本堂3

コロナ渦で、ブログにアップするネタがなくて困っている今日この頃ですが、
先々週の、MINIでのプチドライブに続き、昨日の日曜も、
なんとか、お出かけすることができましたので、
今回は、その模様を、取り上げたいと思います。
(っていうか、今回は、ブログのネタ探しのために、出かけたようなものです)

もっとも、今回も、遠出はせず、出かけた先は県内。とっても近い場所です。
しかも、密を避けるということで、大勢の人で賑わうような場所でなく、
ひっそりとしたスポットを選びました。
というわけで、今回は、『日龍峯寺』というお寺に、行ってみることにしました。

この寺は、岐阜県関市の山深い地(上之保地区)にあり、
なんでも、数年前、NHKの『行く年来る年』で取り上げられたそうです。
この放映を境に、一気に参拝客が増えたそうです。
うちのヨメは、以前、こちらに、御朱印をもらいに行ったことがあるそうで、
場所については、すでによく知っていした。
というわけで、今回は、ヨメ車ヨメ運転で、日龍峯寺を目指しました。
というのも、この日もたいへんな暑さで、エアコンなしのMINIでのお出かけは、
さすがにはばかられのです。
(仮に目的地についたとしても、汗だくで参拝困難になりそうです)

我が家からは、車でほぼ一時間というところでしょうか。
途中までは、勝手知ったる関金山線という道を行くのですが、途中から、
細い山道に入ります。
この道がかなり細くて、もし対向車が来たら、すれ違えないところも多々あります。

ですが、難なく日龍峯寺山門に到着。とはいえ、この門をくぐって寺に行くには、
かなりの距離があるそうで、ヨメは歩くのを拒否。
この先の道に、大きな駐車場があり、そこに車を置けば、参拝はかなり楽だといいます。
というわけで、山門を横目に見つつ、道をさらにあがって、駐車場に行ってみました。

駐車場に着くと、車の姿がちらほらとありました。
行く年来る年で取り上げられてから、すでに時間もある程度たっていますし、
また、酷暑ということもあって、参拝客の数は多くはなかったです。
そうはいっても、次々に車が駐車場に入って来ましたし、人影もちらほら見かけましたから、
閑散としているわけではななかったです。
蜜にもならず、かといって、さみしくもなく、ちょうどいい感じでしょうか。

日龍峯寺看板

こちらは駐車場にあった、案内看板です。
この看板によると、各所に、本堂や多宝塔、鐘楼が点在しているようです。
それにしても、この日も暑い……。
車を降りた途端、強烈な日差しが降り注ぎます。

参拝順路1

というわけで、さっそく、登山道のような道を歩いて、日龍峯寺へと向かいます。

このお寺は、真言宗のお寺で、美野国では最古の寺ともいわれているそうです。
また、道中立てられていた看板によると、北条政子が建立したとも伝えられているそうで、
そうなると、鎌倉時代初期の寺ということになるのでしょうか。
また、両面宿儺伝説とも、深い関わりがあるようです。
(両面宿儺は私の故郷である飛騨高山でも伝承が残っているようで、昔から、
その名をよく耳にしたものです)

参拝順路2

それにしても、かなりの山奥。
こういう人里離れたところにある古刹を訪ねるのは、なんとも心踊ります。

鐘楼

こちらは鐘楼です。
お寺自体の歴史は古いそうですが、こちらの鐘楼は、かなり新しい印象です。
家に帰ってきてから日龍峯寺のサイトで見てみると、なんと、
昭和に再建されたものだということがわかりました。

ちなみに、そのサイトというのは、こちらになります。
○ 日龍峯寺の情報はコチラ。公式サイト ~

多宝塔

さらに道を先に進むと、多宝塔がありました。
こちらについては、詳しいことがわかりません。

本堂1

そしてこちらが本堂です。
石垣を組み、足場を組んで、そのうえにお堂が設えられています。
それゆえに、こちらを京都の清水寺にちなみ、美濃清水とも呼ぶそうですが、
清水というよりも、投入堂みたいにも見えますね。
深い森の中、急峻な崖を背にして立つ本堂は、味わいがあります。

しかもこのとき、本堂からは朗々とした般若心経が響いてきて、
なおさら、雰囲気がありました。

本堂への階段

こちらは本堂に続く石段と階段ですが、とにかく階段がすごく急です。
お城も含め、古い建物って、みなそうですが、上るのはちょっと怖いです。

本堂からの眺め

こちらが、本堂からの眺めです。
といっても、そもそも深い森の中ですから、見えるのは木々ばかりです。
このちょうど真反対に、ご本尊があるのですが、
さすがに、カメラを向けるのは憚られましたので、
写真はありません。すみません。

ただ、この本堂には、明治期の陸軍にまつわる、
年号や説明書きを加えた大判の絵画が、三つも展示されており、
こちらはなにか、陸軍とご縁があるのかな、と思ってしまいました。
もっとも、絵画は日清戦争までで、日露戦争にまつわるものはありませんでした。

また、本堂には、びんずる様もありました。

さらに、この本堂の裏にある岩場からは『みたらしの霊水』という湧き水が出ており、
しかも、参拝客用に、お持ち帰りのためのペットボトルまで用意されています。
せっかくですので、こちらの水もいただいてきました。

仁王門

帰り際に、もう一度、車で山門(仁王門)に戻り、
こちらの参道を歩いて行ってみようと思ったのですが、
とにかく、蚊がすごくて、すぐに断念しました。
(蚊の羽音が、もう、そこかしこから聞こえてきます)

山道とプジョー

というわけで、走って車へと逃げ帰ります。
まあ、そのおかげもあったのか、なんとか、刺されれずにすみました。

というわけで、無事、日龍峯寺参拝ができました。
今度は、また、季節を変えて、参拝にきたいものです。



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久しぶりのMINI

気がつけば、八月ももう終盤となってしまいました。
当ブログは、月に二回しかアップしない、のんびりペースを以前から貫いていますが、
それでも、月の真ん中と終わりくらいには、定期的に、更新していたかと思います。
なのに、この八月は、すでに25日を過ぎても、まだひとつも記事をアップしていません。
というのも、今年はホントにネタがなくて……。
まあ、それもこれも、みな新型コロナウイルスのせいですね。
なにしろ、お出かけネタ、ドライブネタが多かった当ブログにとって、
お出かけがしづらい昨今の状況は、ネタに困ることこのうえないです。

インフルエンザなどの感染が比較的起きにくい夏でさえ、
新型コロナウイルスは猛威を振るうわけですから、秋、冬になったら、
ほんとうにどうなることかと先が思いやられます。
また、経済の悪化も著しいばかりで、私個人も、大きく仕事が減りましたし、
同時に、日本全体という視点から見ても、景気の悪化は目を覆うばかりかと思います。
財政状態が極めて悪い日本が、この危機を乗り越えていけるのかどうか、
ちょっと心配になってしまいます。
なにしろ、いつまで新型コロナの蔓延が続くかわかりませんし……。

そんな状況ですから、お盆休みの時、同じ県内の飛騨高山に帰省しても、
親とは、食事をしたりすることもできず、その点においては、
とてもさみしい盆休みとなってしまいました。
(とりあえず、お墓の掃除とお参りができましたから、それでよしとしましょう)

と、またしても前置きがコロナの話題になってしまいましたが、そろそろ本題に……。
先週の日曜日、久しぶりに、MINIでドライブに行ってきました。
といっても、いつものようなロングドライブではなく、
ほんとに、ちょっとお出かけ、といった、ごくごく短いものです。
それでも、久しぶりにMINIに乗ると、やっぱり楽しいですね。

なにしろこの日は、雲が多いものの、空は晴れており、お出かけ日和といってもいい、
空模様でしたが、なにしろ暑い!。
エアコンのないMINIは、ほんとマジでたいへんです。
というわけで、この日も、オーバーヒート対策として、
ヒーターを入れてのドライブとなりましたs。
(なにしろ私のMINIは、ラジエーターの電動ファンがないんです)

今回は、大垣市上石津方面へと行ってみましたが、
道に信号はほとんどなく、ドライブ自体は快適で、水温計の針も、安定していました。
まあ、走っていれば、風も入りますし、さほど暑さも気になりません。
(信号で止まったりすると、とても暑くてしんどいんですが)

そこで、道路上に『梅林公園』という看板を、道の左側に発見。
あてのないドライブですので、急遽、その看板に従って左折し、
梅林公園に行ってみることにしました。

そして一山超えると、三重県に入ってしまいました。
まさか、県境を越えるとは思っていなかってので、ちょっとびっくりです。
超えた先は、三重県いなべ市でした。

そして、看板に従ってさらに左折。
ようやく、いなべ梅林公園に着きましたが、とにかく、駐車場が広い。

広大な駐車場

こんな広い駐車場が、少なくとも三面はありました。
なのに、この晴天の休日のなか、ほかに車の姿はありません。
なんだか、不思議な光景です。

誰もいない駐車場

ペーパードライバーの方でしたら、車の運転の練習とか、
思う存分、できそうな感じですね。

高台からの眺め

駐車場からの眺めもなかなかいいです。
ソーラーパネルや、バンガローの集落、などが、眼下に見えました。
……というわけで、MINIを降りて、あたりの散策に出かけてみましたが。

さらにまた駐車場が

丘を登り、ロープが張って車両の通行を規制しているところに入ると、
なんと、またしても駐車場が……。
ここ、どれだけ駐車場があるんだよ、っている感じです。
いまは夏ですが、特定の季節になると、ここがいっぱいになるんでしょうか。
(梅林の季節って、いつなんですかね)

ただ、あたりを散策しても、公園らしい見所や休息スポットはあまりなく、
なるほど、晴天の休日にだれもここに来ないわけが、ちょっとわかる気がしました。
ただただ、広い駐車場が延々と広がるだけ。

がらんとした場所

とにかく、コロナ渦のなか、三密を避けられる、絶好のスポットです。
マスクを外して、走り回ったりできます。
(日差しが強いので、そんなことをしたら、
コロナにはならないでしょうが、熱中症になってしまうかも……)
これだけ人がいないと、ある意味、特別感がありますね。

どこまでも続く駐車場

こちらは、また別の駐車場です。ほんとうに広いです。
やっと、車を一台見かけましたが、すぐに通り過ぎて行きました。

天空とMINI

ふだんなら撮れそうもないこんな写真も、簡単に撮れてしまいます。

展望台へ

歩くのはさすがに暑いので、MINIに乗って、各所の駐車場を探索。
(といっても、MINIに乗ってもすごく暑いんですが)
売店らしき建物を見つけましたが、閉まっていました。
その建物を通り過ぎ、さらに進むと、見晴台を発見。
MINIを止めて、登ってみることに。

坂道を登る

もちろん、こちらにも人はいません。
あたりは静まり返っています。

展望台からの眺め

こちらが、見晴台からの眺めです。
いまは緑が濃い状態ですが、梅林の季節はきっときれいなんでしょうね。

というわけで、ちょっと日現実感のある梅林公園を、思い切り(?)、堪能してきました。
これはこれで、なかなか楽しいものでした。

ですが、人で賑わう梅林公園も、ちょっと見てみたいです。
梅の見頃になったら、また、行ってみたいです。



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MINICM0. TB0 TOP▲
ボナペティ表紙

今年は、7月末に入っても雨ばかりで、梅雨がなかなか開けません。
しかも、2018年の7月豪雨同様に、またしても、大雨が降り、我が岐阜県でも、
洪水警報がそこかしこで、しかも頻繁に発令されています。
いうまでもなく、身近な場所でも多くの被害があります。
とくに、国道41号線の寸断がされたことで、実家に帰ることも、不便な状況となっています。
岐阜県以外ではさらに深刻な被害もあるようで、いちはやい復旧を願うとともに、
被災された方には、衷心よりお見舞い申し上げます。

ところが、こうした雨の多い、湿度の高い時期にも関わらず、
新型コロナウイルスの蔓延は拡大する一方です。
6月から7月の時期は、感染症はさほど広がらないのでは、などと、私は考えていたのですが、
その楽観的な予想をあざ笑うかのように、感染された方が急激に増えています。
この調子でいったら、秋から冬にかけて、いったいどうなるのか、非常に心配です。

それにしても、今年は、はじまりからいままで、コロナ一色ですね。
きっと年末まで、コロナ危機が去ることはないでしょうし、おそらくは来年も、
そのまた次の年も、コロナの話題がなくなることはないでしょう。

そんな折、Go Toトラベルキャンペーンが始まり、国としては、経済活性化のため、
旅行や外出を奨励しているようですが、私としては、どうしても、
人がたくさん集まるような場所や観光名所は、避けたくなってしまいます。
というわけで、近頃は、お出かけしても、車から降りず、ただぐるぐるするだけ、
などということが多く、ブログに書くネタも、枯渇しています。

ですので、今回もまた、もはやちょっと食傷気味の感もなきにしもあらずですが、
ブックレビューをしてみたいと思います。
今回、取り上げるのは、文春文庫より出版された
『ボナペティ - 臆病なシェフと運命のボルシチ』という小説です。
著者は徳永圭さんという方です。

ボナペティ中面

物語の主人公は、都内の食品メーカーに勤める三十代のOL、長谷川佳恵。
準備に準備を重ねて挑むはずだったプレゼンを、
ライバル社員の姑息な妨害によって白紙に戻され、
憤懣やるかたない思いに駆られる。
そして、腹立ち紛れに、かつて行ったフレンチのお店に行くのだが……。
フレンチのシェフは変わっており、客を客とも思わぬ態度。
味は決して悪くはないのだが、そのシェフの物言いに、
もともと機嫌の良くなかった佳恵は、大激怒。
シェフと大げんかをしてしまう。

この経験を契機に、佳恵は、自らビストロを開店する計画を思いつくが、
今度は、優秀なシェフの獲得に難儀する。
そんな折、たまたま立ち寄ったショットバーで、驚くほどおいしいボルシチと出会う。
聞けば、そのボルシチは、マスターの手によるもではなく、
バイトとして店に入っている西田という若者が作ったものだという。
その西田とは、あの大げんかをしたフレンチのお店で働いていた若者だった。

さっそく佳恵は、西田の引き抜きにかかるが、西田は首を縦に振らない。
自分は責任ある地位に向かないのだという。
超イケメンである西田は、勤め先に女性がいると、その女性たちが互いに競い合い、
トラブルになるという。
西田はその事実を、自分に統率力がないからだと思い、自信喪失していたのだ。

佳恵は、そんな西田を必死に口説き落とし、同時に、かつての友達などの助けもあって、
なんとか、ビストロ『メゾンドシトロン』の開店に漕ぎ着けるが、
当初は快調だった売り上げがジリジリと下がり始め、
また、何者かによる、店への嫌がらせも始まる。

佳恵は、この苦難を克服できるのか……。

ボナペティ背表紙

といったストーリーです。
話のスジはいたってシンプルで、とてもわかりやすいです。
OLがお店を開き、さまざまな困難に直面しつつも、
仲間とともに、夢を実現する、という、感じです。
複雑な人間関係、対立軸、というものも、とりたててありません。

そのぶん、長谷川佳恵、西田健二、といったキャラクターがとてもうまく描かれていて、
思わず、笑ってしまったり、応援したくなったりします。
(物語は、佳恵、と、西田、のふたりの視点から描かれています)
なのに、ミステリー的な要素もあって、読者を飽きさせません。

複雑で先の見えないストーリー、どんでん返し、荒唐無稽な設定、といったものも、
読んでいて楽しいのですが、こうした、日常的なサクセスストーリーも、ほのぼのとして、
しかし、佳恵という押しの強いキャラクターのパワーもあって、
あっという間に読んでしまいます。

この作家さんを読むのは初めてですが、既作品がいくつかあるようですので、
機会があれば、また、ぜひ、読んでみたいです。



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トンネルからの眺め

前回、当ブログに、北陸、福井の朝倉氏遺跡についての記事をアップしましたが、
またしても、北陸ネタをいってみたいと思います。
今年は、コロナの影響であまり出かけることができないのですが、
そんな数少ないお出かけネタは、どうも北陸が多くなっています。
今回、取り上げるのは、明治期に建造された山岳鉄道トンネル『山中トンネル』です。
もっとも、行ってきたのはすでに二週間以上もまえの、6月28日になります。
(ズボラなので、なかなかアップできませんでした。すみません)
この日は、時折、雨が降るあいにくの空模様ではありましたが、
午後3時を過ぎるあたりから、しだいに晴れ間が覗くようになり、
総じて、まあまあの行楽日和となりました。

私が、この『山中トンネル』というトンネルを知ったのは、
TBSの『マツコの知らない世界』という番組でした。
番組には、古いトンネルマニアの方が出演していていて、
この山中トンネルを、日本屈指の名所トンネルとして、紹介していました。

北陸であれば日帰りドライブで行ける範囲ですし、
そんなトンネルがあるのならぜひ見てみたいと思っていたのですが、
前回、北陸にいったさいに、たまたまこの山中トンネルの看板を発見していたので、
近いうちに、ぜひ行ってみたいと思っていました。
今回、そんなこともあって、行ってみることにしました。

今回の出動車はヨメのプジョーです。
いつものように西の隣県滋賀県に入り北上、国道365号線に乗って、
余呉から福井県へと入り、そのまま道なりに進むと、
山中トンネルへ向かう看板が、頭上に見えてきます。

山道ドライブ

というわけで、看板に従って左折……。
やがて民家はなくなり、道はぐっと細くなりますが、そのまま西へと進みます。

駅の跡

そして最初に見えてくるのが、廃線の駅『大洞駅』跡です。
立て看板や蒸気機関車の車輪などが展示してありますので、
廃線マニアならずとも、すぐに発見できます。
ホームの跡もきちんと残っていますし、手入れもされているようです。
ほかにも、見学客の方達がきていました。

かつての駅

この駅は、デゴイチを二重連で使っていたとか……。
山岳地なので、そういうこともあるのでしょうが、そもそもなぜ、
山の中のこのような場所に、鉄道を通す必要があったのでしょうか。

というわけで、ふたたびプジョーに乗り、さらに西を目指しますが、
行く道のところどころに、廃線の遺構が残っています。
かつては賑わった路線のようですね。

こちらも明治期のもの

こちらは、土砂から線路を防護するためのロックシェッドだそうです。
通過した当初は、新しいものかと思っていましたが、
国の重要有形文化財の銘板が取り付けられており、
古いものだということがわかりました。
線路はもうないので、こうして車で通ることとなります。

トンネル到着

そしてついに、山中トンネルに到着。
深い山の中に、ぽっかりと、左右ふたつのトンネルが口を空けています。
曇天で、少し霧が出ているため、なんとも幻想的な、不思議な感じでした。
でも、トンネル見学には、この怪しげな雰囲気はとてもマッチしているかも……。

美しいレンガ

しかも、レンガを積んで作ってあり、それだけでもう、遺跡的な魅力があります。
褪せたレンガの色と、取り巻く緑が相俟って、なんとも幻想的な雰囲気です。

文化財銘板

しかも、このトンネルにも、先に通過したロックシェッド同様、
重要文化財であることを示す銘板が、左右両方に埋め込まれていました。
絡まる植物の蔓がまた、いい雰囲気になっています。
(なんとなく、ラピュタみたいですね)

で、トンネルのなかにも歩いて入ってみましたが、
灯りは乏しく、かなり暗い感じでした。
しかし、トンネルの壁面はレンガでびっしりと組まれており、
古いトンネルながらの、趣にあふれていました。
トンネル内部の写真や壁面の写真も撮ったんですが、
ピンボケになってしまいました。
トンネル内の模様をお見せできないのが、とても残念です。

しかも、出口はまったく見えません。
思いの外、長いトンネルのようで、進む先は闇です。
どのくらいの長さがあるのか、また、対向車が来たら、どうなるのか、
避ける場所があるか、そのあたりが、なんとも不安なところです。
歩いて出口まで行ってみようかと思いましたが、距離が不明なので、
途中で引き返してきました。
あのまま歩いていたら、別の世界に行っていたかも、などと思わせます。

トンネルの説明

蒸気機関車に引かれた列車は、ここでスイッチバックをして、
きつい勾配を上っていたそうです。
まさに交通の難所ですね。

隣のトンネル

こちらは、山中トンネルのすぐ隣にある、もうひとつのトンネルです。
どうやら、スイッチバックをするために、設けられたもののようです。
こちらもまた、独特の雰囲気がありますが、出口はなく、
内部で行き止まりになっているとのことでした。

というわけで、プジョーでトンネルを走ってみることも考えたのですが、
道幅が狭く、先がどうなっているかわからないこともあって、
運転手のヨメは、このまま先へ進むのを拒否。
というわけで、今回はこの山中トンネルで、引き返すことにしました。

天候回復

そのあと、東の今庄に戻り、今度は、越前海岸へと出てみることにしました。
途中、ひどい大雨に降られることもありましたが、進むうち、
しだいに天候は回復し、海に出るころには、すっきりとした青空に。
ここのところ、どうも空模様が安定しませんね。
でも、青空を見ると、気持ちも晴々、スッキリします。

帰りには、木の芽峠を探したのですが、こちらもまた、不発に終わってしまいました。
(木の芽トンネルは見つけたのですが、峠道にはどうやっていったらいいものか、
よくわかりませんでした。ちょっと残念)

というわけで、もし、また機会があれば、今度は、山中トンネル、
通過してみたいと思っています。



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一乗谷到着

梅雨時に入り、新型コロナの蔓延も、少し小康状態となったような気がします。
まだまだ油断はできない状況ですが、緊急事態宣言も五月下旬に解除され、
また、この六月の半ばからは、県をまたいだ移動も、許されるようになりました。
というわけで、すでに一週間以上前のことになりますが、
先々週の日曜 (21日) 、ひさしぶりに、MINIでロングドライブに行ってみました。
今回の行く先は、福井県の一乗谷朝倉氏遺跡としました。
岐阜県から滋賀県に入り、その後北上して福井県に入るというコースを辿ってみました。

もっとも、この朝倉氏遺跡は、以前にも何回か行ったことがあります。
(初めて行ったのは、いまから十年前の2010年だったかと思います)
ですが、大河ドラマ『麒麟がくる』で、明智十兵衛光秀の落ち延び先として取り上げられ、
また、ブラタモリでも取り上げられるなど、いま、話題の場所となっている印象があります。
しかも、ロングドライブの行く先としては、距離的にちょうどいいという感覚もあり、
今回の目的地に選んでみました。
しかも、日曜日(6月21日)はお天気も上々。
梅雨に入ったというのに、意外と、ここのところ、好天が多いようにも思います。

辿ったコースは、まず、国道21号線を西に向かって走り、関ヶ原を通過したところで、
国道365号線にスイッチし、滋賀県へと入ります。
このあたりは、関ヶ原を筆頭に、姉川合戦場、浅井長政の小谷城、と、
古戦場跡を相次いでかすめるかたちになります。
そのまま、滋賀県長浜市木之本に入り、今度は、北の余呉湖方面を目指します。
この余呉湖は、柴田勝家と羽柴秀吉が激突した賤ヶ岳の戦いが行われたあたりです。

このまま国道365号線を北上します。
途中、かなりの山道になりますが、もともと、そうした道にはある程度慣れていますので、
難なく通過します。
その後、北陸の大動脈である国道8号線に乗り換え、今度は福井市を目指します。
さすがに、国道8号線に入ると、
車も、信号も多くなり、それほど軽快に走ることはできません。
(ヨメは、この8号線で、ちょっと飽きていました)

一乗谷のMINI

福井市でちょっと道に迷ってしまいしたが、
以後、国道158号線に乗り換え、スムーズに一乗谷へ。
この日は父の日でしたので、ヨメのご実家に
少しお邪魔をさせていただいたりしていましたので、
出発がやや遅くなったのですが、それでも、午後2時半ごろには、
無事、現地一乗谷に到着しました。

県をまたいだ移動が許されたせいで、一乗谷は大にぎわいです。
ですが、少し離れた駐車場であれば、なんとか駐車できました。
MINIでの久しぶりのドライブは、やっぱり、楽しいものです。

晴天の一乗谷

ここ一乗谷は、戦国大名である朝倉氏の拠点だった場所です。
朝倉氏は応仁の乱で勢力を拡張し、守護斯波氏に取って代わって、越前国守護になります。
その後、一乗谷を整備し、領国経営の拠点としたといいます。
一乗谷は、山に囲まれた谷間にあり、東西に渡って伸びるようなかたちになっています。
西には足羽川という川が流れていて、この川を使って、物資の搬入ができたといいます。
また、足羽川の東側の一乗谷入り口を閉じてしまえば、他の地域は、
ほぼ山に囲まれていますので、防御の意味で、
非常に優れている地帯といえるかもしれません。

朝倉氏はここで五代、およそ百年に渡って栄えます。
また、織田信長から攻められた金ヶ崎の戦いでは、浅井長政の加勢(織田からの離反)もあり、
織田軍を撤退に追い込み、また、姉川合戦では、浅井に対して大量の援軍を送り込み、
信長を窮地に追い込みました。
しかし、最終的には、浅井と同様、織田に滅ぼされてしまいます。

司馬遼太郎の国盗り物語では、五代朝倉義景は、
貴族趣味の優柔不断な人物として、描かれていたかと思います。
将軍足利義昭を擁しながらも上洛に二の足を踏み、結局、
織田に先を越されてしまいます。

現在の大河ドラマ『麒麟がくる』においても、
朝倉義景は、同様のイメージで、描かれているかと思います。
ユースケ・サンタマリア演じる義景は、騒乱に巻き込まれる面倒をひたすらに避け、
蹴鞠などの遊びに興じる『平時の趣味人』という人物として描かれています。

今回、現地で歴史案内ボランティアを勤めている方は、
初代である朝倉孝景については、世襲を禁ずる先進的な法度を制定するなど、
その功績を高く評価しているようでしたが、五代義景は、
あまり評価をしていないような、そんな印象を受けました。

ここ一乗谷は、五代およそ百年にわたって栄華を極めた朝倉氏の遺構が、広く残っています。
朝倉氏の居館、家臣の武家屋敷、町人の家々の礎石の跡などを見ることができます。
しかも、一部の町並みが復元されており、見学することができるようになっています。
入場料は220円ととてもリーズナブル。
ただ、このコロナの時期なので、体温測定や住所氏名の記入などがあります。

復元町並

こちらが、復元された町並みです。
写真では、あまり人影がないように見えるかもしれませんが、
県をまたぐ移動が許された最初の週末ですので、実際には、
もっとたくさんの行楽客がいた印象です。

当時の工具

家の内部には、当時使用された工具類などの展示もありました。
この時代にはまだカンナというものはなかったようで、そのかわりに、こうした工具が、
使われたといいます。

町民の家

町民の家はどれも同じ大きさ。屋根は板を葺いて、
風に飛ばされないように石を置く、というかたちになっています。
地面をアスファルトにしなければ、もっと当時の雰囲気が出たかもしれません。

屋敷跡へ

その次に、朝倉氏の居館である朝倉館跡に行ってみました。
それにしても、青空が広がっていて、歩いていて、とても気持ちがいいです。

江戸時代に再建された門

こちらが居館に通じる門ですが、当時のものではなく、江戸時代に作られたものだそうです。
この門、私は、関ヶ原後、徳川家康が建立したものと思っていましたが、
観光ボランティアさんによると、越前松平家によって再建されたとの説明を受けました。
もっとも、秀吉が寄進したと記すサイトもあるようなので、
実際のところはどうなのか……。 ちょっと私にはわかりません。
(でも、もしそうなら、江戸時代ではなく、
天正か慶長の時代に寄進したということでしょうか)

広大な屋敷

居館の礎石跡です。建物の大きさが伺い知れます。
相当巨大なものであったかと思われます。
明智十兵衛光秀は、ここで朝倉義景に拝謁したのでしょうか……。

土塁と堀の跡

背後の丘にあがり、居館跡を見下ろしてみました。
堀と土塁の跡がはっきりと見て取れます。

素晴らしい眺め

一乗谷のあたりは、民家も少なく、自然環境が昔のままに残っている雰囲気です。
それにしても、梅雨とは思えないほどの好天!。しかも、湿度はさほど高くなく、
とても過ごしやすい一日でした。
一帯は戦国時代の遺構ではありますが、広大な公園という状態になっています。
そこかしこに遊歩道がありますし、緑も豊富で
歴史に興味がなくとも、お散歩コースとして、楽しめるかと思います。
(その美しさをご紹介したくて、画像をちょっと大きく掲載しました)

資料館へ

そのあとは、歴史資料館に行ってみました。
この日、歴史資料館は無料開放日ということで、さっそく行ってみました。

資料館開放日

こちらも、以前(2010年)に入ったことがあるのですが、その当時、私は、
歴史に関して、知識も興味もまったくなく『越前朝倉氏』と聞いても、
なんだそれ?、って感じでした、なにも知りませんでした。
ですが、以後、司馬遼太郎をはじめとする歴史小説を読むようになり、
また、大河ドラマや歴史番組を見るようになるなど、歴史マニアとはとてもいえないまでも、
当時とは、段違いに知識を得るようになりました。
ですので、同じ資料館を見学するのも、ずいぶん意味合いが違うかと思います。

展示品は、朝倉氏遺跡から出土した什器や、書状(複製品)、パネル、など多数あります。
また、朝倉氏以前の歴史についての説明もなされています。
ただ、朝倉氏が織田と戦った「金ヶ崎の戦い」「姉川の戦い」「一向一揆」などについては、
とくに詳しい展示物があるわけではありませんでした。

一乗谷ジオラマ

この展示館で、なにより圧巻なのは、一乗谷や、当時の朝倉館を再現した、
ジオラマではないかと思います。
とにかく、朝倉氏の遺構を見学したその直後に見るわけですから、
現在の一乗谷の様子と、戦後時代の同じ場所が、うまくリンクします。
つまり、一乗谷の姿というのは、当時から大きく変わっていないということでしょうか。

朝倉館模型

また、こちらは、朝倉館の模型です。
これだけの施設が一乗谷に存在したというだけでも驚きです。
いまは静かなこの山あいの地が、当時は、北陸最大の都だったわけですね。

ちなみに、この資料館では、大河ドラマで使用された衣装やパネル展示が行われていました。
こちらも無料で見学できました。

というわけで、梅雨時の晴れ間のなか、北陸一乗谷を満喫してきました。
北陸はドライブコースがたくさんありますので、また、ぜひ、出かけてみたいです。



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