へと導いていきます。
最終章では、このイエローサブマリンの少年が、重要な役割を果たすこととなります。

街は、実在するのか、人の心の中だけに存在するのか……。
私は、実体なのか、影なのか……。
そして、過去を遡る私は、いったいどこに行ったのか、
あるいは取り戻した過去にとどまってしまったのか……。
壁に囲まれた街に住むもう一方の私は、最後、こちらの世界に帰ってきたのか……。
そのどちらの私が実体なのか、影なのか……。
物語はさまざまな謎に満ち、しかもそこに明快な回答は与えられません。
これらがなにを暗示しているのかもよくわかりません。

それらの解明は、読み手がそれぞれ行うのでしょうが、
もしかすると、そうした意味づけ的な試みは、無意味なのかもしれません。
本作は、この現実と非現実が入り乱れ、生者と死者が交錯する、
曖昧で美しい世界を、そのままただ流れるように味わうということで、
いいのではないでしょうか。

街とその不確かな壁 背

次回作が出るのはまた数年先になるでしょうが、
今後の作品にも、また、期待してしまいます。


コチラをクリックしてくださるとうれしく思います。
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