ギャラリースプーン 絶滅動物展

今月 (2017年12月) の4日から、大阪のギャラリースプーンさんで、
グループ企画展『Extinct Animalss - 絶滅動物展』が開催されています。
夏にも、同じギャラリースプーンさんで『Deep Sea Creatures - 深海生物展』が開かれ、
私も参加をさせていただきましたが、今回の企画展開催の折りにも、ひきつづき、
お声をかけていただきました。

今回は、私を含む24人の作家、クリエイターの方々が、
さまざまな切り口で、絶滅生物をモチーフに作品を製作しています。
その範囲は、平面作品にとどまらず、立体作品などもあり、
バラエティに富んでいるとのことです。

じつは、もっと早く、この企画展のご紹介を、当ブログでしようと思っていたのですが、
以前の記事でも申し上げたように、この秋から冬にかけて、とても忙しく、
なかなかブログを書けずにいました。
というわけで、企画展はすでにはじまってしまっており、
ちょっと『いまさら』感はありますが、ようやく、こちらでご紹介することとなりました。

会期は4日から今月21日までです。もちろん入場は無料です。
開催時間は午前11時から午後7時までとなっています。
ただ、会期中の土日は、休廊となっていますので、
おでかけのさいは、くれぐれもご注意ください。

ギャラリーの場所 (大阪・天満橋) 等、詳しい情報はコチラです。
○ 大阪 天満橋 - ギャラリースプーン

じつは、同様の企画展は、一昨年の年末から始まっており、今回は4回目となります。
今回もまた、多くのクリエイターのみなさまとごいっしょさせていただき、
とても光栄に思っています。

絶滅動物展 DM宛名面

と、いいつつ、私は、いそがしさのあまり、
今回の企画展用の新作を製作することができず、過去作の出典となってしまいました。
新たな作品を作ることができなかったことは、大変無念でしたが、
幸か不幸か、過去作のなかから、テーマに合いそうな作品があり、
(当ブログのイメージ画像にも使われているマンモスを使った作品です)
やむなく、そちらを出展することとなりました。

今回の作品は3Dによるもので、しかも、十年近く前のものです。
もし新作が製作できたなら、3Dは使わず、
夏の企画展出展作品と同じように、2Dによる作品を出したいと考えていました。

企画展出展作品

こちらが夏の企画展のさいの私の出展作品です。
エンピツと、CLIP STUDIO PAINTを使って書いてみました。
今回も同じ方法で作品作りをしたいと考えていたのですが、
それもかなわず、しかも、マンモスのモデリングデータはとても古いもので、
当時の私の技術も稚拙であり、なんともお恥ずかしいというか、
忸怩たる思いがあります。

このマンモスを作った時期は、Shade3Dも、
まだポリゴンモデリング機能が弱く、
モデリングはもっぱら自由曲面に頼らざるをえませんでした。

が、この自由曲面というのは、じつに不自由なものであり、
しかも、すぐにシワがよるなど、扱いやすいものでありません。
私としては、不自由曲面と勝手に呼んでいるほどです。
Shade3Dを開発している側でも、それがわかっているのか、
バージョンアップを繰り返しても、自由曲面に関する使い勝手は進化はせず、
新しい機能も加えられないままで、
その一方で、ポリゴン機能の充実ばかりがはかられているように思います。

最新のShade3D ver.17では、NURVS曲線が使えるようになったとのことで、
(私はまだパージョンアップしていないのですが、年内には行なう予定です)
そうなると、自由曲面の出番はますます少なくなり、
自由曲面ソフトとしてのShade3Dの価値は、さらにあやふやになるように思います。

絶滅生物展出展作品

すみません、話がちょっと脱線してしまいましたが、
いずれにしても、マンモスは、自由曲面によって作られており、
しかも、開口部などは、疑似ブーリアンを使うなどしているため、
開口部のエッジは美しいものでありません。
こんな作り方をしていたんだなあ、などと思うばかりです。

とはいえ、古い作品をそのまま出すわけにもいかず、今回は、
レンダリングや画像処理については、新たに行なってみました。
まず、レンダリング方法を、通常のレイトレーシングから、IBLレンダリングに変えて、
再レンダリングしました。

ですが、レンダリング方法を変えても、古いモデリングデータは、
見違えるほどは変わらなかったようです。
そのうえで、さらに、画像処理を加えたりするなどして、完成させました。

いずれにしても、作品については、ギャラリースプーンさんで、
直接、ご覧になる方もいらっしゃると思いますし、私としても、
そちらをお進めいたしたいところですので、このブログでの紹介は、
作品の一部部分だけにして、全景のご紹介は、もう少しあとにしたいと思います。

私自身も、いま抱えているお仕事が一段落したら、
一度、大阪まで出向きたいと思っています。



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りんりんにて

前回も少し書きましたが、11月はとても忙しく、
ブログの更新も、なかなかできなくなってしまいました。
そして気がつけば、今月もあとほんのわずかとなり、
それどころか、今年も、なんと残り一ヶ月ほどとなってしまいました。
昨年末も同じようなことを書きましたが、
なんだか今年は、時が経つのがとっても早かったように思います。

そんなわけで、今月はあまり書くネタがないのですが、それでも、
せめて月に二回はブログをアップしたい、という、かねてからの目標もあり、
今回は、今月に終えたMINIの車検について、自らへの備忘録という意味も含めつつ、
ちょっと書いておきたいと思います。

私のMINIは、今年の12月で車検を迎えることとなりました。
今回の車検も、前回同様、
飛騨高山に住んでいた頃からたびたびお世話になっていた、
富山市のMINI専門店にお願いすることにしました。

もちろん、ここ岐阜市近辺にも、MINIのスペシャルショップはあるでしょうし、
また、お隣の愛知県、とくに名古屋市方面にまで足を伸ばせば、
さらに多くの専門店があるかと思います。
ですが、かねてから顔なじみのところに、お世話になりたいという気持ちもあり、
ここ岐阜市から富山市まではいささか遠距離となりますが、
今回もまた、富山市までMINIを自走して持っていくことにしました。
折しも、高山の実家にも行かなければならず、ちょうどよい機会と思い、
途中、経由地に当たる高山で泊まるつもりで、富山まで行くことにしました。

車検の旅に向かったのは10月の終わり。
先にも述べたように、MINIの車検は12月となっており、
車検切れまでまだ猶予があります。
とはいえ、現在、深夜や早朝に車を出す必要があまりない私は、
ここ岐阜市に拠点を移してからは、MINIにスタッドレスタイヤを履かせておらず、
スタッドレス用のホイルも実家に置いたままにしていて、
雪のシーズンに富山までMINIを走らせるのは困難な状況です。

したがって、車検が切れるまで、一ヶ月以上の時間を残してはいるものの、
この先の降雪を考え、早めに車検を受けることにした、という次第です。
しかも、この10月末の時点では、私も、いまほど忙しくはなく、
富山行きがさほど苦でもありませんでした。
(もともと、ロングドライブは望むところですし…)

が、おりしも、車検のために富山市まで自走したその日は、なんと雨。
10月末とはいえ、かなり冷たい雨となってしまいました。
こんな天候の日に、古いクルマでのロングドライブは控えたいところですが、
MINIを持ち込む期日を前もって先方にお伝えしているため、
雨だからといって富山行きをやめるわけにも行かず、
どんよりと曇った空のもと、雨粒を受けながらのドライブとなりました。
(そのため、今回は写真がとても少ない状態です)

そんなわけで、土曜日の夕方、富山市に到着。
200キロをゆうに超える長い道のりでしたが、
もちろん、MINIは、いつものように、なんのトラブルも起こさず、
無事、富山市に到着しました。

もっとも、エンジンなど主要な部分についてはノントラブルの我がMINIですが、
先日行った奈良旅行の帰りから、時折、前輪の足回りから、
回転に合わせた異音がでることがあり、この点が、今回の車検で、
ぜひとも診てもらいところでもありました。

もっともこの異音、いつも出ているわけではなく、
かなりのロングドライブをしないと発生しないという曲者で、
しかも、逆にあまりにも走行距離が長いと、
今度は音が出なくなってしまうのです。

この同一の症状は以前にもあり、そのときはハブベアリングを交換することで、
ことなきを得たのですが、今回も、なんだそのあたりが怪しいように思います。

とにかく、富山に入った時点では音が出ないということで、
そのまま、症状だけを説明し、MINIをお預けし、代車で高山へと帰り、
その翌日に、岐阜市へと戻りました。

そして二週間後、車検完了の連絡を受け、ふたたび富山市へと向かいました。
が、この日がまたしても雨。
奈良旅行の時も、関ヶ原合戦祭りの時もそうでしたが、
今年はほんとうに、雨、雨、雨ばかりです。

というわけで、MINIを引き取り、各箇所の説明を受けました。
前輪の異音の原因は、おそらくはハブベアリングではないかということで、
こちらは、交換となったそうです。
ただ、これで完全に異音問題を解決できたかどうかは、わからないとのことです。

そのほかにも、キャブ調整など各部を点検、また一部の部品交換をしてもらいました。
(といっても、交換したところはハブベアリングを除くとあまりありませんでした)

ダブルレインボー

雨の中でしたが、そのまま富山市の市街を少し走って見ました。
エンジンは快調で、いままでよりもパワーを感じました。
キャブの調整などが効いているものと思います。

そのとき折しも、富山市内には虹が出たりしていました。
しかもよく見ると、この虹は、二重にかかっています。
写真でも、その様子がわかると思います。

こうして、何の問題ものなく、まずは宿泊地の高山まで戻りました。
このときはたしかに、前輪からの異音はありませんでした。

高山にて

その翌日は、高山から岐阜市へと変える予定の日でしたが、トラブル出しの意味も込めて、
もう一度、北の富山市まで走ってみて、そこでもし異音がでるようだったら、
そのままショップに直行し、もし問題がなければ、
金沢など北陸を経由して岐阜に帰ってみようと考えました。
なにしろこの日は、やっと晴れ間が覗く日ともなりましたし、
少し遠回りしてみようという気にもなりました。

というわけで、またしても富山市に向かったわけですが、
幸か不幸か異音は出ず、これならばもうだいじょうぶだろうと帰路についたのですが…。

勝山市にて

帰路の途中立ち寄った、福井県勝山市のコンビニで、
ギアをバックに入れたら、カタカタと異音が…。
このときはショックでした。
どうせ異音が出るなら、富山市ででてくれればよかったのに…。

でも、ここまできたら、もう岐阜市まで帰るしかありません。
というわけで、勝山市から大野市へ入り、そこから油坂峠を経由して、
岐阜県に入り、郡上八幡を通って岐阜市へと戻ってきました。

後日、富山の専門店にお電話をさせていただき、
またしても異音が出てしまった旨をお伝えしました。

そのさいにいただいたお話では、
『大きくハンドルを切ると音が出るのではないか』ということでした。
たしかに、普通に走っている時には音を感じることはまれで、
勝山市のコンビニで音が発生した時も、バックしつつ、
切り返しのためハンドルを切っています。

『おそらく、過去にドライブシャフトブーツが切れたりしている時に、
内部に水が入り、パーツにダメージを与えたのかも、
それが遠因となって、音をだしているのではないか』といったご指摘もお受けしました。
たしかにドライブシャフトブーツが切れていて、気付かずに乗っていたことは、
過去にありましたし、そのさいのことは、このブログにも書いたことがあるはずです。

いずれにしても、再度、修理をお願いしなければならないわけですが、
この次の週から、近年稀に見る速さで寒波が訪れるとのことですし、
また、私も、いろいろとお仕事が入ってしまって、
とても富山まで行くことはできなくなってしまいました。

その旨をお伝えすると、現時点でそのまま走っていても、それほど支障はないはずで、
また、春になったら、こちらによってください、とのことでした。
部品の交換は、車検のときにやっておけば、安くできたはずなので、
その値段で対応させていただきます、ともおっしゃっていました。

音が出る状態のクルマを乗るというのはちょっと気が引けますし、
名古屋あたりのどこかで一度見てもらうかなとも思っていたのですが、
そういわれてしまうと、まあ、春になるまで待つか、とも思ってしまいます。

このようなこともあろうかと、早めに車検を受けたわけですが、
結局、その甲斐もなく、冬を挟んでしまうというのは、なんとも、
気落ちするところですが、これも仕方ないかなと思っています。

けっこうきれいです

いずれにしても、またMINIを元どおりにして、心置きなく、
どこかにドライブに行きたいものです。



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MINICM0. TB0 TOP▲
関ヶ原決戦地

さてさて、ここのところ、すっかりブログの更新が滞ってしまいました。
というのも、11月に入ってから、お仕事が急に忙しくなってしまい、
ブログにまで、なかなか手が回らなくなってしまいました。
(先月は比較的ヒマだったのですが…)
そんなわけで、新規投稿記事を書いている時間は、いま、なかなかとれないのですが、
とはいいつつも、ブログをあまりに放置すると、そのうちに、
冒頭部分に広告などが表示されてしまい、みっともないコトになってしまうので、
ちょっとネタが古いのですが、先月 (10月) から今月にかけて巡ってみた、
関ヶ原古戦場の各陣跡などについて、いまさらですが、ご紹介したいと思います。

今年は、この11月に入ってからは、比較的天候に恵まれているように思いますが、
先月は週末ごとに雨が降るなど、空模様にはついては、
ツイてないことが、とても多かったように思います。
今年の関ヶ原合戦祭りは、10月の14日(土)、翌日の15日(日)だったのですが、
両日とも晴れの予報はなく、15日にいたっては終日雨とのことでした。
というわけで、とりあえず雨を避けて、14日の土曜日に、関ヶ原へと行ってみました。

今年は、司馬遼太郎の『関ヶ原』が映画化され、
好調な成績を残しているとの情報がありますので、その勢いを受けて、
関ヶ原合戦祭りも、例年にも増して盛り上がるのでは、と、思っていました。
ですが、実際に関ヶ原に行ってみると、人出については、
例年通りか、もしかすると、ちょっと少なかったかもしれません。
これもやはり、お天気のせいだったのかもしれません。

もし、映画『関ヶ原』に出演している岡田准一さんあたりが、ゲストとして、
この関ヶ原に来てくれたなら、祭りの来場者数は、おそらく劇的に変わったかと思います。
実際、去年の祭りの際に、大河ドラマ『真田丸』で石田三成を演じた山本耕史さんが、
笹尾山で屋外トークショーを行なったさいは、かなりの見物客で賑わいました。

映画『関ヶ原』にちなんだイベントについては、今回の祭りのさいにも、
監督のトークショーや、島津義弘役の俳優がゲストとして招かれるなど、
それなりにあったのですが、来場者を大きく増やすほどの効果には、
至らなかったかと思われます。

合戦祭り会場

こちらは、祭りのメイン会場となっている陣場野のあたりです。
さすがにこのあたりは、多くの人で賑わっていました。
私が関ヶ原に到着したのは、お昼少し前だったので、去年と同じように、
今年もまた、こちらで『勝鬨カレー』をいただきました。

長野剛ポスター

関ヶ原合戦祭りといえば、この長野剛さんのポスターも、
必須アイテム的な存在といえるかもしれません。
各武将の旗指物や、これらイラストが展示されていると、気分も盛り上がります。

と、会場をあちこち見物したあとは、昨年と同じように、
徒歩で、各陣跡を巡ってみることにしました。

まず最初に行ってみたのは、東首塚と井伊直政陣跡です。
両者は、ほぼ同じ場所に位置しており、陣場野からもほど近いのですが、
祭りの賑わいが嘘のように、首塚は訪れる人は少なく、とてもひっそりとしています。
もっとも、天下分けめの合戦を偲び、かつての戦さ場を巡るわけですから、
もののふの霊に哀悼の意を表すのも礼儀かと思い、こちらにはいつも行くことにしています。

陣場野

その次に行ったのは、田中吉政の陣跡と、徳川家康の最終陣跡です。
徳川の陣跡には、厭離穢土欣求浄土の旗指物が翻っていました。
旗指物というのは、なにかしら心躍るものがあります。
この厭離穢土欣求浄土の旗指物もそうですが、
武田信玄の風林火山の旗指物なども、かっこいいですね。
昨年、武田信玄の葬儀が行われたという会の恵林寺に行って来ましたが、
そこでは、風林火山のミニチュアの旗指物が、お土産として売られていました。
いまさらですが、買っておけばよかったかも、と思うことがあります。

笹尾山

その後は、石田三成と島左近の陣があった笹尾山へ行き、そこからさらに、
島津義弘の陣跡へと徒歩で向かいます。

島津義弘陣跡

今年の合戦祭りのテーマは、この島津義弘だそうで、関ヶ原文化会館には、
島津義弘をモチーフにしたお土産屋さんもありました。
売り子さんたちは鹿児島の人たちだったようです。
関ヶ原合戦のさいには、積極的な参戦をしなかった島津勢ですが、
自らが与した西軍の敗北が決定的になると、薩摩へ帰陣するための撤退戦を開始します。
通常であれば、撤退とは、強力な敵を避けて後ろに下がるものなのですが、
島津勢は、徳川家康の本陣めがけて、前進するかたちで撤退します。
このような撤退は、軍事的に非常識なのでしょうが、島津勢は、
多大な犠牲を出しつつも、結局、この撤退を成功させ、薩摩へと帰るに至ります。
薩摩勢がいかに強かったか、推して知るべしですね。

宇喜多秀家陣跡

その後は、小西行長、宇喜多秀家の陣跡を巡り、大谷吉継の墓へと向かいました。
大谷吉継の墓のある場所は、いつ訪れても、すがすがしさを感じますし、
また、心が落ち着くように思います。

西軍から東軍へと寝返った小早川秀秋は、大谷隊への攻撃を開始しました。
しかし大谷は、この寝返りをすでに予見しており、小早川隊の猛攻を、
少ない手勢で何度も追い返すことに成功しています。
とはいえ、小早川にならって、脇坂安治をはじめ、赤座、朽木、などの諸隊も、
東軍への寝返りに転じたために、ついに大谷は、抗し切れなくなります。
四面楚歌となった大谷隊は崩れ、ひいては西軍そのものも総崩れとなってしまいます。
西軍の敗北を悟った大谷は、東西両軍の中でただひとり、自刃しました。

大谷吉継墓

自刃のさい、大谷の胸には、無念や失意の思いがあったかと思われます。
ですが同時に、重い病を患いながらも、日ノ本を分ける大いくさを成し得たこと、
そしてたとえいっときにせよ、東軍を劣勢に追い込めたことに、
本懐を遂げたといった心持ちもあったのかもしれません。

この場に来て、澄んだ空気のなかに身を置いていると、
最後の瞬間の大谷吉継の心情に、いつも、思いを馳せてしまいます。

その次に目指したのは、裏切り者として名高い小早川秀秋の陣があった、松尾山です。
前年にも登った山ですが、今回も、また挑戦してみることにしました。
が、体力が落ちたのか、とにかく、今年の松尾山登山は、本当にしんどかったです。

松尾山の苦しい道

道の途中までは、比較的スイスイとあがったのですが、途中の階段から、
どうにも息が上がってしまい、なかなか足が前にでなくなってしまいました。
う~ん、この日は、私の誕生日の1日前で、翌日には55才になろうとしていました。
やっぱり年なんでしょうか…。トホホです。

とはいいつつも、なんとか登り切りました。
陣跡には誰もおらず、まったくのひとりきり。
ちょっとさみしい気もしましたが、ゼイゼイと肩で息をしていたので、
人がいたら、恥ずかしかったかもしれません。

小早川秀秋陣跡

というわけで、記念撮影。
小早川の旗指物が翻っていました。

そんなわけで、この松尾山で体力を消耗してしまい、また、出発が遅かったため、
この日は、松尾山を最後に、関ヶ原をあとにすることとなりました。
島津勢が最後に壮絶な戦いを繰り広げたという『鳥頭坂』にも行きたかったのですが、
ここでギブアップです。

まあ、無理をすれば、鳥頭坂に行けなくもなかったのですが、
昨年の関ヶ原巡りのさい、全陣跡を巡ることに固執して無理をして歩いたため、
両足の爪を剥がしてしまう、という悲惨な事態になりました。

爪を剥がしてしまったとしても、結局は自然に治るのですが、
それまでには半年以上もかかり、できれば、もう二度と、爪は剥がしたくないものです。
というわけで、今年は早々に切り上げることにしました。
(とはいえ、ここで、西首塚にまだ行っていないことを思い出し、
急遽、向かうことにしましたが‥)

鳥頭坂

後日になりますが、鳥頭坂には、ヨメのクルマで連れて行ってもらいました。
前回きたときにはなかった、アクリル製と思われる立派な看板が立っていました。
この看板は、関ヶ原の各陣跡に、すべて立っていました。
しかも、たくさんの島津の旗指物も立てられており、
ずいぶんと様変わりしたように見受けられました。
関ヶ原町も、いろいろとがんばっているようです。

奥平貞治墓

また、こちらは、小早川隊のなかに目付として潜入していた、
徳川家康の旗本である奥平貞治のお墓です。

西軍についた小早川秀秋ですが、かねてから東軍の調略を受けており、
合戦時には徳川方に寝返ると密約を結んでいました。
ですが、ほんとうに寝返ってくれるのか、それを心配した徳川家康は、
自分の配下の者を、目付として、小早川隊に送り込みました。
それがこの奥平貞治です。

この場所は関ヶ原古戦場からは少し離れているため、いままで、
きたことはなかったのですが、鳥頭坂同様、ヨメに連れてきてもらいました。
ただ、こちらは、駐車場がなく、しかも周囲は民家が建て込んでおり、
ほんの一瞬の来訪でした。

桃配山

さらに後日、徳川家康最初陣地である、桃配山にもいってきました。
この場所は、今年の11月から、安全対策工事のため、来春まで閉鎖になるとのことで、
この機に行かねばと足を運びました。

閉鎖になるのは、桃配山だけでなく、大谷吉継の墓も含まれるそうです。
そんなわけで、大谷の墓にも、今年の見納めとばかりに、再訪しました。

このときはヨメとふたりでいってきましたが、ヨメも、
ここの空気は落ち着くね、などといっていました。
おそらく、誰がきても、そう感じるのかもしれません。

というわけで、今年も、417年前の関ヶ原合戦を偲び、
各陣を(といっても、すべての陣ではありませんが)、行脚しました。
来年の春にも、また、あちこち歩いてみたいと思っています。



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大和郡山でのMINI

さて、前回の続きです。
興福寺での阿修羅像見学を終えたあとも、奈良の街をあちこち見て歩きましたが、
天候は終日回復することはなく、傘をさしての観光は、なにかとたいへんでした。
その翌朝、まだ路面は黒く濡れていたものの、雨はあらかた上がっており、
どうやら、MINIを駐車場から出しても、濡らすことはなさそうです。
というわけで、傘なしで奈良をふたたび楽しみたいところでしたが、
名残惜しさを残しつつも、MINIに乗って帰路につきました。
とはいえ、このまま帰るのもちょっとさみしいですし、できれば買い物もしたい、
ということもあって、奈良の南にある大和郡山市のイオンにいってみることにしました。

私たちが現在拠点としている岐阜市の近郊にも、
各務原イオンや、カラフルタウンといった施設があるため、
大型のショッピングモールはとりたてて珍しいものではないのですが、
知らない街のショッピングモールは、やはり、ちょっと新鮮で、楽しく感じます。

と、ここで一時間半ほど過ごし、お昼もすませてしまうことにしました。
その後は、行きに通った道をそのまま帰ろうかとも思いましたが、
この機に、京都、大津を経由して、琵琶湖畔を通ってみようということになりました。
というわけで、大和郡山のイオンをあとにして、国道24号線をひたすら北上してみました。

お天気は、あいかわらずいまひとつですが、前日のように雨が降るようなことはなく、
当初予想した通り、MINIを濡らすことなくドライブすることができました。

国道24号線北上

MINIには、カーナビなどの装備はなく、したがって、
路上にある道案内用の青看板と、地図本をたよっての運転となります。
スマホを使って道案内をしてもらう、という手も、もちろんあるのですが、
それでは道路のカンが鈍ってしまうので、昔ながらのアナログ手法で走ります。

なので、ときどき看板を確認するのを失念して、道に迷ったりします。
宇治のあたりでは、いつのまにか国道から外れてしまい、リカバリーに苦労しました。
ですが、道に迷うのも、旅の楽しみ (?) のひとつだと思っています。

京都に入る

そうこうするうちに、MINIは京都市伏見区に入りました。
伏見といえば、秀吉が築城し、その後に家康が入った、
あの伏見城があるところかと思います。
もし、その遺構があるのなら、ちょっと見学したいな、と思いつつも、
それはまた今度にして、そのまま、北へと向かいます。

こうして、いよいよ京都の中心部に突入。
MINIを運転して京都にやってくるのは、今回がはじめてです。
(もちろん、MINIで奈良に行くのも、今回がはじめてでしたが…)
なんだか、京都にやってくると、テンションがあがります。
都の香りも感じる思いです。

道もおもいのほか混んできて、しかも、
国道24号はクランクすることが多くなってきました。
ですが、右左折を繰り返しながらも、比較的スムーズに、
京都の街を走ることができました。

おりしもこのとき、東本願寺を見つけ、
急遽、ちょっと寄ってみることにしました。

東本願寺前

が、駐車場の場所がわからない…。
どこかに大きな駐車場への入口があるのでは、と、思って捜したのですが、
見つけることができませんでした。
が、この路上の端がパーキングスペースとなっており、駐車が可能なようです。
すぐ近くにはパーキングメーターが設置してあり、
駐車料金の清算ができるようになっているみたいです。

パーキングメータにお金をいれると、時刻を記したシールが一枚出てきました。
このシールを、車内からウインドウグラスに貼れ、とのことです。
なるほど、これで、駐車しているクルマが、
お金を払って止めていることが、誰の目にもわかるわけですね。
それにしても、このようなシステムの駐車場を使うのは、
今回がはじめてで、いろいろ勉強になりました。

一回の入金で許される駐車時間は一時間までとのことです。
それを超える場合は、またここにきて、再度、お金を入れて、
シールを受け取らなければならないのでしょう。

東本願寺へ行ってみる

というわけで、とりあえず、憂いなくMINIを駐車させて、
いざ、東本願寺へと向かいます。
なにしろ、ヨメも、私も、浄土真宗大谷派ですので、
東本願寺は、この機にぜひとも参拝したい場所でもありました。

東本願寺

こちらが、東本願寺の御影堂です。
とても大きく、立派な建物です。
私は、二年前の京都出張のさいに、この場を訪れていますが、
ヨメと一緒にここにくるのは、じつに11年ぶりとなります。

御影堂のなかでは、読経が響いていました。
その声を聞いていると、気持ちが落ち着きます。

その後、阿弥陀堂でもお参りをさせていただき、
各所を見学し、お買い物広場 (境内売店) などにも寄ったりしました。

ふたたび出発

というわけで、ほぼ一時間、東本願寺で過ごしたあと、
ふたたびMINIに乗り、国道24号線を北上し、国道1号線に行き当たると、
右折して大津方面に向かいます。

もうちょっと京都を満喫したかったのですが、
帰宅時間があまりに遅くなるのも、どうかと思いましたので、
東本願寺のほかには寄ることなく、先を急ぎました。

こうして、国道一号線を走り、琵琶湖畔へ。
当初は琵琶湖の東岸側に入る予定でしたが、またしても道を間違えて、
西岸に入ってしまいました。

が、以前にも大津にはMINIできたことがあるため、
このときのリカバリーは比較的簡単にできました。
近江大橋を渡れば、すぐに東岸へと行き着くことができます。

近江大橋

こちらが近江大橋です。
ずっとお天気がイマイチだったのに、午後になってからは少しずつ回復し、
この頃になると、すっきりとした気持ちのいい晴天になりました。
前日がこのような好天であれば、もっと奈良観光を楽しめたのに、と、
ちょっと悔しい思いにもなりました。

というわけで、無事、家に帰り着きました。
来月、MINIは車検になりますので、この機に、いろいろと整備してもらおうと、
思っています。



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甲賀市でのMINI

今年の7月に、奈良へ小旅行に行ってきたと当ブログにも書きましたが、
おりしもこのとき、興福寺で行われている『阿修羅-天平乾漆群像展』は、
春と秋の展示期間のあいだの休会時期にあたっており、
残念ながら、阿修羅像を見ることができませんでした。

そんなわけで、リベンジ…というわけではないのですが、
今月のはじめに、阿修羅像を見学するために、
ふたたび、泊まりがけで奈良へと行ってきました。

前回はヨメのプジョーで奈良まで行きましたが、今回は、
私のMINIで奈良まで行ってみることにしました。
なにしろMINIは、オイル交換もしたばかりで、しかも、
夏の暑い時期はあまり乗ることもできなかったため、
MINIでの奈良行きは、いわば当然の成り行きといった感じでした。

ところが、9月末までさわやかな晴天に恵まれていたのに、
10月に入ってからは、ちょっとお天気が微妙な状態に…。
ですが、まあ、雨は降らないということで、予定通り、
ヨメとともにMINIに乗って出発しました。

今回、岐阜から奈良へ行くルートは、
前回とはまったく違うものにしてみました。
前回は三重県側から奈良県に至るルートを使いましたが、
今回は、まず国道21号線に乗って、西の滋賀県彦根市を目指し、
そこから国道306号線に乗り換えて南を目指してみました。
途中、国道307号線へと入り、信楽、滋賀県甲賀市を目指します。
その後も、そのまま国道307号線をひた走り、
京田辺市で国道24号線へとスイッチし、奈良市へと入る、というものです。

雲がちな空模様でしたが、やはり雨になることはなく、
しかも、道路も渋滞などはなく、比較的スムーズに奈良へと入ることができました。

奈良駅タイムズビエラ駐車場

ホテルには、宿泊客専用のタワーパーキングがあるのですが、
こちらにMINIを入れると、マフラーの触媒が床に接触しそうなので、
ホテルすぐそばの自走式駐車場を利用することにしました。
この駐車場は、高架化された駅のプラットホームの真下に作られており、
仮に雨になったとしても、クルマが濡れることはありません。
これは旧車乗りにとってはありがたいことです。

この日はすでに時間も夕方となっており、そのままホテルにチェックインし、
その後は、奈良の街をぶらぶらとしたりして、夕食をとることにしました。

そしていよいよ阿修羅像見学に出掛けるその日、天気は崩れ、
朝から本格的な雨になってしまいました。
これにはちょっとがっかりです。
まあ、MINIは雨に濡れていませんが…。

というわけで、気を取り直して、徒歩で出発。
いざ阿修羅見学へ、と、気持ちもはやるところですが、
まずは前回見ていなかった東大寺二月堂へと行ってみることにしました。

二月堂に向かうには、まず東大寺へと行き、そこから目指すのが、
一般的のルートかもしれません。
ですが、前回東大寺に行ったとき、
奈良名物の鹿たちが、そこかしこでフンをしていて、
それを避けて歩くことに難儀したため、今回は東大寺の裏(北側)を通って、
二月堂へと行ってみることにしました。

二月堂への道

雨といえども、休日の奈良は観光客がとてもたくさんいましたが、
このルートは、まったくといっていいほど人影もなく、それなのに、
写真のように美しく落ち着いた景観で、しかも、懸念した鹿のフンもなく、
こちらを選んで正解でした。

あいにくの空模様ですが、この景色に、雨は似合うように思います。

二月堂

そして二月堂に到着。
ここでも人影はまばらでしたが、しばらくすると、
大量の外国人観光客が入ってきました。

ここで、大和茶の茶粥をいただき、
(その茶粥の写真を撮り忘れてしまいました。残念です)
次に行ったのは正倉院です。

正倉院

こちらも、前回の奈良旅行では訪れることがなかった場所です。
ただ、この先へは行くことができませんでした。

いざ阿修羅像を見学に

というわけで、いよいよ、興福寺へと向かった見ることにしました。
さすがに、興福寺へ行くと、大勢の観光客がいました。
うえの写真では人がまばらに見えるかもしれませんが、実際には、
そんなことはなかったです。
なかでも、修学旅行生の姿を、多数見かけました。

興福寺仮講堂

そして、チケットを買って、興福寺仮講堂へ。
館内の撮影はもちろん許可されていませんので、
写真のご紹介ができるのは、この仮講堂の姿までです。
たいへん申し訳ありません。

仮講堂に足を踏み入れると、
赤みを帯びたスポットライトに照らされた、
二十体を超える仏像 (乾漆仏) と、向き合うこととなります。

まず、手前 (東側) に展示されているのが、金剛力士像です。
口を開けているこの像は、阿形(あぎょう)と呼ばれるそうです。
造形は極めてリアルで、大胸筋、三角筋、腹直筋などの、
各筋肉がはっきりと見て取れます。
それだけでなく、履いている袴状の衣類には、
強い風を示す流れるシワが表現されています。

中世から江戸時代に至る日本の絵画は、シンプルな線で対象を捉え、
ときにディフォルメも加えつつ描く、といったスタイルが多いように思いますが、
この金剛力士像は、正確に筋の隆起の描写がなされています。
憤怒の表情には、たしかに誇張的なディフォルメがありますが、
それらも、顔面の筋の動きに沿った理にかなったものとなっています。

荒々しさのなかに繊細さがあり、また、
長い時間を経てまとったのであろう体表の質感が、
像の重厚さをさらに増大させているようにも思います。
最初の展示物であるこの像で、すでに圧倒されてしまう思いでした。

次は舎利弗(しゃりほつ)像、富楼那(ふるな)像、羅睺羅(らごら)像といった、
釈迦の弟子たちの像が展示されています。
金剛力士像とは対照的に、どの像もみなおだやかな表情で、
しかも、少年のような若々しさも感じます。

その次は、畢婆迦羅(ひばから)像といった、
甲冑を身に着けているかのような像が展示されています。

さらに次は、展示物の中央となる巨大な阿弥陀如来像が鎮座しています。
両脇には梵天像、帝釈天像が配置されています。

阿修羅展リーフレット表面

その左隣に、今回の目的であった阿修羅像が置かれています。
阿修羅とは、インド神話に登場する戦いの神だそうで、
本来であれば、激しい怒りの表情をした三つの顔を持つものだそうです。
ですが、この阿修羅像は、おだやかで知的であり、
少年のような年若い顔となっています。
また、身体は細く繊細で、六つある腕に至っては、
戦いの神とはほど遠い華奢なものです。
表情は内省的で、それでいて、目には強い力が宿っているようです。
閉じた口は、ほんのわずかにゆがめられおり、
見ようによっては、微笑みのようにも、静かな怒りのようにも、
どちらにも受け取れるように思います

腕は二本を対にして同じ動作をとっており、
その不思議なフォルムは、万能感を放ち、
どれだけ眺めても見飽きないものでもあります。

この像は、いまから1300年も昔に作られてものだそうです。
興福寺は何度も火災に見舞われてきたといいますが、これらの仏像は、
内部が空洞となっているため、持ち運びが容易で、そのために、
焼失を免れてきたのだといいます。

人の命ははかないもので、寿命が延びた現在となっても、
100年も生きればたいへんな長寿でしょう。
ですが、阿修羅像は、1300年ものあいだ、この国の歴史とともに生き、
また、多くの人々の目に触れてきたのです。
そしていまから1000年の後にも、いまと変わらず、生きながらえていることでしょう。
仏像とは、永遠の命を持っているのではないか…。
そう思うと、なにかしら不思議な気持ちにもなりました。

阿修羅展リーフレット裏面

阿修羅の隣には、
五部浄(ごぶじょう)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)の各像があり、
さらにその隣には、
須菩提(すぼだい)、目犍連(もっけんれん)、迦旃延(かせんねん)といった、
釈迦の弟子たちの像が、配置してあります。

そして最後は、金剛力士像があります。こちらは口を閉じた、
吽形(うんぎょう)と呼ばれる像です。

しばしのあいだ、これらの像と向き合い、その造形美に酔いしれるとともに、
静謐で敬虔な心持ちにもなってきました。
奈良まで来た甲斐があったというものです。

興福寺到着

というわけで、このあとのことは、また次回、ご紹介したいと思います。



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