桔梗塚の幟

緊急事態宣言が解除され、全国的に、しだいに普段の生活に戻りつつあるようですが、
それでも、まだまだ、元通りというには程遠い状態です。
なにしろ、気温上昇の六月に入っても、自分も含め、道行く人たちはマスク姿。
この先どんどん暑くなるというのに、先が思いやられる感じですね。

それにしても、今年は、おそらく、一年中このコロナを話題にすることになりそうです。
しかも、毎週楽しみにしている大河ドラマ『麒麟がくる』も、
前回の「決戦!、桶狭間」の放送をもって、一時中断になるとのことで、
もう、とってもガッカリです。
しかも、桶狭間というチョー盛り上がりの場面で中断なんて……。
(逆に、ここで中断というのはキリがいいのか……)
今度は三週にわたって、戦国大河名場面スペシャルという番組を放送するようですが、
とにもかくにも、一刻も早い放送復活を願うばかりです。

さて、そんな大河の話題とリンクしますが、緊急事態宣言が解除された先月、
県内にある、明智光秀ゆかりのスポットのひとつに、行ってみました。
その場所は、岐阜市の北方にある『山県市』というところにあります。

先月18日に放送された、NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』という番組で、
明智光秀の墓という説もある『桔梗塚』という場所が、ドラマで帰蝶を演じる、
川口春奈さんによって詳細されていました。
というわけで、ミーハーな私たち夫婦は、近場ということもあり、さっそく、
この桔梗塚にドライブがてら行ってみることにしました。

案内看板

なにしろ、岐阜市の隣町というところなので、一時間もかからず、現場についてしまいます。
しかも、案内看板や幟も立っていて、迷うことなくすぐに見つけることができました。
が、案の定というべきなのか、現場はかなりの混雑。
交通整理の人が出ていて、駐車場もほぼ満杯。
運良く駐車できましたが、かなりの山奥にもかかわらず、
駐車場はタダというわけにはいきませんでした。
やっぱり、テレビの効果というのは、すごいんですね。
おそるべし、NHKという感じです。

産湯

こちらは、明智光秀産湯の井戸跡と言い伝えられているものです。
歴史人物の産湯の井戸って、けっこうあちこちにありますよね。
以前にいった岡崎城には、家康の産湯の井戸ってありましたし……。

白山神社

というわけで、桔梗塚を参るまえに、まずはすぐ近くの白山神社に行ってみます。
こちらには、前出の番組の中で、川口春奈さんが絵馬を書いた場面があったのですが、
その絵馬は、なんと、額に入れて飾ってありました。
(写真が撮ってなくて、すみません)
解説のボランティアさんもいたりして、あたりはかなりの賑わいです。

神社への道

神社はこの長い隘路の先にあります。
写真で見ると、長く険しそうに見えますが、実際には、たいしたことはありません。
すぐに、お宮に着いてしまいます。
(美濃金山城の登山道『うらじろの径』に比べたら、ごくごく短いものです)

いよいよ桔梗塚へ

こうして、参拝を終えてから、いよいよ、桔梗塚に行ってみます。

桔梗塚というのは、明智光秀の墓とされるものだそうです。
もっとも、明智光秀は、本能寺の変後、
有名な『中国大返し』で備中から引き上げてきた羽柴秀吉と、山崎で戦い、
そして破れ、近江坂本に敗走するさいに、
落ち武者狩りにあって討たれた(もしくは、その後自害した)はずです。

なのに、なんで、この地に墓があるのでしょうか……・

この地にある看板を見ると、明智光秀は、山崎の戦いのあとも生き延び、
名を変えて、この地でずっと生きていたというのです。
そして、慶長五年の関ヶ原の合戦のさいに、東軍に与するべく出陣したというのですが、
その途上で、事故死した……、らしいです。

関ヶ原の合戦のあった慶長五年というと、本能寺の変から18年後になるかと思います。
光秀が本能寺の変後も生き延びていたなどというのは、とても信じられません。
これは、いわゆる都市伝説みたいなものでしょうか……。

もし、光秀が、本能寺の変後も生き延びたとしたら、
その後の秀吉の台頭をどんな思いで、みたでしょうか。
謀反人の娘として不遇をかこった娘、玉のことをどう思っていたでしょうか。
盟友細川藤孝に文のひとつでも出そうとは思わなかったでしょうか。

明智光秀が本能寺の変後二十年近くも山の中で隠棲していたなどということは、
私の個人的な考えですが、ちょっとありえないのかなって思います。

塚への道

などといいつつも、しっかり桔梗塚を参拝してきました。
大河ドラマのおかげで、この墓も、たいへんな脚光をあびることになったわけですね。
もしかすると、とてもきれいに整備されたこの道も、大河ドラマの放送に合わせて、
整備されたのかもしれません。

このあと、明智光秀が生まれたとされる『庵の庭』という場所に行こうとしましたが、
かなり遠かったので、途中で断念してしまいました。

山道ドライブ

というわけで、そのあとは、ヨメのプジョー(運転ももちろんヨメです)で、
県内の山道をドライブをしてみました。
いままでまったく通ったことのない道で、なかかなに新鮮な気持ちでした。
ハンドルを握るヨメも、久しぶりの山道に、大いに盛り上がっている感じでした。

というわけで、その後、岐阜市内に帰ってきたのですが、
今の季節、まだ陽が高いので、今度は、真偽不明な都市伝説的スポットではなく、
正当(?)な岐阜の歴史スポットにちょっと立ち寄ってみることにしました。

道三塚

それがこちら。斎藤道三を祀った塚『道三塚』です。
斎藤道三は、長良川合戦において、息子である斎藤義竜に敗北します。
熾烈を極めたこの戦いのあと、討ち死にした道三を偲んだ常在寺の住職が、
建立したものだと言います。
(当時と現在とでは、塚の場所は違うそうです)

この塚は、岐阜市の住宅街の中にあります。
大河ドラマの観光案内でもこの塚を取り上げており、
私も、司馬遼太郎の『国盗り物語』を読んで以後、この塚を探していたのですが、
ようやく、発見することができました。

道三塚案内看板

案内看板には、当時の長良川の流れと、現在のながれとを比較した地図が描かれています。
この地図によると、長良川合戦の起きた現場は、現在の岐阜メモリアルセンターのあたり、
ということがわかります。

大河ドラマ効果か、私のほかにも、初老の夫婦が塚を見学にきていました。
もっくんも、ここにきたのでしょうか……。

とにかく、やっぱりお出かけはいいですね。
気持ちも晴れます。
今後、コロナがどのような影響を及ぼしていくのかわかりませんが、
マスクの着用などを心がけつつ、許される範囲で、お出かけしたいと思います。


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ジョージ・オーウェル 一九八四年

さて、今回は、前回予告しましたように、
ジョージ・オーウェルのディストピア小説『一九八四年』を、取り上げたいと思います。
この小説は、たいへん有名で、村上春樹の長編小説『1Q84』も、その題名が示す通り、
オーウェルの一九八四年に大きく影響を受けていると思われます。
実際、1Q84には、オーウェルについて言及する場面も、何度か登場したかと思います。
この1Q84を読んだ当時、いっしょにオーウェルの一九八四年も読んでおくべきでしたが、
時の経つの早いもので、今年にまで、ずれこんでしまいました。
(まあ、ズボラということですネ)

さて、本作品の背景となる時代は、いうまでもなく西暦1984年です。
1984年といえば、いまから30年以上もまえで、
日本の元号でいえば、いわゆる『昭和』の時代になりますが、
本作品は、1948年に発表された、とのことですので、
当時としては、いわば、30年以上先の世界を描いた、近未来SF小説でもあったわけです。

物語の舞台はロンドン……。
ですが、ロンドンは、もはやイギリスの首都ではなく、
それどころか、イギリスという単独の国家も存在しません。
この物語におけるロンドンは『オセアニア』という巨大国家の一都市となっています。
主人公は、ウインストン・スミスという三十代の男性です。
スミスは、真理省記録課という部署に勤めていますが、
行なっている仕事は、文書の改竄であり、歴史の書き換えです。
(真理とは程遠い、というか、真逆のことをやってるわけです)
オセアニアを支配する『党』は、絶対に間違いを犯すことがなく、
そのため、党に都合の悪い事実は、日々、片っ端から書き換えられるのです。

党は『テレスクリーン』という送受信可能なテレビのような機械で、
党員を二十四時間監視しており、
彼らの動向にわずかでも不穏な動きがあれば、思考警察を使って摘発します。
また、密告が奨励されており、みな、隣人や同僚を監視し、子供は親を常に監視し、
党への忠誠に揺るぎがないか、チェックしています。

街中には党を指導する『ビッグブラザー』という人物のポスターが所狭しと貼られ、
誰であれその肖像の視線から逃れるすべはありません。
男女間の恋愛は禁止され、互いに好意を持つがゆえの結婚も許されず、
セックスは子供を作るための『党に対する義務』として許されているといった状態です。

一九八四年 文面

スミスは、この社会のありように疑問を感じ、テレスクリーンの目を盗んで、
密かに日記をつけることを始めます。
一個人が日記をつけることは、この社会においては、重大な犯罪です。

なぜ、スミスは、このような危険な行為に及んだのか……。
それは、党の中枢にいるオブライエンという人物が、
自分と同じ、社会に対する『疑問』を持っているのではないかと感じたからです。
やがてスミスは、オブライエンに敬愛の情を抱くようになり、
オブライエンに対する私信のような気持ちで、日記を書き続けます。
また、時を同じくして、スミスは、ジュリアという若い女性と知り合い、
激しい恋に落ちていきます。

恋愛もまた、日記をつけるのと同様に、命にかかわるとてつもなく危険な行為です。
ジュリアとの関係が深まるなか、スミスは、オブライエンからのコンタクトを受けます。
案の定、オブライエンは、党の中枢に属する身にありながら、
党の破壊を目論むレジスタンス組織『ブラザー同盟』のメンバーでした。
スミスは、オブライエンの手引きで、ジュリアとともに、ブラザー同盟の一員となります。

ところが、スミスは、ジュリア共々、思考警察によって逮捕されます。
政治犯を拷問して矯正する『愛情省』に連行されたスミスは、
そこで、盟友であるオブライエンと再開します。
スミスは、思考警察の手がオブライエンにも及んだのかと考えますが、
そうではなく、スミスを逮捕したのは、このオブライエンの命令でした。
オブライエンは、レジスタンスのふりをしただけで、実際には、党に忠実な男であり、
しかも、七年もの間、ずっとスミスの行動を監視していたのです。

愛情省の一室で、オブライエンは、
考えるだけで身がすくむ恐ろしい拷問を、スミスに加えていくのですが……。

一九八四年 背面

ええと……、読み終えると、疲れます……。もう、グッタリです。
あまりに救いがない結末に、目の前が真っ暗になる思いです。
とくに、三章の拷問の場面は、気が滅入ってしまって、夜、悪夢を見ます。(体験談)

この物語は、1948年に発表されたとのことですから、当然、オーウェルは、
ナチス・ドイツのレーム粛清『長いナイフの夜』や、スターリンのトゥハチェフスキー粛清、
トロツキー批判などを詳しく知っていたでしょうし、物語の下敷きにしたかと思います。
スターリンによる粛清は、この一九八四年の残酷描写を上回るものだったかと思います。

そうした実際の出来事をふまえつつも、
オーウェルは、じつに奇抜で理にかなったアイデアを本作の設定に入れています。
それが『ニュースピーク』です。
このニュースピークというのは、党が作った『新製英語』のようなものです。
本作の末尾には、このニュースピークの言語説明が、付属資料として入れられています。
ニュースピークの極めてユニークな特徴は、年々、
語彙を減らしていくというところにあります。

党が、党員をすべからく支配するためには、些細な不満でさえ、
抱かせないようにする必要があります。
そのためには、不満そのものを『言語化』することを放棄させなくてはなりません。
ゆえに、党は、単語そのものの意味を厳格に規定し、
ひとつの言葉に複数の意味を持たせることを、まず排除します。
そして、同じ意味合いをもつ単語をすべて整理し、集約します。
「free」という単語は排除され、freeがもっている「免れる」という別の意味は、
他の単語をあて、その意味を完全に厳正なものとするのです。
また、動詞にも容赦のない削除を行います。
「bad」-悪い-という単語も消滅させ、
その代わりは、ungood -よくない- というかたちに集約させます。

つまり人々は、党に対し不満や疑問を感じても、
それを正確に言葉にし、情報を伝達、共有することが、
できなくなってしまうというわけなのです。
オーウェルが考え出した『人から言葉を取り上げることで思考を奪う』
という独裁システムの設定は、とてもリアリティがあるように思います。
このニュースピークにより、物語は、より現実味のあるものに、また、
空恐ろしいものになっているかと思います。

一九八四年 帯

また、歴史の修正も、肌に粟を生じる描写のひとつです。
党が政策決定を行い、後に、その変更を行うとします。
当然、決定が変わるわけですから、そのまえの決定は破棄されます。
しかし、党は、絶対に間違いを犯さない存在ですから、
そもそも、決定が変更されること自体、
あってはならないことになるわけです。

そうすると、真理省は、前回の決定を報じた新聞、公文書、書籍、をすべて改竄します。
もっとも、改竄される前の記憶は、人に頭の中に残るでしょう。
ですが、立証するものが、きれいさっぱり抹消されてしまうのです。
とどのつまり、真実は、妄想と化してしまうわけです。
この、文書改竄という手を使えば、党はありとあらゆることができます。
特定の人間を貶めたり、常に生産物がノルマを上回っているということになります。
党は、法も、市民も、歴史も、すべて恣意的に操作できるというわけです。

作品に描かれた世界は、極端にディフォルメされたディストピアではあるかもしれませんが、
個々のディティールには、まったくの絵空事といえないところもあるのかなと思わせます。

○ ハヤカワepi文庫『一九八四年』ジョージ・オーウェル著 ~

物語は、救いようのないラストを迎えますが、ほんとうに暗黒の結末なのか……、
というと、そうではないのかもしれません。
というのも、この物語は、ラストを迎えたあと『ニュースピークの諸原理』という附録が、
エピローグ的な意味合い(?)で、ついています。
このニュースピークの諸原理は、ニュースピークなる言語が、
どのような意図をもって導入され、また、言語の体系がどうなっているのかについて、
語彙群などを交えて、詳しく説明したものです。
本書の解説文にも記されていますが、このニュースピークの諸原理は、
すべて過去形で書かれています。
しかも『今日では想像しがたい盲目的、熱狂的な受容を含意していた』とも記されており、
あたかも、過去の政治体制を批判するトーンで書かれています。
ならば、1984年よりさらに未来の世界には、
ビッグブラザーは過去のものとなっているのかもしれません。
スミスやジュリアは、激しい拷問によって人格を破壊され、人間の尊厳を失いますが、
この体制は、ニュースピークの諸原理が書かれる頃には、崩壊しているのです。

オーウェルは、アメリカにおける『一九八四年』出版に際し、
この附録部分の削除を提案されたといいますが、
オーウェルは、その提案を拒否したといいます。
附録『ニュースピークの諸原理』は、作者にとって、必要不可欠なものだったのでしょう。

いずれにしても、前回のザ・ロード同様、こちらも、とても印象深い作品でした。
これからも、ハヤカワepi文庫を、読んでみたいと思います。



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ハヤカワepi文庫

ここ二ヶ月ほど、コロナ渦でお出かけもままなりませんでしたが、
ようやく、我が岐阜県の緊急事態宣言は、今月15日をもって解除となりました。
ここのところ、県下での新たな感染者の確認はされておらず、
それゆえに、解除という判断になったらしいですが、
まだまだ、油断はできないのかなと、思っています。
そうはいっても、やはり解除というと、気持ち的には、なんだか楽になりますよね。
これからは、人混みなどは避けつつも、少しは、出かけたりできるようになるかなあ、
などと、思っています。
まあ、そんなわけですので、今回も、お出かけやドライブに関するネタはなく、
前回に引き続き、本ネタをやってみたいと思います。
(コロナが続くと、もともとお出かけ記事がメインだった当ブログが、
プラモと読書のブログになってしまいそうで、それもちょっと心配しています)

今回は、ハヤカワepi文庫から、ディストピア系小説を二冊、取り上げたいと思います。
一冊目は、コーマック・マッカーシーという作家の『ザ・ロード』という作品で、
もうひとつは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』です。
一九八四年は、非常に有名な小説ですが、私は、この歳になるまで読んだことがなく、
(ですから、なにをいまさらって感じなのですが……)
この二〇二〇年になって、はじめて完読しました。

epi文庫の黒い背表紙

ハヤカワ文庫というと、海外翻訳物のSF小説、冒険小説、ミステリー小説ばかりが、
思い浮かぶのですが、このepi文庫というのは、海外の文学作品を、
専門に扱うレーベルだそうです。
epi文庫は2001年より始まったそうですが、じつは、私、いままで知りませんでした。
(ちなみにSF好きの私としては、ハヤカワ文庫には、若い頃、ほんとうにお世話になりました)

ザ・ロード

まず、『ザ・ロード』についてですが、
こちらは、荒廃した世界をさまよう父と子の物語です。
この小説、文体がちょっと特殊で、ごく一部を除き、句読点がありません。
なのに、翻訳小説の常で、センテンスはとても長く、もう、最初は読みにくくて……。
読んではつっかえ、読んではつっかえ、また読み直して、なんてことを繰り返していました。
この作品は、翻訳小説なので、原文の特徴を句読点を省く形で表現しているのだと思いますが、
ならば原文ではいったいどういう状態になっているんだろうと、そのあたりに、
ちょっと興味をひかれました。
(といっても、いずれにしろ、私には、原文、読めませんけど)

とはいえ、しだいに、この句読点がないセンテンスの長い文体に慣れてくると、
さほど、読みにくさを感じなくなってきます。

また会話には、鉤括弧がありません。
描写と会話は完全に切り離れていて、会話のなかに描写が入ることもありません。
一定のリズムを持って、描写と会話が繰り返され、物語が進行していきます。

文面

物語は、先にも述べましたが、文明が崩壊し荒廃した世界を旅する親子のお話です。
しかし、いったいなにが起きて、世界がこのような有様になったのかは書かれていません。
隕石の衝突といった未曾有の自然災害なのか、核戦争のような人災なのか、
そのあたりについての描写は省かれています。
ただ、もはや青空は臨めず、空は常に灰色で、陽光も弱々しい灰色であること、
なんらかの高熱が発生したらしいこと、
大量の灰が降り注いでおり、世界が寒冷化に向かっているらしいこと、
人口が激減し、国家も社会も消滅していること、などがわかるだけです。
主人公である父にも、その子供も、名前は明かされず、
ただ『彼』『少年』と表現されるだけです。

ふたりは、まだいくらかは温暖であろう南を目指してひたすら旅をします。
そして、死んだ街や、黒く焼けた森、灰に覆われた大地をつぶさに見ていきます。
その描写は極めて丹念でありながら、どこか乾いた感があって、
幻想的な美しさや、妙な憧れすら感じます。
自分も灰色の世界を旅しているような気持ちになります。

○ ハヤカワepi文庫『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー著 ~

静寂が支配するこの世界ですが、じつはたいへんな脅威が潜んでいます。
それは、彼ら親子と同様『生き残った人間たち』です。
生き残った人たちのあいだには、協調も協力も相互扶助もありません。
すでに食糧生産が断たれたこの世界では、わずかな食料の奪い合いはもちろん、
人間同士の共食いさえ横行しているのです。

そんな世界にあって、父は息子を懸命に守ろうとします。
そのため、ときには、非道徳的で暴力的な手段に訴えなくてはならないことも多々あります。
しかし少年は、その考えには沿えません。
少年は他者の存在に怯えつつも、関わる相手の救済を父に求めます。
助けたい、食べ物を与えたい、いっしょに連れて行きたい……。
純粋な少年の願いは切ないです。
こうして親子は、強い愛情とともに軋轢を抱えつつ、旅をしていきます。

が、やがて、行先にも希望がないことがわかってきます。
苦労して行き着いた先の海もまた灰色で、暖かさはなく、
父の体力は次第に衰え、激しい咳に見舞われていきます。

すでに人の時代は終わったのであり、
親子の旅は、消えた火の余熱のようなものでしかないのかもしれません。
あらゆる文明の痕跡はすべて灰に覆われてなくなり、人もやがて死に絶える……。
この親子の愛は、そんな真夜中に向かう薄暗がりの中に灯る、
ささやかな輝きのようなものです。

物語の最後は涙を禁じ得ないものです。
ネタバレになるので、多くは申せませんが、
しかし、希望を感じさせるラストとなっています。
すぐれた小説ですので、もし、興味を感じた方がいらっしゃいましたら、
ご一読をお勧めいたします。

epi文庫背面

というわけで、次に、ジョージ・オーウェルの一九八四年について、
続けて書こうかと思っていましたが、
さすがに、ザ・ロードの紹介だけで、ちょっと長くなっちゃいましたので、
一九八四年については、また次回、詳しく書きたいと思います。

それにしても、梅雨入りの前に、どこかに出かけたいものです。


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1/12機動歩兵

全国に緊急事態宣言が出されたまま、いよいよGWに突入となりました。
そんなわけで、今年の大型連休は、いままでにない、特殊なものとなりそうです。
我が家でも、本来であれば、この連休時に、実家の飛騨高山に帰省する予定なのですが、
今回は、それもできそうになく、結局、家のなかで、
ウジウジしつつ過ごすことになりそうです。はあ〜(ため息)
おそらく、連休を過ぎでも緊急事態宣言は解除されないでしょうし、
感染拡大も、沈静化することはないかと思います。
ですので、この先も、当ブログではもっとも頻度が高い『お出かけネタ』を、
封印することになってしまうのかなと思っています。
それにしても、ほんとにドーンと遠くに出かけたいものですね。
そんな日が……。ごく普通の日常が、ふたたび帰ってくるのでしょうか。
このコロナを機に、いままでの日常が、もはや取り戻せない過去となるのではないか。
そして、まったく新しいライフスタイルに、否応なく変えられてしまうのではないか。
日々、コロナ一色のテレビ番組を見ていると、そんな心配をしてしまいます。

そんなわけで今回も、オタク趣味系の記事をアップしたいと思います。
今回は、かなり昔に、waveから発売された、1/12機動歩兵のキットを、
ちょこっと取り上げたいと思います。

この機動歩兵というのは、ロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』に、
登場するメインメカだそうです。
見た目的にはまったくのロボット状態ですが、ロボットではなく、人間が着用する、
強化服という設定で、人間の筋力を何倍にも増幅し、また、密閉されることで、
人間の生存が困難な環境や宇宙でも活動もでき、かつ、戦車のように装甲もされている、
という設定だそうです。

組みにくいキット

もっとも、小説なので、ビジュアルがないはずなのですが、
スタジオぬえのイラストレーター加藤直之氏が、
挿絵を描いており、キットは、その挿絵をモデル化したもの、というわけなのです。
加藤直之氏は、私の大好きなイラストレーターのひとりであり、氏の画集は、
ほぼすべて持っています。
いちばん最初に出された画集は、貴重な本人のサイン本です。

もっとも、SF好きで加藤直之ファンの私なのですが、じつは、
宇宙の戦士は読んだことがありません。
というのも、ものすごく矛盾したことをいうようですが、小説の文中に、
挿絵が入っているのが、すごくイヤなんです。
挿絵の優劣や好き嫌いではなくて、文中にビジュアルを入れられることが、イヤなんです。
極めて個人的な感覚なんですが、大人の読む本として、
それはいかがなものか、と、思っちゃうんですよね。

なので、宇宙の戦士とよく比較されるジョー・ホールドマンの『終わりなき戦い』は、
二十年以上まえに読みましたが『宇宙の戦士』については、
今後も、読むことはないかな、と、思っています。
(終わりなき戦いは、カバーイラストだけで、文中にイラストはないですからね)

ですが、加藤直之氏が描いたメカはめちゃくちゃかっこいいです。
キットは『機動歩兵』と銘打たれていますが、劇中では『パワードスーツ』という言葉が、
用いられているのではないかと思います。
このパワードスーツは、作画こそ加藤直之氏ですが、
デザインは、同じぬえに所属していた宮武一貴氏が手がけたそうです。

背面から

この製品が発売された当時は、
挿絵のメカがプラキット化されるなんて、なんだか夢のようだなあ、などと、
いたく感動したものでした。

が、このキット。さすがに、バンダイのガンプラのようなハイクオリティなものではなく、
金型を使ったインジェクションキットとはいえ、ガレージキットみたいなノリです。
モールドやエッジは甘く、設計においても、首をかしげる箇所がいくつもあり、
パーツ分割も単純に左右に割ってあるという感じで、
合いもまあ、そこそこというところでしょうか。

とはいえ、加藤直之氏の監修が入っているため、
全体のフォルムについては、もう、文句のつけようがありません。
また、各関節の蛇腹部分がすべて別パーツ化されるなど、
極めてアグレッシブな表現も見られます。
なによりも、あのパワードスーツのイラストが、立体物として購入できる、というだけで、
もう、素晴らしいことです。
(もっとも、その後、千値練の完成模型が発売されたりしたんですけどね)

さて、このキット、じつは、ずっとまえに作りかけていて、そのまま放置していたものです。
(やっぱり、作りやすいものではなかったですから)
それを、このコロナ禍で、ふたたび引っ張り出してきたって感じですね。

こうして、キットという立体物になって、はじめてわかることがあります。
それは、このパワードスーツの基本デザインが、
2001年宇宙の旅に登場する、宇宙服をベースになされている、ということです。
とくに、肩のエアインテイク部分を外した状態だと、2001年に出てくる宇宙服に、
酷似していると思います。

脚パース

いま、サーフェイサーをかけて、ペーパーをかけて、という作業を繰り返していますが、
ここで丁寧な仕事をしておかないと、後々の仕上がりに、影響してくるかなと思います。
まあ、隙間やヒケが多いキットですからね。
このあたりは、地道にシコシコするしかないですね。

頭部には隙間が

頭部なんて、もう、左右にがっつりと大きな隙間ができます。
遠い未来の超絶的な科学技術によって作られた兵器、としては、ありえない展開です。
でもまあ、こんなもんなんでしょうね。
このあたりも、根気よく整形していく必要がありそうです。

あっさりした背嚢

また、このキットは、加藤直之氏のイラストをベースにモデライズされていますので、
ディティールについても、あくまでイラストを踏襲したものになっているようです。
ただ、模型として見た場合は、ちょっとあっさりしているような気がしないでもないですね。
遠い未来のオブジェクトなので、ボルトやナットで固定されていたり、
溶接跡があったりするのは、時代錯誤的でおかしいのでしょうが、
それでも、もうちょっと、なにか密度感のある工夫があってもいいのかな、と思ってます。

ところで、隙間やヒケを埋める作業ですが、
先日買ったタミヤの瞬間接着剤『イージーサンディング』を使うと、とても効率よく、
作業できます。

なにしろ瞬間接着剤ですから、硬化が極めて早い。
しかも、ラッカーパテに付きもののヒケが、ほとんどありません。
盛ってすぐペーパー掛けに入れるというのは、ほんとうに便利です。
ただ、開封してしばらく経つと、硬化時間が少し長くなるようなので、そういう場合には、
瞬間接着剤効果促進スプレーを使うと、作業がスピートアップします。

バルクアーム

waveでは、つい最近、このパワードスーツ(商品名/機動歩兵)を、
1/20にダウンサイジングしたキットを発売したようですが、
大きさとしては、1/12のほうが、適度な迫力と存在感があっていいのではないしょうか。

二体の背後

以前にご紹介したバルクアームと、機動歩兵を並べてみましたが、
大きさ的には、ほぼ同じになります。
このくらいのボリュームが、ちょうどいいかなと個人的には思っています。
それにしても、このパワードスーツ、ほんとにすごくカッコいいのですが、
もし、ほんとうに、人間が『着る』装甲強化服を作るとなったら、
こういうデザインにはならないんじゃないかと思います。
というのも、このデザインだと、関節可動範囲がかなり限定されてしまうんじゃないでしょうか。
なにしろ、両肩にエアーインテイクがあるため、腕は高くあげられません。
また、腰を左右にひねることもできません。蛇腹の関節は装甲はされているのでしょうが、
可動の自由度は低そうです。

また、転倒した時はどうするのでしょうか。自力で起き上がれるでしょうか。
とくに仰向けに転倒した時は、単独での起立は困難だと思ってしまいます。
卵を拾うポーズもできるといいますが、ちょっとムリムリな感じが。
兵士は戦場で柔軟な姿勢をとる必要があると思うのですが……。
装甲されているからもはや低い姿勢をとる必要がない、というのなら、
なにも複雑な機構を持つスーツを採用するのではなく、
いっそ、車両化してしまったほうがよさそうです。

などといいつつも、やっぱり、ぬえのパワードスーツはかっこいいです。
組みにくいキットですが、これからも、チマチマと作業を進めていきたいと思います。


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文庫本いろいろ

新型コロナの影響で、相変わらず、外出が思うようにできない日々が続いています。
しかも、お仕事のほうも、いまはもう、極めて……、暇です。
かつてこのブログで、忙しい、忙しい、などと書いていたのが、いまでは嘘のようです。
もっとも、この傾向は、大なり小なりどこも同じようで、
先日、名古屋、大阪にいらっしゃるお仕事関係の方達と、
電話でちょっとお話をさせていただいたんですが、やっぱり、
大幅に仕事が減っているとのことでした。
(企業イベントが相次いで中止されていることも、かなり影響しているみたいです)
私は、もともとテレワークと同じ状態ですし、
また、以前から、ずっとひとりで仕事をしていますので、
家賃を除く支払いがなく、その点は、まあ、ありがたいのですが……。
それにしても、この状況、いつまで続くのでしょうか。
おそらく、GWが過ぎた来月の6日以降も、緊急事態宣言は延長されるんでしょうね。

というわけで、いよいよ気候もよくなってくるというのに、
MINIやプジョーでのお出かけもままならず、いたしかたなく、
インドア趣味に走らざるを得ません。
ここのところは、読書とプラモデルに没頭する感じです。
なにしろうちの実家の物置などには、
以前に買ってそのまま『つんどく』状態になっている文庫やハードカバーが多数あります。
いまでは、買ってきたものは必ず読みますが (だって、もったいないですから) 、
かつて独身だった頃は、本を買ってきても、最初にほんの少しだけ読んで、
そのまま放置してしまうということが、けっこうありました。
それらをいま、発掘しては片付けている感じです。

さて、ここ最近読んだものを、まず、翻訳物から並べると……。
ジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』
ジャック・ヒギンズの『廃墟の東』、
そして同じく、ジャック・ヒギンズの『エグゾセを狙え』といったところでしょうか。
それにしても、これらの作品は、さすがにもうちょっと古いですよね。
実際、紙はかなり黄ばんでました。
とはいえ、良い作品は色あせることがありません。
ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』は傑作です。
途中、ちょっと中だるみもあるんですが、終盤の査問会の場面は緊張感があって、
手に汗握りますし、ラストも衝撃的です。
この作品をいままで『つんどく』状態にしていたことを後悔しました。
ですので、これを機に、今後、ル・カレ作品、もっと読んでみようかなと思っています。
(たしか、実家の物置に、パーフェクトスパイのハードカバーがあったはずです)
また、アーサー・C・クラーク『3001年終局への旅』も、この機に読んでみました。
2001年宇宙の旅シリーズも、これで完結なんですね。

古い本をいま読む

和物では、これもまた古いんですが、高村薫の『神の火』も、読破しました。
こちらも、大別すればスパイ小説に入る作品かと思います。
原発にまつわるデータなど、極めて細かく書き込まれていて、執筆においては、
とても綿密な取材がなされているのだと感じます。
ただ、作品としては、ちょっと冗長なのでは、と、思ってしまいました。
しかも、主人公らが原発に潜入する動機が、いまひとつ弱いというか……。
命をかけ、捨て身の行動をするわけですから、もっと強烈でわかりやすい動機がないと、
どうにも、主人公に感情移入しづらいように思いました。

また、小説ではないのですが、ずいぶん昔にベストセラーになった、
岩波新書の『日本語練習帳』も、この機会に読んでみました。

また、つんどく、ではなく、書店で買ったものですが、
宮部みゆきの『誰かーsomebady』『名もなき毒』を読みました。
宮部作品は、レベル7、理由、魔術はささやく、蒲生邸事件、模倣犯、などなど、
好きな作品がとても多いのですが、この杉村三郎シリーズを読むのは、今回がはじめてです。
シリーズは、ペテロの葬列、希望荘などへと続くようなので、
今後は、それらを読んでいきたいです。

それから、柳広司の『パラダイス・ロスト』も、読了しました。
この作品は、魔王と呼ばれる伝説的スパイマスター結城中佐と、
D機関の暗躍を描く一連の短編集のうちのひとつです。
(ジョーカーゲームを筆頭にした短編シリーズものです)
短編は、小気味よくオチがついて楽しめるのですが、
読み応えという点で、いまひとつ満足感が得られない場合があるかと思います。
ですが、最後に収録されている『ケルベロス』という中編は、読み応えもあり、
また、ミステリー要素がふんだんに盛り込まれていて、非常に楽しめました。
できれば、D機関ものの長編が読みたいですね。

図書館からは、コロナが流行する以前から、常に数冊、本を借りてきて読んでいます。
ですので、うちには、常に5~10冊程度、図書館の本がある状態です。
ただいま図書館は閉鎖中で、新しい本は借りられないのですが、そのおかげで、
返却期限が延長され、じっくり読むことができます。
とはいえ、図書館の開館は早く実現されるといいのですが。

というわけで、次回は、インドア生活第二弾の、プラモデル記事を、また、
投稿したいと思います。



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